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取り引き

 迷宮都市、デスアイ。

 中央に巨大なダンジョンを抱えたこの街で、今日も俺はダンジョンにも行かず、のうのうと生きている。


「あ、ヒモのおっさん! 暇ならまた遊ぼー!」


 近所のガキンチョは、若干舐めた態度で俺を遊びに誘ってきたり。


「おお、ステラちゃんの旦那さん。あんな良い娘に、あんまり迷惑掛けちゃ駄目だよ?」


 適当にぶらついていれば、道すがらの店々で。

 顔馴染みの店員に苦言を呈され、挙げ句知らずのうちに、結婚していることにされ。


「ようクズヒモ。相変わらず女の脛をチューチュー囓ってるらしいな。ヒック」


 そして、ぶらりと入った酒場でも変わらず。

 アルカス。

 同業者であり、俺と同じく昼間から酒浸っているクズ友達にまで、軽口でからかわれる始末。


「囓ってねえよ。てめえこそ、いい加減に酒減らせよ。手ぇ震えてるじゃねえか」

「ははっ、馬鹿言うな。飲めば震えが止まるんだから、酒抜いたらしまいだろうよ」


 多分こいつ、近く酒に溺れて死ぬんだろうな。

 いい感じの軽さで付き合えるクズ友だったが、惜しいやつを亡くしそうだ。

 

 ……それにしても、どいつもこいつも余計なお世話。

 正直鬱陶しいことこの上ないが、まあ軒並み事実ではあるので、遺憾ながら返す言葉がない。


 お飾りの剣。お飾りの恰好。

 冒険者の姿をした、女の脛を囓って生きるろくでなし。


 例え俺が、ステラの寄越した金に一切手を付けず。

 これまでの活動にて、せっせこ貯めていた金で遊んでいたとしても。

 

 金を受け取り、甘やかされ、愛を囁かれる。

 外野から見たら、どう解釈したってステラのヒモ。女の好意につけ込む最低のゲス。

 俺が他人だったらそうとしか見えないだろうよ。ほんと、忌々しいことにな。


 ……だが、そんな苦汁の日々も、今日で終わりだ。

 

「で? かつてはそれなりの冒険者だったアロン様は、いつまで女にバブバブ甘えてらっしゃるので?」

「だからこそだろ。そう言ってくれるんだから、当然例のブツ、用意出来たんだよな?」

「ああ、苦労したぜ。何せこの街のダンジョンじゃ手に入らない代物だ。わざわざ別の街まで足を運んでやった俺に、ちょっとばかしサービスしてくれていいんだぜ?」


 くいくいと。

 わざとらしく、人差し指を揺らしてみせるアルカス。

 

 抜け目ないやつだと、小さく息を零しつつ。

 無言でグラスを磨く店主に高いのを注文してやれば、アルカスは満足げに懐からブツを取り出し、気軽にテーブルへと置く。


 黒い宝石の埋め込まれた、灰色の腕輪。

 女へ贈るには無愛想な造形だが、今の俺にとっては、何よりも得たいと望んでいたものだ。

 

 腕輪を手に取り、手の中で遊ばせながら、つい顔をにやつかせてしまう。

 

 宝具。

 ダンジョン内で入手出来る、不思議な力を持つ宝。

 

 誤魔化しの腕輪も、その一つ。

 曰く、ダンジョンの仕掛けや魔法の結界からの認識を誤魔化し、通り抜けるための宝具。

 欠点として自動的に発動する魔法なんかの効果からもあぶれてしまうらしいが、それが逆に好都合。

 

 これさえあれば俺の体に無数にかかっている、心底忌まわしい枷を。

 雁字搦めなステラの補助魔法を、一時的にでも誤魔化すことが出来る。

 そうすれば、俺も一(・)人(・)で(・)ダ(・)ン(・)ジ(・)ョ(・)ン(・)に(・)入(・)れ(・)る(・)。ようやく本業に戻って、金を稼ぐことが出来るわけだ。


「けどもったいねえなぁ。容姿良し、稼ぎ良し、気立て良し。滅多にいない上玉な女に捨てられるならいざ知らず、自分から離れようってのはどんな贅沢だ?」

「言ってろ。酒が恋人なお前には、一生かかっても分からねえよ」


 ともかく、これで用は済んだ。

 金の入った袋を置き。

 サンキューアルカスとだけ告げ、そのまま酒場を後にした俺は、軽い足取りで街中を歩いていく。

 

 街の景色は変わらない。

 腕輪の代金で、いよいよ貯めてた金が底を突きはしたが。

 それでも心なしか、世界が随分と晴れ晴れしているのは、やはり気持ちの持ちよう次第か。


 そんな軽い気持ちと足取りで向かう先は、もちろん一つ。

 白砂の塔。

 この街が街になるよりずっと前からあるとされる、不可思議に満ちたダンジョン。俺達冒険者にとって、何よりの稼ぎ場だ。


 そうして塔の入り口まで辿り着いた俺は、利き手である左の腕に件の腕輪を装着する。

 

 感覚としては、何も変わらない。

 だから、口が緩む。

 仕事場のダンジョンを前にして、入ろうという意志を露わにしながら、体が縛られないのがその証拠。


「……ふふっ、ふははっ。はーっはっはっ! はーっはっはごほごほっ、けふっ……」

 

 つい両手を広げ、咽せてしまうほどの高笑いを上げてしまう。

 周囲が俺に向ける奇異の視線など、最早どうだっていいほどに、高揚感が止んでくれない。


 私がそばにいるとき以外、俺にダンジョンへ入らせまいと。

 ステラによってかけられた、呪いのような補助魔法の一つ。ダンジョン拒否。

 例え一時的としても、俺の自由を縛る忌々しい楔からついに脱却出来たのだから、これが笑わずにいられるものかよ。


 このままいけば、遠からず貯金が尽きるのは明白。

 一度でもステラが渡してくる金に手を付けてしまえば、あとはあいつの思うつぼ。

 最後の建前を失った俺は、あれよあれよと絡め取られ、本当にあいつのものとなってしまう。


 そんなの、真っ平御免。

 得さえあれば利用するのされるのも構わないが、縛られるなんざ許容出来るものではない。

 

 最低限の充実で、誰にも縛られることなく、気軽に生きて死ぬ。それが俺の信条。

 或いはいつか、気が変わることもあるかもしれないが。

 少なくとも、今は深い関係など必要ない。気負いなく、ダラダラ過ごせればそれでいい。


 だからこその賭けであったが、嗚呼、上手くいって何よりだ。

 この腕輪があれば、ダンジョンに入れる。

 金を稼いで、宝具を手にする機会さえある。今はまだまだ遠いが、いずれはステラの補助魔法を解除出来る、そんな効果の宝具だって眠っているかもしれない。

 

「休暇はしまいだ。ぼちぼち頑張っていかないとな」


 歓喜のままに、ダンジョンへと足を進めていく。

 今日は腕輪の性能試しも兼ねた、肩慣らし。

 遊んでいたわけじゃないが、それでも錆び付いちまった勘と感覚を、少しずつ磨いていかないとな。

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