第11話
東道院に連れてこられたのは、上の階にある空き教室だった。
そしてそこで、東道院正宗は、意外にも深々と頭を下げてきた。
「……先日はすまなかった。さすがに思慮が足りなかった」
「いやいや、別にいいから。とりあえず頭を上げてくれよ」
ここまで素直に謝られると逆にやりづらい。
「あーもしかして、ハル――鏡花に、何か言われたりした?」
「…………」
ピキーンッという音が聞こえた気がした。
刹那、東道院はゴン太な体を壊れかけの洗濯機並に震えさせた。
「べ、べべべ別にそのようなこと……そ、そのようなことはははは……!」
「わかった。わかったからもう落ち着け。ステイ。ステイだ東道院正宗。ここに遥日宮鏡花はいない。おーけい?」
東道院は全身に脂汗をびっしょり流し、ふー、ふーと呼吸を整えていく。
そしてようやく、本題に入ってくれた。
「……空閑晴太。なぜ貴様がこの学校にいる?」
「うん、なんで俺はこの学校にいるんだ?」
「なぜそれを僕に聞く……」
東道院は数秒で呆れ果てた。
とりあえずわかる範囲で事情を説明してみた。
「――……なるほど、つまりはこういうことか?」
東道院は話をまとめる。
「いつも昼食の度に遥日宮鏡花が貴様の高校に来ていたが、毎度の如く来てもらうのを申し訳なく思っていた。それを本人に伝えたところ、いつの間にかこの学校に転校することになっていた……と?」
「うんその通り。もう完璧。100点だね」
「……貴様は、何を言っているんだ?」
話をまとめた東道院の思考は、逆にこんがらがったらしい。
「この学校――美桜ヶ丘高校は、貴様が考えるほど甘くはない。まず、この学校の偏差値は75を超えている。転校試験もかなりの難易度が予想され、貴様のいた学校のレベルで考えれば、突破は、まず不可能だろう」
だからなぜいちいち俺の高校のことを熟知しているのか。
「そして授業料やその他経費も全て、一般の高校と比べると桁違いに高額だ。こういう言い方は気に障るかもしれんが、貴様の家の収入程度では、入学費すら支払えないだろう」
我が家の所得証明書でも入手したのか?
ストーカーも真っ青じゃねえか。
「それを、ある日突然に転校だと? しかも、たかだか3日程度で? それがどれほど現実的ではなく、あまりに突拍子も無い話なのか、わかって言ってるのか?」
「いや何もわからねえよ。わからねえけど、実際そうなんだからそれ以上何も言えないんだっつーの」
東道院の顔はみるみる赤くなっていく。
「わからんわからんと――さっきからそればかりではないか! そもそも、貴様は父君と母君から何も聞いておらんのか! 貴様の人生だろ!」
「聞けるかよ! 母さんは長距離ドライバーでしょっちゅう家にいないし、父さんなら俺が小さい頃に人を助けようとして死んでるしな!」
「――――ッ!」
東道院は喉まで出かかった言葉を、胃の奥へと押し込めるように口を閉ざす。
「……すまない、浅慮だった」
そう萎まれると、もはや怒る気にもならない。
「……いや、いいよ。とにかく、俺は本当に何も知らねえんだよ、困ったことにな」
そもそもだが、俺は転校試験たるものすら受けていない。
いったいどうやって転校できたのか……その答えなんぞ、一つしか存在しないのである。
「――……遥日宮鏡花の仕業、ですの」
空き教室の入口から響く謎の声。
腕を組み、壁にもたれかかってモデル立ちをする、謎のクルクル金髪美女。
……まあ、あいつしかいないのだが。
「ええと……四条麗子、だっけ?」
「あら、ちゃんと覚えていたんですの? それは光栄ですわね」
嫌味を一つ呟いた彼女は、呼んでもないのにツカツカと入って来やがった。
そんな彼女を、白マッチョはギロリと睨む。
「……四条家の嫡女か。何用だ?」
「あら、それは心外ですの。ワタクシは元々そこの空閑晴太に用があったのですが、あなたが横から掻っ攫ったんでしょう?」
バチバチと、バチバチと。
俺の目にすら見えない火花が見える。
うるさくてたまらん。
「……なんか2人とも知り合いっぽいし、俺、帰ってもいいよな?」
「「いいわけないだろ/でしょ!!」」
見事にハモる2人。
ずいぶん仲良いじゃねえか。
「まったく、あなたと来たら相変わらずですわね。それでこの学校を無事に過ごせていけると思っているんですの?」
「いやもう無事じゃないから。今さら無事じゃなくなっても今とほぼ変わらんから」
「しかし空閑晴太。四条の嫡女に同意するのは癪だが、確かに貴様には危機感が足りていないのも事実だ。言ったはずだ。この学校は甘くはないと」
そうは言っても、今のところ普通に過ごせてるんだけど。
もしかして、それも全部――。
「――……遥日宮鏡花の仕業、ですの」
四条はまたもやキメ気味に口走る。
こいつ、これが言いたいだけじゃねえの? 気に入ってんのか?
「確かに、彼女の力を以てすればそれも可能であろうが……。だがなぜだ。なぜなんだ。こんなバカ男のどこに、それほどの価値があるというのか、遥日宮鏡花よ……」
「全部聞こえてるっつーの。うるせえよ白マッチョ男が」
「なぜこんな下品アホ男に」
「だからうるせえってんだよ、純情茹でタコ男」
「この負け組ヘタレ男」
「この傲慢間抜け男」
「子供みたいな言い合いはやめなさい! 見苦しいですわよ!」
確かに話が進まん。
とにかく一時休戦とする。
「……で? そこの東道院もそうだけど、四条も同じ高校だったってことだよな? それなのに、なんで今まで声をかけて来なかったんだ?」
ギクリ、と。
2人揃ってフリーズする。
「……さてはお前ら、鏡花が怖かったんだな?」
四条は激しく動揺し、またもや震えだした。
「そ、そそそそんなわけ……あ、あああ、ありませんことですのよよよぉぉ……」
もはや日本語すら危ういぞ、四条。
そして東道院、お前もついでに震えを再発させてんじゃねえよ。
ピロリン――。
俺のスマホが鳴り、四条と東道院はまたもやビクリと小さく震える。
「あ……鏡花からだ」
「……遥日宮さんは、何と言ってますの?」
「ええと……もうすぐ学校に着きます。まさかとは思いますが、どこかの誰かに迷惑をかけられては、いませんよね? ――だって」
「…………」
場が、凍り付いた。
氷点下40度は固い。
「あばばばばば……!!」
「イヤアアアア……!!」
揃って壊れる東道院と四条。
「落ち着け! 落ち着けって! まだあいつは来てないから! まだバレてないから!」
「ほ、本当か!?」
「ああうん! ――たぶん!」
「たぶんじゃない! 確信を持て! 僕を安心させろ! 頼むから!」
「わ、ワタクシは何も知りませんの! 知りませんのよ! 遥日宮さん!!」
もはや収拾が付かないほどの混乱が満ちていた。
壊れ喚き慄く2人に対し、俺は合掌を以て、せめて2人の御霊が極楽浄土へと還ることを祈るのであった。




