楽しそう
バロン狩りは、実に恙なく。
むしろ俺の想像を超えるほど、順調を超えたハイペースに進み、相応の成果を取得した。
一日目は、首尾良く。
二日目もまた首尾良く、既に納品依頼は達成され。
そして三日目は、変異種の二体同時発生という厄介な事態こそあったものの、無事乗り越え。
期限まで、残るは一日のみ。
額で言えば、足りないのは残り十万ほど。
残念ながら、俺が求める類の宝具は出てこなかったものの。
それでも途方もない額であったはずのホシの借金額は、いつしかもう目の前となっていた。
──とはいえ、別にいいことばかりでもないのが、人生の難儀な所だ。
「……」
朝の食卓に走る、重苦しい沈黙。
向かい合う、銀髪美人。
家主でもあり、仲間でもあるステラは大変に不機嫌そうに、ただ黙々と食事を続けていく。
決して短くない付き合いの俺には分かる。分かってしまう。
これは、まずい。非常にまずい。
ステラは基本口調が強い方だが、それでも不満は溜め込む手合い。
溜め込んで溜め込んで──その先に待つのは、爆発。
さぞ面倒な癇癪を起こされる。下手をすれば、追加の補助魔法を掛けられるかもしれない。
何が原因だ、なんて。
思い当たりがないなどと、言うつもりはない。
誤魔化しの腕輪。ダンジョン。どちらかが、或いは両方が、こんなときにバレたか。
「……機嫌悪そうだな、ステラ」
「ええそうね。誰かさんが、私以外の誰かにかまけてるせいで、少し落ち着かないわ」
探りを入れれば、ステラは手を止め、ぼやく。
……最近って、ほんの数日じゃねえか。
「……何もガキンチョに妬くことねえだろ。あくまで──」
「ええそうね、あくまで指導。でも、最近のアロンは楽しそう! 私といるときより、私と話しているときよりずっと! ええ、ずっとよ!」
テーブルを叩き、声を荒げるステラ。
こちらを睨むその形相は、普段の冷静で涼しげなそれとは違っている。
「ステラさん、良い子よね。一緒にいて、さぞ楽しいでしょうね! ええ、私みたいな愛想のない女と違って!」
「……ステラ。俺は別に、そんな──」
「私のこと、もういらないの? アロンも私のこと、捨てるの? また一人にするの? ねえ、ねえ? 答えて!」
ステラより、魔力が吹き荒れる。
ステラの怒声に呼応するように、空気が、テーブルが震えを帯び、俺の肌をひりつかせる。
この不安定さが、今のステラ。
一見、何一つ変わりなく。より美しい女になったがあくまで張りぼて。
本性は俺なんぞに依存し、俺なんぞに捨てられることを死よりも恐れる、壊れた哀れな女。
故に、怒りはない。
故に、恐怖もない。
あるのはただ、哀れみのみと罪悪感。
少々プライドも棘もあったが、それでも夢を描き、上昇志向の強かった一人の女冒険者。
例え、きっかけだったとしても。
俺自らが壊してしまった彼女を、真っ直ぐと見つめるしか、俺には出来ることはない。
……捨てないで、か。
まったく、笑わせる。
どこまでいこうと、どこまで壊れようと、結局捨てる側なのはお前の方だろうに。
「……あっ、ご、ごめん私、私っ!」
「気にすんなよ。もう慣れてるっての」
正気に返ったステラは、今にも泣きそうな目で謝ってくる。
捨てないでと、縋るような。
痛々しく、弱々しい灰色の双眸は、吹いたら消えてしまう蝋燭の火のよう。
「……次の休み」
「……え?」
「明日には一応、一段落する。だから、お前の次の休みに何かしら穴埋めしてやる。それで勘弁しろ」
だから、つい。
俺は声を掛けてしまう。自分の得にもならない妥協案を、ステラに投げてしまう。
「……じゃあ、買い物。一日中一緒にいて。あと、一緒に寝て」
「最後のは駄目だ。調子に乗るなっての」
「……けち。いくじなし。唐変木」
「言ってろ。小娘が」
それだけ言って、俺は席を立つ。
最終日の今日は、少し早めの待ち合わせ。
ホシを待たせることへの罪悪感はそこまでないが、あいつに遅刻でからかわれるのは御免だ。
「……ごめんアロン。気を遣わせて、ごめんなさい。許して……」
「謝るなよ。そういうの、悪い癖だぜ」
ごちそうさん、と。
最後に声を掛け、手を振ってからリビングを後にし、支度を整えて外へと繰り出していく。
別に、同情なんかではない。
情なんて、温かいもんでもない。
俺にとっちゃ、一回り歳下のこいつは所詮、ホシと何ら変わりない。
冒険者としての仲間。歳下の小娘。それだけだ。
「おはっようございま……どうしたんです師匠? なんか、朝から疲れた顔してるけど?」
到着した、白砂の塔入り口にて。
こちらの心などお構いなしに、溌剌とした笑顔で手を振ってきたホシに、ため息一つ。
「……別に。お前は人生楽しそうだなと、本気で尊敬してるだけだ」
「え、そ、そんな照れちゃいますって、えへへー。……あ、もしかして皮肉!? からかってる!? ちょっとー!!」
わしゃわしゃと。
ベレー帽越しに軽く頭を撫で、それから喧しいホシを流しつつ、塔へと歩んでいく。
しかし、そうか。
楽しそう。楽しそうと、そう来たか。
久しぶりのダンジョン。
久しぶりの本業。
この半年間、闇雲に燻り続けるばかりだったもやもやを発散出来る、久々の機会。
そういう自覚がなかったなどとは、決して言いはしまいが。
それでも、そうか。俺は楽しかったのか。
ボロを出さないよう気を遣っていたのに、それでもステラに指摘されてしまうほど、隠せていなかったのか。
……クソガキのこと、やいのやいのと言えたもんじゃないな。ザマぁないぜ、本当によ。




