(1-14)光の粒1
縁はしばらくの間、目を閉じたまま何かを唱え続けていた。小さな声が静まり返った防音室の中に淡々と響いており、村上も岸田も身じろぎひとつせずにその様子を見守っていた。
いったい何が起きるのだろう。
目の前で行われていることを二人はまったく理解できずにいた。そこに居るのはどう見ても普通の小学生くらいの女の子だ。それなのに、縁の振る舞いには子どもらしい無邪気さがまるで感じられなかった。
やがて、縁の声が途切れた。
最後の言葉を唱え終えたのだろうか。縁はゆっくりと目を開いた。
そして、座布団の後ろへ静かに下がり立ち上がった。
村上も岸田も、自然と縁の動きを目で追っていた。
縁は立ったまま、再び目を閉じた。
お腹のあたりで両手を結ぶ。指を絡めるようにしてしっかりと組み合わせている。
そのまま、深く息を吸い込んだ。
小さな胸が膨らむ。
次の瞬間だった。
「おー おー いー しー すー みー れーーー!」
部屋の空気が震えた。
村上は思わず肩を揺らした。
声が大きかったから、というだけではない。それは、目の前の小さな女の子から発せられたとは思えないほど、澄み切った高音だった。
「裏声」と言えばいいのだろうか。いや、単なる裏声とも違う。オペラのソプラノ歌手が、劇場いっぱいに声を響かせるような突き抜ける高音。ただそれは耳に刺さるような不快さはなく、むしろ不思議なほど透明感があった。
縁は叫んでいるようで、叫んでいるのではなかった。
ひとつひとつの音を確かめるように、そして遠く離れた誰かに届けるように名前を歌っていた。
おおいしすみれ。
行方不明になって一週間になる女性の名前だった。
いや、正確には依頼を受けたのが一週間前だから、行方不明になったのはさらに前だ。
最後の音が長く部屋に残った。
やがて、それも消えた。
静寂。
村上は無意識に息を止めていたことに気づき、ゆっくりと息を吐いた。
「……今ので、終わりなのか?」
小声でつぶやいたが縁から返事はなかった。
縁は目の前の空間を見つめたまま、両手を組んだ姿勢を崩さずに立っている。まるで、何かを待っているようだった。
数秒。
十秒。
それとも、もっと長い時間だったのか。
防音室の中では時間の感覚まで曖昧になってしまう。
そのときだった。
「……え?」
岸田が小さく声を漏らした。
彼は床の一点を凝視していた。
「え……えええ?」
村上は隣を振り向いた。
「どうした、岸田?」
岸田は答えなかった。
視線は、部屋の中央に置かれた麻紐の円に釘付けになっていた。
その円の内側で、何かが起きているらしい。
岸田は少しだけ身を乗り出した。
「……光?」
床から、小さな光の粒が浮かび上がっていた。
最初は、ほんのわずかだった。
淡い光がひとつ、またひとつ。それらは床のすぐ上に現れると、ゆっくりと宙へ昇っていく。蛍の光にも似ていたが点滅することはなかった。
光は、麻紐で作られた円の内側からしか現れない。ひとつの粒が浮かび上がり、少し遅れて別の粒が続く。
やがて、その数が増え始めた。
「うわ……」
岸田は思わず声を上げた。
「何だ? どうした? 何を見てる?」
「え? 所長、見えないんですか!?」
「何がだ?」
「光の粒ですよ! 円の中から光の粒がどんどん……」
岸田は一瞬だけ村上に顔を向けたが、すぐに視線を戻した。
信じられないものを見ている。
その表情が、何よりも雄弁だった。




