一難
いつもの酒場で一杯楽しみながら、今後の予定を話し終え。
結構忙しくなる明日からへ備えるために、今日はそのまま解散となる──はずだった。
「うわぁ! なになに、師匠ったら結構良い家住んでるじゃん! すっごーい!」
こじんまりだが、二階建てのしっかりとした一軒家。
我が家の前にして騒ぐ、金髪の美少年。
どうしてこんなことになったのかと、そう問われれば答えは単純。
放っておけなかった。そんな程度の、たった一つの気の迷いのせいで、そういう流れになってしまっただけのこと。
というのも。
まさに今日知ったのだが、なんとこのクソガキ、つい先日家賃滞納で家を追い出されてから流れの身らしい。
正直なところ、全ては借金小僧の自業自得。
因果が巡った果ての家なしなのだから、如何に捨て犬みたいな目をされようが放置で良かった。
とはいえ。
先ほど出会ったネアロ組の眼鏡の男。あいつの目が、一応の危機感を頭を過ぎらせてしまった。
あれは少し、警戒をしておいた方がいい。
ネアロ組の方針か、独断か。
ともかく一債務者以上の感心を、ホシへと向けている。余計な茶々を入れられても困ると、そう思ってしまったが故に今日だけは泊めることになった。ようは情ではなく、損得の問題だ。
「……念のため確認だが、俺の言ったことは覚えてるな?」
「ああはい。分かってますって。家主の方に余計なこと言わなきゃいいんでしょ? 簡単簡単っ!」
改めての確認に、ホシは不安が倍増してしまうほど、気軽に答えてくれる。
ホシは新人冒険者。
借金なんて無縁な、健全潔白な冒険者。
まだダンジョンに入るのが不安なので、外で戦い方の基礎を指導してもらっている。
そういう設定で通すよう、酒場でグラスを片手に再三言い聞かせた。
借金がありますだとか。
あと五日で売り飛ばされますだとか。
俺とダンジョンに入って、一緒にお金稼ぎしてますだとか。
そういうのを、欠片でも匂わせでもしたら。
或いは一切匂わせずとも、あいつの方で勝手に嗅ぎ取ったら、その時点で色々アウト。
そもそもの話、事前に尋ねたわけでもなし。一拍を許してもらえるかさえ定かではない。
あくまで、家主はあちら。
ステラは俺と違って人に優しく出来るやつだが、捨ててきなさいと言われたら、飼われている俺は粛々と従うしかない。そしたらまあ……ホテル代だけ握らせて、スッパリ諦めてもらうとしよう。
「でも、どうして? 同居してる人がいるって言ってたけど、そんなに怖いの?」
「ああ怖いよ。もしお前が一つでもボロを出したら……そんときは、消されるだろうな。俺が」
「そっち!?」
まあ、あれだ。
今日は俺の方が帰るの早いだろうし、食事当番等は俺だろうし、なあなあで流せるかも。
とりあえず、早く上がって支度を進めておかないと。
少しでも機嫌を取るために、今日はいつもより綺麗に洗濯物を畳んで、あいつの好きもんを作る努力でもいいかもな。
若干のからかいと、若干の自分の緊張を解すために。
適当なことをホシに宣いつつ、扉の鍵を開けようとして──必要ないと、気付いてしまう。
開いている。
戸締まりを忘れたわけでもない。なのにどうしてか、鍵が掛かっていない。
泥棒は、あり得ない。
この家にはステラの補助魔法はかかっている。
鍵がなければ、例え一流の盗賊でさえ、窓からでさえ中へ入るのはほとんど不可能。
──ならば、残る答えは一つしかない。
「お帰りアロン。今日は早めだね、えらいわ」
扉を開けた矢先。
出迎えてくれたのは、後ろで髪をまとめたエプロン姿の同居人──ステラ。
今日は仕事なはずの、現に先ほど確かにギルドで顔を見たはずの彼女が、どうしてか先に帰宅している。
「……早いな。仕事じゃなかったのか?」
「ふふっ、早く帰ってきたくて、今日はちょっと早く切り上げたわ。……で、誰。そいつは?」
「ひっ」
刹那、ステラの目の色が変わる。
珍しく穏やかささえあったほどの上機嫌は、瞬く間さえなく鋭利に。
急転直下とも言えるほどの剣幕に、ホシはびくりと肩を震わし、そそそと俺の後ろへと隠れようとする。
だが、残念ながらそれを許すことはない。
何せ今日、泊まるのはこいつなのだ。
結局の所こいつ次第なのだから、少しでも印象良くしておかなければならないのに、隠れていても仕方ない。
「ああ、昨日言った指導のガキだ。今日宿ないらしくてな。泊めてやりたいんだが、いいか?」
「ど、どうもホシです。よ、よろしくお願いしま~す……は、はははっ」
前に出したホシが固くなりながらも自己紹介するも、ステラは眉一つ動かすことはない。
見ている。ただ見ている。
獣が草陰から獲物を見据えるように、ただジッと、色なしにホシの顔を見つめるばかり。
妙な緊張の間は、十数秒。
やがてステラは一歩、二歩と前に出て、綺麗な手を伸ばし、ホシの右頬を撫でるように置く。
「……綺麗な顔ね。ええ、まるで女の子みたい。本当に」
「ぎ、ぎくぅ!? ……い、いやだなー、そんなわけないじゃないですかー! だって一人称がぼくですよぼく! 顔が良いとは言われますが、どっから見ても立派な美少年ですよあははー!」
慈しむような、或いはこの場で引き千切ってしまいそうな。
どちらとも言えない、ステラの手。
恐怖か緊張か、ないとは想うが、はたまた美人への歓喜か。
どのみちホシに振り払う余力はなく、ただ狼狽し、捲し立てるよう弁明をするばかり。
……仕方ない。連れてきたのは俺だし、助け船は出してやらないとな。
「家主はお前だ。嫌ならはっきり言ってくれ。ゴミ捨て場に捨ててくるから」
「ゴミ!?」
「……私の家じゃない。私と、アロンの家。他人事みたいな言い方しないでよ」
「違う。何度も言うが、ここはお前が買った家で、俺はただの同居人──」
「違わないっ!!」
「ひぃ!?」
怒声が、響く。
やってしまったと。
そう思った瞬間には、俺の言葉を遮ったステラの発露に呼応し、膨大な魔力が吹き荒れる。
魔力の制御が未熟な者がやりがちなミス。
覚醒したステラが、感情を抑えきれないときたまに起こす、癇癪のようなもの。
ただし、見習いや子供が暴発されるそれとは規格が違う。
魔力に慣れていない者が至近距離で味わえば、ほんの一瞬で卒倒してもおかしくない。
それほどの濃密な、魔法ですらない魔力でさえ出鱈目と化した、ステラという怪物の一端。
とはいえ。
最初こそ俺でも気圧されはしたが、何度も経験すれば流石に慣れるというもの。
ただし、それは経験すればの話。
例え自身に向けられたものではない、そんな程度でしかなかったとしても。
間違いなく慣れていないであろうホシは少し青ざめてしまっているが、意識を持っていかれていないだけ、十分に誇るべきことだ。
「ステラ」
「……はあっ。ここで突き返せたら、私はとんだ畜生ね。歓迎するわ、ホシさん。一晩だけ泊めてあげる。私とアロン、二人の家に」
私は部屋を片すから、リビングに案内してあげてと。
どことなく皮肉を交えた言葉のあと、ステラは不機嫌そうに、家の中へと戻っていく。
……良かった、どうにか乗り切ったらしい。
キレだしたときは、どうなることかと思った。こう見えて、心臓は中々にバクバクだ。
「……あの、師匠。家主って、女性だったんですね」
「ああ」
「……ここ、あの人の家なんですね。師匠の家じゃなくて」
「ああ」
「結婚、してたんですね」
「してない。あいつはただの冒険者の仲間だ」
「ええ……。どういう関係なの、もぉ……」
気まずい。
うん。なんか、ごめん。ややこしくて。




