第27話
俺とハルカの攻防戦は、佳境を迎えていた。
疲れ切った体をぽかーんとさせるハルカ。
そんな彼女を見て、俺の喉からは、無限の泉の如く言葉が溢れ出始めた。
「お前、本当にバカ野郎だよ! 女の子だけど、便宜上野郎にする! ホント、バカ野郎!」
そもそもバカ野郎の女バージョンなど、俺の脳内辞書にはない。
「あ、あの……」
「父さんのこととか、俺とのこととかさ! お前は全部知ってたんだろ!? それなら、お前が最初から全部話しておけば、こんなややこしい事態にならなかっただろうに! 秘密主義も大概にしとけ! お前はどんだけ一人で抱え込むんだよ!」
ハルカはようやく我に返ると、布団の端を強く握り、頭を下げてきた。
「す、すみませんでした……。だから私は、もう二度と、晴太さんの前には――」
「今は俺が話してるんだろうが! 黙って聞け!」
「――――ッ!?」
ハルカが言葉を飲み込んだところで、俺は、これまでのことを思い出す。
「……俺もさ、甘え過ぎてたと思うよ。お前はずっと罪悪感を片手に、好きでもない相手と交際ごっこしてたんだよな」
ハルカに、詐欺アプリを見せて付き合うことになったこと――。
「前に彼氏彼女なんて遊びだって言ったの、そういうことだろ? お前が何を抱えて、何を背負ってるかなんて、そんなの、全然知らなくてさ」
家に押しかけ、学校に押しかけ、弁当を食わされ、転校させられ、勉強合宿をさせられ――。
「もしかしたら、今だってそうかもしれない。無理して付き合わせて、迷惑してんのかもしれない」
そして初めてのデートと、公園での別れ――。
「……それは、俺にはわからない。お前が何を思ってるかなんて、何も、わからないんだ」
「ち、違います! 今の私は、本当に――!」
「だがそんなことッ! 知ったことかッッ!!」
「――――ッ!?」
ハルカは、再び言葉を一気飲みする。
「最初がどうだったとか! 途中がどうだったとか! わからん! お前から何一つ聞いてないし、俺はバカだから! わかるわけがない!」
――そう、ハルカの気持ちは、俺なんかにはわかりようがない。
最初は恩返しと罪滅ぼし……うん、そうだろう。
それはハルカがいくら否定したとしても、絶対にあったはずだ。なんなら99%くらいはそうだったんだろう。
だから細かな自分の情報を言わなかった。いずれ別れることが決まっていたから。
だから好き勝手できた。別にどうでもいい相手だったから。
だから気にもせず、ケラケラ笑って、ほくそ笑んで、微笑んで……俺を振り回しまくっていた。
いずれ別れる、仮初の関係でしかなかったから。別に外面を取り繕う必要もなかったから。
俺なんて、心底、どうでも良かったから――。
今ならわかる。
たぶんじゃなくて、限りなく確信を持って、そうだと言える。
だって俺は、いつも、ハルカを見ていたから。
でも――。
「――でも少なくとも! あの日別宅で見たハルカは、カッコよかった! 心から尊敬した! そして船で見たハルカは、眩しかった! すげえ眩しくて、綺麗で、楽しそうだった! お前の横顔を、ずっと見ていたかった! 俺にとってはそれが全部で、それだけが真実なんだ! それは誰にも否定させない! ハルカにも――もちろん、俺にもな!」
「――――ッ」
ハルカの目に涙が溜まる。
まだ枯れていない――枯れさせない。
ハルカに、手を差し出した。
これは、俺からのハルカへの手紙。
思いを綴った、俺にできる最大で、唯一の言葉。
「……だからさ、このままサヨナラってのは、俺、嫌だ。すっげえ嫌なんだよ、それは。もしもハルカが、こんなダサくてバカな俺でもいいのなら、また俺と一緒に、学校に行こう。ハンバーガーを食べよう。映画も見よう。寸評会でも、視察でも、なんだっていい。なんだっていいんだ。俺はもっと、ハルカと一緒にいたいだけだから……――」
だって、しょうがないだろ?
俺は、前から、とっくに――。
「――……俺は、ハルカが好きだから。身分不相応だとしても、高望みだとしても。俺は、ハルカが、好きなんだ」
ハルカは、涙を溢れさせた。
「――……晴太さん!!」
そのままベッドを這い、しがみつき、倒れ込み、強く、とにかく強く、体を抱き締めてきた。
「ごめんなさい……ごめんなさい! 私、ずっと晴太さんに言えなくて……! ずっと苦しくて、どうしようもなくて……!」
「……いいんだ。いいんだって」
ハルカにできなかったんなら、それはたぶん、誰にもできないくらい重いことだから。
「私もです! 私も、晴太さんと一緒にいたいんです! 晴太さんじゃないとダメなんです! こんなにも会いたくて、こんなにも嬉しくて……! こんなに胸がいっぱいになるのは……全部、晴太さんだから! あなただから! 私も晴太さんが――大好きですッ!!」
「ああ、俺もだ。俺も、ハルカが好きだ。……だ、だだ、大好きだ……」
最後は口籠る情けない俺。
(……まぁ、それでもいっか)
肝心なことは、そこじゃない。
またこうして、ハルカと会えたことだ。話せたことだ。
そして今度こそ、本当の意味で、遥日宮鏡花の彼氏になれたことだ。
その儀式というならいくらでも受け入れよう。
何せ俺には、ハルカがいるんだから。
……ハルカは、ひたすら胸の中で泣いていた。
震えながら、縮こまって。でも、決して離れようとしない。
誰だよ、こいつが完璧だなんて言った奴は。
なんでも出来るなんてほざいた奴は。
この姿を見てみろ。
ここにいるのは、ごく普通の、遥日宮鏡花という人間でしかないんだ。
俺達と何も変わらない。
ちょっと優秀で、ちょっとぶっ飛んでるだけの、ただ一人の、ハルカでしかないんだ。




