抜剣
白砂の大空間を、ひたすらに駆ける。
目指すは無論、中央一点。
君臨する白砂の巨人。その核たる左胸──心臓と同位置で剥き出しにされている、巨大な魔石。
──だが。
「ちっ」
だが、進めない。
正確に言えば、進ませてくれない。
白い砂の地平を駆け、巨人の懐まで迫ることを、一向に許してくれない。
業腹ながら、敵を前に剣を収め。
ホシを抱きかかえながら、振り下ろされる腕から、虫のようにひたすらに逃げ惑うのみ。
「し、師匠……!」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
申し訳なさそうな。
或いは、自分の未熟を恥じるような。
そんな歯痒そうなホシの一呟きを一蹴しつつ。
地を蹴り、壁を蹴り。
そんな移動の傍らにて、状況を整理していく。
どうにも白砂の巨人の注目は、目下最大の脅威であろう俺でなく。
ホシ。
この場で最も無力であろう、たかがクソガキに、随分とまあご執心と言ったご様子。
あの巨人にとって、俺もホシも大差ないのか。
或いは、やはり。
ホシこそがこの白砂の空間が求められた者でしかなく、故にホシ一人じゃどう足掻こうが超えられない戦いでさえ、俺は外野に過ぎないというのか。
……まあ、どうでもいいか。
他種族は疎か、同じ人間でさえ、内に秘める真意なんてものは読み取れない。
言の葉一つ紡ぎもしないダンジョンの思惑なんざ、どれだけ寄り添おうが理解出来る日はきっと来ない。
だから、そんなことより。
こいつはでっかい敵で、とりあえず倒して生き残ればそれで勝ち。
この瞬間の理解なんてそれで十分。さてこの窮地、どのようにして切り抜けたもの……おっ?
腕を振るうだけでは、飛び交う虫を落とせないと知ったか。
白砂の巨人は動きを変える。
まるで唾を吐くかのように。
口を開け、砂の塊を幾度も落とし──落とされた白砂は、やがて無数の魔物と形を為す。
「ちっ」
スナイヌ、シロコウモリ、バロン。
その他諸々。
白砂の塔の魔物。ここに来るまでの最中、それはもう俺達を歓迎してくれていたやつら。
……嗚呼、なるほど。
合点がいった。
どっから湧いてたのかと思えば、主様お手製の歓迎だったとは、随分なもてなしだな。ははっ。
「──嗚呼、洒落臭い」
つい零れてしまう、嘆息が。
迫り来る魔物の軍勢に。俺とホシの両方を潰さんと、再度振り下ろされる白砂の巨腕に。
心の底からの本音が。心の底から、何もかもにかったるいと億劫が。
「え、ちょ──!」
「ホシっ、退いてろ。もっと後ろにな」
着地し、そのまま放り捨てたホシに一言だけ告げ、静かに連中に向き直す。
警告の一声は、曖昧に。
嗚呼、何せ俺だって知りたいくらいだ。
覚醒後のステラの補助魔法が掛かった状態で全力を出すだなんて、実のところ、本当に初めてなんだからよ。
一つ、吐息を零す。
覚悟を決め、自らの腕に携えた輪──誤魔化しの腕輪を、外す。
刹那、全身を激痛が走る。
勝手なダンジョン侵入を拒む、ステラの補助魔法。
罰則とも言えるほど、心臓を鷲掴まれたような感覚。
だが、それでも。
同時に。
今まで抑えられていた力──シンプルな身体強化の補助魔法が、一気に体を巡っていく。
腰を低く、柄に触るか触らないかで構える。
目を閉じ、呼吸を整え、力を抜く。
騒々しい空間が静寂で染まるほど。筋肉を正常に、激痛を零に、心を凪に錯覚させ──研ぎ澄ます。
ここが決戦だと、己が勘は囁いた。
ここを決着と、俺は身勝手にもそう定めた。
であれば、後は振るうのみ。
ああ、この一撃は。
この一振りこそは、俺が持つ中で最も明確なる、戦いを幕引くためのみの必殺なれば。
「抜剣」
刹那、刃は躊躇いなく振るわれる。
瞬間、一振りは嵐と化し、目の前の悉くを薙ぎ払う。
零から百へ。
無から全へ。
極限の脱力から放たれる、最高の一撃。
それが、抜剣。
何てことはない、大層なものなど一つもない、ただ全力で振るうだけの剣。
距離など関係なく。
硬度など意味を持たず。
斬れる力量さえあれば必ず届き断つであろう、それだけにしてそれだけで十分の剣。
一度放てば、待つのは暫しの機能停止と数日尾を引く筋肉痛。
或いは、尾を引けば。
運が悪ければ、二度と剣を持てなくなる。そういうこともあるかもしれない、まさしく諸刃。
これはステラの補助魔法があろうと、関係ない。
何せ、結局は全霊で振るだけの技。
例え強力な補助があろうと。
それ込みの一振りを放つのだから、変わるのは冴えと威力のみ。
とはいえ、まあ。
剣を振り、それを作った張本人である俺が言うのもあれだが。
まさかこんな惨状になるなどとは。
まさか、俺の一振りが、目の前の全てが塵と化すほどの威力を生み出すことになろうとは。
流石に、露ほどの想像さえ出来てなかったけどな。
「……っ」
とまあ、驚嘆に浸ってすぐ。
痙攣する手のひらより、剣の柄が落ちる。
ボスリと、こぼれ落ちた柄と共に、重い体を支える力を失った片膝が砂に埋まる。
落ちた剣の残骸に、既に刃はない。
たかだか安物の刃一つ。
俺の想像さえ超えるほどの大一撃に、たかが凡剣が、耐えられる道理などあるわけがない。
……まあ、それでも。
何だかんだ、それこそライジングにいた頃から使ってた、どこにでもある程度の安物だ。
少しだけ。
一日終わりの一杯、その最後の一口を惜しむ程度には、名残惜しさがないとは言わないけどな。
「す、すごい。師匠、すごすぎる……だ、大丈夫師匠!?」
「煩い。喧しい。鬱陶しい」
「ひ、ひどいっ!」
駆け寄ってくるホシに、つい渋い顔をしてしまう。
まったく、耳どころか全身に響く。
ただでさえ思った以上に堪えてるんだ。クソガキの吠え声が、こうまで鬱陶しく思えることもそうないだろうよ。
……しかし、まさか。
俺としては、無象を飛び越え、核であるでかい魔石を二つに断つだけのつもりだったが。
まさかこうまで、文字通りに全部を蹴散らすとは。
ふらついていただけの俺が飛躍を遂げたなどと、間違いなくあり得ない。
となれば、もちろん理由は一つ。
恐るべし、ステラ。
恐るべし、常識を超える補助魔法師。
嗚呼、本当に、気味が悪いほどに恐ろしい。本当に、自分が自分じゃないみたいだ。
それから数分。
しばらくの休息を挟んだあと。
恐らく戦えばすまいだろうが、それでもどうしてか立ち上がり、動ける程度には回復を果たした。
……恩恵を受けてなお、誠に遺憾ながら。
神や妖精の祝福の類か。
この人ならざる、気味の悪い回復力もまた、きっとステラの補助魔法の恩恵なのだろうよ。
「だ、大丈夫なの師匠? 足ブルブルだけど、肩貸した方がいい?」
「いらねえ。クソガキに支えられるくらいなら、ここで野垂れ死んだ方がマシだ」
「言葉鋭すぎない!? プライド高すぎだよ!」
当たり前だ。
それもこれも全部、お前が師匠などと呼ぶからだ。クソガキめ。
とはいえ。
動けないよりかは、動ける方が幾分マシだと。
今は不快感を奥底にしまいながら、腕輪を付け直し、四肢に力を入れながら周囲を確認していく。
そして見つける。
全てを斬り飛ばし、何もかもを失った地平に。
記憶が正しければ、先ほどまでなかったはずのものを。
「……おいホシ。あんなの、あったか?」
「へっ、あんなのぉ?」
わざわざ指差して、ホシへと問いかける。
部屋の中央──戦いが始まるよりも前、魔石の浮いていた位置に置かれた白い宝箱。
巨人や魔物と同じく、白い砂にて作られたであろう単色の箱。
警戒しつつも近づき、開くことなく確かめる。
ただの箱。宝箱。
生命の気配はない。それだけで断ずる気はないが、少なくとも、ミミックの類とは思えない。
新たな道が開けたと、そんな感覚はない。
先の分かれ道へ戻り、もう一方へ進みでもすればもしかしたら、何か違うのかもしれない。
それでも、この部屋にもう先はない。
ここが終点。ここが最後。
白砂の通路を踏破し、巨人を退け、最奥へと辿り着いた末の箱。であれば、それは──。
「ホシ、お前が開けるか決めろ」
「……ぼくが?」
「多分これは、お前のための箱だ。お前が開けるべき箱だ」
俺がそう言えば、ホシはどうしてだと困惑を零すが、まあ当然だろう。
これは、あくまで勘でしかないが。
仮にダンジョンがホシを招いたとすれば、即ち試練の対象はホシ一人。
俺は所詮、巻き込まれ。さしずめおまけで付いてきた剣その一と、そういう扱いな気がしてならない。
例え、俺という付き添いがいたとしても。
例え、白砂の巨人を倒したのが俺であったとしても。
ここに置かれた成果は、ホシへ向けられたもの。
だから、譲る。
どうもそんな風に思えてしまうからこそ、自分でも意外なほど素直にそう言えてしまう。
……ま、俺も頑張ったし、少々気にくわなくはある。
だから箱の中身が金に換えられる財宝、高位の宝具とかだったら要相談って感じだ。
数秒の間、見つめ合う。
後、覚悟を決めたらしいホシは頷き、箱の前へと躍り出る。
念のため、警戒はする。
既に剣はない。体はガタガタで、今なら浅層の魔物でさえ相手取るのはきつい有様。
けれど、それでも。
唆した責任として、もしもの際、一度だけでも庇えるようにするために両の足に鞭を打つ。
そうして、ホシは箱の蓋へと手を掛ける。
箱を開けた瞬間──強い光が溢れ、白砂の大空間をことさらに染め上げる。
白い極光。
瞬きよりも短き間に、俺がホシを庇わんとするよりも早く。
真っ白は視界の全てを覆い尽くし、俺達二人は為す術なく、そのまま光へ呑み込まれる。
光は、ほんの一瞬。
次の瞬間にはもう、そこは白のみの空間にあらず。
旅は終わり、世界が色を取り戻したと。
そう言わんばかりに見知った光景──白砂の塔の一階層、入り口に俺達二人は立ち尽くしていた。
「……はっ?」
唖然が、声に漏れる。
開いた口が、塞がってくれない。
あり得ない。
今の今まで、俺達は確かにあの白い空間にいた。
まやかしではないのは、腰より失われた剣が、何よりもその証明になるはずだ。
……いや、あり得ないわけではない。むしろ、妥当ですらある。
だってそうだ。
そもそも俺達は、同じように白い光に包まれながら、あの空間に連れて行かれたのだ。
ならば、同じように戻された。それだけのことでしかない。そのはずだ。
空は、暗くない。
ちょうど青と茜の混じる頃合い。
まるで時間なんざ一秒たりとも経っていないかのような、そんな空色。
まさか、と。
そんなはずはない、と。
すぐに追いついた思考で、懐より懐中時計を取り出し、すぐさま時刻を確認してみる。
短針の示す刻は、三。
あの空間に連れられるよりも前。連中が襲ってくる直前に確かめた時間とほぼ同じ。長身が少し二つ三つほど数字を移動したかと、その程度。
「はっ、えっ、どうなってるの……?」
俺の隣で呆然とするホシ。
俺と同じく、現状に理解が追いついていないと、その顔と動揺が切に告げている。
違うとすれば。
ホシの手には、俺が持っていない物が握られていることか。
柄から鞘に至るまで、真っ白な短剣。
先ほどまでいたはずの空間にあった白砂で作られたような、けれど砂というにはあまりに艶やかで確りと形を成す一振り。
人が造るには、あまりに精巧で神秘に満ちた短剣。
恐らくは、宝具。
それも、相当に高位のもの。
価値のわかる者はさへ正しく売れば、借金なんざ十回は返せるであろう、そんな品。
恐らく、あの不可思議でしかなかった白い砂の空間を踏破した、ホシへと贈られた報酬。
さしずめ、開けた箱の中身といった所なのだろう。
……俺には報酬なしかよ。
つくづく除け者ってわけだ。最後までいい歓待だったよ。クソめが。
「……とりあえず、それしまっとけ。目立つからな」
「え、あ、うん……って、なにこれ!? なんかすっごく綺麗なの持ってるぅ!?」
ようやく我に返ったホシは、今ようやくその存在に気付いたのか。
慌てふためきながら、すぐさま懐へと仕舞う。
「ねえ師匠。今までのって、夢、だったのかな……?」
「……さあな。それを決めるのも確かめるのも、全てはお前の今後次第ってことだな」
俺なりの答えを言ってはやれるが、そこは敢えて適当に濁しながら。
ようやく落ち着いてきたので、気を切り替え。
未だにミシミシと悲鳴を上げる体を解してから、白砂の塔へ背を向け、のんびりと歩き始める。
「ふわぁ。さ、何かまだ空は青いし、とっととやること済ませちまおうか」
「へ、やることって? お疲れ様会?」
「ははっ、そうだな。それもやろう。……だがそれよりも、だ」
それだけ言って、立ち止まり。
振り返って、親指立てながら、ニヤリと笑みを浮かべてやる。
「金はあるんだ。返すもん返して、柵チャラにしてから勝利の乾杯といこうぜ?」
ま、何はともあれ。
色々あったし、俺自体はちょっと金稼げただけで、肝心の本命は掠りもしなかったが。
とりあえず、こんなもんでいいだろうよ。嗚呼、疲れた。




