雑談
「……はあっ」
ため息が漏れてしまう。
ようやく戻ってきた自室。この家で唯一憂いのない場所で、安堵に酔いしれてしまう。
ベッドに腰掛けてすぐ、ドッと押し寄せるは疲労。
体ではなく、心。
原因は当然、俺の気の迷いからこの家に招いてしまった金髪のクソガキ──ホシであろう。
『いやー、ステラさんの料理、美味しいー! さいっこー!』
『アロンではなく、私が作っているのだから当然ね。ところで、おかわりいる?』
『いただいちゃうー!』
流石というべきか、それとも恐るべしと言うべきか。
あんな出だしであったにもかかわらず。
ホシは人当たりの良さであっという間にステラと親しくなり、驚くほど穏やかな食卓を送ることが出来た。
決して人が嫌いというわけではないし、善良ではあるが、それでも気難しく面倒な類ではある。
そんなステラが、急に連れてきた客にここまでとは。
正直な所、驚愕を通り越して感嘆さえある。あの小憎たらしい調子に乗ること間違いなしなので、決して本人に伝えてやりはしないがな。
そんな感じが思考を回していると、そろそろ眠気も良い感じに回り出してきたので。
明日に備えて、とっとと寝てしまおうとベッドへと横になろうとした。
コンコンと。
部屋の扉が小気味好い音を伝えてきたのは、まさにそんなときだった。
煩わしいと。
せっかくの眠気への妨害に、ため息を零してしまいつつ。
鍵を外して扉を開けてみれば、外にいたのは銀ではなく金の髪をした美少年──ホシがそこにはいた。
仮にも女であるステラのを貸すわけにもいかず。
俺の寝間着を貸したのだが、やはりサイズが一回り大きく、ダボっとしてしまっている。
まあそれを差し置いたとしても、だ。
どうも中性的。
出会ったときの恰好から男と判断したし、実際否定しなかったから男で間違いはないのだろうが。
それでも声音も相まって、この状態で遭遇していたら、少なくとも見分けはつかなかったろうよ。
……ま、出るとこ一切出てないし、多分男だろうよ。
「……なんだお前か。どうした?」
「……あの、師匠。ちょっとだけ、お話しませんか?」
まるで生娘が、勇気を出して想い人をデートに誘うかのように。
両の手を後ろで組み、何やら不安そうにこちらを見上げながら、ホシは俺へと尋ねてくる。
……はあっ。
「入れよ。眠いから、ちょっとだけだぞ」
「……うんっ!」
親指で中を指せば、ホシはにっこりと笑顔へ染めながら、実に遠慮なく入ってくる。
断ってしまえもしたが、まあ。
どうにもこのまま放っておくと、明日にまで響きそうな面をされてしまっては仕方ない。
ところで。
自分は駄目なのにぽっと出の客人が部屋に通されるのはおかしい、だなんて。
どうせ、もう気付いているだろう。
隣の部屋にいるはずのステラに、後でぐちぐちと言われそうだが……まあ、そんなの俺の知ったことじゃねえな。
部屋の中へ招いたホシは、どうにも気をそぞろにするばかり。
キョロキョロと。
まるで他人に連れられて初めて訪れた酒場を見回すような、そんな落ち着きのなさを窺えてしまう。
「……言っておくが、物珍しいものなんてないぞ。茶も菓子も、酒さえ期待するだけ無駄だ」
「出てくるなんて思ってないけど!?」
「そうか。……そうか」
「ないのに落ち込むの!?」
失敬な。
ないとは所詮戯言。茶や菓子なんざはないが、酒と肴はしっかり貯蔵している。
自室に置かれれば、籠もるばかりだと。
ステラにバレれば色々とうっさいのは目に見えてるからと、バレないようにしっかりとな。
それ故に。
求められれば、少しくらいは秘蔵のコレクションを見せてやろうかと。
ついそんなことを考えてしまっていた自分自身に、少々の困惑と意外性を覚えてしまう。
柄にもなく、客人をもてなしたいって気持ちが俺なんぞにもあったか。
……いや、違うな。
これはただ、この偶然訪れたクソガキへ、コレクションを自慢する手頃な口実にしたかっただけ。
まさかこの俺が、来客に若干浮かれているなぞと。そんなこと、あるものかよ。
「……」
「……」
俺もホシも、敷いた座布団の上にて。
見合い、沈黙。
どちらもが、会話を切り出すことなく。ただ無言の、鬱陶しいだけの間が暫し続く。
「……っていうか、ステラさんってあの女神! ギルドの腕利き補助魔法師だったんですね! びっくり!」
痺れを切らしたのか、はたまた耐えきれなくなったか。
仕方なしと。
俺の方から適当に切り出そうとした間際、先に口火を切ったのはホシの方。
どこか、少し固く。
思い出したかのように驚きを告げてきたホシだが、こいつの言っていること自体に間違いはない。
ステラは現在ギルドにて、補助魔法師として付与の仕事をしている。
一般的な補助魔法とは、用途に応じてその場で施され、短時間で解除されてしまうもの。
魔法によっては、常時掛け続けなければならないのだから、決して楽なものではない。
だから例えば一日の間と、長期間効果を持続し続けられる補助魔法というのはかなり希少な類。
ましてやステラほど質の高さと効果時間を両立出来る者は、稀であり貴重なのだ。
故にステラはダンジョンに潜らず、地上で補助魔法を掛ける仕事で稼ぐことが出来る。
冒険者だけではなく、一般の連中も対象。
決して安くはないが、それでも決して高くない。白砂の塔の生存帰還率を大きく上げる要因として、生活を、商いを豊かにする女神として、ギルドからも大変重宝されている……らしい。
……ま、女神の由来は能力以上に、端正な容姿が強いのだろう。
見かけを良くする機会を得たいと。
男女に関係なく。それだけを理由にダンジョンに身を投じたり、大金積んで宝具を望む者だって、決して少なくない。
能力あっても顔云々で扱いが変わるんだから、面ってのは才能以上に残酷な差異よな。
俺は自分の冴えない顔に不満がないから、共感はすれど、同調は出来んがね。
そうして一度開いてしまえば、ホシの口は実に軽やかで。
ペラペラわしゃわしゃと。
段々とここ数日で見慣れた、いつも通りの調子を取り戻してくれながら、雑談に興じていく。
どうでもいいと。
下らない、興味のない独り言なんざ一蹴するのは簡単だし、いつもならそうしてやるが。
……まあ、今日くらいは仕方ない。
それで少しでも、突きつけられた現実への気が紛れるのなら。
このクソガキの明日以降のコンディションが、少しでもマシになってくれるのであれば。
或いは、仕事の範囲内ってことだろうよ。……間違っても、師匠面するわけじゃないがな。
「……そら、そろそろ良い時間だ。明日に響くから、ここらでしまいだ」
とはいえ。
時間は所詮有限。いつまでもこのクソガキの緊張解し、世間話に殉じてやるわけにもいかず。
いい加減に眠気も頃合いと訴えてきたので、終わりを促してやれば。
ホシはまるで玩具を取り上げられたかのように、その笑顔を少し損なわせ、寂しさに口を緩めた。
「……ねえ、師匠。ぼく、お金返せるかな?」
笑顔を引っ込め。
不安で編んだ、沈んだ声色で。
ホシはぽつりと、零れてしまったとばかりに掠れた声色で、憂いで問うてくる。
「さあな。どこまで言っても、お前次第だ」
結局、そうなのだ。
気休めなんざ意味はないと、他ならぬこいつ自身が知っているからこそ。
不安の眼差しを向けてくるこのクソガキに、俺はそう答えるしかないし、するつもりもない。
バロンの角の稼ぎだけでは、どう転んでも足りない。
地下七階層と言えど、魔石だけでは何日かかるか分かったものではない。
やはり、宝具。
ホシの体質、個性を当てにする。それがただの五日で三百という法外を稼ぐ、唯一の道。
俺は所詮利益ついでに手を貸すだけで、全ては、あくまでこいつ自身なのだ。
……まあ、一つだけ。
仮に何も手に入れられず、どうと上手くいかずとも、ガキンチョ一人のケツくらいは持てるが。
それはまあ、そのときだ。
まだ何も始まっちゃいない。
ガキが必死に足掻いているのに、俺が諦めちゃ終わりだろうよ。くだらない。




