第4話
学校――それは高校生達の聖域。
青春、友情、熱血、冷遇、恋慕、成長、衰退、反抗、同調……様々なことを経験し、あらゆる面で成長をしていく聖なる学舎。
……そう、俺以外は。
「…………」
机に伏せ、手を壁のように囲い眠る俺。
いや実際は寝てないんだけども、これは要するに、何人にも侵されることのないパーソナルスペースということ。
学校が高校生の聖域なら、この机は俺だけの絶対不可侵領域なのである。
見てみろ、この完璧な陣形を。
顔を伏せることで表情を読まれることもなく、「俺寝てるよ? 寝てるからね? だから絶対触れんな」という無言の猛烈アピールにより、決して誰かに絡まれることもない。
別に俺にまともな友達がいないからとか、そういうネガティブな理由ではない。
これは……そう、俺自身が選んだ道だ。
だから本当は誰かと話すのが怖いとか、でも誰かに話しかけられるのを待ってるとか、決してそういうザ・ボッチな理由ではないと、ここに強く訴えかけよう。
とにかく、どうにも今朝から疲れ果てた。
午前中の授業なんて全く耳に入らなかったし、昼メシ買いに行くのも怠い。
今日はもうガチで寝てしまおう。
内申が下がろうが知ったことではない。
今しか癒せないものもあるのだよ。
ザワ――と。
ザワザワ――と。
ザワザワザワザワ、ザワザワと。
暗闇の視界の中、何やら唐突に教室が騒がしくなってきた。
これはあまりないことである。
気になった俺は、すかさず7つあるボッチスキルの1つ、広域聴取を発動させた。
「おい、見たか?」
「ああ、見た見た」
特に騒がしいのは男子のようだ。
「あれ、美桜ヶ丘の制服だろ?」
「え? あの超進学校の?」
「いやいや、制服の方じゃないって。顔と体だよ。なんだよあの美人は。あんなの反則じゃねえか」
(美桜ヶ丘の制服? 超進学校? ……反則級の美人?)
なぜだろうか。
果てしなく嫌な予感がする。
(……いや、いやいやいやいや、ないな。それはない。うん。絶対ない)
脳裏を掠めたその可能性を、必死に洗剤をぶっかけて洗い流す。しかし泡が消えても、その予想は、全く落ちてはくれない。
「――あの、よろしいですか?」
場違いな程、透き通るような美しい女性の声が廊下から聞こえた。
なぜだろう、めちゃくちゃ聞き覚えがある。あってしまう。
「は、はい! な、なななんでしょうか!」
「晴太さん――空閑晴太さんは、どの教室にいますか?」
「空閑晴太? 空閑なら、この教室ですけど……」
「ここですね。ありがとうございます」
「…………」
むくりと体を起こした俺は、苦肉の策として、通学バッグを盾代わりに顔を隠す。
だが扉が開くと同時に、「あっ!」という短い声に続き、無情にも、カツカツという革靴の足音が近付いてきた。
そして足音が真横で止まると、そいつは、軽やかに声をかけてきやがった。
「こんにちは、晴太さん。やっと会えました」
あーもう無理だろう。
恐る恐るバッグを下げると、視界に飛び込んできたのは、めちゃくちゃ笑顔のハルカだった。
「……き、奇遇ですね」
「奇遇? ……ふふ。ええ、本当に奇遇ですね」
お上品にお笑いなさるハルカ様。
「ええと……何してんすか?」
「お昼ご飯を一緒に食べようと思いまして、来ちゃいました」
ハルカは風呂敷に包まれた重箱をずいっと見せつけてきた。
おう、ゴージャス。
「いやそうじゃなくて……アンタ、別の高校でしょうに。来ちゃまずいでしょ」
「この学校の許可は貰いましたので大丈夫ですよ」
「俺の許可は未決済のままなんですけど……」
「晴太さんの許可なら朝もらったのでセーフです」
何食わぬ顔で虚偽申告をしたハルカは、そこら辺にある椅子を勝手に使い、俺の真向かいに座る。そして目の前で、さしずめ新妻の如く、いそいそと昼メシのセッティングを始めた。
異様。異様すぎる。
コイツには見えていないのだろうか。
同じ学年の全男子くらい集まったギャラリーによる、マシンガンのような視線に。
……いや、違う。
まるで気にしていないんだ。
自分に向けられる視線なんて、昼間に点いてる街灯くらい全く気にならないんだろう。
ハートがオリハルコン過ぎるだろうに。
だが、俺は違う。
お前のハートはオリハルコンでも、俺のハートは水浸しの和紙なんだよ。すぐ破れるんだよ。もうビリビリなんだよ。
そんな俺の胃のキリキリすらも気にすることなく、ハルカは重箱の蓋を開けた。
そして飛び出す、豪華絢爛この上ない弁当。
つーかこれ、弁当なのか? なんか中央にドデカイ海老があるんだけど。
「う、うわぁ……でっかい海老だなぁ」
「今朝水揚げされたばかりの伊勢海老らしいです。お口に合えばいいんですが……」
「お前が合わすべきは俺の口じゃなくて世間の常識だっつーの」
「でも、交際関係にある男女が昼食を共にすることは、一般的にはごく普通のことじゃないですか?」
「学校の敷居を飛び越えて飯に来るのは一般的じゃないから。ついでに高校生の昼食で飛び出す伊勢海老も一般的じゃないから注意してください」
「そうなんですね。勉強になります」
学校なだけに、ってか?
そんなくだらないことを考えてる中、教室のざわつきは更にブーストがかかる。
「え? あの2人付き合ってるの?」
「空閑? 空閑って誰? つーかあの美人誰?」
このカオス、もはや収拾がつくまい。
全てを諦めた俺は、律儀に用意されていた取り皿に乗る伊勢海老くんを堪能する。
芳醇で濃厚な海老の美味さに脳が焼かれるが、周囲からの絶対零度の視線にすぐさまクールダウンさせられてしまう。
「美味しいですね、晴太さん」
「そうッスね、ハルカさん」
生まれて初めて食べる、伊勢海老、尾頭付き。
その弁当は、俺の絶対不可侵領域が崩壊する味がした。




