第10話
「晴太さん、学校に行きましょう」
朝、迎えに来るハルカ。
「晴太さん、次は移動教室です。行きましょう」
午前、別の教室に引っ張り回すハルカ。
「晴太さん、ご飯を食べましょう」
昼、重箱を放り込んでくるハルカ。
「晴太さん、次の数学ではここを当てられることになると思います」
午後、授業のポイントを教えてくるハルカ。
「晴太さん、一緒に帰りましょう」
放課後、校門で待ち構えるハルカ。
「晴太さん!」
「晴太さん?」
「ふふふ、晴太さんったら」
「晴太さん」
転校からの日々、ハルカは、強制侵食を繰り返して来ていた。
それは時に甘美で、時に優しく、時に厳しく、時に満腹に、じわりじわりと心に入り込んで来る。
まるで神経毒か。はたまた精神汚染か。
ハルカは、やはりというか、どこまでも俺の予想通りのハルカだった。
授業中、背筋ピーンで黙々と授業を受け、問題を指されると専門家も裸足で許しを請う回答、解説。先生涙目。
運動中、何をやらせても超一流。運動部の奴らの土俵なのに土俵ごとダイナマイトで爆破して、全てがハルカの独壇場。
文化系、あらゆる科目でナンタラ流だとかを習得してるらしく、専門家の部外講師が教えを請うという逆授業。
凄いよ、ハルカ。
凄い怖いよ、ハルカが。
そんなハルカがずーっとべったり俺の横に陣取っているわけで、全生徒の困惑と殺意の波動が空気感染を起こし、校内は見事に負の感情がパンデミックしていたのである。
まあ、それでもハルカは毎日楽しそうだった。
明るく笑い、時々意地悪なことを口走り、いつも微笑んで、俺に声をかけてくる。
俺の高校生活、今こそ、全盛期なんだろう――。
「――……いやでも、おかしくね?」
「あぁ? 何がよ」
夜の自宅にて、リビングでスマホをポチポチする暴君昴姉に、俺は心境を露呈させた。
「いやだって俺、いきなり転校したんだよ? これまでの何もかも脱ぎ捨てさせられてさ。もう追い剥ぎじゃん。俺の心は真っ裸じゃん。俺だけ初期装備じゃん。一撃死確定じゃん」
「わかった。わかったから落ち着け。わけわからんから深呼吸しろ」
すー、はー……よし、深呼吸した。
やはり何もかもがクレイジーだが。
「昴姉、俺ぁよ、いったいどうなっちまったんだ」
「……落ち着いて聞くがいい愚弟よ」
昴姉はスマホをテーブルに置き、険しい表情を浮かべ、体を向き直した。
「何もかも、仕方ないのさ。何せあのお嬢さんが、お前をあのバカが付くくらい高い上級国民専用高校に編入させると言い出して、その授業料をはじめとする各費用、さらには大学までの全費用を完全負担にしてくれると言ってきたんだ。そりゃ母さんも、申し訳なさなんて二の次三の次、赤ベコ並に首縦振り一択になるに決まってるさね。女手一つで超可憐な娘と超バカな息子を育てるという気苦労が激減される――こんなにいい親孝行はないのじゃよ」
なぜ仙人口調?
「しかし俺は身売りされた気分でござる」
札束で頬を叩かれて可愛い息子を差し出すとは、なんたる母親だろうか。
1週間くらいは口聞いてやらねえ。
まあ母さん、しばらくは帰らねえんだが。
「っていうか晴太。あんたどうせ元の学校に友達とかいなかったでしょ? どこに転校しようが問題なんてないでしょ」
「…………」
それを言っちゃぁおしまいなんだよ、姉よ。
そんな姉は、一切の躊躇もなく続ける。
「でも、ちょうど良かったじゃん。元々今の学校生活が灰色だとか泣きわめいてたわけだし。それがあんだけの超美人の彼女がいて、しかもその子が超金持ちで、将来勝ち組確定の超有名高校に進学したんだよ? いきなり色鮮やかじゃん。さらば灰色、ビバ青春って話よ」
「色鮮やかにも限度ってもんがあってだな。色が鮮やか過ぎて、めちゃくちゃ警戒色なんだけど。めちゃくちゃ毒持ちアピールされてるんだけど。触れたらただじゃすまない感じが凄いんだけど」
すると昴姉はむくりと立ち上がり、俺の両肩を両手でガシッと掴んできた。
「……愚弟、いいから聞け」
「な、なんだよ」
「あのお嬢さん、鏡花ちゃんが何者なのかは私も知らない。ただ一つ、私から言えることは――このままいけば、完全なる玉の輿ってことさ!!」
姉は血走った目で叫び散らす。
「何を躊躇してるんだ弟よ! 躊躇する暇があるならチューの1つや2つかましてやれ! 勢いそのまま既成事実まで突っ走れ!」
なんつーことを言い出すんだ、このアホ姉は。
「いいから迷わず一気に行け! なにがなんでもしがみつけ! 一生添い遂げろ!」
「荒いから! 呼吸がめちゃくちゃ荒いから! 吐息が生温いから!」
「そして私にも金と男を横流ししろぉ!!」
「結局全部自分のためじゃねえかよ!!」
やはりこの姉、愚姉。
こいつに相談した俺がアホの極みだった。
◆
翌日の学校。
この日ハルカは、珍しく午前中は休みらしい。
なんでも家庭の事情だとかいう話だが、詳細は知らないし、仮に聞いたところでまともに教えてくれないだろう。
とりあえず「体調が悪いとかじゃないよな?」とメッセージを送ると、「違います。ありがとうございます」とのこと。
それならばよかろう。
……だがしかし、俺の方はと言うと、ちっともよくなかった。
普段はハルカがべったり横にいたもんだから、誰一人として関わってこない特異点となっていたのだが、本日午前中、その番犬はいない。
と、言うことで……。
「く、空閑さん! 空閑さんは遥日宮様とどういうご関係なんですか!?」
「空閑くん! 僕と友達に――いや親友になろう! 今すぐにでも! 空閑くん!」
「遥日宮様とはどこでお知り合いに!? その場所の詳細をお教えください!」
「頼む空閑晴太! 遥日宮様のスリーサイズを教えてくれ! この通りだ!」
「ぜひ今度、私を遥日宮様にご紹介してくださいませんか!? 少しでいいので!」
わらわらと、わらわらと。
ホームルームが終わるなり、瞬く間に俺の席に人集りが完成した。
まるで芸能人に群がる記者達……いや、違うか。
これはあれだ。動物園における珍獣に群がる来客だろう。
俺が作り笑い片手に対応に苦心していると、ふと教室に大声が響いた。
「――皆の者、下がるがいいッ!!」
ざわつきは一瞬にして静寂となり、皆一様に声の方に顔を向けると、一斉に自分の席へと戻っていった。蜘蛛の子散らすとはこのことか。
そして声の主は、悠然と俺の机へと歩み寄る。
「……久しぶりだな、空閑晴太」
そこにいたのは、白マッチョ舌打ち野郎こと、東道院正宗であった。
「おー! その無駄にデカい図体は、東道院正宗! 遥日宮のことを好き――!」
「うぉぉいぃ!! なぁにを言っとるんだ貴様という奴は!!」
慌てて俺の言葉を遮る東道院。
でもたぶん手遅れだぞ。そもそもお前の性格を考えると、たぶんみんなには全部バレてるぞ。
東道院は顔を赤くしたまま、咳払いをする。
「……空閑晴太、少し顔を貸せ」
「貸すどころか交換して欲しいんだけど……」
「そういう意味ではないドアホめが! 一緒に来いと言っておるんだ!」
からかうのもこの辺にしておこう。
背後から飛びまくってる視線を無視して、俺は東道院に連れられ、教室を出るのだった。




