地下七階層
白砂の塔、地下七階層。
内部の景色、構造自体は深く潜れど変わることはなく。
されど覆う空気、暗さ、緊張は三階層とは比較にならない地へ、ついに俺達は足を踏み入れる。
明かりは松明やカンテラなど、手に持つ類でなく。
ふわふわと、俺達のそばを揺蕩い、周囲を照らしてくれる光の玉。
灯火の札。
より奥を目指す冒険者にとって、必需品とも言える宝具の一つ。
自身のそばに光の玉を生み出し、光源を確保してくれる。
その上限度こそあるが使い捨てではなく、太陽の光で充電することで繰り返し使用出来る。まさに冒険者のためにあると思ってしまいたくほどの優れものだ。
「ひ、ひぇ……」
「怯えるな。そして離れろ。邪魔だ」
びくびくと。
普段の元気やどこへやらと。
俺の腰へしがみつきながら歩くクソガキを雑に払いながら、慎重に周囲の気配を窺い続ける。
……今すぐに捨て置きたいほど鬱陶しいことこの上ないが、まあ無理もない。
地下七階層とは、俺でも警戒が必要な領域。
こいつが見かけ通りの歳ではなく、若作り全開で、俺が見誤っているのならともかく。
現状の態度のまま、外見相応の経験しかないのであれば。
命の保証が一つあれど、数段飛ばしの領域を気後れせずに歩くなど、至難でしかないだろう。
……ま、状況が変わったんだから、最早指導の体裁なんてあってないようなもの。
自分で狩って稼げと、そんな無茶難題を押し付けはしまいさ。
ただ、何せ五日……いや、四日で三百万なんて大金だ。
それこそ荷物持ち、体質要因として付いてくるくらいは命を懸けてもらわんと割に合わない……ほら、話していたら早速お出ましだ。
そうこう言ってる最中、前方から突進してくる魔物。
立派な一対の黒巻き角と、首より下を包むふわふわとした白い体毛。
羊の手足ながら、二足で地を立つ人もどき。
バロン。
地下七階層にて生息する魔物。今回俺達が目当てとする通常種がちょうど一匹。
「時にホシ。お前も冒険者なら、『素材』の取り方くらいは知っているよな?」
さてまあ、仕事の始まりと。
腰に携えた剣を抜きながら、未だ緊張でカチコチなホシへ、世間話と気軽に問いかけてやる。
こくりこくりと。
ホシは首だけ縦に動く置物玩具のように、勢い任せに頷いてくる。
魔物を狩った際、生命の源たる魔石や宝具を落とすのは常識。
だが、魔物はそれだけにあらず。
ごく稀にではあるが、彼らの体の一部を素材として、霧散せずに落とす可能性がある。それが素材だ。
今回依頼の出ているバロンの角も、素材の一種。
体感で言えば、百匹に一匹の割合。
到底期待できる確率でなく、変異種同様に、拾えたら幸運だなと思う程度の要素──というわけではない。
素材を手に入れるには倒し、落ちるのを祈るだけではない。
生きたまま、それぞれに適した方法で剥ぎ取ってやればいい。
バロンの角であれば、ちょうど根本から綺麗に切ってやるだけ。
地下七階層が適性で、こいつが強敵である冒険者にとっては困難な課題ではあるが。
もう少し奥が本業な俺からすれば、残念ながら。
体毛などよりずっと手軽であり、倒す動作に一手間加えるだけでの、簡単な稼ぎに過ぎない。
一歩、地を蹴り。
二歩、目前で踏み込み。
片角を断ち、返す刃で首を落とす。それで終わり。
まともにやり合わず、さっさと切ってしまえばこの通り。
惜しむらくは、両角までは至れないこと。
世界のどこかには五箇所。
同じ瞬間に切ってみせる剣達者もいるなどと風の噂で聞いたことがあるが、俺には到底届かないな。
「うへえ、つ、つっよ……」
「そらホシ。落としたら罰金な」
「え、わっ、おっととっ!?」
カランと。
いくつか転がる音が、ダンジョン内へと響く中。
落ちた魔石と角を拾い、呆気にとられていたホシへと山なりに放ってやれば、お手玉しながらどうにか手の中に収めてくれる。
……さて、これで一万か。
バロンから落ちる魔石は丁度手のひらほど。サイズで言えば中といった所。
もちろん質やら何やらで程度にこそ差はあるが、まあ平均して一つ五千~一万程度。
地下七階層でもっとも稼げる魔石を落とすのは、例外を除けばこのバロン。
つまり、依頼の百万を考慮したとしても。
残り二百、つまりは二百体。
普通にやってれば五日じゃ、それこそ籠もりきりでもなければまず無理。まさにやってられないって数だが、どうなることやら。
更に言えば、どうにも鬱陶しい懸念が一つ。
……まあ、今は構うまい。
所詮は疑惑。疑わしきは罰せず。何より、こちらからどうこうするのも阿呆らしい。
「ほんと、出鱈目なくらい強いよね師匠。強さの秘訣とかある?」
「才能と経験と……まあ、仲間だな」
「うわ適当。そういうの、まったく似合わないよ」
「ああ?」
良い度胸じゃないか。
口が回る程度には、緊張は取れたらしくて結構。
……まあでも、確かにこいつの言うとおり。
どの口で言ってんだろうな。
仲間などと、笑わせる。
組んだ当初、或いはかつてのパーティに属していた頃であれば、ともかく。
今となっては、俺とステラの関係は仲間と言う名の一方的な縛り。
ステラという規格外が、どうにもへばりついてくるから成り立っているだけ。
対等などとはかけ離れた、身の丈に合わない、互いのためにならない関係でしかないってのによ。
「あ、もしかして、ステラさんの料理とか? 愛する奥さんの力でパワーアップ……的な?」
「そういえば指導をご所望だったな。おお、次が来たぜ。自分で戦うか?」
「こわっ! 顔が笑ってないんだけど! 師匠、お許しをぉ!」
ふらりとやってきた次のバロンを、指差しながら。
プンプンと。
妙にあざとく喚くホシを置き去りにバロンへ迫り、剣を振るう。
先の言が引っかかってしまっていたのか。
角を切る間際、不意に太刀筋が揺らいでしまったため、落ちたのは魔石だけであった。




