(1-16)しゃべりますか?
光に包まれた女性は、縁の前でしきりに何かを話していた。
縁はじっと女性を見つめていたが、ふいに村上に声をかけた。
「おじさん、しゃべりますか?」
「……え?」
村上は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「しゃべるって……誰と?」
「この人」
縁は目の前の空間に目を向けた。
もちろん、村上には何も見えない。
縁が何もない空間を指し示しているようにしか見えなかった。
「えっと……話ができるのか?」
「うん。たぶん大丈夫。こっちに来て座布団に座って」
縁は、先ほどまで自分が座っていた座布団に視線を落とした。
村上は思わず岸田の方を見た。岸田は、何かを言いたそうな顔でこくこくと頷いている。どうやら岸田には相変わらず何かが見えているらしい。
村上は小さく息を吐いた。
「……わかった」
半信半疑どころではなかった。目の前で起きていることを信じろと言われても簡単には無理だ。それでも、ここまで来て何もしないわけにはいかない。
村上は椅子から立ち上がり縁の前へ移動した。そして、促されるまま座布団の上に正座する。
村上は改めて目の前の空間を見つめた。
目の前には低い見台。その上にはバインダーと一枚の写真。今回、行方不明になっている女性の写真だ。そして、その奥ではろうそくの炎がかすかに揺れている。三宝の上には先ほど捧げものとして渡した一万円札が置かれている。
それら以外は何もない。あとは麻紐で作られた円が床にあるだけだ。座る位置を変えたところで何かが見えるようになるわけでもないらしい。
「……それで、どうすればいいんだ?」
村上が尋ねると、縁は返事をせず静かに後ろから村上の両肩にそっと手を置いた。
正確には肩甲骨のあたりだった。
「……ん?」
小さな手だった。けれど、その手からは不思議なほど確かな温かさが伝わってきた。じんわりと背中の奥へ染み込んでいくような温かさ。
村上は思わず背筋を伸ばした。
縁が小さく何かを唱え始める。
先ほど女性を呼び出したときとは違い、今度はほとんど聞き取れないほどの声だった。
何を言っているのかはわからない。ただ、一定の調子で何かを繰り返している。
村上は黙って、その声に耳を傾けた。
すると――。
目の前の空間が、わずかに揺らいだ。




