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悪夢狩りの硝子工  作者: 藍染三月
第三章
17/26

紫苑─Ik zal je niet vergeten─4

     (三)


 日が暮れてからミハエル宅を訪れると、彼に「ちゃんと飯を食えよ」と食卓へ座らせられた。リーセロットは夜が更けてから来る、と言っていた為、彼女にはここの住所を教えておいた。今はまだ、ミハエルと俺だけがこの一軒家にいる。


 リビングを見回しただけでも物が散乱しており、彼の性格がよく分かる。台所には空の酒瓶がいくつも転がっており、彼が腰掛けているソファには数枚の衣服が掛かっている。暇な時に掃除でもしてあげましょうか、と言いたくなったがそれほど暇ではないので指摘はせず、目を逸らした。


 茹でたじゃがいもと野菜を磨り潰したスタンポットは一口で満足してしまうほど味付けが濃い。ミハエルとは食の好みが合わないなと思いながらも咀嚼を続け、完食していく。即席で作ってくれたフルーツサンドに手を伸ばし、舌に馴染む甘味を味わっていれば、彼が空いた食器を攫っていった。


「俺の中のテレシアの記憶が、完全に消えるわけじゃないんだよな?」


「……そうですね。硝子玉となって残ります。その硝子に触れて眠れば、忘れた記憶を夢の中で思い出すことが出来る。触れるのは布越しでも構いません。枕の下に入れても大丈夫です、傍にあればいい。ただ、日常的にテレシアさんのことを思い出すことは出来なくなります。完全に消してしまいたいなら、自分の血液を塗りつけて砕いてください」


 カトラリーの合奏が涼やかに響く。ミハエルは食器を流し台に置いたが、後で洗うつもりなのだろう。水は流されなかった。代わりに葉擦れの音が立つ。もっと食えと言わんばかりに、彼は適当に盛り付けた野菜を差し出してきた。


「メイス、その硝子、加工してもらえるか? ネックレスとか……ずっと身につけていたいんだ。着けたまま眠れば、いつでも彼女のことを夢に見れるんだろ」


「はい。ネックレスですね、分かりました」


「でも、夢から醒めちまったら、その瞬間からまた忘れちまうのか?」


「暫くは覚えていられると思います。普段の夢と同じです。こんな夢を見た……と、目覚めてすぐは覚えていたりしますよね。時間が経つと忘れてしまいますが」


 フルーツサンドの最後の欠片を嚥下して、ティーカップを指でなぞる。そういえば一口も飲んでいなかった。湯気は既に薄れており、波紋は鮮やかな赤。口付けたそれはやけに酸味が強かった。


 口直しのようにサラダを摘まんだ。葉野菜の快音はミハエルの嘆声に流されていく。


「別れた時は忘れたいほど辛かったけどよ、それでもテレシアは、俺に沢山幸せな日々をくれたんだ。一度愛した女を完全に忘れたいなんて思わねぇ。終わっちまったことも、全部、良い思い出だ」


「吹っ切れたようで良かったです。俺は恋人が出来たことがないので、先輩の気持ちをちゃんとは分かりませんが……」


「っはあ? 何言ってんだ、お前だって昔は恋人いただろ。俺には隠してたんだろうけど、首にキスマークつけてたの知ってるからな」


 出し抜けに身に覚えのない話をされ、キャベツを呑み込み損ねていた。みっともなく噎せ返りながら紅茶で喉を落ち着かせていく。その紅茶もまた酸っぱいものだから、自覚できるほどに渋面を形作っていた。


「なんですかそれ、見間違いでは……」


「いいや、間違いねぇ。出会ったばっかの頃だから……五年前だぜ? まだ内緒にするのかよ、俺達の仲だろ? どんな子と付き合ってたんだ?」


 至極真剣な目をして何を言っているのだ、この男は。学生時代の自分の行いを思い返してみても、何を誤解されているのか分からなかった。男女問わずほどほどの距離感で接していたつもりだ。常に一緒にいる友達もいなかったし、積極的に絡んできたのも彼ぐらい。


 期待を込めた眼差しに、俺はほとほと冷めた目を返していた。


「本当に誰とも付き合ったことがないんですけど」


「本当に本当か!? 俺よりも二個下のくせにキスマーク残すような女と付き合ってんのかよコイツ……って五年間ずっと思ってたんだぞ!? その時の俺は彼女いなかったから悔しくて何も聞けなかったんだぞ!?」


「見間違えで勝手に悔しがらないでくれますか……そもそも、俺のことを女子だと思って声を掛けてきた先輩の目なんて信頼出来ませんしね。そういえば今でもあんな口説き文句を? なんでしたっけ……」


「そこは思い出さなくていいんだよ!」


 羞恥に染まった彼の両手が、机を強く打って食器を鳴らす。カップから零れかけた紅茶を見下ろした。サラダを平らげてからティーカップを傾ける。不意に叩き金が打ち鳴らされ、俺達は同時に玄関を見遣っていた。


 ミハエルが出迎えようと腰を上げたが、扉は勝手に開かれる。来訪者──リーセロットはフリルで装飾されたワインレッドの傘を閉じていた。先刻までは暗雲が目立つ程度だったが、今は雨が降っているみたいだ。ワンピースに点々と留まった雫を、華奢な手が払っていく。


「仲が良いのね、貴方達」


「長い付き合いですから。──先輩、彼女にタオルを」


「分かってるよ」


「ミハエルの声が外まで聞こえていたわよ。というかミハエル、まだ眠っていなかったの? しぶといわね」


「しぶといってなんだよ! もうちょいで眠れるとは思うぜ」


 傘は靴箱に引っ掛けられる。靴箱の上に置いてあった花瓶が幽かに揺れて、清涼な音を鳴らしていた。


 ミハエルは適当なタオルをリーセロットに手渡した。彼女はボンネットを外して空席に置き、薄手のリネンタオルで髪を拭う。


 寝る準備を始めたミハエルが、癖毛を掻き毟りながらソファの上で横向きになり、足を投げ出していた。


 俺は紅茶を飲み干して喉を押さえた。昼間に一度吐いたからか、はたまた仮眠をとったからか、嘔吐感は落ち着いている。頂いた食事を今度は吐き出さずに済みそうで、舌先に滲んだ安堵を呑む。


 リーセロットからもらったフルーツタルトも今なら食べきれそうだった。あれは本当に美味しかった。帰宅後の楽しみだ。


 机上にあった食器を全て片付けてしまえば、柱時計の秒針が静かに無音を叩く。カーテンの向こうで窓硝子が雨音を滲ませていた。


 眠気を誘う寂静(じゃくじょう)。瞼を伏せたミハエルが、うわごとめいた問いを口に出す。


「なあメイス。俺が、テレシアにどんな酷いことを言っていたとしても、縁を切らずにいてくれるか?」


 不安げな様相は珍しい。雷(いかずち)が遠くで鳴いていた。電燈が不安定に点滅する。彼は目を閉じたまま黙りこくった。眠ってしまったのか、まだ起きているのかは、判然としない。


 それでも返答は声にした。友として、返さなければならなかった。


「酷いことを言った、という自覚があるのなら。変わっていけますよ」


 ミハエルは胸郭を上下させるだけで、身動ぎすらしなかった。金の睫毛が跳ねることもない。一定の感覚で繰り返される呼吸音が、彼の入眠を示唆していた。


 取り出した硝子ナイフが青を奔らせる。火花のごとく散った光輝に目を細める。空いた机上をソファ代わりにした。ふ、と落ちた影を見上げると、リーセロットもテーブルに腰を下ろす。彼女は白い手を返してこちらの手首をそっと包んだ。


「リーセロット、銃は身に着けましたか?」


「ええ」


「じゃあ、行きましょうか」


 吸い込んだ気吹がかすかに痙攣した。瞼の裏に過ぎったのはアニカの最期。一灯もない冥暗に迷い込む恐れが、腕を震わせる。


 滲出した躊躇は外側から強く握り込まれていた。リーセロットは手骨が浮き上がるほど拳を固め、俺の手首を繋ぎ止めていた。沁み入る体温に、鎮静して目を伏せる。


「──〈繋げ。空夢は現と化す〉」


『〈閉目せよ。我は鍵。汝は蝶。解錠の音を聴け。ほどかれた琅琅を。擦り切れぬ璆鏘(きゅうそう)を。開目の刻、籠は開かれた〉』


 腹は括ったはずだ。足を引き摺る弱さは、捨て置いたはずだ。逃げている場合ではない。


 己の息骨に耳を澄ませた。深く、深く、呼吸を糾返(あざかえ)す。心音が落ち着くまで。血脈を巡る熱が、青い炎を象るまで。不完全ではなく完全に、熱情を熾す。


 室内には存在しない光風が頬を撫でた。目を開くと鮮やかな明昼が瞳孔を貫く。雲一つない蒼穹。見はるかした空際は青白く透き通り、果ての輪郭を気取らせなかった。


 夢魔の部屋へ繋がる鏡を探すが、不自然な歪みは見つからない。足首の高さまで伸びた草がさざめいていた。翠葉は荒々しい風のみならず、複数の歩みに揉まれる。


 この夢世界には人影が無数に徘徊していた。尤も、その形影は穴だらけで生者の形とは異なる。人型に混じって四足歩行の骨も現れる。獣骨の頭では大きな巻き角が揺れていた。


 同様の夢世界には何度か訪れている為、驚きも戸惑いもなく、肩の力を抜いていける。リーセロットは観光客みたいに落ち着きなく周囲を望洋していたが。


「人の骨……それにあれは、羊かしら」


「奴らは頭部を砕くことで動かなくなります。撃ち抜くなら、頭を」


「ええ」


 リーセロットよりも前に出て、携えたナイフをしかと掌で覆った。生気のない彷徨を睥睨(へいげい)する。眼光は一つもない。黒々とした眼窩だけが虚空を眺め、やがてこちらを捉えた。空洞に硝子玉が埋まっていたなら、そこには俺が映り込んだだろう。


 人骨と見交わした数秒間は静けさに包まれていた。前屈みになって駆け出した骨が鳴く。こちらも草を蹴って切り込んだ。


 刃は日照を弾いて軌道を白く染める。逆手持ちで打ちつけた鋭鋒は奴の腕に沈んだ。前腕部──尺骨と橈骨の隙間を広げる霜刃。そのまま押し退けようとするも、奴は踏みとどまったまま。靴底で砂を擦ったのはこちら側。奴は平然と片腕を振るい上げている。


 舌打ちと共に引いた片足。剥き出しの肋骨に一蹴。靴に絡んだ葉が砂埃をあざなって舞い上がる。ガラガラと骨が騒ぎ、奴は数歩後退していた。


 けれども反撃は早い。出鱈目に両腕を振るって迫り来る人骨。細長い腕は風を乱し、緑を切り裂いては空無を色付ける。嬲られるのは髪だけ。腕の軌道を正確に予測しながら回避し背進する。


 捉えた構えは突き。長く鋭利な手骨がこちらの喉を目指す。空隙はまたたく間に潰されて首の表皮が冷え切った。痛みは走らない。避いた先でも足は止めない。裾を翻して前へ。奴の背後に踊り込み脊椎を捕まえた。


 握り込んだ凹凸が手の内で藻掻く。皮膚に沈み生命線を抉る不快な感触。眉を顰めてもなお背骨を引き寄せ、後頭部にナイフを振り下ろした。


 人骨は毀壊された部位から燃え上がるように赤ばんで煙を生む。これまで硬い骨だったというのに、死に様はまるで紙製のハリボテ。骨は崩れた積木のごとく草地に落下した。


 苦々しい灰の行く末を見つめていれば手元で碧落が爆ぜる。硝子ナイフが、反射した青空を皎皎(きょうきょう)と散らしていた。


『メイス、退け!』


「っ!」


 耳を聾(ろう)したのは発砲音。肩を逸らせば睫毛の先に烈風。鉛玉が目先を通過し、風に引っ張られた肌が熱く引き攣った。


 思わず止めてしまっていた息を吐き出して振り返る。両手で拳銃を構えたリーセロットが蒼褪めた顔で硬直していた。俺の掌理では付喪神がクツクツ笑っている。


『面白い。小娘にしてやられたな』


「ッ笑い事ではありませんよ……どこを狙っているんですかあんたは……!」


「し、仕方ないでしょ! 初めてなのよ……! でも今ので大体わかったわ、これだけ的があれば良い練習になるわね。安心して任せてちょうだい」


「あんたが真っ先に狙った俺は的じゃないんですけど」


「分かってるわよ、ちょっと手元が狂っただけ……! 的はそいつらのことを言ってるの!」


 そいつら、の対象をかえりみた。四足歩行の骨が直線上に居る。角を揺らして一心に猛進する肉のない羊。塵埃が淡い飴色の幕を張っていた。巻き角は近付くほど巨大に感じる。左右に振るわれる角の動きに注視し、奴の攻撃に合わせて踵を引き摺った。


 重い走行音に筒音が重なる。後目に見遣れば背後からも迫る獣骨。前方の骨も助走をつけて向かい来る。挟み撃ちの状況で腕を垂下させた。両目で測る双方の距離と速度。銃声は止まない。弾丸が空気だけを撃ち抜く中、二体の羊骨は俺に一足分の余地を残して踏み止まった。


 持ち上がった前足。それが頭突きの合図であるのは明白。目視と同時に跳躍。


 轟音──宙返りした目下で二体は角をぶつけ合った。衝撃は相当のものだったのだろう。葉は散り透いて、露出した地は唸り、奴らの骨が波打っていた。


 持ち得ない脳が震盪したかのように二体とも痺れている。空気中に漂っていた砂が静閑に払われていく。褐色の霧が晴れ、刃が真明な青を湛える。


 刀鋩で垂線を描いて頭蓋を一つ圧砕。もう一つの頭骨はリーセロットの弾丸が撃ち抜いていた。


 二体分の灰が草に積もっていくのを見届けることなく、柄を握り直して執刀する。靴底から地表の揺動を味わっていた。


 羊の骨が更に一体、半ば転がり込む形で飛び出してくる。奴の、首を傾げる仕草に打ちすがった角による殴打。回避が間に合わず逆手に握った刀身で受け止めた。


 重い。耐えかねた筋肉が痙攣し、全身が熱を持つ。前腕の骨が軋んでいく嘔吐感。奥歯がいやな音を立てた。踏み止まっていた両足は土を抉り、強制的に後退させられる。


 奴が首を擡げた。追撃に応じたくとも防御に徹した片腕が動かない。冷汗が流れる。再度盾として扱った腕は焼け爛れるように痛みを走らせた。気付けば虚空に投げ出されている。どうにか態勢を立て直して着地、両腕は辛うじて動く。


 五本の爪痕を地面に刻みながらナイフを投擲。刃は角の中心に深々と刺さった。額はその一撃で毀(こぼ)たれる。割り開けた卵殻のように、奴の頭骨は亀裂を広げて剥落した。


 息つく間もなく視野が溶暗する。骨の擦過音が頭に響いて総毛立つ。天心を仰いだ。落下する人骨の急襲に目を細めた。


 上体を逸らして接触を間一髪免れるも、屈んだ人骨は長い足を旋回。青草を円形に刈り取る足払いは跳んで躱した。体を捻って側転へ移行する。地を押した勢いを衰えさせることなく跪(ひざまず)く。低姿勢を保ち草地を滑走すれば無数の葉身が皮膚を撫でて煩わしい。地を滑った先で、灰塵から硝子ナイフを回収した。


 立ち上がりざまに水平を裂く。人骨は俺に追従しており案の定間合いにいた。けれども狙いが悪い。上腕を歪めた程度で致命傷に至らない。だからすぐに構え直した。奴も弦を引くように腕を下げていた。手骨という矢が放たれるより早く、側頭部へ横撃を繰り出す。


 骨を砕いた感触。振り抜いた剣先は顔の骨を薙ぎ攫う。そうして後頭骨の裏側と見つめ合っていた。血肉も脳もこぼれない空空(くうくう)を前に、己の目顔が苦り切っていくのを実感していた。


 灰と化すだけの骼(あらぼね)を払い除け、目路を拓く。頽れた骨の向こうにはリーセロットがいた。硝煙の臭いが鼻を突く。瞠目が、銃弾を映し込む。


 咄嗟に頭を傾けるも頬を抉られた痛みに顰蹙した。手の甲で熱を拭えば、生温い紅血がべったりと素肌を濡らしている。


 危うく眉間を撃ち抜かれて死亡するところだった。何回誤射をすれば気が済むんだ。同行したい、という我儘を聞き入れたのはやはり間違いだったか。


 傷口の熱が頭にまで上っていく。額を押さえ、落ち着けと己に言い聞かせるも溜息が溢れた。対するリーセロットは呑気に肩を落としている。


「あっ、ぶなかったわね……」


「このポンコツ女……ッ」


「なんですって!?」


 器物が転がる音差しにすぐさま振り向いた。眠りから覚めた人間然として、人骨が草叢から立ち上がる。足の先から骨格が組み立てられていくような不気味な起床。不可視の糸で吊るされた骨は直立し、触覚を確かめるように手骨で空気を掴んでいた。


 その腕を乃時(ないじ)に断割する。白片を散らした奴の前腕部。されど神経の死んだ骨は止まらない。指の骨はさながら五本の短刀。鋭刃が目睫(もくしょう)を裂き、反射的に後退するも痛撃は腕を抉っていた。


 黄ばんだ骨の色彩が滲む。掠り傷程度の熱さに視覚が弱まったのは疲労のせいだ。よろめいたのもたった一弾指。しかしその隙に捻じ込まれた激刺が、左肩の肌骨(きこつ)を押し潰した。


「くっ……!」


 皮下組織まで捻じ込まれていく奴の手。視界が点滅して息が乱れる。通徹されていく酸痛に吐きそうになる。掌を貫通させてもなお腕を沈めていっそう深くまで繋がろうとする人骨。


 考えなしに近付いてくるのならそれを利用すればいい。結ばれて逃げられないのは奴も同じだ。


 穿たれる痛楚に呻きながらも前へ──相対する奴の方へ踏み出した。自ら傷を深めることに躊躇は不要。太刀影を閃かす。近接した頭骨を横截(おうせつ)。罅割れる音容。壊裂した頭部を起点にして奴の全身が炭化していく。


 奴が躯幹を失っても、骨が未だ肩に刺さっている。それを引き抜いて放り捨てた。


 風声は今も不自然に高鳴っていたはずだ。骨がまだ鳴き騒いでいたはずだ。にもかかわらず朦朧とした愚かさに牙噛んでいた。


 迫撃が脇腹に沈み、歪んだ肋骨が肺腑を圧迫した。血の味が苦い。


 押し退けられた体が倒れ込むことはなく、壁もない空間で硬質に受け止められていた。


 硬質とは胴体に絡みついた骨の腕。藻掻こうとした双腕ごと抱き込まれ、掠れた息が溢れる。冷え切った骨の質感が首に触れて血の気が引いた。


「っ、ぐ……!」


 絞められていく喉が酸素を求める。纏わりつく前腕骨を引き剥がそうとするも拘束が強まる一方。正面からは別の人骨がこちらの心臓に狙いを定めていた。その剣尖が届く前に、逃れなければ。


 銃声が響いた。弾丸は背後の骨に命中したのだろう、絞首の力が緩んでいた。敵の肋骨へ肘を打ちこみ、首からほどけた奴の腕を掴むまで一秒もかからない。前方めがけて背負い投げてやれば二体の人骨が重なり合って倒れ込む。


 ちょうど上下に連なった二つの頭蓋骨。それらが起き返る前に氷刃を搗(か)ち落とす。串刺しにしたそばから人型の輪郭は崩れ出す。砕けた骨の、砂に似た臭いが灰に呑まれていった。


「あ──」


 少女の微かな吃驚はやけに響動(とよ)めいて警鐘を鳴らす。状況を把握するよりも行動が先行した。馳せた先、獣の背骨が梯子のように立ち上がっていた。前足を高く上げ、リーセロットを暗影に閉じ込める羊骨。


 陸地を陥落させる勢いで飛躍すれば布帛が騒いだ。風を孕んだケープの音柄は羽ばたきじみていた。近付いた旭影がひどく眩しい。衣服は翼に成り得ず体はじきに墜落。その重力と威武を踵につぎ込んで、眼下の頸椎へ打ち込んだ。


 ────!!


 けたたましい骨の鳴声は声と呼ぶに値しない雑音。老朽した骨の欠片が跳ね上がって星散する。靴底で砕いた奴のうなじが重圧に抗えず接地する。頭部はなおも藻掻き、巻角で若葉を磨り潰していた。


 片方の角を踏み抜いて頭骨の角度を固定。足元へ向けた剣先。狙いは頭頂部。薪割りの要領で利刃を一気に切り下ろす。剣先が土に至るまで力は緩めなかった。


 潰された葉脈から滲んだ青臭さだけが、この場での死臭だった。灰が積雪に準じて灰白(かいはく)を集う。群れた白を振り払い、土くれから得物を引き抜いた。

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