第3話
超絶美人な彼女との登校――全男性人類の憧れの権化である。
そして俺は、今この時、今まさに、あろうことかこの俺が、それを体験しているのである。
……しかし現実とは、必ずしも想像通りにいくわけではないことを、ここに強く主張したい。
「どうかしましたか、晴太さん。どこか気分が優れないようですが……」
彼女はキラッキラの切れ長な目を俺に向けながら聞いてきた。
その光線に焼かれそうな俺は、必死に俯き、視線を無機質なアスファルトに向ける他なかった。
「い、いやぁ……気分が優れないと言うか、視線が優れないと語るべきか……」
横を歩く彼女、haruka……この際こいつのことはハルカと仮称しよう。
そのハルカは、何度も言っているが、無自覚の破滅すら起こしかねない超絶美人である。
そしてすれ違う人達は、老若男女を問わず、皆同じ反応を示していた。
まずは彼女を見つめ、頬を紅潮させ――次に俺に視線を切り替え、百面相の如く顔を急激にしかめさせる。
その温度差たるや、太陽と液体窒素である。
なんでこんな奴が隣歩いてんの?
あいつなんなの?
お前すぐにそこから立ち去らないと殺すよ?
そんな疑問65%、殺意89%な視線が、とにかくひたすら向けられ続けている。
そんなの、もう俯くしかないじゃん。前とか見られないじゃん。振り向くこともできないじゃん。
そうとは知らずか知ってかは知らんが、ハルカはあくまでも心配する素振りをやめない。
「体調が悪いのなら、無理をせず休みませんか?」
「い、いやそこまではないです……」
ハルカの敬語に引っ張られる俺である。
(……こいつは、どういうつもりなんだ?)
バレないように、横目で彼女を観察した。
凛として、背筋が伸び、柔らかい表情で歩くハルカ。初めて遭遇した時は、もっと冷たそうに見えたものだが……。
(いや、ちょい違うか)
あの時俺が直感的に感じた印象は、たぶん、“冷たそう”じゃない。
何もかもつまらない――。
そう、ハルカはそういう顔をしていた。
(そもそも、本当にあの催眠が効いていなかったのか?)
いくらなんでも、こんだけの美人が突然視界に現れた黒光りのGの如き俺と「うん、付き合おう」とはならんだろ。
結局はそこが不穏すぎる。だから俺も素直に浮かれられない。
とりあえず、可能性をいくつか考えてみよう。
仮説①『実はあの催眠アプリは本物だった』
もし仮にそうならば、あの報道全てがブラフだったことになる。
冷静に考えてみると、あれほどのアプリなら国家プロジェクトとして抹消されてもおかしくはない。
……が、もしもそうなら、購入者に何らかのアクションがあることは間違いない。だってすんげえヤバいアプリってことだし、そんなんを放置はせんだろう。
だが実際は、完全に放置されている。
つまり、やはり詐欺なんだろう。
仮説②『なぜだかハルカにだけあの催眠アプリが効いた』
人には思い込みの力、プラシーボ効果というものがある。
何らかの理由で、ハルカ自身が「これは本物の催眠アプリだ」と強く思い、ある種の自己暗示にかかったという可能性はないだろうか。
……いや、ないな。
だって当時、めちゃくちゃ怪しんでたし。
仮説③『俺が未知のパゥワーに目覚め、ハルカの心を無意識に操作した』
……うん、これは一番ない。うん、ないな。
そんなパワーがあるんなら俺の青春は灰色じゃねえんだよクソが。
仮説④『実はハルカとは幼少期に遊んでいて、奇跡の再会を果たしていたが、俺だけ何も覚えていないパターン』
そんなもんありえねえよ。
現実感が激薄じゃねえか。
それが通じるのは超イケメン陽キャで、始まる前から美人美少女幼馴染が3人くらい囲ってやがる勝ち組主人公だけなんだよ。
舐めんな人生。舐めんな人間関係。
羨ましいんだよクソが。
これまで4つの仮説をグダグダと並べたが、結論から言おう。
わからん。
何一つわからん。
ここまで考えて訳わからんのだし、これ以上は思考の無駄というもの。
(でも何で付き合ったのかは知りたいよなぁ……)
ふと、再び隣を見る。
そして瞬く間に気付いた。
(……あ、そっか。本人に聞けばいいんだ)
そう、答えはそこにある。
灯台下暗しとはこのことか。
「すみません、ちょっと聞いていいですか?」
「はい、なんでしょうか」
「ええと……なんで俺と付き合ったんですか?」
「晴太さんから告白されたからですけど?」
軽っ。
綿毛もビックリなくらいめちゃくちゃ軽く言われたんだけど。
っていうか、アレって告白に分類していいのか?
催眠アプリ見せつけて、彼女が欲しかったことをぶっちゃけて、警察に自首しようとしただけな気がするが。
しかしそこを追及すると話が終わらんので、本題に入る。
「そこはそれとして、なんで見ず知らずの俺と付き合ったのかって話ッス。告白なんて腐るほどされてきたでしょうに」
「そうですね。確かに告白はめちゃくちゃ腐るほどされてきましたね」
一切の躊躇も謙遜もなくそう言い切るハルカ、恐るべし。
「私は自分の容姿にも能力にも一定の自負がありますし、私生活でも、それに見合うよう振る舞っていますから。男性からすれば、とても魅力的に見えることでしょう。……あーでも、女性からの告白も、実は、たくさんあるんですよ? ふふっ」
ふふっじゃねえよ。
なんかもう怖いよこの子。
自信が漲り過ぎてて怖いよ。
とても俺の手に負えねえよ。
「それで晴太さんと付き合うことにした理由ですが……そうですね……」
ハルカは何やら言葉を探しているようだ。
視線を右下に落とし、脳をフル回転させてるように見える。
「――……勘、ですかね」
「勘……ッスか」
想像の斜め後ろの答えが飛んできて額に刺さる。
「なんとなく、面白そうだったので」
「だとしたらその勘、腐ってますよ」
「え?」
ハルカは突然立ち止まった。
目も口もぽかーんと開き、脳細胞がマヒしているかのように、動きを止めていた。
「どうしたんスか?」
「……ふふ、あははは! あははははは!」
突然大笑いするハルカ。
やっぱ怖ぇよコイツ。
ひとしきり爆笑した後、涙目のハルカはようやく歩き出した。
「あー、すみません。思わず笑ってしまいました」
「そのようで」
「腐ってるなんて……私、今まで言われたことがないので」
「でしょうね。俺も初めて人に言いましたけど」
それが爆笑に繋がる理由はよくわからんが。
「私がここまで笑うなんて貴重なんですよ? もっとそれを自覚してください」
「ぜ、善処します」
何がなんだかわからんが、話は盛り上がっているらしい。
ここはアクセル踏むところだろう。
気になってたことをまとめて聞いてみよう。
「ついでに聞きたいんですけど、ハルカさんはなんで俺の名前と家を知ってたんですか?」
ハルカは、ふいに立ち止まった。
「……ハルカ、とは?」
うぉい、思わず言っちゃったよ。
「いや、その……メッセージアプリのアカウント名がローマ字でharukaだったので、つい……」
「あ、ああ……そういえばそうでしたね。突然だったので驚いてしまいました」
「いや、すみませんでした。……それで? 実際の名前は何て言うんですか?」
「私そろそろ行きますね。じゃあ、また後で」
露骨に話をぶった切ったハルカは、走り去ってしまった。
「……って、をい」
やはりわからんぞハルカ。
何を企むハルカ。
俺の中でハルカという美人は、彼女というよりも、もはや危険人物に鞍替えしそうな朝であった。




