(1-12)防音室
部屋の扉は閉まっていた。
リビングから見れば、ただの白いドアだった。けれど、莉理はその前まで来ると村上に向かって言った。
「村上さん、開けてみてください」
「私が?」
村上は少し意外そうな顔をした。なぜ自分が開けるのかよくわからなかったが、言われるままドアの前に立つ。ドアノブを握りゆっくりと回した。
そして引く。
「……お、重っ!」
思わず声が出た。
まるで映画館や劇場のドアを引いたような感覚だった。村上は両手に力を入れて少しずつ開けていく。
「なんですか、これ……」
後ろから覗き込んだ岸田も驚いたように言った。
「普通の部屋の扉じゃないですよね」
「そうなんです。この部屋、防音なんです」
莉理は何でもないことのように答えた。
「防音?」
「はい。特に騒がしくするわけではないんですけど、一応、声が漏れると困りますので」
「声が……?」
村上と岸田は、ほとんど同時に莉理を見た。
その言葉が妙に引っかかった。
声が漏れると困る。
いったい、この中で何をするというのだろう。
しかし莉理は、それ以上説明するつもりはないらしい。
「どうぞ」
そう言って、先に部屋の中へ入っていった。
村上たちも続く。
部屋は八畳ほどの洋間だった。
窓はない。
壁は白く、床には木目調のフローリングが張られている。防音室というだけあって外の音はまったく聞こえなかった。さっきまで聞こえていた環境音楽のような音も、ここに入った途端、遠い世界の出来事のように消えている。
静かだった。
静かすぎる、と村上は思った。
部屋の右手には、一枚の座布団が置かれていた。
その前には譜面立てのような見台。それと背の低い台があり、その上に真鍮の燭台と木製の三宝が置かれ簡易な祭壇のようになっている。三宝の上にはまだ何も載っていない。
そして、その祭壇の前の床には、麻の細い紐で直径一メートルほどの円が作られていた。一本の紐を丸く結び、きれいな円形にしてある。
ただの輪に見える。けれど、その輪を見た瞬間、なぜか村上はその内側と外側が明確に分けられているような感覚を覚えた。
部屋の隅には、パイプ椅子が三脚並べられている。
「みなさんはそこにお座りください」
莉理に促され、村上と岸田はパイプ椅子に腰を下ろした。
だが――。
「……」
美香の足が止まっている。
彼女は、目の前の麻紐で作られた円をじっと見つめていた。
顔から血の気が引いている。
「……美香さん?」
岸田が声をかけた。
美香は答えない。
「美香さん、どうかしました?」
もう一度尋ねても反応はなかった。
岸田は不安そうに村上を見る。村上も何と言えばいいのかわからず美香の様子を見守っていた。
そのとき、莉理が気づいた。
「美香?」
莉理が近づく。
「大丈夫?」
そう言って、莉理は美香の肩に手を添えた。
その瞬間、美香の体が小さく震えた。
「……あ……うん」
ようやく声が漏れる。
美香はゆっくりと莉理を見る。
「大丈夫……」
そう答えたものの、明らかに様子がおかしい。
「ごめん。なんでもない……」
美香はそう言って、ようやくパイプ椅子に腰を下ろした。
しかし、両手は膝の上で固く握りしめられている。
小刻みに震えていた。
村上は何も言わなかった。
岸田も、もう声をかけることはできなかった。




