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第8話






 休日の我が家では、謎の来訪者とのセカンドバトルが始まろうとしていた。


「四条麗子ですの」


「さっき聞きました。ではお帰りください」


 はい、セカンドバトル終了。

 俺達の戦いはここまでだぁ!!


「ワタクシはまだ何も言ってません!」


 四条麗子はテーブルのティーカップが倒れる勢いで立ち上がる。

 クソッ、打ち切りエンド失敗か。


「言わなくていいっす。もうお腹いっぱいっす。疲れを癒やすための休日に疲れさせるとか、どんな拷問なんですか」


「失礼にも程がありますの! せっかくこのワタクシが、このような僻地に来たというのに!」


 僻地て。


「自分から来たくせに恩着せがましいんですよ。もういいですから、用件あるならチャチャっと言ってください。チャチャっと」


 四条さんは咳払いを一つする。


「……腹芸はするつもりはありませんの。遥日宮鏡花とは、どのようなお関係で?」


「ええと、いちおう付き合ってるらしいです」


「なんですの、その中途半端な言い方は……」


「だってそうなんですもん」


 四条麗子はなぜか頭を抱える。


「あなたと遥日宮さんとの関係がよくわかりませんの……。しかし、付き合ってるという情報に間違いはないようですね。だったら、空閑晴太。遥日宮さんと別れて欲しいんですの」


「はいキタコレ。またこのパターンかよ」


「何の話ですの?」


「うるせえよ。もう飽き飽きなんだよその定例文。人んちにわざわざ来て言うことじゃねえだろうに」


「何を言っているのかはわかりませんが……やはりあなたは、ことの重大さを知らないようですわね」


 四条麗子の口調が変わる。

 とても茶化せる内容ではないようだ。


「……四条、さん? 実のところ、俺、遥日宮鏡花さんのことをあんまり知らないんですよね。街でたまたま知り合ったんで」


「そうなんですの?」


 四条はかなり驚いたように目を丸くした。


「つーか、鏡花さんといいアンタといい東道院といい、なんで俺の個人情報を当然のように握ってるんですか。俺はあんたらのこと何も知らんのに不公平でしょ」


「東道院? もしや、東道院正宗のことですの?」


「ええそうですよ。四条さんが来る直前に家に来たんです。同じように、遥日宮さんと別れろとか言ってましたね」


「そうですの……東道院さんが……」


 四条は何かを考え始めた。

 しかし引き伸ばしはさせねえ。


「用件はそれで終わりっすか? 別れるかどうかは俺たちの問題であって、おたくらとは関係ないことでしょうに。だからとっとと帰ってください」


「生憎、それが関係あるんですのよ、空閑晴太」


 四条はお上品にティーカップを手に持ち音もなく啜る。そして、顔をしかめた。


「……ティーカップに緑茶? 意外でしたの……」


「我が家の粗茶は代々緑茶なんで、あしからず」


 グリーンティーもティーには変わらんからティーカップに注がれる資格があるだろうに。

 それはともかく、閑話休題。

  

「空閑晴太、あなたはどれほどの覚悟を持って、遥日宮鏡花さんと付き合ってるんですの?」


「覚悟? 覚悟とかいるんですか?」


 何の覚悟だ。

 まさか結婚までとは言わないだろうな。まだ付き合って1週間も経ってないのに。


「その認識が、そもそもの間違いですの。あなたが彼女と交際する限り、今後もあなたは、ワタクシ達に注視されることになるんですの」


 ワタクシ達? 注視される?

 こいつは何を言ってるんだ?


「鏡花さん、もしかして人気者なんですか?」


「に、認識が浅い……浅すぎますわ」


 四条麗子はまたもや頭を抱えた。

 しかし急に目元をキリッと締めた彼女は、意を決したように手をパンと叩いた。


「……結構。せっかくの機会ですの。このワタクシが直々に、遥日宮鏡花という者についてみっちりと講義を――」


 ピンポーン――。

 突然、チャイムが鳴り響いた。


「また誰か来たのかよ……」


 さすがにうんざりしてきた。

 ……が、どうしたことか、四条は顔を青くさせていた。


「このタイミング……まさか……」


 ガクガクと震え、若干涙目になってる気がする。

 そんな彼女を横目で見ながら、我が家のインターホンカメラを覗いてみる。

 なんてことはない、カメラの向こうにはハルカが立っていた。


『こんにちは、晴太さん』


「はいはい、こんにちは。ちょうど良かった。今、ハルカさんの知り合いっぽい人が――」


 ガチャリ――。

 鍵が開いた音がした。なぜか知らんが。


(……あれ? 鍵、渡したっけ?)


 記憶にないんだが……。

 そのまま玄関は開き、閉じ、廊下を歩く音が続き、ついにリビングの扉が開かれる。

 

「……晴太さん、何やら“お忙しそう”ですね」


 笑顔のハルカはまるで笑ってなかった。


「ええと……ハルカ、さん?」


 ちらりと四条麗子を見る。

 彼女は顔から足まで、震度6はありそうな程に震えていた。

 そんな四条に、ハルカは笑顔を向ける。


「あら、四条さん。ごきげんよう」


「あ、あの……これは、その……!」


 四条の震度は8になった。


「まさか四条さんがこんなところに来るなんて思いもしませんでした。……それで、四条さんは、どのようなご用件で、ここに?」


「な、なんでもありません! 失礼しましたぁ!」


 まさに脱兎の如く、四条麗子は即時撤退をして家を飛び出してしまった。

 

「……な、なんだったんだ、いったい」


「晴太さん」


 ハルカの声に視線を向けると、ハルカは、いつの間にめちゃくちゃ間近に迫っていた。

 そのまま笑顔の殺意を俺に向けて来る。


「……仮にも彼女がいながら、うら若き女性を自宅に招き入れるのは感心できませんね」


「待て待て待て。誰があんな面倒な奴らを招いて入れるんだよ。向こうが勝手に押しかけて来たんだっつーの」


「面倒な、奴ら? もしかして、四条さんの他に誰か来たんですか?」


「え? ああ、うん。四条麗子の前に、東道院正宗って白マッチョが……」


「チィッ」


 ハルカはどデカい舌打ちをしやがった。

 キャラ崩壊しかけてんぞ、ハルカ。


「……わかりました、晴太さん。今回は晴太さんを信じます」


「あ、ありがと……?」


 なぜ俺が礼を言わねばならんのか。


「彼らについては、私の方からきつーく言って聞かせますね。二度と、この家に、来ないように、と」


「お、お手柔らかにどうぞ……」


 なぜ俺がフォローせねばならんのか。


「それで……何と?」


「なんと?」


「彼らは……東道院さんと四条さんは、晴太さんに何と言ってきたんですか?」


「何とって……」


 これ、言っていいのだろうか。


「……ハルカさんと付き合ってるかの事実確認というか、そんな類でしたよ」


「なるほど、別れるように言ってきたんですね」


 即バレじゃねえか。

 せっかく言葉を濁したのに即清浄化はツラい。


「……あの、晴太さん」


 くいっと、服の裾を引っ張られた。


「え? あ、はい?」


「それで晴太さんは、その……私と、別れたくなった、とは?」


「え? いやそれはないです。そういうの、人から言われて決めることじゃないでしょうし」


 そこの進退はさすがに自分で決めたい。

 ……ハルカが全部決めちゃう可能性はあるが。


「そ、そうですか……そうですよね!」


 ハルカは安心したように、鼻歌交じりにリビングの扉に向かう。


「晴太さん、私も帰りますね。また明日学校で」


「あ、はい。お気をつけて……」


 そしてラスボスは、軽やかな足音を響かせて家を出ていったのである。

 ピロリン――と、スマホが鳴る。

 ハルカからのメッセージだった。


『春陽の候、晴太様におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。さて、本日は連絡事項をお伝えしたく、不筆ながら一筆啓上いたしました。先程東道院正宗さんが晴太さんに何をお伝えされたのかは存じ致しかねますが、何を口走ったにせよ、かような事実は一切存在せず、全て漏れなく忘れてもらって結構でございます。かの家には私から強く、強く言って聞かせておきます故、どうか何一つお気になされぬようお願い申し上げます。朝夕は未だ涼しく、どうかくれぐれもご自愛のほどお祈り申し上げます。敬具』


「……いや、長ぇよ」


 こんな長文をこんな短時間で書いたのか?

 やべえなハルカ。


「いやいやそれよりも……かの家にはって……」


 個人ではなく、家、だと……?

 

(遥日宮鏡花……何者なんだよ……)


 謎が解けるどころか、更に深まった気がする。

 闇と共に。


「……あれ? そう言えば……」


 軽く流していたが、ハルカは「学校で」とか言っていた気がする。

 ……また来るつもりか、奴め。

 明日の学校は仮病という名の特発性流行病を患おうか本気で悩む、休日の午後であった。






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