(1-13)ごめんなさい
莉理はそんな美香をしばらく見つめていたが、そのまま村上に向き直る。
「では、本日の依頼内容を簡単に教えてください」
村上はどこまで話していいのかよくわからなかったが、ひとまず短く伝えた。
「そうですね、簡単にということなので……行方不明者の捜索で行き詰っていてアドバイスをいただきたいです」
莉理が頷く。
縁も静かに聞いている。
「では、その方のお名前とお写真があればお預かりします」
村上は鞄からバインダーを取り出す。
表紙には大きく「大石純恋」と書いてある。
中から本人の笑顔の写真を一枚取り出し、バインダーと一緒に莉理に手渡した。
「行方不明の大石純恋さんです」
「大石純恋さんですね。わかりました」
そう言って莉理はそれらを受け取ると、そのまま見台に名前が見えるようにバインダーを置き、隣に写真を置いた。そして、先ほど村上から受け取った一万円札を三宝の上に丁寧に置く。それから燭台を手に取りろうそくに火をつけた。
小さな炎が揺れた。
防音室の中は空気が動かない。それなのに、炎だけがかすかに揺れている。
莉理は燭台を元の場所に戻すと縁に目を向けた。
「お名前、大丈夫ね?」
「うん」
縁は短く答えた。そして、座布団の上に正座した。
まだ小学生くらいの女の子がひとりで祭壇の前に座っている。その姿が村上には妙に大人びて見えた。
莉理は祭壇に静かに一礼し、それから後ろへ下がった。
縁は目を閉じた。
そして、目の前の祭壇に向かって深く頭を下げる。
次の瞬間。
小さな声が部屋の中に響き始めた。
「……」
何かを唱えている。
呪文なのか、それとも祝詞のようなものなのか村上には判断できなかった。言葉の一つ一つが聞き取れない。日本語のようでもあり、そうでないようにも聞こえる。
声は小さい。けれど不思議と耳には残った。
「……」
縁は一定の調子で言葉を唱えている。
村上は息を潜めた。隣では岸田も身じろぎせずじっと縁を見ている。
ろうそくの炎が、また小さく揺れた。
そのときだった。
ギシッ。
突然、椅子の音がした。
美香が立ち上がっていた。
「……え?」
村上も岸田も驚いて美香を見る。
美香の顔は真っ青だった。そして、唇を震わせながら何度も同じ言葉を繰り返していた。
「……ごめんなさい……」
小さな声だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何に対して謝っているのか誰に謝っているのか、二人にはわからない。
「美香さん?」
岸田が立ち上がりかける。だが、美香は二人を見ることもなく部屋の出口へ向かって歩き始めた。
「ごめんなさい……」
まるで、ここにいてはいけないとでもいうように。
村上も岸田も、何が起きているのか理解できなかった。
そのとき、莉理が静かに動いた。
莉理は二人に向かって言った。
「美香のことは大丈夫です。そのまま続けてください」
「いや、でも……」
岸田が声をかける。
「大丈夫です」
莉理はもう一度、同じ言葉を繰り返した。
そして美香のそばへ行くと、その肩にそっと手を添えた。
「美香、行こう」
「……」
莉理は美香を連れて部屋の外へ出ていった。
重い扉がゆっくりと閉まる。
カチャリ、と小さな音がした。
再び、部屋の中は静寂に包まれた。
村上と岸田は、言葉を失ったままドアの方を見つめていた。
縁はそんな出来事など気にする様子もなく、目を閉じたまま何かの言葉を唱え続けている。
小さな声だけが、防音された部屋の中に残っていた。




