第28話
しばらく泣いて、ハルカは、ようやく落ち着きを取り戻してきた。
「……すみません、晴太さん。恥ずかしい姿をお見せしまして……」
「いいよいいよ。ハルカの恥ずかしい姿なんて、ビデオに録画して永久保存したいくらいだし」
「それは……やめてもらえたら……」
時に冗談を冗談として受け取らない。
これぞハルカである。
俺とハルカは、手を繋ぎ、肩を寄せる。
凄まじい程の幸福感が台風のように吹き荒れてはいるが、今なら心のディフェンス力もベニヤ板くらいまでは強化されているはず。
……で、答え合わせ。
「――で? ハルカ、やっぱり最初から俺を知ってたのか?」
「……はい。知って、ました」
彼女は、重くその言葉を口にした。
「もちろん、最初はどこか見覚えがあるというくらいだったのですが……名前を聞いた時に、確信しました。晴太さんが、命の恩人の息子であると」
「そっか……。そんなら、俺の家を知ってたのも納得だな。でも学校は? よくわかったな」
「知らなかったのですぐに調べました。それ自体はさほど難しくはないので。それから、調べられることは全て調べて、準備をしたんです」
「そっか。……うん? あー、うん。そっか」
……さらりと言ってるけど、内容はかなりドロドロだぞ、ハルカ。
片栗粉の分量を間違えたみたいにすんごいドロドロだぞ、ハルカ。
よし、これは流そう。これ以上はいけない。
そのままハルカは、懺悔のように、あの日のことを――俺とハルカが、詐欺アプリで出会った日のことを話し始めた。
「あとは……晴太さんも、ご存知の通りです。私はせめてもの恩返しのため……晴太さんのお父様を犠牲にした罪滅ぼしのため、晴太さんが望むままに、お付き合いをすることにしました」
ハルカの視線は、いつぞやのように泳いでいた。
声の強弱は安定せず、本当は墓まで持っていきたいであろう話を、怯えながらも、話し続けた。
いいんだ、ハルカ。
俺は、全部聞くって決めたから――。
「でも、私もそんな経験がなかったので、さすがに抵抗もあったのですが……その、ええと……こ、こんな変な人なら、関係もすぐに終わるだろうから、それなら……ある程度交際して、すぐ、終わればいいかな……と……」
ハルカは未だかつてないくらいに、心の底から、徹頭徹尾、とにもかくにも、ひたすら申し訳なさそうに話してくれた。
「…………」
これは、アレだ。
要するに、こういうことだ。
(こんなアホな奴なら扱いやすいだろうから、とりあえず言われた通り形だけ付き合って、テキトーに相手をしたところで、とっとと別れればいいと思ってた、ということなのね……)
「……う、うん、そっか。ふーん……そっか……」
いやぁ、これ……めっちゃキッツいわぁ。
思ってたよりだいぶんキッツキツなんだけど。当社比10倍くらいキツいんだけど。
覚悟してたのに、そんな覚悟をぶち抜いて心臓を突き刺して来るんだけど。
でも……うん、これは確かに言いづらいわな。
俺がハルカの立場なら、こんなこと絶対言えねえわ。マジで。
そりゃ躊躇しまくるし、言うのが億劫になりまくる話だよな。間違いない。
「も、もちろん! すぐに意外と面白い人って思いましたから! 今まで会ったことないような、凄く、面白い人なんだって思ったんですよ!?」
それ、褒めてる?
それともトドメ刺してきてる?
いかん、話題を変えよう。
「……ハルカは、あの日病院で、俺と会ってたことも覚えてたのか?」
ハルカは首を小さく縦に振った。
「覚えてました。でも、晴太さんはそうでもなさそうだったので……。だから確かめようと思って、メッセージアプリのアカウント名をharukaにしたんです」
「……で、俺はそれでも思い出さなかった、と」
ホントにアホじゃん、俺。
「でも、私はあの時、病院で言われた晴太さんの言葉に救われていたんです。だから、もしかしたら、心の奥底では、晴太さんに覚えていて欲しかったのかもしれません。……でも晴太さんは、ぜーんぶ忘れていたみたいですけどね」
「あ、あはは……」
ハルカの小悪魔スタイルに、作り笑いで誤魔化しを図る。
「ふふふ、だから翌日に“ハルカ”と呼ばれた時は驚きました。私の目論見、全部バレちゃったのかと思ったんですよ?」
「そ、そうなんだ……」
笑顔で目論見とか言うな。
それ言うの、悪の秘密結社くらいだぞ。
――ともあれ、ある程度の事情もわかり、ハルカ問題の方は何とか解決したと言えるだろう。
俺の心に見えない傷が入りはしたが。
……だが俺には、俺達には、真のラスボスとも言える存在がいる。
いや、ラスボスなど生温い。
ラスボスなんぞ秒で消し去りかねない、まさに裏ボスとも言える御方が控えているのである。
「……ハルカ、親父さんはいるのか?」
「え? は、はい……。屋敷の執務室に、いると思いますが……」
ならば、もはや迷うまい。
「ハルカ、ちょっと行ってくる」
「あ……――」
俺が立ち上がると、ハルカは名残惜しそうに手を離した。可愛い奴め。
「……お父様に、会うんですか?」
「え? ああ、うん。なんか色々と誤解されてるみたいでさ。色々話さないと……」
……まあ、強ち誤解とは言えんが。
むしろ、ハルカは序盤、完全に罪滅ぼしから俺と付き合ってたのは確定してるわけで……。
確かに俺は何も知らなかった。
知らなかった……が、それが何だという話だ。
そんなの、ぶっちゃけ証明しようがないんだ。
どんだけ言い訳しても、どんだけ涙ながらに熱弁しても、あの親父さんの中の事実――娘の罪悪感を逆手に取って交際を迫った真正のドグソ腐れ男であることは、何一つ変わらない。
そりゃお父様もブチギレモードになるわけだ。
……でも、だからこそ会いに行く。
俺が、俺の言葉で、俺の口から、話さないといけないと思うから。
「あの、晴太さん……私も、行きます」
ハルカはそんなことを言ってきた。
彼女を見ると、怯えながら、弱りながらも、その目の奥には、俺の知る“遥日宮鏡花”の意志のようなものが確かに宿っていた。
「……うん、わかった。一緒に行こう」
「は、はい!」
ハルカが身なりを整えるため、俺は一時的に部屋の外へ。
軍曹殿がまだいたことには驚いたが、彼女は俺を見るなり、何も言葉を発せず、いつぞやのように、強めにサムズアップを示しまくっていた。
だから俺も、同じようにサムズアップを返すのである。
ありがとう軍曹殿。ハルカの謎が解けたから、今度はアンタの謎、めちゃくちゃ気になってきたよ。
……少しして、ハルカは出てきた。
さすがに寝間着姿でうろつくわけにもいかないようで、私服姿となっていた。
白いブラウスに、紺色のロングスカート。
「ハルカ、その服……」
忘れもしない。
忘れるわけがない、夢の鬼かわセット。
「はい。私の、一番好きな服になったので……」
照れながらもしっかり言葉にするハルカ。
あーもうたまらん。なんたる破壊力の照れ笑い。
もう親父さんのこととか全部ほったらかして、このままお花畑で追いかけごっこしたい気分。
……半分冗談は置いといて、俺とハルカは、父親の下へと向かった。
屋敷はとてつもなく広い。広すぎる。
……いや、マジで広すぎるんだけど、これ毎回移動するの、めちゃくちゃキツくね?
トイレ行くだけでも過酷じゃん。
友達連れてきた時に、トイレの場所教えても絶対迷子なるやつじゃん。
なんて友達に優しくない屋敷なんだろうか。
これが世に言う、デザインの敗北か。
俺なら買った後に絶対後悔する。
とにかく、俺とハルカは、ハルカの父親――遥日宮源一郎の執務室へとたどり着いた。
ハルカは息を整えて、部屋をノックする。
「――……入りたまえ、2人とも」
その言葉は、予想外だった。
親父さんは、まるで俺達が来ることをわかっていたかのように、俺とハルカに入室を許可した。
これで防犯カメラ映像を見てたとかならクソダサいが、相手は、ハルカの実父。
俺が来ていることなど――いや下手すれば、俺とハルカがやり直すことになったことすらも、全て、察しているのかもしれない。
俺とハルカは顔を向け合い、同時に頷くと、その重厚な扉を2人で開けたのだった。
遥日宮源一郎は、窓際の机に座っていた。
事務作業を続けながら、横目で一度だけ俺達に視線を送り、また、書類に目を戻す。
そしてそのまま、仕事を続けた。
(ほほぉ、完全無視とはな……)
さすがにちょっとイラついた。
先制パンチ、受け取ったよ。
「お父さん、空閑晴太です。さっそくですが、お話があり――」
「騒々しい」
ピシャリ、と。
俺の言葉を、親父さんは雑音として切り捨てる。
「騒々しいな、君は。いったいこんなところで何をしている。言ったはずだ。鏡花には付き纏うなと」
ハルカは一歩前に出た。
「お父様! 誤解なんです! 私は、本当に晴太さんのことが――!」
「鏡花は黙っていなさい」
「――――ッ」
またもや、ピシャリ。
「……私は、そこにいる少年と話している。少年、まだ回答を貰っていないんだが――答える気がないのなら出ていってくれないか。仕事の邪魔だ」
「…………」
ほぉ、ほぉ、ほぉ……邪魔、とな。
なるほど、どうやら親父さんは、俺とのタイマンをお望みのようだ。
(……受けてやるよ、クソ親父)
根本的に、そもそもハルカは、たぶん、あの日あの公園で全てを話すつもりだったのだろう。
もちろん、それでもかなり揉めてたと思う。思うが、今ほど話がこじれはしなかっただろう。
とどのつまり、全てはこの親父さんが独断専行でぐちゃぐちゃにしたせいとも言える。
もちろん、俺にも悪いところはあったよ? ハルカにだって。
ただ、一番厄介なのは、アンタなんだよ。
だからこそ、遠慮はしない。
してやるものか――ッ!
「何をしている。早く出て行――」
「暴露するにしても、順序があるでしょッ!!」
「――――ッ!?」
遥日宮源一郎は、この日初めて、面と向かって俺を見た。
その顔は、見事に豆鉄砲の直撃を受けていた。




