8.暗殺者と執事
私達は再び古の都へと戻っていた。
「お前さんら、よく無事で帰ってきたなぁ。運が良かったなぁ。アンチギルドの奴らに合わなくて。」
ここから出る時につっかかってきたおじさんだ。相変わらず酔っ払っている。
「アンチギルドの幹部には遭遇致しました。我々は退けたのですが、まだ潜伏している可能性があります。情報提供までに。護衛商売にお役に立ててください。」
「嘘をつくなっ。アンチギルドの幹部を退けただとぉ? ワシらのとこでも数人単位で依頼主を何とか守りきることしかできねでのに、てめぇら数人如きで何ができるっ!」
大声を出すものだから通り過ぎる人々の視線がこちらへと集まっていく。
そこに若い男の人がやってきた。
「ごめんなさいね。うちの外回り担当が無礼を働いてしまいまして……。」
その人は酔っ払いを宥めていく。
「聞けっ、サブマスぅ。こいつら嘘つきなんだっ。アンチギルドの幹部を退けたってホラ吹きやがるんだっ!」
その男の人がカゲトの方向に手を添えて「よく見てください」と言った。おじさんはその方向を見るがピンとこない様子。「よく見たが、だからどうした?」
「この世界において最強の人は誰ですか?」
「そりゃあ、魔王や五ニンだろぅ?」
「人を聞いてるので魔族はなしです。それに最強の五ニンはもういませんよ。」
「それもそうだな。じゃあ、最強の人は『忍刀』の四人の誰かじゃねぇのか?」
「今は三人ですよ。じゃあ、現最強は『忍刀』ですよね。その中で忍術の刀と言えば?」
「んなもん、忍術の"カゲト"に決まってんだろ。常識だ。馬鹿にしてんのかっ!?」
その会話を聴きながら、あーはいはい、と頷いた。この話のゴールが見えてきた。
はい、とその人の手の先にいるカゲト。
「って、カゲト……様っ!?」
周囲のざわめきが、すっと静まった気がした。
その酔っ払いは酔いが覚めたみたいだ。顔面が赤っぽかったのが、今はちょっと青白っぽい。
「……おみそれしました。」
二人は平身低頭な感じになって私達を見届けた。周りからの視線が集まっている。なんか私まで偉い人みたいに見られてるの気まずい。
◆
「ねぇ、これ欲しい。」
「執事らしい意見をお求めでしょうか?」
私達はブティックで買い物をしていた。そして、今服を広げて執事に見せている。
「まずお伺いしますが、ジュリネお嬢様の身分は何かご存知でしょうか?」
私の……身分?
そう言えば、このバグ世界に無理やり乗り込んできた私は言わば部外者。外からやってきた「この世界だと宇宙人?」ってとこかしら?
「お嬢様の認知症はそこまで重度になられたのですね。御労し申し上げます。」
「ボケてないっ! まだ若いわ!」
「あなた様の身分は"お嬢様"――貴族令嬢以外ございませんよ。」
「あっ――」そう言えば、そういう設定だったのを忘れていた。「危ない危ない。忘れるところだった。」
「執事の立場からしますと、その服は些か丈が短すぎます。」
そういうことね。令嬢という立ち位置だから、基本的に服装はお上品な物しか許されない感じね。
じゃあ……
「これは部屋着にするわ。外に出る時は着ないからいいよね?」
少し考え抜かれた後に「それならば……」と服を購入した。購入した服は彼の【家具】――タンスの中に仕舞われた。
好きな物を好きなだけ変える。何故ならば執事がこれでもかというほどにお金を持っているから。
お金を持っている理由は、彼が『忍刀』というこの世界最強の一角ということと、それでたんまりと稼いだ過去があるから。
「どう?」次なる店にて私はイヤリングを購入した。今、それをつけて見せている。耳元で月型のイヤリングが輝かしく揺れている。
「お嬢様をとても美しく引き立たせていますね。素晴らしい選択だと思います。して、お嬢様。てんとう虫をつけているのにはお気付きでしょうか?」
「てんとう虫……?」
執事がイヤリングに向かって手を伸ばした。するとてんとう虫が私の耳元から飛んでいった。
赤い羽を震わせながら、一直線に太陽に向かって飛ぶ虫。眩い空に向かって進むそれを、片手で日差しを隠しながら目で追いかけた。
◆
足取りが覚束無い女性が前方向からこちらへと向かって進む。
バタッ。その女性は私達の目の前で倒れた。
騒然とする状況。視線がそこに集まり、まるで時でも止まったみたいだ。
「えっ、大丈夫っ!?」と思わず声が出た。
【回復――!】
カナリンの技が発動され、倒れた女性はみるみる回復していく。いつしか彼女は立ち上がり気分も良さそうになった。
「ありがとうございます。路地裏で魔族に襲われて死にかけていた所を助けて頂き、一命を取り留めることができました。して貰いっぱなしは嫌なので、お礼をさせてください。」
中性的なアルトの声。艶やかな長い黒髪が揺れる。その立ち振る舞いは大人の女性の余裕を見せつけていた。
私達はコンセプトカフェへと来た。
二階建てで、二階から外のバルコニーに出られる。そこからは『古都』の一区画の様子を見ながら、飲み物を飲める。賑わう人々が行き交いしている。
「その耳元の月……。可愛いですね。近くで見てもいいですか?」
丸い机を囲んで座る。お姉さんが私の近くへと移動した。優しい視線が私に向かっている。
なんかちょっと照れくさくなってきた。
ひとまず頼んだミルクモカを口に入れる。
「お手も綺麗。ボクね、良いネイルサロンを知っているんです。教えましょうか?」
まさかのボクっ娘にちょっぴり驚いた。ちょっとだけ飲んでたモカを吐き出しそうになったけど、何とか留まれた。
彼女は、今度はカゲトの近くに移動して座った。
「『忍刀』忍術のカゲト……。今は何されてるんですか?」
「私はそこにおられるジュリネお嬢様の執事をやっております。」
その二人の距離は段々近くなっていく。
もしや――
この女、色目を使い始めた。そして、体が触れかける。私がいることなんてお構いなしに、二人だけのムードを作ろうと企んでいる瞳だ。
「ねぇ、カゲトはあたしのもんなんだけど。」
「心外ですね。わたくし、物扱いなのでしょうか」という言葉が風を通って、耳を透き通って進んでいったような気がした。
「いいえ。カゲトはボクのものよ……。ねっ?」
「あなたとは初対面のはずでは……?」
そんな言葉お構いなし、という態度だ。
「ひっどいなー。もうボクのこと忘れたの? そこの子との付き合いはどうせ数年そこらでしょ?」
いや、あんたは初対面でしょうが!
「ボクとは二十年近くの付き合いがあると言うのに。あんなに一緒だったのに。なー。」
どんな記憶改変だよっ!
――。風が吹いて、木の葉が舞った。
一瞬、時が止まった……かのような思えた。
【刀】――。
【変形】――。
突然立ち上がると否や刀を彼女の首元へと向けるカゲト。一方でその女性もやり返すような形で、突如現れた刀を彼の首元へと向けていた。
彼女の持つ刀は蛇のように波打っていた。
「酷いなぁ。昔はあんなに優しかったのに。」
そんな言葉お構い無しでカゲトは口を開く。
「なるほど。魔族に襲われて死にかけたと言ったが、それは張り込み中の"猿"では?」
「半分正解。襲われたのは確かだけど、死にかけたのは自作自演。そうした方が近づけるでしょ?」
「女性だと思い込んで、気づくのが遅れた。何のために近づいた? ――ヘイム。」
いつものカゲトとは違う口調。少し荒々しさを感じられる。
一方で、その女性の姿は中性的な正体を明かした。男と言えば男に見えなくもない。ただ、色白で美しくメイクが施された綺麗な顔は、女と言われれば女にすら見えてくる。カゲトの言葉から察するに彼女は……男なのだろうか。
「ただの……勧誘だよ。」
そこにパッと現れる赤茶色のローブを着た眼鏡をつけた女性。首には仮面をつけたネックレスをつけている。
彼女は床を触った。
床に視線を向けるといつの間にか魔法陣が描かれていた。その模様の中に私達がいた。
【テレポート――】
私達は薄暗い建物の中に転送されたみたいだ。ここはどこだか分からない。
周りを見渡す。逃げ道は無さそうだった。
彼女――いや、彼がカゲトと距離を置いた。
その目の先にいるのは彼の他に四人。
春町から都に来る途中で襲ってきた黒いローブと喜ぶ仮面をつけた小さな子。
イーストブルーに行く途中で襲ってきては敗北を喫して逃げ出した盗賊王子ことゴンディ。彼は濃い灰色のローブを着て、頭の横に怒りの仮面をつけている。
転送を使う眼鏡をかけた地味な女性。赤茶色のローブとネックレスに楽しそうな仮面。
そして、紺色のローブに哀しそうな仮面をつけた人がいる。
そんな彼らに囲まれているのはヘイムと呼ばれたカゲトの知ってる人。そんな彼が口を開く。
「ようこそ。アンチギルドへ――。」
その瞬間、ここが“敵の本拠地”だと理解した。




