第16話
私立美桜ヶ丘高校、第二回定期考査――。
その大イベントは、実に4日かけて実施される。
試験会場たる教室は物々しい雰囲気に包まれ、誰もが血走った目で参考書をガン見し、ぶつぶつと何かを呟き、白いハチマキをする生徒までいやがる。
そんな中、我らがハルカ御嬢様は、恐ろしい程に普通だった。
教室に着くなりいつものように荷物を整理し、小さな赤い筆箱を机に置き、背筋をピーンと伸ばして目を瞑り、心を整える。
「やるべきことはやったので、後は結果次第かと」
まだテストが始まってすらないのにそんなことを口走るハルカ、やはり恐るべし。
しかしその言葉は真理を射抜いている。
今さら慌てたとて仕方がない。
かく言う俺も、人生史上一番勉強して、一番死にかけたと言っても過言ではない。
あとはテストに臨むだけ。
不思議と、恐怖も動揺もなかった。
――……で、はい、試験ね、試験。
結論から言います。
ヤバかった。いやぁ……ホントにヤバかった。
そもそも中学総合ってのが本当に中学の総合で、まさか国数英理社の五教科全部ぶち込まれてるとは思わなんだ。
他の総合メドレーも例に漏れず超難易度で、初見で心はいきなりねじ曲がり、文字は象形文字になっちゃって、頭の中では無限にエーデルワイスが流れる始末。
更に初日の試験を終えて自宅に帰ると、宅急便で山盛り参考書がおかわり配送されてて血涙が止まらなかった。
これも、ハルカのご厚意だろう。
懲罰に近いものがあるが。
そんなこんなでテストは問答無用に俺を木っ端微塵にさせ、悪戦苦闘の果て、何とか終わりを迎えたのである。
◆
試験終了から、2日後のこと。
「――……貴様にしては頑張ったではないか。結果を知った時、僕も驚いたものだ」
東道院正宗は、俺の右隣に座り、クソデカい体を揺らしながら、偉そうにそんなことを抜かしてきやがった。
「そうですわね。欠点どころか退学を迫られるくらいには酷い点数を取ると思ってましたが……まぁ、初めての試験にしては上出来ですの」
クルクル金髪の四条麗子は左隣に足を組んだまま座り、同じように、偉そうにお褒めくださる。
東道院はほくそ笑んだ。
「上出来? ……ふふふ、まあそうだな。確か、欠点がいくつだったか?」
クソが。
こいつわかってて聞いてんな。
「……3つだよ」
「ほほほ、ワタクシの調べでは、数学総合と英語総合、あと、経済総合でしたが……合ってますの?」
「ああ、合ってるよ。合ってるけど、どこで調べたんだよ、お前は」
「ほほほ、企業秘密でありますの。ほほほ」
何の企業なんだよ、金髪クルクル娘め。
今度はほほほ笑いがお気に入りかよ。
「今回の結果を糧に、せいぜい追試に臨むんだな。ハハハ!」
「何ならこのワタクシが勉強をお教えしてさしあげますわよ? オホホホ!」
俺を挟んで両サイドで高笑いする2人。
欠点取ったのは間違いないから仕方ないとして……しかしお前らには、絶対に言われたくねえ。
っていうか、なんでこいつらは他人事みたいに言ってんだよ。
「……高らかに笑ってるけど、ここ、欠点取った追試者の説明会場だからな? お前らも俺と同じ立場だからな?」
「…………」
東道院と四条は、同時にモアイ像のように口を閉ざした。
……そう、ここは美桜ヶ丘高校敷地にある講堂。
学年を問わず、今回のテストにおける欠点者は全てそこに集められていた。
(……にしても、多過ぎね?)
多い。めちゃくちゃ多い。
文化会館のような講堂をビッシリ埋める、欠点者の数々。
まああの難易度を考えれば仕方ないのかもしれないが、こんだけ欠点者がいるって、それもう問題がおかしいって話にはならんのか。
「だいたい東道院も四条も、なーにが勉強を教えてやるだよ。結局お前らも欠点取ってんじゃねえか」
「き、貴様と一緒にするなッ! 僕はたったの2教科だぞッ!?」
「ワ、ワタクシは1教科だけですし、ちょーっと調子が悪かったので仕方なかったんですの!」
「ピーチクパーチク囀ってんじゃねえよ。欠点取った段階で、俺とお前らは同じ穴の狢、どんぐりの背比べ、目糞鼻糞耳糞なんだよ。ふほほほ」
「ぼ、僕は鼻糞なんて嫌だ! せめて目糞にしてくれ!」
「そういう問題じゃないですの! レディに対して糞とは失礼極まりないですのよ!?」
「――そこの3人! 静かにしなさい!」
がっつり先生に怒られる俺ら、三馬鹿。
先生は溜め息を一つこぼし、口を開いた。
「ここに集まってもらった方は、今回の試験で規定点に達しなかった者です。今後、放課後にそれぞれ欠点科目の補習を受けてもらい、来週土曜日、追試験を受けてもらいますので気を抜かないように」
……などと担当の先生が親切丁寧に説明をしているのだが、集まった生徒は皆一様に心ここにあらずといった様子だった。
欠点を取り呆然としてる奴もいるだろうが、大半は、別の件である。
「――……なぁ、聞いたか?」
「ああ聞いた聞いた。さすがだよな」
「学校始まって以来の快挙って話ね」
「やっぱり住む世界が違うわよね」
「あーあ、いいなぁ天才は……」
ヒソヒソと、雑談がところ狭しに聞こえてくる。
「……やはり、話題になりますわよね。ワタクシもとんだ人物と同級生になったものですわ」
「いや、さすがは僕の婚約者だ。僕も精進せねば」
「自称婚約者だろうに。あと、精進する前に追試を頑張れよ。そして俺も頑張れ」
(でも、これは凄い騒ぎだな……)
先生も半ば雑談を諦めているらしい。それほどまでに、今回の結果は衝撃的だったのだろう。
……テストの結果は、今朝発表されていた。
そして追試者の発表と共に、各学年の総合点上位20名は、点数と共に下駄箱前のエントランスに貼り出される。
そこで、生徒達は生唾を飲むことになった。
尊敬はあるだろう。称賛もあるだろう。
だがそれ以上に、結果のボードを見つめる生徒達の畏敬の表情が、目に焼き付いている。
私立美桜ヶ丘高校、第二回定期考査。
第2学年首位、遥日宮鏡花。
その総合点数は――完全無欠の、1000点満点だった。




