乾杯
ダンジョンを出て、帰り際の一杯。
だというのに。
静かに、そして健やかに自らの再始動を喜びたかったのに、本当にままならない世の中だよ。
「いやー、ありがとうございます師匠! あ、ぼくホシって言うんですよ。あー、酒美味え!」
昼間と同じ。馴染みの小さな酒場。
嗜みのたの字も知らず。
隣席にて欠片も風情なく酒を呷る、金髪金眼のクソガキ──ホシは、自己紹介とお礼を述べてくる。
命のお礼に、是非とも奢らせて欲しいと。
見かけどおりの駆け出しらしいこいつは、結局ダンジョンから出るまで食らいついてきたホシに根負けし、ここに至ったわけだが。
それにしたって隠すつもりがあるのか。はたまた、まるでないのか。
「……それでホシだったか? 結局、お前は俺に何の用だ? 勝手に弟子面しやがってよ」
「ギ、ギクゥ!?」
コトリ、と。
グラスをテーブルへ置き、眉をひそめながら問いかければ、ホシは露骨に肩をびくつかせる。
「や、やだなーもう。まるでぼくが、命の恩人様である師匠に打算があるみたいな──」
「そうかい。だったら話は終わりだ。ごちそうさん」
「わー待った待った! ごめんなさい目的あります! 切実な頼みなんです! お願いだから!」
ガキの腹芸に、わざわざ付き合ってやる道理もないと。
席を立ち、とっとと部屋へ帰ろうとした矢先、ホシは俺の腰にしがみついてまで止めてくる。
面倒だし、付き合う義理もないし、振り払って帰るのも手ではあった。
とはいえ。
どうせ碌な頼みじゃないにしても、酒の一杯分くらいは聞いてやろうと、あまりの哀れさを前にそんな気分になってしまった。
酒が入ったからか。それとも久しぶりのダンジョンに、無自覚な程度にうわついていたか。
まあどちらにせよ気まぐれ。ただの暇潰しの一環と座り直し、追加の一杯を注文する。
「……ま、この一杯が終わるまでなら聞いてやるよ」
「おお、縋り付いてみるもんですね。意外と優しいじゃないですか、このこのぉ」
「……さてはお前、根本で俺を舐めてないか?」
「そ、そんなことはない! よ?」
コテンと、わざとらしく首を傾けてみせるホシ。
世の女の大半を、何なら一部の男まで簡単に転がせそうな、自分を理解してるあざとい仕草。
このクソガキ、中々どうして、いい性根してやがる。
だがまあ嫌いじゃない。
そんな若いうちから真っ当な道を捨てて冒険者なんて道へ進むってんだから、それくらい強かにやっていけるなら、十分素質は備わっているんだろうよ。
「それで?」
「ああはい。じ、実はですね。ぼくに戦い方を、教えて欲し──」
「断る」
「早すぎるでしょ! せめて最後まで聞いてよ! もう!」
嫌だと即答してやれば、ホシは実に小気味好く返しつつ、プクリと頬を膨らませる。
「ぼくその、どうにも運がなくてですね。ダンジョンに入る度に、変異種と会うばかりで……」
「ほう?」
頬を掻きながら、ホシはぽつりぽつりと語り始める。
話を聞くに、どうもこいつはダンジョンに潜る度、変異種と遭遇してしまうとか何とか。
変異種なんてものは、そもそも発生さえ稀。
一般的な冒険者が毎日潜ったとして、一年に一回会えたら運がいい。それくらいが普通だが。
それが、毎回。
そいつはまた、随分と金の匂いがプンプンと……ああいや、難儀で贅沢な悩みで生きてるな。
「毎回のように出くわすもんだから、ついには疫病神だってパーティも追い出されちゃいまして。お金もなくなっちゃって、だから一か八かで地下三階まで降りたんですけど……」
「今回も遭遇して、危うく死にそうになっていたと。……馬鹿だろ、自覚ありならなおさらな」
「返す言葉もないんだよなぁ。あっはは……」
あまりの無鉄砲さについ苦言を呈してしまえば、ホシは苦笑し、誤魔化そうとグラスを呷る。
「どうか、お願いします! ぼくにあなたのその強さを、ご教授ください!」
ビシリと頭を下げてくる。
綺麗な四十五度。頭を下げ慣れている、そんな頼み方。
沈黙が店内に響く。
酷く注目を集めそうに喧しいが、今日は俺達以外客がいないせいのは、せめてもの救いか。
「……そこまでこだわる価値あんのか? お前なら、普通に稼ぐのだって簡単だろう?」
一口、酒に口を付け。
ため息ついでに、つい問いかけてしまう。
確かにダンジョンは、手っ取り早く稼ぐ場として、一攫千金を狙う手段として理想ではある。
けれど、それは常に命をベットしてる故。
どんなに腕に覚えがあろうとも、新人が活動する階層で、呆気なく不覚を取ることさえ起こり得る。
わざわざ危険を冒さずとも。
こいつほどの若さと容姿、それと図太さがあるのならなおのこと、どこでもやっていける。
はっきり言えば、これを機に道を正すチャンスですらある。
だというのに、その若さで冒険者に固執する。
まさに今日、命を散らす目前にまで陥っておきながら、それでも目先の利益にしがみつく。
そこまでする理由なんてのは、相場は決まっているもんだ。
「……お前、どっかから金借りてるだろ? 少しじゃなく、まとまった額を」
「ギ、ギクゥ!?」
「だろうな。そんなことだと思ったよ」
療養か、借金か。或いは、性分か。
最も可能性がありそうな、冒険者にありがちな探りをしてやれば、案の定ホシは動揺を見せてくれる。
両の人差し指を合わせ、ばつが悪そうに顔を逸らす様は、なんともまあ。
しくじったか。それとも、やらかしたか。
どちらにせよ、崖っぷち。指導は建前で、なりふり構わず寄生して金稼ぎが本命って所か。
……いいね、なおのこと冒険者らしい勧誘じゃないか。純真な面に反して、いい感じで結構だとも。
「いー、いやーあのー、やましいことはないんですよ? ただまあ、その、巡り合わせが──」
「ああいい。聞かねえよ。金でやらかすなんざ、ありがちすぎて興味も出ない」
「そ、そうです? じゃあ秘密で。はい」
すぐさま切り替えたホシに、最早微笑んでしまいつつ。
カランと、グラスの氷を揺らし。
新人冒険者の醜態を肴にした一口は、何ともまあ独特で、通の味わいが悪くない。
「お、お願いしますよ旦那ぁ! あっし、何でもします! 見捨てねえでくだせえ! ……あ、何なら体で支払っても──」
「結構だ。ガキは趣味じゃないし、そこまで飢えちゃいねえっての」
気色悪い。男なんざ、金貰っても守備範囲外だっての。
しかし、ああ。
クソガキの戯れ言はどうでもいいとして。少しまともに考えてみれば、悪くはない。
仮にこいつの言うことに、吹かしがないとするならば。
変異種を引きつける体質。つまり、金と宝具を集めるにはうってつけの材料に他ならない。
倒せない変異種は厄介者だが、倒せるのなら絶好の金づる。
稼ぎの道具として。
何より俺の目的──この身にかかった補助魔法を解除出来る宝具の足がかりとして、この好機を利用しない手はないか。
「……いいぜ。鍛えてやる。ただし指導の報酬として、落ちた宝具は俺が預る。それと指導の日は終わりに一杯奢れ。いいな?」
「えー、ちょっと足下見すぎでは?」
「だったらこの話はなしだ。……心配するなよ。いくら抱えてるかは知らないが、俺と組めば完済なんざ楽勝だろうぜ」
図々しく不満げなホシへ、ニヤリと笑みを浮かべ。
そのまま自身のグラスを差し出してやれば、数秒の後、ホシもまた仕方ないと差し出してくる。
チンと、グラス同士のぶつかる音が、店内へと軽く響く。
書類も魔法もない、形ばかりな契約成立の乾杯。
互いが互いのために。雲ほど軽い、気軽に利用し合うことへの承諾が、今ここに為された。
ガチガチに契約を遵守するのが一般的だが、ノリだけの付き合いもまた冒険者の嗜み。
一応の懸念はあったが……体に異常はない、問題なさそうだな。
気をつけなければ、誰かと組むことさえままならないのだから、本当に厄介極まりないよ。補助魔法ってやつは。
「そんじゃ、俺は帰るわ。明日、塔の前に集合な」
「え、せっかくのパーティ結成ですよ? 今日は朝まで飲み明かしましょうよー?」
「そうしたい所だが、生憎しがらみが多いんだ。忌々しいことにな」
残りを一気に飲み干し、ホシの制止を聞き流しながら店を出る。
外はすっかりと暗くなり、懐中時計を覗けば既に十八時──ステラの定めた門限は、もう間近。
「……何が悲しくて、いい年して門限だっての」
気ままに夜を楽しんでいたあの頃は、どこへやら。
雁字搦めな自身の現状に、自嘲のため息を零してしまいながら、ゆっくりと歩き出す。
あのクソガキは、果たしてどこまで役に立ってくれるのか。
精々互いに利用し合おうじゃないか。互いの利が分かつまで、どうかよろしく頼むぜ?




