第17話
それからカルピス原液並の濃度の欠点者補習授業を経て、追試を終えた。
追試といっても、本試験の問題をちょこちょこっといじっただけのもので、補習を受け課題をちゃんとこなしていれば問題なく合格点70点を取れる温もりに包まれたものだった。
ともあれ、第二回定期考査はこうして幕を下ろしたのである。
そして追試の翌日、日曜日。
俺はというと、遥日宮家の別邸に来ていた。
そこで俺は――90度の角度で、見事な謝罪をしていたのである。
「ホント、すみませんでしたぁ!」
相手は鬼軍曹こと、あのメイドさんであった。
「いえいえ、謝る必要はありません。欠点は3教科だけだったのでしょう? 元々いた学校の学力を考えれば、十分に誇れる結果でございます」
「きょ、恐縮です……」
まぁ他の点数も70点代前半ばかりという、薄氷ギリッギリセーフばかりなんだが。
「でもやっぱり、鏡花さんと勝負なんて無謀にも程がありましたね。そもそも勝負にすらなってないというか、赤ちゃんと力士くらいの力量差でしたよ」
「それは当然でございます。御嬢様と晴太様では、根本的な勉学量がかけ離れていますので」
さすがは軍曹。容赦ねえ。
「しかし、御嬢様が全て満点を取ったことは、私もさすがに驚きました。御嬢様は過去最高得点でも、990点だったので」
それでもほぼ全部満点ですぞ。
十分に驚きですぞ、軍曹殿。
「これも偏に、晴太様のおかげでしょう。今回の試験勉強は、御嬢様も、特に張り切っておられましたので。よほど、“晴太様に勝負を挑まれた”ことが嬉しかったのでしょう」
「あー、やっぱり今まで、そんな命知らずな奴はいなかったんですね」
「いえ、一方的に対抗心を抱く方であれば相当数おられます。御嬢様は目立ちます故、敵視する方も多いのでございます」
あの完全無欠の御嬢様を敵視するって、それはそれで凄いな。
なんていうか……不憫な。
「しかし御嬢様は、そのような相手に心を震わせることはありませんでした。あくまでも、自分のために勉学を積まれていましたので。それが今回、晴太様から勝負を挑まれ、奮起し、学校始まって以来となる前人未到の全教科満点を達成されました。その意味は……――」
メイドさんは薄い目を少し深めに開き、意味深に微笑んだ。
「――……言わずとも、察するに易いでしょう」
「は、はぁ……そりゃ、まあ……」
やはりこの人、したたかにして策士。
防戦一方に、たじたじとなる俺であった。
「――晴太さん、お待たせしました」
屋敷からハルカが出てきた。
白いブラウスに紺色のロングスカート……いい、似合う。あまりにも似合いすぎる。
そもそもの話だが、素体の顔面偏差値とかスタイルが限界突破してるわけだし、何着ても結局似合うんだろうけど。身も蓋もない話だが。
「晴太さん、どうしましたか?」
見惚れてぽけーっとしていると、ハルカが顔を覗き込んできた。
心臓に悪過ぎる。色んな意味で。
「い、いやぁ……服、似合ってるなぁって思っただけで……」
「え? あ、はい! その……ありがとう、ございます……」
ハルカは数歩下がり俯いてしまった。
その奥でメイドさん、サムズアップを俺に示す。
恐縮です、軍曹殿。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「は、はい。そうですね」
メイドさんのお辞儀に見送られ、俺とハルカは並んで屋敷を後にする。
今日はアレだ。
定期考査の慰労会……いや違うな。誤解を恐れず言うのなら……そう、これは純然たる、デートだ。
この俺が!
万年ボッチ&万年彼女なしだったこの俺が!
遥日宮鏡花という超絶美人と休日デート!
快挙。まさに快挙。
全世界から割れんばかりの拍手とファンファーレが聞こえてきそうだ。
「――ハッ!」
門を出るなり、俺は周囲をくまなく見渡す。
「どうしました?」
突然の不審者ムーヴにハルカは困惑したようだ。
当然の反応だろう。
「い、いや、ちょっと警戒を……。これまでの流れから、こういう幸せオーラ全開の時には決まって何か横槍が入ってきてたから」
「ふふふ、そうなんですね。でもきっと、今日は大丈夫ですよ」
たぶんその言葉に根拠なんてないんだろう。
でも確かに、起こりもしていないことにビクついて台無しにするのはナンセンスというもの。
今日は初めてのハルカとのデートだ。
行きたい場所に行って、食べたいものを食べて、存分に楽しもう。
「――……って、思ってたんだけどなぁ」
ハルカに聞いた最初に行きたい場所、それは意外にも、大手ハンバーガーチェーン店だった。
「ハルカ、ホントにここでいいの?」
「はい。私、こういう店に来たことがないので」
そう笑顔で答えられると、もはや何も言えないのである。
でも確かに、こんな店じゃ伊勢海老だとかクエだとかA5ランク高級和牛シャトーブリアンなんてものは絶対出ないだろうな。
ともあれ、ハンバーガーは届いた。
ハルカが注文したのは、オーソドックスなチーズバーガー。世界中で愛される鉄板メニューである。
小さく「いただきます」と宣言し、ハルカはガブリと食らいつく。
……いや、“ガブリ”じゃないな。
せいぜい“かぷッ”てレベルの小口だった。
そこがまた可愛い。
「……美味しいです」
「そうだろう、そうだろう」
なぜ俺が自慢気にするかと言えば、庶民日本代表としてこのピッチに立っているからである。
「この肉とチーズ、そしてソースのバランスが非常にいいですね。食べ応えがありながら、後味もあまりしつこいわけではありません。そしてピクルスの塩味と歯ごたえというアクセントも癖になります。このクオリティをこのお値段で提供する……なるほど、人気店になるはずですね」
「…………そだね」
すまん、ハルカ。
そんなに濃いレビューは呑み込みきれない。
庶民日本代表の座は、どこかの別の人に譲ることにしよう。




