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第26話




 


「ああクソ! なんで俺はハルカの家を知らねえんだよ! ハルカが言わなかったからってさ!」


 全ての答えを口走った気がするが、それはそうと、なんという初期不良だろうか。

 結局俺がハルカから本名以外を聞いてないという事実が、今になって、こんなクソほど忙しくて慌ただしい時に重くのしかかって来るとは。


「ええい! 呑気に考えてる場合じゃねえな!」


 とりあえず、ハルカの本宅を知ってそうな本命は2つ。

 その本命その1に、突撃をかます。

 昇降口を駆け抜けて、階段を2段飛びで登り、廊下を競歩の如く速歩きして、その場所――教室へと駆け込んだ。

 

「えっ!? えっ、あっ、空閑くん!?」


 ガッツリ授業中だが、ちょうど担任の先生がいたのはツイてる。

 本命その1――学校。

 ここは当然知ってるだろう。

 問題は、そもそも生徒個人に他生徒の個人情報を教えてくれるかってところなのだが……そこは勢いで押し込んでみよう。


「先生ぇぇ!!」


「ヒッ――!」


 先生は恐怖におののく。

 仕方あるまい。ずっとサボってた教え子が、授業中に突然、中学のジャージ姿で押し入ってきたのだから。


「遥日宮鏡花さんの住所、どこですかぁ!?」


「はっ!? えええ!?」


「遥日宮鏡花さんの住所、どこですかぁ!?」


「えっ、ちょっと……ちょっと待っ――!」


「遥日宮鏡花さんの住所、どこですかぁ!?」


「お、教えられません! 個人情報ですので、教えられません!!」


「チィッ、やっぱダメか……失礼しましたぁ!」


 まさにゴキブリのように現れ、蚊のように刺して教室を離脱する俺。

 先生には後日しっかりと謝ろう。

 学校は居場所を教えない。

 となれば、もはやここしかあるまい。

 俺が急ぎたどり着いたのは、大本命。

 ご存知、遥日宮家の別邸にいる――。


「――メイドさんッ!!」


 玄関で箒を掃いていたメイドさんこと軍曹殿に、スライディング土下座を敢行する。


「ハルカの――鏡花の家、教えてくださいッ!」


 一瞬の後、静まり返る別邸。

 メイドさんの反応は鈍い。

 シャッ、シャッ、と。

 竹箒が路面に擦れる音だけが聞こえていた。


「……御嬢様に会ったとして、いかがなさるおつもりですか?」


 箒の音に、メイドさんの声が混じる。


「御嬢様はあなたへの罪悪感で、酷く憔悴しきっておられます。もしもあなたが、またも御嬢様の心を蝕む言葉を口にしたのなら……今度こそ、御嬢様の心は壊れてしまうかもしれません。御嬢様の心は確かに鋼のように強靭……ですが、鋼とて、時には砕けるものなのです」


「…………」


 箒の音が、止まった。


「――今一度問います。御嬢様とお会いして、いかがなさるおつもりでしょうか」


 アホでもわかる、簡単な図式だ。

 俺は今、試されている。

 下手な言い訳や誤魔化しなど、この人には一切通じないだろう。

 だとするなら――。


「そんなの……――」


 ――俺も、ありのままでぶつかるだけだ。


「――……そんなの、何も考えてませんッ!!」


「――――ッ!?」


 珍しく、メイドさんは目を見開いて驚いた。


「もう正直に言っちゃうと、会ってどうするかじゃなくて、俺が単純に会いたいだけなんですよ! あいつが何考えてるか結局わかんないし、これからどうするのかも聞きたいし! 何より、俺も言いたいんで! 文句とか、それ以外の言葉とか――色々、とにかく色々! 全部!!」


 メイドさんは俺を見つめ、黙り込み――は、しなかった。


「……おほほほ! ほほほほほ!」


「あ、あれ?」


 軍曹殿が笑った。

 あのメイドさんが笑った。

 何がそんなにウケたのかは全くわからんが、とにかく無作法に笑いまくっていた。


「……わかりました、晴太様。もう、私からは何も言いません」


 そしてメイドさんは玄関に箒を立てかける。


「……実のところ、御嬢様からは“晴太様に本邸の場所を言わないで欲しい”と言い使っております。私は、あくまでも遥日宮家の使用人――御嬢様のお言葉を、反故にするわけにはいかないのです」


「そ、それじゃあ……」


 ヤバい。マジで終わったかもしれん。

 ハルカは、ここまで予測していたのか?


「……ともあれ、少々お待ちを」


 するとメイドさん、屋敷の裏へと向かい始めた。

 しばらくすると、グオングオンというエンジン音が響き始め、そして裏から現れる、真っ赤でスポーティな大型バイク――。

 メイドさんはフルフェイスヘルメットを装備し、メイド服のまま、座席に跨っていた。


「あ、あの……これは?」


「私の趣味でございます。最近はあまり使っていませんでしたが……」


 いや、そうじゃなくてだな。

 するとメイドさんは、俺に同じくフルフェイスのヘルメットを放り投げた。


「“晴太様に本邸の場所を言うこと”は禁止されておりますが――“晴太様を本邸までお連れすること”に関しては、私、何も言われておりませんので……。さぁ、お乗りくださいませ」


 ぐ、軍曹殿ぉぉぉ!!

 アンタやっぱり軍曹殿だよ! メイドだけど、やっぱ俺の軍曹殿だよ! メイドだけど!

 大慌てでヘルメットを被り、すぐさま軍曹殿の後ろに跨る。


「振り落とされぬよう、ご注意くださいませ」


「アイアイマムッ!!」


 そして軍曹殿は、マジで俺を振り落とす勢いで走り出した。

 風を切り裂き、景色を置き去りにし、バイクはどんどん道を突き抜けていく。

 海岸通りを通り抜け、少し山手にさしかかったところで、それは見えてきた。

 それは山間にある、城みたいな御屋敷。

 建築基準法をクリアしてるか疑わしい程の巨大建造物が、目前に迫ってきていた。


「これが、ハルカの……家?」


 家じゃねえな。

 城、もしくは要塞だよ。こんだけ大きいと、むしろ住みづらいだろうに。

 やはり金持ちはどこかぶっ飛んでる。

 常識とか、色々と。

 バイクは瞬く間に玄関へと滑り込むと、他の使用人がギョッと動揺する中、軍曹殿は颯爽とバイクを降りてヘルメットをハンドルにかけ、いつものメイド立ちに戻り、スタスタと中へと歩き始めた。

 俺は後ろからついて行ってるのだが、軍曹殿が通ると、彼女を見かけた本邸のメイド達は、一様に慌てて姿勢を正し、軍曹殿に頭を下げていた。

 ……いやアンタ、何者なんだよ、ホントに。

 要塞の中を目まぐるしく歩き回り、やがて俺達は、巨大扉の前へとたどり着く。

 

「……ここが、ハルカの部屋ですか?」


「…………」


 軍曹殿は何も言わない。

 しかし俺に道を譲るように、数歩、隣に動いた。


(……あ、そっか。この人、ハルカの部屋を教えられないんだったな)


 心からのお礼として、深く、長く、軍曹殿に頭を下げる。

 彼女は少しだけ、微笑んでいた。

 

(……よし)


 扉を数回、ノックする。

 返事がない。

 再び、ちょいと強めにノックする。

 やはり返事がない。

 今度は強めに、リズムを刻んでノックする。


「……いい加減にしてください。食事ならいらないと、言ったはずです」


 間違いない。

 久しぶりの……とにかく久しぶりの、ハルカの声だった。

 しかしその声はどうだ。あの完璧御嬢様が、別人のように思える。

 いったい何をしているのやら……。


「スゥゥゥ……――」


 思い切り、とにかく思い切り、息を吸い込む。

 そして、声帯を爆発させた。


「――ハルカァッ! 開けるぞォッ!」


 母さんよろしく、母親譲りの足グセの悪さで、ドアに思い切り蹴りを打ち込む。

 鍵がかかっていたのかわからん。

 いずれにしても扉は勢いよすぎるくらいに開き、強制的に、中の様子を見せつけてきた。

 ――ハルカは、寝間着姿でベッドにいた。

 その姿は、やはりというか、俺の知るハルカの姿からはかけ離れていた。

 大きくて切れ長の目を腫らし、雪のように白い肌にはクマがあり、髪もボサボサ。

 全身ボロボロで、弱々しく、まるで病弱な悲劇のお姫様のようだった。


「せ、晴太……さん?」


 驚きを超えた超驚きの顔を浮かべた彼女は、体を起こす。

 そんな彼女に向けて、都合なんてお構いなしに歩み寄る。


「あ、あの……! なんで……なんで晴太さんが、ここに……!」


 そんな言葉などフル無視を決め込み、間近に迫ったところで、ハルカの顔を思い切り指さした。


「お前は本ッッ当に――バカ野郎だよッッ!!」


「…………ふぇ?」


 ハルカは、ぽかーんと間抜け面を見せていた。







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