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第七話 意思の繁茂

「傾聴せよ!傾聴せよ!市民諸君!公民保衛コミテ・コンヴァシオン協約委員会・サリュ・ナシオナーレより緊急の公示である!!」


 正午。


 ゴルドシュミット南西のミッテル・ロイタール地圏、州都エレリア市の中央駅前広場において、民衆代表者中央大会サントル・コンシリウム・ポピュラーレの広報官は声を張り上げていた。


「昨晩!レグザムバーグ離宮に姦賊が闖入し!かの御身を守らんとした忠臣を害し!そして!ルクレツィア王后陛下の御身は拐かされあそばした!!」


 彼は、末端とはいえ公民保衛協約委員会政治部・報道宣伝局の職員であった。

 その下には官報紙を掲示し、配布を行う5名の部下が配属されている。

 彼らは「声」と「文字」によってこの革命の最前線を担う事を任されていた。


「これは!我らが手により紡がれつつある新時代の「理性」と「秩序」に対する!最も卑劣なる挑戦である!!」


 普段の彼の業務とは、首都から送られてくる官報を、週に3回、朝の10時から30分程度の間繰り返して読み上げ続け、その内容を周囲の市民に周知させる事であった。


「未だ旧き搾取の栄華に固執し!歴史の必然たる前進に抗う反動残滓が!この暴挙の背後にいることは疑いようがない!!」


 その内容は多岐に渡り、新たに制定された法律や規制の発表、食料や日用品の価格改定の通知、政府の人事及び処分の通知などである。


「奴らは!自らの堕落を取り戻さんが為だけに王后陛下の御身を求める「退廃」!そして陛下の意を顧みる事もなく!己が政治的道具としてのみ扱わんとする!許されざる「非道」の欲望に駆られている!!」


 彼個人は、特に確固たる信条を持たぬ一人の市民である。


「民衆代表者中央大会は!この凶悪なる誘拐犯の追跡と!王后陛下の安全なる保護の実現を!国家の全権をもって執り行う事を全会一致で議決し!人民の盾たる国民衛兵隊!そして国家の剣である公民保衛協約委員会へ速やかなる指示を下した!!」


 彼の勤め先の元締めは革命政権ではあるが、彼は「革命」とは何をどうする事であるかを理解しているわけでもない。


「既に北部エルブリヒト全ての街道!全ての鉄道!全ての港に検問が敷かれ!いかなる逃亡も見逃さぬ包囲網が完成しつつある!!」


 彼はかつて臣民の一人であった。

 諸々の事件が起きた後であっても、彼の王家王室に対する畏敬の念は多少は残されていたが、昔の時代に戻って欲しいという想いが強いわけでもない。

 昔、王室が救貧として配ってくれたパンの味は覚えていても、それも結局とうの昔に食べ尽くしてしまっていた。


「また!我らが父たる国王陛下におかれては!この卑劣なる行いに対し!深い衝撃を受けられておられる!!」


 そして、公示原稿にも記された「反動残滓」こと、シルクラッド公爵を始めとする、下々の暮らしなんぞには一切目をかけてくださらず、自分達がひもじい思いをしている時にも美味い飯を食い、遊び呆けていたらしい「お貴族様」達を彼は嫌っていたのだろう。リューテトゥルムで起こった「十月砲声」の件もあり、憎んですらいたかもしれない。


「委員会は国王陛下の御身の安全を確保すべく!離宮の警護をより一層堅固とし!以後如何なる脅威からも断固として陛下をお守りする所存である!!」


 ともあれ。


 そうであっても昨日までの彼は、単なる一人の労働者だった。

 上司の指示と原稿に従い声を張り上げ、給金の一部で買ったカモミールの茶で喉を癒し、月に一回ぐらいは蜂蜜を買うような日々を送る事こそが日常となっていた。


「市民諸君に請う!!」


 しかし、今日は違ったのである。


「一つ!流言飛語に惑わされることなく!冷静に「理性」の目を保つ事!!」


 そもそも、本来ならばこの日は公示の日ではなく、彼も駅で荷役でもやり日銭を稼ぐつもりだったところを急に呼び出されたのであった。


「一つ!見慣れぬ馬車!不自然に身なりを隠す者!あるいは分不相応に「裕福な」逃亡者らしき者に注意を払う事!!」


 尤も、そのような臨時の呼び出し自体は珍しい事でもない。


「発見した場合は即座に最寄りの都市警備保安局員!もしくは保衛委員会支部に通報せよ!!」


 

 今日はなんだと愚痴をつきつつ出勤したのを彼は覚えていた。


「一つ!理性を保ち!一時の衝動に抗う事!!」


 しかしエレリアの市庁舎で彼を待っていたのはいつもの上役ではなく、一応は同じ協約委員会コンヴァシオンの同僚ではありながらも、色々とおっかない「国家憲兵ジェンダルメリ」だった。


「反動は財貨でもって諸君を誑かし!その正義をも支配せんと試みるだろう!だがその欲望に対する敗北は国家への叛逆に留まるだけでなく!王后陛下の御身を犯す卑劣漢への加担に他ならぬ!!」


 その真っ黒い制服を着た男から原稿を受け取り、内容を一読した時、彼は飛び上がるような衝撃を受けたのである。


「諸君の「目」と「耳」こそが!旧弊を打ち破り!王后陛下を救い出す最大の武器となる!!」


 王后陛下が拐われた。


「我々の団結こそが!反革命の邪なる企みを打ち砕く!!」


 「反動残滓」、もしかすると、シルクラッド公爵に。


「自由!平等!平和!そして理性の名において!!新しきエルブリヒトに勝利を!!!」


 そして彼は確信したのである。


 か弱き王后様を悪漢からお救いしなければならない。


 それが正義でなければ何が正義だというのだろうか。と。


 彼は今、国家の一端として自らの使命を果たす事に、初めて喜びを覚えていた。


「繰り返す!傾聴せよ!傾聴せよ!市民諸君!公民保衛協約委員会より……」


 そして。


 このような「彼」は、この街だけであと10人。


 エルブリヒト国民連邦の勢力圏内において、各地方の核となる大小二十の都市で、合わせておよそ100人は存在していたのである。

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