転移
「どうなってやがる……?」
暗闇から白へ。
既知から未知へ。
恐るべき異常。
あまりに唐突な一変。
そうとまで言えてしまう世界の変貌に、思わず驚愕で戸惑いが漏れてしまう。
白砂の塔。
俺の知っているダンジョンとはまるで違う、まるで塔の表面の白で染めたような空間。
未だダンジョンでありながら、どことも分からぬ未知の領域。
……自慢じゃないが、そこそこハプニングへの耐性があると思っていたのだが、何ともまあ。
煙を吸っていた頃なら、ひとまず一服していたなと。
ふとそんなことが過ぎってしまうこと自体が、我ながら情けなくはあるが、現状に対しての混乱の証拠なのだろう。
考える。現状を、現象を。
連中の転移魔法──それではあのバロンが、一人を潰した理由を説明出来ない。
何より、転移魔法は超高等且つ危険技術。
あんな土壇場で、ホイと熟せるわけがない。何より、それならホシを一緒に飛ばすわけがない。
やはり、あの白い角のバロン。
あいつが、原因。
魔法か、それ以外か。
とにかくあいつが何かをして、何かしらの超常でこんな場所に拉致されてしまった。そう考えるのが、一番──いや、待て。
ふと腕に付けた、黒い腕輪が視線がいく。
誤魔化しの腕輪。
まさかこれが、ここに飛ばされた原因だったりするのか……?
「な、何が起きたの……?」
……とはいえ。
とんでも現象を前に、いくら頭を悩ませど答えは出ず。
かといって、いつまでもアホ面晒しながら、そう突っ立っているわけにはいかない。
独り身であれば。
或いは、同行者が取り繕わずともいい程度の能力と間柄であれば。ともかく。
残念ながら今一緒にいるのは、その対極。
ホシ。
仮にも指導の名目で同行している、数日ばかりの付き合いしかない冒険者。
肩を並べるに値せず、背中を預けるに至らない。守らなければならない、クソガキ。
「怪我はないか?」
「え、ないですけど……」
「そうか。なら立て、進むぞ。ここがどこかは知らないが、一秒が惜しい」
ぺたんと。
まるで女のように尻もちをつきながら、ポカンと呆けるホシを声を掛け、手を差し伸べる。
三つ、前提として。
ここがどこでなんであろうと、恐らくダンジョンの中に変わりはない。
そもそも日帰りのつもりだったのだから、当然水や食料は相応にしか用意していない。
俺の門限はまあいいとして、ホシの返済期限は明日まで。
何もしなければ、当然待つのは死。
例え生きて帰れたとしても、期限を超えてしまえば、俺もホシも待つのは地獄。
停滞は何も生まず、失うばかり。
待っていようと、誰かが助けてくれるわけじゃない。
冒険者であれば。
死にたくないと、自由でありたいと、少しでもしがみつくのであれば。
決して思考を止めず。動ける合間に動いて、窮地をどうにかするしかあるまいよ。
……なあに。
冒険者なんてやってれば、形は違えど、突然訪れる苦境なんてままあること。
流石にダンジョン自体に拉致られるだなんてのは初めてだが、むしろ体験としては上質。
乗り越えれば、よほどに動じない胆力さえ養える。
そういう意味じゃ、こいつへの指導の締めとしてこれ以上なくお誂え向き……と、そう思っていくくらいの気持ちで臨むべきだろうよ。
ホシは俺の手を掴み、立ち上がる。
金の瞳は不安に揺らぐものの、それでも決して、絶望に染まっているわけじゃあない。
ならば、ひとまず心配はいらないと。
どこか安堵の気持ちを抱きながら、一つしかない進む先に招かれるよう、白い通路を進み始める。
通路は先ほどまでの地下と同じ、歩けど別段変わり映えはなく。
まだ見ぬ罠に気をつけながら、それでも恐れず前へ。
……これは決して、後ろから付いてくるクソガキには言うまいが。
実のところ、未踏破領域を歩くのは久しぶりな上、そう経験があるわけでもない。
元々地位や名誉、冨のために最前線へ挑むタイプではないのだ。
こういう未知へ挑む機会なんざ、如何にステラの補助魔法があったとて、別に欲しくは──。
「……おいおい。どうなってる?」
しばらく歩いた頃。
ついに姿を現した魔物──魔物であろうそれらを前に、つい疑問を漏らしてしまう。
スナイヌとシロコウモリ、スナイム。
記憶にあるの比べて随分白く、そう、まさしくここらを形作る砂のように白くあるものの。
それでも白砂の塔でも普通に見かける魔物が、数匹。
魔物の群れ。
それ自体はダンジョンであれば、そう珍しくない光景ではある。
ただし、白砂の塔ではあり得ない。
一階層につき一種類しか生息しないはずの白砂の塔で、複数種が一同に介す。そんな光景など、俺でさえお目にかかったことはない。
やはり、ここは何かが違う。
とはいえ、冒険者が魔物を前にしたのだから、やることなんてのは変わらない。
「……ホシ。最悪荷物は捨てて、自分の身を最優先にだ。いいな」
「は、はい!」
背後にて、短剣に手を添えながら頷くホシ。
流し見たそれに、確りとした返事に満足しつつ。
じわじわと迫ってくる魔物連中へ、こちらもゆっくりと距離を詰めていく。
既知の魔物と酷似していようと、姿形を当てにしてはならない。
相手は未知。なにをしてくるかは不明。
初めて出会った魔物を狩るときのように、慎重且つ冷静を心がけ、決して目を離すことなく。
……ああ、こういう手探りな感じも久しぶりだが、たまであれば悪くない。
基本、面倒は御免ではあるが。
それでもやはり、俺も冒険者の端くれということか。
……或いは半年何もしてなかったから、何でも楽しく感じるってだけかもしれないがな。
戦いだというのに、どこか感慨に耽ってしまいながら。
それでも、決して緩めず。
冷静に、そして迅速に魔物達へ剣を振るい──攻撃の予兆さえ間に合わないまま、斬り伏せる。
……切った感覚として、強さ自体は通常の連中と変わりない。
スナイヌは地下三階層。
シロコウモリは地下二階層。
スナイムは地下一階層。
変異種のように、何かしらの特別もなく。
その上、手応えも軽い。
恐らく、ホシに任せても危なげなく狩れてしまう。その程度の、見知った強さでしかない。
違うとすれば、切った際の感覚。
肉を切ったときとは無縁の軽さは、例えるのなら、砂へ刃を振ったときのそれに近い。
それに、魔石も落ちない。
魔石ないし宝具は魔物の核。人間で言う脳や心臓、或いはその奥にある根本と同質の部位。
どちらかがなくば、やつらは存在しえない。構造知らずとも、それが道理のはずだ。
召喚師が使役する使い魔の類。
思考を奪われ、尊厳の失い、意志を失った首輪付きと同類……いいや、恐らく違う。
相対した感覚としてはゴーレム。命のない、砂の人形が妥当だろうか。
……まあ、その辺考えても無駄か。
別に俺は頭の回る学者連中でもなければ、ダンジョンの秘密に執心というわけでもない。
仮にこれが重要な発見であろうと興味は湧かない。
この発見を活かさなければ、向こう百年ダンジョン研究に進展がなかったとしても知ったことではない。
正体など些事。
狩ったって利益のない、不思議な何か程度の認識で十分。
あとは土産話として、酒の肴として語った誰かが膨らませてくれれば、それで問題ないとも。
「……案内は一人でいいのに、お優しいことで」
一度目の出現を皮切りに、わしゃわしゃと押し寄せる魔物達。
どうやら今の数匹は始まりに過ぎないと。
そう伝えるかのような数の歓待に、皮肉を交えながら、剣を片手に向き直す。
それにしても。
ダンジョンには招待状なしで奥へ連れ込まれ、挙げ句中の魔物達大歓迎、か。
俺か、それともホシか。
いずれにしても、人気者は辛いもんだ。まいっちまうね。




