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第1話






 運命の出会いというものは、必ずあるらしい。

 それはある日突然に、何の予兆もなく訪れるんだとか。

 無論それは仕事や書籍、ゲームなど、全てにおいてそうなんだろうけど、ここで言うところの“出会い”とは、言うまでもなく恋愛――つまりは、ラブのことである。

 電撃が走った。

 運命を感じた。

 世界がモノクロになった。

 そのタイミングを表す言葉は色々ある。

 だが生憎、この俺――空閑晴太には、そんな瞬間なんてなかった。ただの一度たりともなかった。

 まさに灰色の青春。オアシスのない砂漠。麺抜きのラーメン。カレー抜きのカレーライス。

 彼女どころか女友達すらもいない俺は、数少ない悪友と共に日々を無駄に、怠惰に過ごしている。

 本当は彼女が欲しいのに、「いや興味ないだけだから」などと心にもないことをほざきつつ。


 そりゃまだまだ高校2年になったばっかだし?

 まだまだ人生長いし?

 社会に出たら色んな女性と出会うだろうし?


 ……そのような侘びしい慰めなど、語るつもりは毛頭ない。

 今この時こそが重要なのだ。

 人生とは常に日々の延長でしかなく、今を変えずして未来を変えること能わず。

 結局何が言いたいのかって話だが、要するに俺は、今日この時を以て変わるんだ。


「――……ついに、ついに手に入れた!」


 手に持つスマホはワナワナと震え、俺の心はもっと震えていた。

 灰色の青春。オアシスのない砂漠。麺抜きのラーメン。カレー抜きのカレーライス。

 そんな日々とは今日でお別れだ。

 ――そう、これによって。


「ついに手に入れた――その名も、“スーパー催眠アプリ”!!」


 終わりなきブラウジングの果て、奇跡的に、俺はそのサイトに辿り着いたのである。

 アンダーグラウンドに眠る叡智の結晶……それこそ、催眠アプリ。

 これが俺の運命の出会い。むしろ、必然。

 アプリを起動すると、何やら丸模様だとか波模様だとかが目まぐるしくウネウネ蠢いていて、これがまぁ実にキモい。キモ過ぎる。しかしきっとこのキモさこそが催眠の真髄なのだろう。

 この画面を相手に見せるだけで、あら不思議、相手は俺の意のままに動くんだとか。

 お値段、税込15万円。

 バチクソ高いが……いや、その効能を考えれば安いもんだろう。っていうか逆に安過ぎな気もせんでもない。

 しかしこの低価格が、俺の闘争本能にダイナマイトを投げ込んだのである。

 今日のためにバイトに勤しみ、昼メシを耐え忍び、姉ちゃんに土下座して金を借りたりと、金集めに苦心した甲斐があったというものだ。

 実際に結構な販売数があり、使用感を書き綴ったレビューもチラホラと。


『このアプリのおかげで宝くじに当選しました!』

『長年腰痛に悩まされていましたが、催眠アプリを使ったら嘘みたいに痛みが消えました!』

『このアプリをダウンロードしたら落としていた財布が見つかりました!』


 書き殴られるお客様からの喜びの声たち。 

 若干「それ催眠関係ある?」とは思うものの、ここまでの感想があるのだから間違いない。これぞスーパーを冠した催眠アプリの力なのだろう。

 これは絶対安全!

 虚偽や虚構ではない!

 ……はず!

 しかし基本チキン野郎の俺は、いきなり身近な環境の奴に試したりはしない。

 変に噂になって、人に催眠を施したとして逮捕されたくはないのである。

 何の法律に触れるかは知らんが。

 

(……よし。まずは試すか)


 15万円のアプリを起動したまま、スマホを握り締め、勇み足で街へと向かった。

 無論、催眠アプリで彼女を作るために。

 とは言え、人通りが多いところで実行するわけにもいかない。

 よって必然的に人通りの少ない住宅街だとかに限定されるわけだが、美人や美少女を探して徘徊する今の俺は、自他共に認める圧倒的不審者であることは言うまでもない。


 不審者ムーヴを続けること、小1時間。

 ついに見つけた。

 

「お、おおぅ……おおぉ……」


 思わず口から変な声が漏れた。

 青空の下、住宅街の片隅、街路樹が並ぶ歩道上、そこに、二次元から侵略してきたような――そんなビビるくらいの美人が、無表情で歩いていた。

 長い黒髪、俺より高い身長、すらりと伸びる手足、モデルも逃げ出すスタイルに、顔は同じホモサピエンスとは思えない程の美形。

 どっかの制服を着ているところを見ると、どうやら同じ年齢層らしい。しかし俺と年齢がほぼ変わらんことを考えると、俺の人生が実にチープなものに思えてしまう。

 見た者を虜にするどころか強制的にアイデンティティを否定してくる。

 例えるなら、破壊兵器的超絶美人。

 そんな兵器が、ノコノコ歩いていたのである。

 ……だがしかし、アホの具現たる俺は、そこでようやく気付いた。気付いてしまった。


(……え? 俺、あの兵器に声かけんの?)


 無理だ。

 無理過ぎる。

 最初の村の村人Aがヒノキの棒を持って魔王に突撃するくらい無理だ。

 なんという落とし穴。そもそも女友達すらいたこともない俺が、あんな魔王級美人にどうやって話しかけろと言うのだろうか。

 

(帰る? え? 帰っちゃうの俺?)


 戦意を喪失しつつ俺は、自然と後ずさる。

 しかし――だが、しかし。

 ここで帰るということは、それはつまり、催眠アプリ料金約15万円をドブに捨てるようなもの。

 今この時こそが重要。

 今を変えずして未来を変えることはできない。

 それにいくら美人でも、これまで視界に入ったことすらない相手。

 誇りなどハウスダストに等しい。そんなもの、催眠アプリを買った時にアンインストール済み。

 失うものがない弱者の反撃をかますのは、今この時しかないのである。

 

「……よ、よし。行ったるか」


 人生史上最大の覚悟を唾と共に呑み込んだ俺は、震える足を無理やり前に出す。

 一度踏み出せば後は楽だった。

 足繋がりの体は勢いに乗り、勢いに任せ、勢いのせいにして勝手に前へと進み、車道を横断し、魔王の前に立ちはだかったのである。

 彼女は俺に気付くなり足を止めた。

 わかっている。

 なんなのこいつ? キモいんだけど――みたいなことを思ってるのだろう。

 そんなことわかってる。

 しかし彼女に主導権は握らせない。

 間髪入れずに俺はスマホを取り出すと、戸惑う彼女に突き出した。


「いきなりスミマセン! これ、見てください!」


「え? え? なんですか?」


 彼女は困惑している。

 だがその目は、確かにスマホに向けられていた。


「見ましたか!?」


「ええ、はい……」


「どうですか!?」


「どうって……金返せって書いてありますけど」


「なぬ? 金返せ?」


 何の話だそれは。

 改めて画面を見ると――凡ミスってた。

 催眠アプリ画面じゃなくてメッセージアプリを開いていて、しかもちょうど鬼姉から借金返済請求が届くという逆ミラクル。


「……サーセン。ちょい間違えました」


「はぁ……」


 不審を通り越し呆れ果てる彼女の瞳。

 しかし今日の俺は一味違う。

 姉からのメッセージを既読スルーし、深呼吸の後に催眠アプリを開く。


「ええと、見て欲しかったのはコレなんですよね」


 そして改めて、グルグルウネウネのキモ画像を見せつけた。

 そんな怪しさ超荷重な画像を、美人は律儀に見てくれたのである。

 しかし、彼女はまじまじと画面を見てはいるものの、目を虚ろにさせたり、フラフラしたりといった変化はないようだ。

 言うても成功した時の変化も知らないのだが。


「ええと……き、効いてます?」


「ええ、まぁ……聞いてますけど。あの、これがなんですか?」


 反応が鈍いが、効いてるのは効いてる……らしい。

 ここはもう行くしかない。

 もはや退路はないのである。


「え、ええと! これ、催眠アプリらしくて、効いてるかどうか確認しようかなーみたいな!」


「さ、催眠アプリ?」


 身構える彼女。

 そりゃそうよ。


「あ、でもでも! それでなんか危害を加えようって話じゃなくて! いやいや、危害というか仲良くなれたらなぁなんて思っただけと言うか! あ、あの……その、だからええと……!」


「ええと……大丈夫ですか?」


 攻略対象に心配される俺とは。

 おかげさまで、なんかもう色々と急速冷凍されてしまった。


「……いや、スミマセン。大丈夫じゃないです。警察に自首してきます。今日はスミマセンでした」


「じ、自首!? なんでですか!?」


 ヤケクソになった俺は、住宅街のど真ん中で見ず知らずの超絶美人に事情を話す。

 謂わば、賢者モードにおける懺悔タイムである。


「――……つまり、その“スーパー催眠アプリ”というものを使って、彼女を作りたかった、と……」


「その通り過ぎてホントすみません。あなた様の精神を乗っ取り、青春を謳歌しようとしたクズな犯罪者なんですよ、空閑晴太という男は」


「……空閑、晴太……」


 彼女は罵倒も反論もなく、なぜだか逃げることもなく、俺の話をしっかりと聞いてくれた。

 

「いやもう、ホントすみませんでした。刑務所に入って、己のアホさ加減を猛省しようと思います」


 一礼の後、その場を離れようとする。

 その刹那、彼女は微笑んだ。


「――……いいですよ」


 ふいに彼女は言い出した。


「……はい?」


「だから、いいですよ。付き合いましょう、私達」


「…………はい??」


 首が折れるほど首を傾げる俺は、素っ頓狂な言葉しか返せなかった。








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