第29話
この日、遥日宮源一郎は、人生史上最大の害虫とも言えるこの俺――空閑晴太に、見事怒鳴られたのである。
「…………ッ」
確かに目を開き、俺の顔をガン見する親父さん。
遥日宮家総帥、遥日宮源一郎。
(え? 嘘? マジで?)
え!? 効いた!?
効いたんだよな、この反応は!
だったら畳み掛けるのみ!
「あなたが鏡花のことを思って、脳内で勝手にドクソ腐れ野郎になってた俺に釘を刺しに来たのはわかります! わかります――けどもッ! まずは鏡花に話を聞けば良かっただけでしょうに! 勝手に判断して押しかけてんじゃないですよ!」
「…………ッ」
親父さんは完全に押されているようだ。当然だ。遥日宮家の総帥たるこの人が、ここまで一方的に怒鳴られることなんぞ皆無だろう。
そここそ狙い目! そここそ勝機!
ちなみにハルカ、顔が埴輪みたいになってんぞ。
「何なんだよ、あんたらは! 父娘揃ってさ! ゴリゴリ当事者のはずの俺を蚊帳の外にして、なんで二人して突っ走るかなぁ! 暴走し過ぎなんだよ! 似なくていいところまでそっくり過ぎるんだよ! アンタらはさ!」
「…………」
俺の言葉が終わると、部屋は静寂に包まれた。
最初こそ驚いていた親父さんだったが、すぐにメンタルを整え、いつぞやのように俺を視線で射抜いてきた。
「……そんなことを言うために、来たのか?」
やはりノーダメか。
いやいいよ、想定内だ。
「いや、実際はもっとありますよ。そりゃ文句の一つや二つ、十でも、百でも、いくらでも言いたいことはありますよ。……ただ、今俺が一番言いたいことは、別にあります」
そして俺は、静かに、深く、頭を下げる。
「……なんのつもりだ?」
「お父さん――いいえ、遥日宮源一郎さん。俺の父さんのことを忘れないでいてくれて、ありがとうございます。俺の父さんを栄誉と言ってくれて、ありがとうございます。今こうして、俺と鏡花さんが出会えたことは、全部、あなたのおかげです」
「…………」
これも、予想外だったのだろうか。
親父さんからの言葉はない。なんて言えばいいのか、わからないのだろうか。
するとここで、俯きながらも、ハルカは再び口を開いた。
「……お父様。最初は、確かに私の身勝手でした。私は、自分が楽になりたかっただけなんです。私のせいで晴太さんのお父様が亡くなった……私が、この人の家族を壊してしまった。そんな棘のような思いを、早く、手放したかったんだと思います」
ハルカは顔を上げる。
その目は、確かに父親を見ていた。
「でも今は――今は違います。私はその気持ちを捨てません。捨てずに、晴太さんと共に、抱き続けます。恩返しでも、罪滅ぼしでもない。これまでの全てが私で、これからの全ても、私なんです。その全てを、晴太さんは認めてくれました。受け入れてくれました。だから私は、晴太さんと、ずっと一緒にいたいんです」
そしてハルカは、頭を下げた。
「だからどうか……私を、許してください。晴太さんを受け入れてください。どうか……!」
「…………」
親父さんは、しばらくハルカを見つめていた。
そして俺を見て、口を開いた。
「……晴太少年、君に聞きたいことがある」
「は、はい?」
「君は、鏡花と今後どうしていくつもりだ? 鏡花は、私の後継者にするつもりだ。鏡花には兄も姉もいるが……鏡花は、既に2人を上回る。才覚だけの話ではない。それは君も、知っていると信じたい」
当たり前だ。
知らないわけがない。
「その類稀なる能力であれば……いや、その能力がなければ、遥日宮家という巨大な力の舵は取れないのだよ」
「…………」
「晴太少年、君が今後も鏡花との関係を続けるのであれば……それは実に、実に過酷な道と言えるだろう。君に、その覚悟はあるか? 鏡花のために、命を捨てる覚悟があるのか?」
「いえ、ありませんけど?」
迷わず即答した。
「な、なんだと――ッ!?」
遥日宮源一郎、思わず立ち上がる。
「命を捨てる覚悟ってなんですか? 死ぬことが美徳だとでも? それ、間違ってます。間違ってるんですよ。確かに父さんは、命懸けで鏡花を助けた。それは尊くて、カッコよくて、誇りにも思います。でも……」
……でも、それだけだ。
「……でも家族にとって、死ぬことは決して美談にはならないんですよ。俺は、父さんに生きてて欲しかった。どんだけ笑われても、どんだけ恨まれても、蔑まれても、生きてて欲しかった。何がなんでも生きて帰って欲しかった。そう、生きるんです。無駄に死ぬのは覚悟じゃない、諦めです。絶対に生きる。しぶとく生き続けて、家族と添い遂げる……それが、本当の覚悟なんじゃないんですかね」
「死ぬことは愚かと? しかしその愚かな行動で、鏡花は助かり、君と出会っているのだぞ?」
「それはまた別の話でしょ。そういうのは全然単純じゃないし、人の気持ちって、一緒くたにして語れるものじゃない。父さんには生きてて欲しかった。でも、鏡花が生きててくれて良かった。……その両方が俺の中には確かにあって、どっちかなんて選べません。だってどっちも、俺の、本心ですから」
「…………」
親父さんは何も言わず、疲れたようにドカリと椅子に座った。
そして、ハルカはまた泣いていた。
その涙の理由は、さすがに、俺にはわからない。
「……もういい。下がってくれ」
雑に、適当に、親父さんは言い捨てる。
この話はもう終わりだ――そう聞こえた。
一礼の後、ハルカと部屋を出ようとした。
「鏡花」
親父さんの声に、ハルカは立ち止まる。
「……勝手な真似をして、すまなかった。もしもその男から酷いことをされたら、すぐに言いなさい。この世の果てまで追いかけて、地獄の限りを見せてやる」
……聞こえてるっつーの。
そしてハルカは「ふふふ」と微笑んだ。
「ありがとうございます、お父様。……ですが、私は今、とても幸せです。願わくば、暖かく見守っていてください」
「……そうか」
親父さんは小さく呟く。
その声は、どこか柔らかいものだった。
こうして、俺とハルカ、ハルカの親父さんを巻き込んだ一連の騒動は、幕を下ろしたのだった。
――……と思っていたのは、どうやら俺だけだったらしい。
この次の日曜日、俺は、なぜだか最後の聖戦へと繰り出されるのである。




