第7話
ハルカの本名、遥日宮鏡花。
それを知った次の休日のことである。
「――空閑晴太はいるか?」
何の前触れもなく家に押しかけてきたのは、茶髪の大男。白い学ラン越しにわかるほどの筋肉隆々。そして濃い目の相当なイケメン。
そいつは推定190cmオーバーの身長で、玄関を開けた俺を見下しつつ傲慢に聞いてきた。
これは……アレだ。
絶対めんどくさくなりそうなやつ。
「……いえ、うちは木村です」
「え? あー、そうでしたか。すみません、家を間違えました」
「いえいえ。じゃ、そういうことで……」
ゆっくりと扉を閉める俺。
しかし間もなく締め切るというところで、外からガッと手がかかる。
「うぉい! やっぱりここが空閑じゃないか! 嘘つくなよ!」
「それ表札が違うんです! 業者のミスで木村が空閑になってるんです! うちは木村なんです!」
「そんなわけないだろ! あからさまな嘘を付くな! それと扉! 閉めるな! 話を聞け!」
全然引かない大男。
このままでは家の玄関がぶっ壊れること必至だったので、仕方なく中で話を聞くことにした。
「東道院正宗だ」
男はソファーに座って、腕を組みながら堂々と名乗ってきた。
「はぁ、どうも。その東道院さんが、いったい何の用でしょうか」
「単刀直入に聞くが、お前は遥日宮鏡花とどういう関係だ?」
ん? ハルカと?
「ええと、付き合ってるらしいですが……」
「なぁにぃぃ!? 付き合ってるだぁ!? いつからだ!」
「先週くらいからっすね。東道院さんは、その……鏡花さんと知り合いなんですか?」
「無論だ! 僕は彼女の、婚約者だからなッ!」
東道院正宗なる大男は、覇気を込めて宣言した。
「え? 婚約者?」
「そうだとも! 僕と彼女は幼少期から知り合いであり、親同士の親交も深い! いずれは結婚するという話も出ている間柄だ! どうだ!」
どうだと言われても……。
「へぇ、あいつって婚約者いたんですね」
「ふははは! お前はそんなことも知らなかったのか! 空閑晴太よ!」
いちいち声がでかいぞ東道院正宗。
耳鳴りが止まらねえ。
「ええと、こう言ったらなんですけど……婚約者いるの、聞いてなかったんで……」
「言い訳とは無様よの、空閑晴太! ふははは!」
「そうじゃなくて、おたく、婚約者なのに彼氏作られたってことでしょ? それはいいんすか?」
「それはッ!! ……んッ!? んんんんッ!?」
顔を真っ赤にして三角定規のように首を曲げる東道院正宗。
どうやら今そのことに気付いたらしい。
無様というか、哀れというか。
「ど、どういうことだ! 空閑晴太! なぜお前は付き合えたんだ!?」
「それ、俺が一番知りたいんですけど……」
「ええい何をわけのわからないことを! 別れろ! すぐさま別れてしまえ! この恋泥棒め!」
「恋泥棒の使い方を間違ってますって。ただ、婚約者がいるなら俺が付き合うのは確かにマズいっすね。今度ハル――鏡花さんと話してみます」
「当然だ! 彼女を幸せにできるのは東道院グループを受け継ぐこの僕以外にありえないからな!」
東道院グループってなんぞや。とにかく金持ちってことか?
となれば、ハルカはやはりかなりの金持ち家庭らしい。リムジン乗ってたし。メイドみたいな婆さんが運転してたし。伊勢海老だし。
「実は今晩も、彼女を食事に誘っているのだよ! 羨ましいか空閑晴太! ふははは!」
「それは……まぁ……」
謎彼氏枠であるとはいえ、こうやって堂々とハルカとの交際を宣言されると、それはそれでやっぱり胸に来るものがある。
そうか、これがNTRというものか……。
今後その手のコンテンツは全否定してくれる。
「……って、誘っただけ? 行くのは確定じゃないんですか?」
「彼女は忙しい身分だからな! 誘いはするが、いつも多忙により都合が合わないのだよ! 今回も正直難しいだろうな!」
「…………」
それ、暗に断られまくってるってことでは?
「だがいずれは必ず、彼女の凍った表情も溶かしてくれよう! それが出来るのは! そう! この僕、東道院正宗だけなのだよ! ふはははは!」
「凍った表情?」
少々風向きが変わったようだ。
「あの……東道院さん、本当に鏡花さんの婚約者なんですか?」
「当然だ! 幼少期に約束したからな!」
「それは誰発案?」
「当然、僕だ!」
「…………」
あー、なるほど。そういうことか。
「つまり、東道院さんは鏡花さんのことが昔から好きなんですね」
「な、なぁッ!?」
東道院はソファーから転げ落ちた。
「い、いやお前ッ! 何を言っ――んんんッ!?」
顔を茹でタコのように赤くして、腰を抜かして後ずさる東道院正宗であった。
「その……はい。なんかもうすみませんでした、東道院さん」
「憐憫に満ちた顔で謝るな!」
「今度、俺からも鏡花さんに言っておきますね。あんまり無視したら可哀想だって」
「やめろぉ! そんな目で僕を見るんじゃない! やめてくれぇ! うわぁぁぁ……!!」
東道院はバタバタとやかましく家を出ていった。
濃い……濃すぎるぞ、東道院正宗。
しかしハルカといい東道院といい、当たり前のように俺の個人情報握り過ぎだろうに。我が家のセキュリティ関連はどうなってるのやら。
それはさておき、休日におけるあんな騒がしい襲来は勘弁してもらいたい。
誰もいなくなった玄関に、ひとつまみの塩を撒くのであった。
「――もし、あなたはこの家の方ですの?」
家に入ろうとしたところで、背後から女性の声が聞こえた。
振り返ると、そこには金髪ツイストロングヘアーの、これでもかってくらいにお嬢様的なお嬢様が立っていた。
制服姿であるが、その制服は、ハルカがいつも着ているものと同じだった。
……ということは、ハルカの同級生なのか?
標準装備なのだろうか、こやつも例に漏れず相当な美人である。
「……なんすか」
「あなたが空閑晴太ですの?」
「そうですの」
あーもう、こいつもまためんどくささが臨界点突破しそうな予感。
そんな俺の心境を気にもせず、ツイスト娘は胸をバインと震わせて高らかに名乗りを上げる。
「四条麗子です。遥日宮鏡花のことであなたにお聞きしたいことがあり、わざわざこのワタクシがここまで来てやりましたの。よろしくて?」
「……いえ、間に合ってます」
今度は躊躇なく扉を閉め、バッチリ施錠する。
「ちょっ!? なぜ閉めるんですの!? 客人に対してあまりに失礼ではありませんの!? もし!? 聞いてますの!? もし!?」
扉をドンドン叩きまくり、叫び散らす四条麗子なるお嬢様。お上品さは口調だけか。
「はぁ……もう勘弁してくれよ……」
なんだか頭の頭痛が痛くなってきた。もう自分でもわけわからんが。
このまま通報されても面倒なので、仕方なく、扉を開けるのであった。




