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第5話




 ハルカは昼メシを食べ終えるなり、とっとと帰っていった。なんと慌ただしい。

 それから大変だったのは、言うまでもなく俺の方である。

 嫉妬に疑問、興味に侮蔑……。

 クラスメイトから、あらゆる側面性を孕んだ好奇の目を受けまくることに。

 ……しかしまぁ、そこはこの俺、空閑晴太。

 これまで培われた排他的活動により、ジロジロ見られはするが、誰からも声をかけられることはなかった。

 クラスの奴らよ。

 わかる、わかるぞ、お前らの心が。

 本当はハルカについて聞きたい。しかし普段ほとんど絡まない奴に、がっつりプライベートな話を聞くのは憚られる。しかしやはり関係が気になる。

 そんなジレンマを感じてるのだろう。

 だが生憎ながら、仲良くもない奴らにわざわざハルカについて語るほど俺の口は滑らかではない。

 っていうか根本的に、俺自身もハルカが何者なのかよくわからんってのがデカい。

 なぜか知らんが。本当にわからんのだよ。

 いずれにしても、時が流れ、放課後が近づく頃には、騒ぎはある程度収まりつつあった。さしずめ、突然現れた台風が過ぎ去り、静寂が戻るように。

 ――しかし俺は忘れていた。

 台風とは、何度も来るということを。


「晴太さん、一緒に帰りましょう」


 笑顔で接近してくる――奴。

 言うまでもなくハルカである。

 放課後、校門を出た俺に奇襲攻撃を仕掛けてきやがった。

 このまま乗っかってもいいが、それはそれでハルカの掌の上で踊らされてる感が凄まじい。


(だが、そうはいかねえ。俺を、舐めるなよ)


 踊らされるくらいなら、こっちから踊ってやる。

 見せてやるよ、炎のフラダンスをよ。


「……何してんすか」


「一緒に帰ろうと思って、待ってました」


「そっちの高校は?」


「早退しちゃいました。ちょっとだけですけど」


 思わず、深い溜め息が口から漏れ出した。

 こいつには、さすがに言っておかなきゃならん。


「……ええと、ハルカさん? 一つ……じゃなくて、いくつかいいっすか?」


「はい、なんでしょう」


「まず、無駄な早退はダメー。」


「えっ、ダメですか?」


 ハルカは珍しくギョッとする。


「当たり前です。自分の学校がちゃんと終わって行動してください。あと、それ関連でいきなり俺の高校来るのもアウト。俺が学校にいなかったら何しに来たのって話になりますし」


「晴太さんが学校にいないなら来たりしませんよ」


 笑顔で語るハルカ。


(……う、うん? 俺が学校にいるかいないかわかるの? なんで?)


 ……何やらヤバいくらいヤバいことをさらりと言われた気がする。

 でも……うん、気にしたら負けだろう。

 ここは無視だ。無視しろ、空閑晴太。


「……それと、最後に一つ。いい加減名前を教えてくれませんかね」


 秘密主義には、そろそろ飽きた。

 そしてハルカは、笑顔のまま薄く目を開けた。


「……晴太さんは、私のことをハルカって呼んでますよね? それで十分では?」


「それはアカウント名がそうだったんで便宜上そう呼んでるだけで、イコールそれが本当かわからんでしょうに。俺が知りたいのは本名ですよ、本名」


「じゃあハルカが本名ってことで」


 じゃあってなんだよ。ってことでってなんだよ。

 しかしハルカは悪びれる様子もなく続けた。

 

「名前なんて些細なことじゃないですか。私と晴太さんは付き合っている……それ以上に大切なことってありますか?」


「それが大切でも、それ以外はどうでもいいってことにはならんでしょ」


「――――」


 一瞬、彼女の表情から色が消える。

 かと思えば、すぐに口角を吊り上げた。


「……へぇ。へぇ、へぇ、へぇ……へぇぇ」


 ハルカは数歩近付いて、俺の顔を下から覗き込んできた。


「晴太さんって、そういう返しもするタイプなんですね。もっと従順かと思っていました」


「従順って……ペットじゃあるまいし」


「ペットですか? ふふふ、いいですね、ペット。家に連れて帰っちゃいますよ?」


 笑っていいのかドン引けばいいのかわからん。

 ……が、とりあえずさっきから他の奴らにめちゃくちゃ見られてて落ち着かない。

 まずはこの場を離れるとしよう。


「……俺と帰るんですよね。行きましょうか」


「はい、行きましょう」


 ハルカはニッコニコの笑顔で後ろについてきた。

 いったいどっちがペットなんだか。


(でも、なんか毎回はぐらかされるよなぁ)


 舐められてるのか、小馬鹿にされてるのか、警戒されてるのか、それとも単純に、俺なんて心底どうでもいいのか。


(……ああ、たぶん、その全部だな)


 あくまでも想像と感覚の話。本人は何も言わないので正解はわからんが、でもなんとなく、確信に限りなく近い。

 今日一日、平日なのに丸一日、ハルカという謎の人外美人を見て思った。

 ハルカは俺を深く観察しながらも、実のところ、徹底して、俺を見ようとしていない。

 相反する言葉だろう。矛盾、乖離、自家撞着、なんとでも表現できる。

 でもそれが一番、しっくりくる。

 問題は、「それがなぜか」という話なんだが……まぁ、ろくな理由ではあるまい。


(……よし、やるか)


 意を決する――この場合の意とは、意思、意志、そして、意地。

 男、空閑晴太。

 意地と気合で、一世一代の勝負でござんす。




 ◆




 帰り道、いつものルートを外れてなだらかな丘の上にある公園へと向かう。

 夕暮れ時の公園には、誰もいなかった。

 黄昏の光を受けて影が伸びる時計台、滑り台、ブランコ。さっきまで誰か遊んでいたんだろうか、砂場の砂は真新しく掘り返されていた。

 公園から見下ろすように街並みは広がり、そこにいれば見飽きているはずなのに、こうして景色として見ると、どこか別世界のように思えた。


「晴太さん、ここに何かあるんですか?」


 ハルカは不思議そうに聞いてきた。


「ええっと、なんで?」


「晴太さんの、いつもの帰宅ルートと違うので」


「…………」


 だからなぜそれを平然と把握している。

 それでこそ我が宿敵、謎の彼女ハルカ。

 しかし俺は動じない。

 今こそボッチスキルの一つ、“空気無視アナザーディメンション”を発動させる時。


「ハルカさん、そこ座って」


 彼女は困惑しながらも、俺が指差した古いベンチに座る。そして一人分程のスペースを空けて、俺も座った。

 夕方の公園、ベンチ、カップル……まさに付き合いたての彼氏彼女にとっては、お誂向きだろう。

 ――だが俺は、そんな空気をぶち壊す。

 フルシカトを決め込み、特注の言葉の弾丸を撃ち放った。


「ハルカさん、ぶっちゃけ俺って、ハルカさんにとって何なんですか?」


「……はい?」


 ハルカは首を傾けていた。


「いやね、確かに俺は、彼女が欲しかったんですけど……なんていうか、これじゃない感が凄いっす。嬉しくないわけじゃないんですけど、なんだろ……ハルカさんから明確に線を引かれていて、その線を絶対跨がせてくれてないって感じ。それ、わざとなんですか?」


「…………」


 彼女は微笑みを以て答えとした。

 全然答えになってないけど。


「……はぁ、もういいですよハルカさん。軽はずみに彼女になって欲しいなんて言った俺が悪かったです。別れるなら、とっとと別れましょう。でもその前に、せめて名前だけでも教えてください。俺、ハルカさんの名前も家も、何一つ知らないんですよ。俺なんてどうでもいいでしょうから、別に名前くらいいいでしょ」


(……あ、ヤバい。なんか、すんごいムカついてきたんだけど……)


 沸々と、お湯が沸き始めた。


「最初は俺が悪かったですよ。でも、その置いた感じ。とりあえず付き合ってやりますかってのが、透けて見えてるんスよ。それが意図的なら、あんたは凄ぇ。マジで魔王です。ただもし、もしもそれで隠してるつもりなら……ハルカさん、あんたは何をそんなに、自分を追い込んでるんですか?」


「――――」


 ハルカは鼈甲のように笑顔を固め、話をじっと聞いていた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「――……彼氏だとか彼女だとかなんて、お遊びみたいなもんですよね?」


 無機質な声だった。


「名前とか素性とか、それこそあなたにとって、別にどうでもいいことじゃないですか」


 この日初めて、ハルカは俺から視線を逸らした。

 

「あなたは彼女が欲しかった。だから私は、晴太さんと付き合ってる――それでいいじゃないですか。それの何が不満なんですか? あとは勝手に満たされて、満足すればいいじゃないですか。それなのに、名前だの、家だの……。晴太さんも楽しかったですよね? 幸せでしたよね? なのにあなたは、名前、名前、名前……。そういうの、くだらないです。本当に、くだらない……」


「…………」


 めちゃくちゃ、黒い。

 どす黒く、腹黒く、暗黒世界が見える。

 でも少しばかり……いや違う。めちゃくちゃ驚いた。すんごい驚いた。

 今日一日、お上品に仕上げていた仮面は、完全に剥がれ落ちていた。

 それほどハルカの言葉には棘があって、影があって、攻撃的だった。

 でも、その中には確かな温度を感じる。

 何一つ取り繕わず、誤魔化さない、彼女だけの温度がそこにある。

 きっとこれは、こう呼ばれるのだろう。

 言葉が生きている――と。


「……ハハハ、なんだよ、それ」


 思わず笑ってしまった。

 初めて本音を聞けた安堵がある。化物だと思ってた彼女が人間だとわかった驚きがある。言い方がかなりムカつく怒りも、ここまで頑なに名前を言わない呆れもある。

 とにかく色んな感情がぐちゃぐちゃに渦巻き、捻じれ、混ざっていく。

 ハルカから感じるのは、「あーお前、そういうこと聞いちゃうんだ」という感情。

 それは俺の勘違いかもしれん。

 でもきっと、この後、俺はフラれる。そしてこいつとの関係はここで終わり、二度と俺達が関わることはない。

 それは確信に近い予感だった。

 俺達は、これで終わりだろう。


「ハルカさん……」


 これで終わり――に、するわけがねえ。


「……一人意味ありげに浸ってるところ悪いんですけど、今日は逃がさねえですよ」


「え?」


「名前から何から何まで、結局俺は何も聞かされてないじゃねえか。そのくせそっちの勝手でこのまま終わりになんてさせねえよ」


「え? いや、あの……――」


「余計な言葉で誤魔化してもフル無視しますから。今日という今日は! 全部丸ごと! 洗いざらい! 何でもかんでも! 徹底的に話してもらうッ!!」


「――――ッ!?」


 一切空気を読まない俺の言葉に、ハルカはぎょっとしながらこっちを向くのだった。




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