第2話
いったい何がどうなってるのやら。
「あれ……なんだったんだ?」
帰宅した後、ベッド上に座り込み考えてみる。
彼女は言った。
付き合いましょう、私達――と。
全くわからん。何もかもがちんぷんかんぷんだ。
狐に化かされたような気分だが、相手は狐ではなく魔王系破壊兵器的彼女。なお恐ろしい。
あれから、俺と彼女は連絡先を交換してその場は終わったのだが、このメッセージアプリのアカウント名、“haruka”。
これが本名なのか俺は知らない。
そもそもだが、俺はあの美人がどこの誰なのかすらも知らないのである。
ちなみに俺のアカウント名は、SAY−ta。
中二病ではない。カッコつけたいお年頃なだけ。
「……でもまぁ、催眠アプリは効いてたわけだし、そのおかげなんだろうな」
本人も「効いてる」って言ってたし。本人談なんだから間違いない……はず。
そう思えばかなり余裕が出てくる。
色々なミスや想定外はあったものの、結論だけ考えれば、魔王級超絶美人彼女が出来た。
大成功を超えた超成功と言えるだろう。
「…………」
しかし、なぜだろう。
胸に去来する、この言い知れぬモヤモヤは。
本来なら商店街で夜通し一人阿波踊りを始めてもいいくらい狂喜乱舞しそうなものだが……なぜだか全くそんな気にはなれない。
おそらくだが……きっと心がついて行っていないんだろう。
彼女が出来たといっても、それは催眠アプリのおかげでしかない。俺自身は約15万円を放り投げただけで、何もしていない。何もしていないんだ。
だから心が追いつかず、現実感は希薄そのもの。
「…………」
思い立って、“haruka”なる彼女にメッセージを送ってみる。
「ちょっと確認したいんですけど、俺達って付き合ったんですよね……と」
数分後、スマホから短い電子音が響く。彼女からだろう。
ちょっとワクワクしながらメッセージを開くと、そこにはこう書かれていた。
『そうですね』
淡白。あまりに無味無臭。
「ええと……そう言えば、名前聞いてもいいですか……」
送信。そして、受信。
『それはまた別の機会で』
なぜ言わぬ。
つーか名前も知らないのに付き合ってるとか意味わかんないんだけど。
このアンバランスは、催眠アプリを使ったせいなのだろうか。色んなステップ飛び越えて、“付き合う”という結果だけを得たのが原因かもしれん。
……しかしまぁ、やはり付き合ってることには変わらんらしい。
どんだけ名前がわからなくても、どんだけ素性を知らなくても、あんだけの超絶美人の彼女ができたんだ。
俺の財布から旅立った一万円札達も本望だろう。
ありがとう、渋沢さん達。君達の犠牲は無駄にならなかったよ。
◆
翌朝、冷蔵庫の麦茶をコップに注ごうとした俺の目に飛び込んだのは、全俺が愕然とするそのニュースであった。
『昨日の夜、詐欺の疑いにより50代の男が逮捕されました。男はインターネット上で“スーパー催眠アプリ”というアプリを販売しており――』
スーパー催眠アプリ……激しく聞き覚えがある。
『そのアプリは、特定の画面を見せるだけで人を催眠状態にできると広告されていましたが、実際には何の効果もなく、被害者は十数名程いる模様です』
効果がないって断言されちゃったよ。
『男は調べに対し、「こんな見るからに胡散臭いアプリで騙されるバカが悪い」と容疑を認めているとのことです』
被害者感情を逆撫でんな。
『いやしかし、なんて言えばいいのか……こんなのでも騙される人っているんですねぇ』
コメンテーターはもっと歯に衣着せろ。もっと厚着しろ。ダウンジャケットを着込め。
「つーか、違う。今はそうじゃない。そんなことよりだ……詐欺? え? 詐欺アプリなの?」
何がなんだかわからないが、どうやら俺は、その詐欺師って男に見事に騙されたらしい。
騙されたらしい……が、それならばとなる。
「……え? じゃあharukaなる彼女って、なんなの?」
そう、そこである。
マジで意味がわからん。むしろ、ここまで来ると恐怖すら感じる。
「なぜ初めての彼女に恐怖しなければならんのだ」
改めて、彼女のことを思い出してみる。
つっても昨日が初対面なので、薄っすらとしているが。
長い黒髪、長身、嘘みたいな美人……。
「……うん、勝ってる。やっぱ怖さより嬉しさが勝ってるな。ギリだけど」
ギリ勝ってたらしい。
何はともあれ、どれほどの衝撃を受けようとも、自然と制服に着替えて家を出ようとするのは、パブロフの犬の如き習慣なわけで。
パブロフの犬というよりパブロフは俺って感じ。
靴を履き、どす黒く小さな声で「行ってきます」と告げ、玄関を開けた。
「――――」
心臓が止まった。
間違いなく、止まった。
呼吸も忘れ、ただただ目の前の光景を眼球に叩きつけられた。
「おはようございます、晴太さん」
長い黒髪、長身、嘘みたいな美人。
渦中のharukaなる彼女は、制服姿で、玄関の前から俺に微笑みを押し売りしてきたのである。
その制服を改めて見るが、やはり見たことがない。しかし俺が通う高校の女子制服とは明らかに違っていて、なんと言うか、輝く装飾やシワ一つない見た目のせいか、やけに高貴なものに見えた。
そもそもだが、この人外超美人はなぜ俺の家を知ってるのか。名前だって一度しか伝えていない。
それなのにコヤツは「晴太さん」とドキドキフレーズで俺を呼び、あまつさえ家まで来てやがる。
もはや意味不明。もはや摩訶不思議。
早朝開幕からの怒涛の襲撃に、俺の頭のパルスはスパークを繰り返し絶賛花火大会である。
俺が生涯最大級にフリーズしていると、彼女は誘うようにくるりと体を反転させた。
「ほら、早く出発しないと遅刻しますよ。行きましょう、晴太さん」
「ッス……」
もはや返事すらもままならない俺であった。




