バレないよう
重い足取りで帰宅した直後。
手頃な大きさの一戸建て。
扉を開けた先の玄関で、どうしてか、出掛けようと靴を履いていたステラと鉢合わせた。
「おお、どっか出掛けるのか?」
「……遅いから迎えに行こうかと思ったけど、手間が省けたわ。お帰り、アロン」
こちらを見上げ、灰色の双眸が、ジッとこちらを射貫いてくる。
付き合いから、分かる。
どういうわけか、ステラは今少々機嫌が悪い。……まさか、俺の今日が、バレているのか。
ドキリと、胸を弾ませながら。
それでも。
一片の動揺も出すまいと。平静そのものと言わんばかりにステラと目を合わせ、言葉を待つ。
ゆるりと立ち上がり、俺のすぐ眼前へと寄ってくるステラ。
ひんやりとした手のひらが、俺の左胸元へと当てられる。
ステラの鼻先は、くすぐったくなるほど俺の首根へと近づき、静かに嗅ぐ。
「……臭い。女の匂い。アロン、娼館行ったの?」
不快そうに眉をひそめたステラが、こちらを見上げ、尋ねてくる。
見当違いで良かったと、心の中で安堵しつつ。
質問というより詰問に近い、灰の双眸に苛立ちを募らせながらの質問に、首を傾げてしまう。
別に、付き合ってなんかいないのだが。
まるで浮気を疑われているような、そんな場面ではあるが、生憎思い当たりが微塵もない。
今日は娼館で遊んだわけでもない。
というか、いつかの朝帰りで癇癪を起こされてから、久しくその手の店には行けていない。
馴染みの酒場も可愛い店員がって店じゃないし、店主が男なのはこいつも知っている。
今日一日を振り返っても、女と話したのなんざ、精々近所でガキンチョか八百屋の女将くらいだったはず。それが、何故……?
「ああ? 普通に酒場でダラダラしていただけだが……?」
「……そう。ならいいわ。私夕食の支度するから、お風呂入ってきて。臭くてかなわない、不快よ」
素直な困惑で答えた後、数秒。
まるで鼓動に確かめるような沈黙を終えたステラは離れ、早々と奥へと引っ込んでしまう。
我ながら情けないが、ほっと胸を撫で下ろしてしまう。
危ない危ない。
ダンジョンの件、誤魔化しの腕輪についてバレたのかと思って焦った。
自腹で買った以上没収はされないだろうが、見つかってしまえばより対策されてしまう。あいつにはそれが出来る。出来てしまう。
気をつけなければ、と。
自分を律しながら、とりあえずはステラの言うとおり、シャワーで今日一日の汗を流す。
久しぶりの、冒険者としての汗と疲労。それらを流す、充実とした爽快感。
嗚呼、やはり心地良い。これでこそ、俺って感じだ。
「ふうすっきり……おっ、美味しそうじゃん」
さっぱりとした気分で、リビングまで行けば既に食事の支度は整っている。
食事含め、家事当番は交代制。
だから俺も普通に作りはするが……何分雑な男料理、ステラが作るそれとは見栄えからして雲泥の差と言っていい。
「……うん、取れたわね。いいわ。それじゃ、早く食べましょう」
テーブルに並べられた品々に感心していると、ステラがこちらへと寄ってくる。
再び俺へ鼻を近づけたステラは、満足そうに頷き。
それからさっさと食卓へとついたので、後に続いて着席し、用意された夕食を食べ進めていく。
食事の最中、特別会話が弾むことはない。
あるときはあるし、ないときはない。
ここ半年ほぼ毎日一緒に食べてるがこんなもの。俺としては、何とも楽でありがたい。
「そういえば、明日からガキンチョに指導することになったから」
「……はっ?」
食事の最中、ふと会話を切り出す。
何気なく。今思い出したとばかりに、些末事を語る世間話のような軽さで。
カチャリと、ステラの手が止まる。
どういうわけだと。顔を上げたステラの灰の双眸が、睨むように射貫いてくる。
手に持つナイフのせいか。穏やかな静寂に包まれていた食卓に、緊張でひりつき出す。
「今日新人の冒険者と会ってな。ちょうど小遣い稼ぎピッタリだと思って、成り行きで受けた」
偽ることなく、敢えてそのまま事情を話す。
自覚しながらステラへ嘘を吐けば、激痛と共に露呈する。そういう補助魔法を、俺は掛けられてしまっている。
だから、嘘はつかない。
決して嘘を付かず、けれど本当のことを伏せる。この半年で見つけた抜け穴だ。
……それに、まあ。
人に嘘はつきものだと、知ってはいるが。
こいつを騙すのは、あんまりしたくないんだ。どの口がって話だけどな。
「女?」
「男だよ。ただのクソガキ」
「本当に?」
「疑うなよ。本当だっての」
そう疑われても、正直困る。
格好。仕草。何より、胸。
確かに声音は高かったし、女と言っても通る面の良さではあったが、中性的と言える程度。
少なくとも、あれは男だと俺はそう見えたし捉えた。
なら、真実がどうであれ嘘ではない。
そも、俺にとってはあれはただのクソガキでしかない。正直言って、クソガキの性なんぞどっちだっておんなじだ。
「……お金、渡したよね。なに、足りないの?」
「そういう問題じゃない。ただ、たまには体を動かさないとな。退屈で死にそうだ」
まるで敵の尋問かと。
そう言わんばかりの迫力を出すステラの追求に、ヘラリと自嘲混じりに、ただ首を横に振る。
この半年、馬鹿みたいに貢がれ続けた金に手を付けたことはない。
一度でも使えば、あとは転がり落ちるのみ。
そうでなくとも言葉どおり。貰った金で遊ぶだなんてのは、まったく楽しくないからな。
「ねえ、アロン」
カチャリと。
ナイフを置いたステラが、料理の上からこちらへと手を伸ばし、俺の右頬へと触れてくる。
ひんやり柔らかな感触が、伝わってくる。綺麗な二つ目が、覗き込んでくる。
「あなたのパートナーは私。あなたの仲間は私だけ。理解、してるわよね?」
「……そうだな。今組んでるのは、お前だけだ」
素直に、答える。
沈黙の中。俺とステラは、ただ真っ直ぐと見つめ合い、無言の刻がコツコツと進んでいく。
「……なら、いいわ。でも、あんまり入れ込んじゃ駄目。私、何するか分からないの」
先に折れたのは、ステラの方。
そう、と。
たった一言だけ呟き、小さく息を零した彼女は、そっと俺の頬から手を放し、食事を再開する。
ホッと、安堵の息を零しかけるも寸でで留まりながら、勢いよく水を流し込む。
何するか分からないは、脅しに非ず。
現に過去、実際に癇癪を起こしたこの女の機嫌を損ねれば、どうなるか分かったもんじゃない。
ああ、嗚呼。
どうして、こんな一回りも歳下の娘に一つ言うだけで神経を磨り減らさなければならないのか。
そう思いながらも、今はひとまず喉を通る冷たい水に、ありがたみを覚えるしかなかった。




