↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/31

第21話




 生徒指導の先生達からの事情聴取を終え、事件が収束した頃には、すっかり放課後となっていた。

 俺が教室に戻ると、ハルカは、帰っていた。

 夕焼けが世界を染め上げ、涼しい風が教室のカーテンを揺らす。机は整然と並び、窓の外からは部活生の掛け声が小さく聞こえていたものの、廊下には、足音一つなかった。

 そんな誰もいない教室の、俺の机の上――そこには、その日一日の授業をまとめたノートと、絆創膏が数枚。そしてメモ紙にパソコンで打ったような達筆で「ご迷惑をおかけしました。また明日学校で」と一言。

 午前中欠席だったのにどうやって一日の授業をノートにまとめることができるのかは、この際気にしないでおこう。

 まだ、ハルカの中では痼があるのだろうか。

 その痼の正体を、俺は、何も知らない。

 昨日はあんだけ一緒にいたのに、笑顔で話したのが遥か昔に感じてしまう。

 いったい何を隠す、ハルカ。

 お前ほどの奴が、ここまで話すのが億劫になることなのか。

 ともあれ、帰り支度をする。

 教室を出て、廊下を歩き、階段を降りて、下駄箱へと向かい、上履きと靴を入れ替える――。


「――あ、あの!」


 声をかけられた。

 目をやると、そこには天童寺秋良が立っていた。

 ……いや、たぶん待っていたのだろう。

 もちろん、俺が来るのを。


「……よっ。アンタも今帰りか?」


「え? あ、うん、はい……」


 彼女は、がっつり戸惑っていた。

 ファーストタッチを間違えたかもしれん。この言い方がこういう時のテンプレだと思ってたんだけどなぁ。

 こうなるとすんごいダサいなぁ、俺。


「……あの、なんで、庇ったの?」


 天童寺は、おそるおそる聞いてきた。


「空閑くんは、遥日宮さんと、その……凄く仲がいいでしょ?」


 仲がいいでは済まんだろうに、アレは。


「それなのに、私、遥日宮さんに、とても酷いことを言って……あなたまで殴ってしまって……」


 彼女は、目を合わさなかった。

 でもその場から離れることなく、怯えながらも聞いてきた。

 それだけで、もう十分罰を受けている気がした。

 

「……さぁ、なんでだろうな。もしかして余計なことだったか?」


「そ、そんなこと……!」


 一瞬だけ、彼女は俺の顔を見た。

 当然、そこには殴られた痣があるわけで……彼女はこの世の終わりのような顔を浮かべ、やはり、視線を伏せてしまった。

 俺も別に、追い込みたいわけじゃない。

 ただここで、俺があまりにも何食わぬ顔をすると、彼女は前に進めなくなるのかもしれない。

 それは、なんつーか、勿体ない。


「いいパンチだったな」


「……え?」


「日頃の練習の成果ってのを、素人ながらに感じたよ。それをあんなケンカで使うの、すげえ勿体ないって」


「は、はい……ごめんなさい……」


「そもそもさ、天童寺……だっけ? お前、勘違いしてるよ。俺みたいな真の凡人からすれば、スポーツ特待生ってだけで既に凄いんだよ。……いいか? お前は、ちゃんと凄いんだ」


「――――ッ」


 天童寺の目から、一筋だけ、涙がこぼれた。


「だから誰かと比べるんじゃなくて、あの拳は、自分のために使った方がいい。じゃないと、お前が一番キツイんじゃないかな。その拳は、あんなことのために鍛えたんじゃないんだろ?」


「……はい、はい。ごめんなさい……ありがとう、ごめんなさい……」


 謝罪と謝辞を交互に繰り返し、涙を流す天童寺。

 こう言ったらハルカに悪いが、天童寺の心は、確かにハルカにはわかりにくいのかもしれない。

 ハルカは言う。

 結果が気に入らないのなら勉強すればいい。努力すればいい。正論だ。真っ当で、遠慮も慈悲もない言葉だろう。

 ……でもそれは、言う程簡単ではない。

 結果が出るかもわからない努力を続けるのは、並大抵のことではないのだから。

 ハルカは才能を自覚している。

 だからこそ、それを担保に努力ができているとも言える。

 だが普通の人は違う。自分のどこに、どのような才能があるのかわからない。

 そんな確証もないものを頼りに、どれだけ研鑽を積むことができるのだろうか。

 ……でも、ハルカは違うんだろう。

 あいつならきっと、才能のありなしは考えず、ひたむきに努力していくんだと思う。

 メイドさんの話にやや反するかもしれないが、才能を確信し、努力を重ね続けることができるのは、それもまた、天才の所業と呼べるものなのかもしれない。


「私、凄く不安で……。もうすぐ最後の試合で、その後、受験があるのに……全然、何もかも上手くいかない気がして……。でも遥日宮さんは、いつも完璧で……それが羨ましくて、気に入らなくて……」


 涙ながらに、天童寺は弁明を繰り返す。


「…………」


 ……おーいぇ。

 まさか3年生の先輩でございましたか。

 でも今さら口調変えるのも変なので、このままタメ口、使わせてもらいます。サーセン。

 しかし天童寺先輩。

 あなたは一つ、知らなければならないことがありますよ。


「――……3時間ごとに、5分の休憩」


「……え?」


 天童寺は、顔を上げた。


「それを続けて、1日20時間の勉強。自分の時間は、残り4時間だけ。親の仕事を手伝いつつ、ダメ男の面倒を見て、時間があれば参考書、ノート、丸付け。それを早朝から夜中まで、毎日、ずっと……アンタ、できる?」


「え……いや、それは無理じゃ……」


「そう、無理だ。無理なんだよ、普通は。でもそれをやってる奴を、俺は知ってる。当たり前のように、誰かに見られていなくても、ずっとそれを続けている奴をよく知っているんだ。……そしてそいつのことは、アンタも、よく知っているはずだ」


「…………」


 天童寺は、目を見開いて立ち尽くしていた。

 ……もっとも、そのぶっ飛んだ勉強時間は試験期間中の特別モードらしいが、この際、それは伏せておこう。


「あいつは確かに凄いよ。凄すぎて、いつも俺がちっぽけに思えてくる。――でも、尊敬してる。誰かに自慢することなく、愚痴も言い訳もせず、ひたすら自分を磨き続けるあいつを、心から尊敬してる。俺がいつも傍にいたいって思う遥日宮鏡花ってのは、そういう奴なんだよ」


 その時、下駄箱の出入口から足音が聞こえた。

 瞬時に目を向けると、走って立ち去る、一つの後ろ姿を辛うじて捉えた。


「――ハルカッ!!」


 反射的に叫ぶ。

 間違えるはずがない。

 それは、ハルカの後ろ姿だった。


「ごめん天童寺! 俺、帰るから!」


「えっ!? あ、ちょっと――!」


 彼女の制止に見向きもせずに下駄箱を飛び出し、学校を飛び出す。

 目の前の道路の先、そこで、この街に全く不釣り合いな黒いリムジンが走り去っていた。

 

「……って、もしかして、あれを聞かれた?」


 うっわ……うっわ! 恥っず!

 ちょいと待ってくれよ、ハルカさん。

 そりゃ卑怯だよ。なんで聞くかね、そこを。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。穴なんかなくてもマントルまで掘って身を沈めたい。

 

「いやぁ、マジかぁ……」


 もはや手遅れだろう。

 校門の片隅で座り込んだ俺は、頭を抱えて、悶絶するしかできなかったのである。


 ――その時、俺のスマホに一つの通知が届いた。

 それはハルカからのメッセージ。

 いつも通り、面白みも熱もなく、淡々と、そこには一言添えられていた。


『今日の午後7時、あの日の丘の上にある公園で、お話ししたいことがあります。』と――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。