第18話
それから、ハルカと色々なところに行った。
しかしハルカは、どこまでもハルカだった。
映画を見れば評論家並の解説を口にして、服を見に行けばトレンドの販売方法を観察し、ゲームセンターでは景品のクオリティを確認する。
これはアレだな。
デートというより、俺同伴の視察だな。
しかしそれでも楽しかったのは、たぶん、ハルカの表情がコロコロ変わっていたからだろう。
笑って、驚いて、真顔になって、困惑して、そしてまた、笑う。
相変わらずの超美人で、横に並ぶと俺よりも背が高い。
行き交う人々は彼女に見惚れ、俺を見殺す。
どこまでも不釣り合い。アンバランス。
……でも、そんなの知ったことではない。
今の一時は、俺とハルカのものなんだ。
出だしこそ胡散臭い詐欺アプリからだったが、ようやく俺も人並みの――いや、人並み以上の青春を謳歌できている。
もしもこれがあの勉強デスマーチのご褒美だと言うのなら、第三回定期考査も、十二分に頑張ることができるだろう。
そう、この人並み程度の幸せがあれば――……。
「……――良かったんだけどなぁ」
大海原を前に、最大級の呟きを放つ。
そう、大海原である。
見渡す限りの海、海、海。
夕焼けの茜を帯びた空と、その光を乱反射させる大海の波達。
それらの波を真っ二つに切り裂きながら進むのは、俺らが搭乗する、かなり大きめのクルージングボートだった。
否、これはもはや、クルージング船という分類に入るだろう。
「綺麗ですね、晴太さん」
「……そうですね、ハルカさん」
ハルカの静かな微笑みに、ローテンションで答えていた。
ことの発端は、そう、俺である。
色々と店を回り、そろそろ夕方にもなろうかという時間に差し掛かったところで、迂闊にも「これで海でも見に行けば完璧だなぁ」なんてほざいたが最後だった。
「海なら、私も見に行きたいです!」
ハルカは電話1本の超スピードでクルージングボートをチャーターし、今俺達は、母なる海を蹂躙しているのである。
(なんでこうなるかなぁ……)
何がなんでも金を使わないと気が済まないのか、遥日宮鏡花。
そんなにも庶民に財力格差を見せつけたいのか、遥日宮鏡花。
しかし庶民の同胞達よ、すまない。
ぶっちゃけ、めっちゃ綺麗です。
黄昏の景色も、黄昏のハルカも。サーセン。
陽キャのモテ男なら、ここですかさずハルカに「景色も綺麗だけど、お前はもっと綺麗だZE」的なことをサラッとズバッと言うのだろう。
だがしかし、俺には無理だ。
そんなことを口にすれば、未来永劫今日のことを思い出しては布団で足をバタつかせ悶絶すること必至なのである。
これが空閑晴太という男。
どこまでいっても、哀れなり。
「……今日は、ありがとうございました」
ふと、隣にいたハルカが言う。
「食事や買い物、映画鑑賞やクルージング……これまで何度かしたことはありますが、今日ほど、楽しくて、綺麗で……そして、終わるのが惜しいと思ったことはありません」
ハルカは、少しだけ笑顔が薄かった。
……そこまで堪能してくれたのなら、臭すぎる決め台詞なんて言わなくても良さそうだ。
「……その、アレだ。楽しい時間ってあっという間に終わるもんだけどさ、別に今日で最後ってわけでもないだろうに」
ハルカの顔を見ることなく、何とか言葉をひねり出す。
「これからも、遊びに行けばいいさ。終わるのが惜しいんじゃなくて、また次が楽しみって思えるくらい。……まぁ、俺でよければって話なんだけどな」
「晴太さん……」
これでも、かなり頑張ってる。
顔も熱いし、たぶん、夕焼け抜きで赤くなってるだろう。それを素直に見せるのは、言い得ぬ敗北感を感じてしまう。
かくして、俺は顔を背けていた。
……ハルカは今、どんな顔をしてるんだろうか。
呆れてるのか。それとも、微笑んでるのか。はたまた「こいつ何言ってんの?」みたいにキレてんのか……。
ヘタレチキン野郎な俺には、その顔を直視することができなかった。
ホント、ダサくてカッコ悪い。
でも、それが俺なんだろう。
「……だめですよ」
ハルカの声が聞こえた。
その僅か5文字に、胸の奥に激痛が走る。
しかしその痛みを鎮めるように、ハルカは、そっと俺の手に触れてきた。
「晴太さんでよければ……ではなくて、晴太さんじゃないとだめです。他の人だったら、こんなにも満たされていなかったと思います。――いいえ、満たされません。満たされないんです。それは、はっきりとわかります」
「ハルカ……」
……あー、ダメだこれ。これホントダメだ。
俺、青春しちゃってる。
他に何も考えられん。こんなにも……こんなにも視界が狭くなるのか。
電撃なんて走らない。
運命を感じたわけでもない。
世界はモノクロどころか、色鮮やか過ぎて目眩がする。
その中心にいるのは、なぜか俺じゃない。
ハルカなんだ。
俺の世界のはずだ。俺の物語のはずだ。
それなのに、俺の世界のど真ん中に、ハルカが陣取ってやがる。
当たり前に微笑んで、遠慮なく佇んでやがる。
こんな感覚初めてだ。
ヤバい、パニクってきた。
「あ、あの……俺……――」
あー、ダサい。ダサいぞ俺。
頑張れよ。もっと頑張れよ。
今ここで言わなきゃならんだろ。ここしかないだろ。言葉を詰まらせてる場合じゃないんだよ。
俺が勇気に躊躇していた時だった。
「――あ、あの! 晴太さん!」
ハルカは突然、声を大きくさせた。
「……え、あ、はい」
「私、その……ええと……」
ハルカにしては珍しく歯切れが悪く、発する言葉を探しているように見える。
さっきまで怖いくらいに真っ直ぐ向けられていた彼女の視線は、か細く、弱々しく、左右に逃げる。
(……なんだ?)
違和感が凄まじい。
こんなの、俺でもわかる。これは明らかに、恋心のような柔らかい告白ではない。
仄暗く、後ろめたい何かを感じる。
(ハルカは、いったい何を言おうとしている?)
なぜか胃がキリキリと痛む。目が震え、口の中が乾いてきた。顔が強張って、身動きできない。
これから先、ハルカから何が放たれるのか……俺には、全く想像できなかった。
「あの……わ、私! 晴太さんに話さないといけないことが――!」
「――空閑晴太アァッッ!!」
突如、その場の雰囲気をぶち壊す破壊光線が放たれた。
あまりに大声。あまりに叫声。
……隠すまでもない。
東道院正宗である。
俺とハルカが船の上から下を見ると、一回り小さいクルージングボートが。
その船首では、やはりというか、腕を組み仁王立ちする東道院がいた。
「貴様が鏡花さんと2人きりで海に出たと聞いて、わざわざ来てやったぞッ! いい雰囲気などにさせるものかッ! フハハハハハ!!」
高笑いをかます東道院だったが、隣のハルカさんから、ドスの効いた声が聞こえてきた。
「……ごきげんよう、東道院さん。こんなところまでストーキングですか? ご苦労ですね」
「あっ、いやっ! これは、その! ストーキングではなくクルージングでして……!」
「うふふふ……船長、あの憎々しいボートを大急ぎで沈めてください。うふふふ……」
ハルカはブリッジへと笑いながら向かう。
そして東道院、焦りまくる。
「きょ、鏡花さん!? さすがに冗談ですよね!? ね!? ここで沈められたら本当に危ないというかなんというか……!」
「東道院ー。鏡花ならマジでブリッジに向かってるよ。逃げるなら早くした方がいいぞー」
「な、なんだと!? キャプテェェン! 全速力でこの場から離脱するぞ!」
「えぇ!? は、はい!!」
東道院のボートは急旋回する。
ボートからは野太い東道院の断末魔が響く。
「キャプテン急げぇ! 急ぐんだ! 彼女はやると決めたらやる人だぞ!」
「ヒィィィ……!」
海上に2人分の悲鳴を置き捨てて、東道院は元気に去っていった。
「まったく……ありがとよ」
思わず、そんなことを口にした。
正直、東道院の登場には助けられた。
あのハルカの顔と雰囲気……とてもとても、正気では聞けそうもない話だったのかもしれない。
(……話さなくちゃいけないことって、なんだ?)
ハルカは、結局港に着くまで戻って来なかった。
もしかしたら、ハルカにとって一世一代の決意みたいなものを持っての告白だったのかもしれない。
だが、それが何なのかは見当も付かない。
港にはいつものリムジンが迎えに来ていた。
ハルカはいつものように「また学校で」と言っていたが、その声に張りはない。
なんだろうな、この纏わりつくような不快感は。
日は完全に落ちて、深藍の空には星が浮かぶ。
普通なら綺麗だとか、神秘的だとか表現するべきなんだろう。
でも今の俺には、やけに、弱々しく見えていた。




