襲撃
依然、地下七階層。
三日も同じ階層に潜り、変わらぬ同じ魔物を狩り続けるばかりであれば。
それこそ如何に久しぶりと浮かれようと、流石に見飽きてしまうのは仕方のないこと。
とはいえ。
そんな詰め込みの数日も、今日でようやく一区切り。
地下七階層、最奥。
かつて階層の主──巨大なバロンのいたという、役目を終えた大部屋にて。
今し方遭遇したバロンの群れをほれこの通り、不測の事態一つもなく、滞りなく斬り伏せる。
「……ま、こんなもんか」
「ふ、ふええ疲れたー」
カランと。
小気味好い音立て、地面に落ちた魔石を拾った後。
懐から懐中時計を取り出せば、針と数字はちょうど正午を超え、三時辺りを指し示す。
時間としてはちょうどいい。
稼ぎもまあ、相場次第ではあるが。
それでも少し余裕が持てるほどは狩ったつもり。惜しむらくは、今日はまだ変異種と出くわしていないことくらいか。
あとは地上に帰って、換金して、支払って。
そうだな。それから時間があれば一杯やって、晴れて契約満了で解散って感じで──。
「っ!」
思考の最中。さながら、空いた隙間を縫うように。
飛来する。鈍色の刃が。
こちらを──俺の足を奪うべく。或いは、そのまま命を散らさんと。影も音もなく。
ともあれ。
剣を払い、弾くには十分。
そのまま弾かれた短刀を空で拾い、返すように、暗闇の一点へと投擲してやる。
ああ、嗚呼。
腕は立つようだが、その程度じゃ、息を潜めても無意味。
宝具でさえないただの隠蔽が。
ましてや監視さえままならない程度の隠密が、俺に通るものかよ。
鈍い苦悶が、ダンジョンへ響く。
手応えあった。
死んだかどうかは知らないが、少なくとも、投げた分のお返しは出来たらしくて安心だ。
……ああ。或いは毒でも塗ってなきゃ、たいした傷にもならず、生きて帰れたりするかもな。
「え、えっ……!?」
「そら出てこい。語らずも結構だが、それでしまいじゃやってられないだろう?」
状況に追いつけず、ただ動じるばかりホシに被さるよう、一歩前に出つつ。
切っ先を向け、暗闇に問う。
姿形なくとも、そこにいると告げてくる気配の残滓へ、酒場で笑うように気安く。
「──流石だ。単身でバロンの変異種を物ともしないだけはある。正直、恐れ入ったよ」
暗闇から、一人。
称賛と拍手を携えながら、ぬるりと姿を現すのは、黒い外套で顔も体も隠した誰か。
体格や声色は男のそれだが、一体どこまで本当なのやら。
……手練れだな。
稼ぎ目的で、ダンジョン中で仕掛けられたなんて経験は、それこそ何度か経験しているが。
少なくとも、そういう類な半端者ってわけじゃなさそうだ。……ああ、本当に煩わしい。
「そいつはどうも。なら、最後までコソコソ観察するだけに留めておけば楽だったのによ」
「そうだな。額に見合わぬ依頼だよ、本当に」
吹けば飛ぶような軽口もそこそこに。
観察し、状況を、わざわざ姿を晒してきた意図を汲み取る。
なるほど。
僅かだが、奥の暗闇から魔力が窺える。
さしずめ一人が顔を出し、後ろに潜むのが魔法を編むまでの時間稼ぎ。そういう腹か。
三、四、五人ほどか。念のため、もう一人多く見て六か。
待ってやる理由もないが、まあいい。
真偽はさておき。せっかく会話に応じてくれるというのだから、乗らない理由もそうない。
進んで殺すつもりはないが、死人に口はないと来た。
なんで、どうしてなんてのは、当人に聞くのが手っ取り早い。
……まあ生憎、今はそう因縁を抱えてるほど、碌に活動出来ちゃいない。
こいつらが何者なのか、そんなの凡その検討はついてる。
俺の過去の負債と言われてしまえば、そのときは素直にお手上げと、苦笑するしかないけどな。
「ネアロの誰かは、さぞこいつにご執心なようだな。既に売り先が決まってる感じか?」
「……さて、何のことやら。俺達は所詮、雇われの身なんでな」
果たして正解か、それとも的外れか。
答えは謎のまま。
目の前の誰かは一切声色を変えず、肩をすくめるばかり。
「さて、さよならだ。悪く思うな。お前は殺せと、それが依頼なんでな」
「そうかい。なら恨むなよ、お互い様だ」
最早、語ることは何もないと。
会話を切り上げた瞬間、俺も目の前の誰かもまた、ほぼ同時に地を踏み出す。
ただし、俺は前に。
目の前のは真逆。暗闇へ紛れるよう、後ろへではあったが。
「雷よ」
暗闇に奔った青閃。放たれた稲妻の魔法の連続を、手に持つ剣で弾き、進む。
実体なき鋭刃。難度こそ高いが、数ある魔法の中でも、特に人を殺すに適した魔法。
火で燃やすより。
水をぶつけるより。
風で裂くより。
地で圧すより。
光、或いは闇で呑み込むより。
雷とは、人の天敵。
強弱に関係なく。
対策なしで直撃すれば、人が人である限りは、部位によっては即死は免れない脅威。
故に、当たるわけにはいかないと引き締める。
例え、そのレベルでなかったとしても。
致命傷かもしれない攻撃を喰らうことだけは、是が非でも避けなければならない。
──例え喰らえど、俺の命は守られようとも。或いは、だからこそ。
幸いなことに、人質を考える必要はない。
狙いはホシ。
どうにも傷物にしちゃまずいらしい時点で、こいつに人質としての価値は発生しない。
故にこの場で考えるべきは、俺の身一つ。
冷静に。
迅速に。
やるべきことは、決まっている。であれば後は、勤しむのみ。
「ば、馬鹿なっ……!!」
迫られる相手方の驚愕は当然。
如何にバロンを単身で狩れようと、人が稲妻を容易く払うなど、そう有り得るものではない。
暗闇に奔る魔法。
魔法と暗闇に中に潜まされた暗器。
一つ一つを確実に、迅速に斬り伏せ。
そうして段幕を潜ってまず、雷の魔法を使う誰かの護衛を、そして術者当人を片腕を斬り伏せる。
そのまま迫る双剣使いを一蹴し。
そして懐の短刀を投げれば、闇に紛れる一人が呻き。
次に移ろうとした直後、正面切って振り下ろされた剣を、焦ることなくそのまま受ける。
「よう。久しぶりだな」
「化け物め、どうなってやがる……!!」
剣の主は、先ほど前に出てきた誰か。
纏う魔力から考えるに、そう悪くない強化の補助魔法でも掛かっているのだろうが……嗚呼、この程度であれば、関係ない。
剣を弾き、払い上げ。
胴を一閃。
血飛沫が舞う。不快さが、全身を奔る。
少々浅めではあるが、特別殺す気はないのだから、まあどうだっていい。
身代わりの宝石は、致命傷を一度肩代わりするだけ。
便利ではあるが、万能ではない。
それこそステラのような規格外の補助魔法でないのなら、斬れば人は殺せてしまう。
とはいえ。
それでも本気で殺るのであれば、身代わりの宝石まで考慮して二回が鉄則だが。
……殺しなんて、なるべく勘弁。
死ぬなら俺の目の届かない場所で。ダンジョンの中で、このまま勝手に野垂れ死んでくれ。
「ぐっ……」
「終わりだ。次はきっちり依頼を選ぶんだな」
流石に、剣を収める気にはならず。
立てば、向かってくれば、そのときは今度こそと。
それでも倒れる誰かへ軽く吐き捨て、呆然と縮こまっていたホシの下へと歩いていく。
「し、師匠……」
「そら行くぞ。あんまり悠長だと、こいつらも起き上がっちまう」
「ひゃ、ひゃい……!」
びくつくステラの瞳は、どこか怯えが混じっている。
手に持つ剣、刃にこびり付く赤血。
多少は荒事に慣れていようと、直面した人間同士の命の奪り合いに、そうなるのは当然か。
いずれにしても、泣き言は後。
例え俺のことが怖かろうと。
どうせ金を返し終えたら、そこで切れる関係なのだから、それ以上は──そうかよ。
「いいんだ……な?」
ホシを抱えて飛び退いてから、問いかける。
身代わりの宝石か。
或いは、己が甘さか。
どちらにせよ、返答はない。
投げられた短刀と、火、そして稲妻の魔法が彼らからの答え。
プロ意識に感嘆しつつ、ならばもう仕方ないと。
ホシを置き、今度こそダンジョンの屍にしてやろうと決意した──その瞬間だった。
そいつが、目に入る。
どこからともなく現れ、俺を狙っていた雷の魔法を使う誰か潰してしまった、そいつを。
バロンに酷似した魔物。
ただしこの数日、数回も見たそれとは、明らかに異なっている。
種に関係なく、黒角であるはずのバロンが持つはずのない、真っ白な砂の角が異様に存在感を醸している。
何かがまずいと、告げる。
何もさせてはならないと、己が内の警鐘が鳴り響く。
ダンジョンの中であれば、人同士のいざこざなど関係なく魔物は湧く。
それは知ってる。当然、理解している。
だが、なんだあれは。
あれは本当にバロン、俺の知っている魔物なのか……?
『──英雄。試練』
「え……?」
白い角のバロンが、ノイズのような何かを発した瞬間。
それを聞いたホシが、戸惑いを口にした瞬間。
白い光が、暗闇ばかりの大空間を眩く染め上げる。
そして、景色が変わる。
暗闇と振り絞っていた連中以外何もなかったはずの大部屋は、光が止み、まるで別物へ。
壁も天井も白い砂の、さながら地上に聳える塔を思わせる色合いの通り道。
明かりのいらない、真っ直ぐの道。
白砂の塔で活動して以来、一度も目にしたことない光景。──未知。
「……はあっ」
咄嗟に閉じた目を開き、それを視認して。
追いつかずとも、強引に追いつかせた理解と同時に、大きな大きなため息が零れる。
ダンジョンでは何が起きるか分からない、などと。
最低限の常識と、当たり前のように言われるが。
まさか、いきなり知らない場所へ飛ばされることになるとは、いくら俺でも思いつきはしない。
まったく、ただの金稼ぎでしかなかったのに、どうしてこうなったのか。
仮に、ここから生きて帰ったとしても。
今度こそステラに何を言われるか。この分では、門限を守るのは難しいだろう。……はあっ。




