白砂の塔
白砂の塔。
デスアイに聳える巨大な塔は、塔の見た目に反し、降りていくタイプのダンジョンだ。
ダンジョンとしては、大きい部類。
入ってすぐ、一階に上る階段は存在せず。
どうしてか地下へと続く階段は一つ存在するそれは、実に不可思議極まりない。
どこで聞いたか、誰が囁いたのか。
噂じゃ一番下にようやく、二階へ上る階段があるとかないとか、そこからが本番だとか。
──ま、その辺はどうだっていい。
世界の謎やら莫大な冨やら。
そんな身の丈に合わない探求に興味ない俺にとっては結局、デカめの仕事場ってことだけだ。
「ううん、悪くない」
地下三階層。
新人連中には重いだろうが、俺にとっては、軽く慣らすに手頃な階層。
襲いかかってきた魔物──スナイヌを両断し、カランと落ちる魔石を拾いながら、久しぶりの手応えに頷く。
ダンジョン内の、外とは違う空気。
魔物を狩る、血生臭い感触。
実に数ヶ月ぶりの、最早懐かしささえある実感が、どうにも俺を潤してくれる。
俺が冒険者であることを思い出せてくれる。……中々どうして、悪くない。
それに、ああ。
何より、ステラの補助魔法に影響されていない。
ただの素人が、一流に並ぶ。
そこそこやれる程度が、世界で十指に並ぶ。
それが今の、ステラの補助魔法。
本来の身体能力にはほど遠い、自分の実力を見失ってしまいそうな、身の丈に合わない強化。
そんな容易に己を腐らせ、依存してしまう毒の蜜から離れ、本来の自分として体を動かせることが、とても嬉しい。
惜しむらくは、一応のため、このフード付きの外套で身を隠さなければならないこと。
後ろめたいことなどないはずなのに。
冒険者として当然とも言える職場に来て顔を隠さなきゃいけないのだから、こんな現状な自分が嫌になっちまうよ。
「……結構良い時間だな。そろそろ戻るか」
とはいえ、今はそれよりもと。
魔物を切り伏せ、ちょうど三十に至る頃。
懐よりお古の懐中時計を取り出して、時間を確認してみれば、既に夕暮れが近い頃合い。
門限もあるし、今日は所詮肩慣らし。
この辺りで、そろそろ切り上げ戻るべきか。
あまり遅くなれば、何かしらの疑問を持たれる可能性もある。
腕輪のことがバレてしまえば、大枚叩いた甲斐なく水の泡。
例え取り上げられずとも、間違いなく補助魔法にて対策される。そうなれば、この誤魔化しは通じなくなってしまう。
だから、注意して動かなければいけない。
……なんともまあ、苦汁に満ちた生活だ──。
「逃げろっ!! あんなの、あんなのがいるなんて、聞いてないっ……!!」
だから、とっとと戻ろうと。
ついでにアリバイ作りと祝いも兼ねて、一杯飲んで、酒気を帯びてから帰ろうと。
そんな気分で剣を収め、帰路につこうとした。
そのときだった。
突如として、冒険者の一党が必死の形相と叫びと共に、俺の横を走り抜けていったのは。
「おい、あんたも逃げろっ! 変異種だ!」
……変異種、ねえ。
ダンジョンにごく稀に発生する、通常とは異なる強力な魔物。
共通するは階層に見合わないほどの強さ、厄介さ。
自身の適性階層で活動していた場合であれば、まず逃走がセオリー。だからまあ、逃げる彼らの行動は何ら間違っちゃいない。
だがまあ、所詮は浅瀬の特殊個体。
例えステラの補助魔法がなくたって、相手にするのなんざわけはない。
むしろ、懐を潤す良い機会だ。
何せ変異種は魔石ではなく宝具を落とす。普通のよりもずっといい金になってくれる。その上少々手応えがあれば、体の錆もきっとより落ちてくれるだろうよ。
連中が去りゆく方向、その真逆へと駆け出す。
少し走れば、お目当ての姿──四足の魔物は、すぐそこに。
ただし、魔物だけではなく。
牙を剥く魔物の目の前にて、今にも喰われそうに尻もちをつく少年の姿が、どうしてか。
「ちっ」
生きるも死ぬも自己責任の冒険者。
だがまあ、進んで見捨てるのは後味が悪い。酒の味も、眠る前の気分が悪くなる。
だから、仕方がないと。
力を入れ、速度を上げて割り込み──一刀。
両断。
人の体躯を優に超える獣は、ただの一振りで容赦なく断たれ、呆気なく塵と消える。
「おい、怪我はないか?」
剣を収め、転がった宝具を拾い。
それからようやく、逃げ遅れた間抜けに顔を向け──その顔、態度に、つい顔を歪めてしまう。
「す、しゅごい……」
金髪金眼の、ベレー帽を被った美少年。
高めの声音。
端正な、そして中性的な容姿。
外見だけで判断するのであれば、十九のステラよりも下。色気の欠片もない、クソガキ。
そんな少年がきらつかせる瞳はさながら、憧れの英雄にでも出会えた子供のような純真さ。
まさに今、命を散らしかけたとは思えない、何ともまあ呆けた面。
……経験から、何となくだが分かる。
こういうガキと関わり合いになるべきじゃない。何かしら、面倒を招く発端に繋がると。
「……怪我がなさそうで何より。んじゃな」
幸いなことに、怪我もない。
だから挨拶も最低限に。
余計な厄介を起こさぬよう背を向け、なるべく早足でその場を去っていく。
──はずだったのに。
「あ、あの! ちょ、待ってください! 待ってよ!」
どうしてか、そのままの別れを良しとせず。
傍らへひっつき、こちらへひたすら応答を求めてくる。
いずれは諦めるだろうと無視していたが、どうにもめげず、気付けば階段まで到着してしまう。
「喧しい。話しかけるな。ついてくんな。クソガキ」
「なっ!? ガキって酷くない!? ねえ、ちょっと! 無視すんなーっ!!」
少し荒めに返してやれば、少年は余計にむきになるばかり。
ダンジョンでは何が起きるか分からない、と。
そんなのは冒険者にとって常識ではあるが。
それでもまさか、復帰早々にこんな面倒とかち合ってしまうことになるとは。
ボーナスに釣られず、大人しく帰るべきだったと。
自らの不運を嘆き、少しだけ後悔しながらため息を吐いてしまうのは、仕方のないことだろう。




