48.ジュリネとカゲト
私はいつもカゲトに迷惑をかけっぱなしだ。
守られてばかりで――何も返せていない。
思えば出会いも、迷惑をかけたことから始まったっけ。
視界がゆっくりと滲んでいく。意識が沈んでいった。
――――――。
あの日の出来事を夢で思い返す。
――――――。
そもそも私は何故バグ世界へと入ったんだっけ……。
あーそうだ。
確かあの時は推し活にハマっていたある日のこと。オシぬい(推しのぬいぐるみ)を持って、とある裏路地で写真を撮ろうとしたことがきっかけだった。
最初はぬいぐるみだけを撮った。裏路地でカッコよく名乗りあげるシーンは私のお気に入りだったから。特に、アニメでの浅〇晋〇〇の声がさらにどはまりしていて心を奪われた。何時間でも語れるほどだった。
「ついでに私も一緒に撮ろっ。技で顔を可愛く魅せるために【時空】っと――。」
その【時空】の技がトリガーとなって、私はバグ世界へと吸い込まれてしまった。
「え、え、え? 何が起きたの?」
恐かった。パニックになって三十分は無駄な時間を過ごした。
けど、何も変わらない都市の雰囲気に少し心が落ち着いた。
何より、強制ログアウトで元の世界へと戻れることが分かって安心できた。
◆
もののちょっと試しでもう一度来てみた。
「やっぱりちょっと何かが違うかも……。」
バーチャル世界とは何かが違う世界。安心して戻れることが分かってから、来る頻度も増えてきた。
「なるほどね……。ここは独自AIのNPCしかいない世界だったんだ……。」
大体、このバグ世界への認識を固めてこれた。
「せっかく、私しか来れてなさそうだし、なんか元のバーチャル世界とは違うことやってみたいなー。……なんて。」
何か面白いことしてみたいけど、何にも思いつかなかった。
――――――。
ちょっとホテルで豪遊しよう。
コインの集め方は課金、ダンジョン、ミニクエスト、バトルコロッセオのどれか。
私は困ってる人の助けをしてほんの少しのコインを集めるという地道の作業ようやく貯めたホテル代だった。
カーテンを開く。都市の空は不思議と美しい夜空をしていた。
「そういや、ホテルに不思議な鍵のついた扉があったけど、開いたらどうなるんだろ。特別な部屋とかあるのかな……。」
ちょっとした好奇心でやってみることにした。いけないことは分かってるけど、ここはバグ世界でなんかやらかしても強制ログアウトで戻れて、何にもなかったことにできる。問題なくやれる。
ちょっと夜中に密かに動いてやってみることにした。
船の舵みたいな形の鍵。そして、これが誰にも開けれないような設定になっている。
【時空――!】
鍵が開いた!
ついに、秘密の隠し部屋だ。
そこに待ち受けていたのは不思議な核だった。
ちょっと近づいてみる。
「すごい……。」
不思議なことに、近づこうとしても近づけない。例えるなら、勢いよく流れる流れるプールを逆走して、全く前に進めない……みたいな感じだった。
この感覚はすごい面白い。
それと同時に技を使用したくなった。
【時空――!】
不思議な押し出す力が消えた。そして、核が壊れた。
その先の部屋が歪み始めた。
まるでバグったみたいな感じだ。
核のようなものが復活した。それが不思議なオーラを放つ。その歪みが広がっていく。
「ヤバいヤバいヤバい。早くログアウトしなきゃ。」
ログアウトしようとすると、すぐに歪む床に足を掬われそうになった。何とかまだバグに飲み込まれていない床に履いついて抜け出した。
ログアウトする余裕がない。
核がバグの歪みと共に追ってくる。
「何こいつ。まじで。ヤバいヤバいヤバいって。」
階段――。下の階がバグに飲み込まれている。
じゃあ、上の階に逃げるしかない。
タッタッタッ。
ひたすら上がっていく。
核が追ってくる。
「執拗い……。何なのあれ。」
屋上。これ以上は逃げられない。それなのに、核はすぐそこにいて、床は歪んでいる。それが私のいる場所を飲み込もうとしている。
「早く、ログアウト。」
間に合いそうにない――。
スサッ。シュッ――。
核は刀で貫かれ破壊された。それと同時に歪みも消えた。何とか助かったみたいだ。
核を破壊した男がこちらを見た。
「誰……?」私がそう聞くと、
「国の忍です。貴女如きに名乗る名はありません。」
星々が美しい夜空の下。
これがカゲトとの初めての出会いだった――。
◆
最近、バク世界に来ると、誰かに見られているような気がする。
まあ、気にせずに【時空――】を発ど……
「やはり、ホテルの事件は貴女が主犯と見て間違いなさそうですね。」
あの時の忍だ。
もしかして、ずっとつけてきたのだろうか。誰かに見られているような気がしたのも彼がいたからだろうか。
「ねぇ、アンタ、私のことを勝手につけてきてるでしょ。」
「おや、素晴らしい観察力ですね。忍としての張り付きがバレてしまうとは、私も些か自信が無くなりますね。」
「やっぱりつけてたんだ。ストーカーするのは悪いことじゃない? 警察に突き出されたくなかったら――」
「何を言っているのでしょうか? 私は国の忍。怪しい貴女を監視すると言う国の命を受けての行動。何が悪いことなのでしょうか。教えて頂けませんか、不審者さん――。」
圧力がすごい。
「さて、貴女を追っているのは私一人ではないようですね。」
スッ――と消えると、突然物陰から男が飛び出てきた。その後ろには先程の忍がいた。
「なんの用でしょうか。」
「いや、なんでもねぇ。」
「何も無いのに、隠れてコソコソと隠れ見をする理由があるのでしょうか。それに録音まで取って何をするつもりでしょうか?」
男がたじろいでいる。
「貴女にストーカーがいたようですね。ここは国がお預かりしましょう。」
すると、彼が二人に増えた。その内の一人がその男を掴んでどこかへと進んでいった。
「ねぇ、これからも私のことを監視するつもり……?」
「えぇ。国から監視の命を受けてますから。振り払おうと思っても無駄ですよ。私は国の中の最こ――」
少し堅物的な感じがする。悪い人では無さそうだ。それどころか、見れば見るほどに不思議と魅力さえ感じてしまう。
ここは思い切って――
「じゃあさ、私と一緒にこの町で過ごさない? どうせ、監視するんでしょ。一緒にいた方が楽しそうじゃん。」
思いつきだけど、それなりに理にかなった提案だと思っている。まさにドヤ顔案件だ。
「却下です。しかし、私情を挟むことなく任務をこなす国の忍に面白いことを仰る貴女様の神経の図太さは太いを超えて極太でおられますね。」
なかなかの言い回しでディスってきた。
思ったよりもパンチあるなこいつ……。
「まぁ、気が向いたら考え直してよ。とりあえず、困ったら来てよ。どうせ監視してるんでしょ?」
「…………。」
それから、私は事あることにカゲトを呼んだっけ。
道に迷った時――。
困ってる人の荷物を運ぶ手伝いをする時の人手として――。
挙句の果てには、暇だから話し相手になって欲しくて――。
「ふざけてます――?」
「いやぁ、だって、ここに友達とかいないし……。この世界の人に話しかけるのも勇気出ないし……。」ちょっとNPCと思うと気が引けてしまう。
「私もこの世界の人間なのですが――」
「あなたは別。こんなに気を許せる人はこの世界であなたしかいないんだから! 国の忍さん。」
「はぁ……。ひとまず私にも名前があります。カゲトさんとお呼びください。」
ある日、彼は何かを諦めたかのように名前を教えてくれた。その日から、私は彼を名前で呼ぶようになった。もちろん、さん付けで!
◆
ここで一日を過ごす時は必ずホテルだ。しかし、流石にお金も尽きてくる。どうにかしてずっと住める場所が欲しいと思っていた。
「そうだ。ねぇ、カゲト。家を造りたい。――タダで! 忍者の力でできたりしない?」
「……忍をなんだと思っておられるのでしょうか。」
「けど、カゲトさんはいつも助けてくれるじゃん?」
「はぁ。」なんか特大のため息を吐かれた。
「ジュリネ様がことある事にトラブルを起こすので、常時監視命令を出され、それに私が任命され続けていますからね。おっちょこちょいも度が過ぎれば災害になるとはよく言ったものです。」
「えー。そんな災害になることやった覚えないけどなー。」
「本人に自覚がないのが一番恐ろしいでございます。」
「まぁさ、カゲトさんのお陰でこの世界に来てとっても楽しいし、ずっとここに居たいって思えるようになったんだ。あっ、そうだ!」
ピコンと思いつき。
「何やら嫌な感じがしますね。」
「ねぇ、カゲトさん。私の執事にならない? そしてさ、豪邸に住んで一緒にバカンスを満喫しようよ。国の特権で豪邸とかに住ませてくれないかなー。」
「予感は当たっておりました。私は国の忍。私は国の命でしか動きませんから。」
「そんな堅くならなくていいじゃん。命令に囚われてたら、楽しいことも楽しいって思えなくなっちゃうよ。それにさ、カゲトさんのいい所って、任務と言いつつも、お節介をかけてくれる所だと思うんだよね。」
「と、言いますと?」
「だって、任務は監視だけでしょ。わざわざ助けてくれるのはカゲトさんだからだと思うんだ。」
「いいえ。全ては任務の範疇です。」
「じゃあさ」と一歩、踏み込んで「なんで私が呼んだら来るの~?」と少しニヤっとしながら聞いた。
「……。」
「命令されてないじゃん? それでも来てくれるのってさ――カゲトさんが来たいからじゃないの?」
「何を根拠に……。」
「やっぱ、執事は駄目?」
「流石に国の許可がおりません。」
「じゃあさ、こうしよっ。監視対象の執事になれるかどうか、国に相談してよ。ちょっとでも良さそうなら、考え直してくれる?」
「……。」
彼はため息吐きながらその場を去った。
――――――。
「どうだった?」
「良いとも悪いともどちらとも取れる言い方でした。功労もあり、駄目とは言わないとのこと。」
「じゃあさ、執事になれるじゃん。後は、カゲトさんが決める番。カゲトさんは執事をやるのかやりたくないのか。私だってやりたくない人を無理やりやらせたくない。無理強いしたって私が嫌な気持ちになるだけだから。」
そして、私は「カゲトさんはどうしたいの?」と問い質す。
「私は――。私が決めても構わないのでしょうか。」
「うん。それを決めるのはカゲトさんだよ。カゲトさんが好きなように選べばいいんだよ。だって、自由に選ぶ権利を持ってんだからさ!」
「少しお時間を頂けませんか?」
――。本当に少しの時間を待った。
「この方と共に入れば、私はきっと自分らしさを見つけられるかも知れませんね――。」
何やらボソッと独り言をしていた。
そして――
「かつて英雄バムの恩人が、この世界に自由を与え、人間らしい希望に満ち溢れる世界へと変貌させたように、まるでジュリネ様は、どこか希望を与えてくれるような感覚を与えてくれますね。」
「えっと……。どういうこと?」
「良いでしょう。執事になっても構いませんよ。」
「やった!」
「まるで子どもを見てるみたいです。まさに中学生の――」
「待って。私、そんな幼くないからね!」
「安心して下さい。見た目ではなく、精神年齢の話ですので。」
「おいおいおい!」急になかなかの毒舌をぶっ込んできたぞ、こいつ。
◆
「ジュリ……お嬢様、まさか都心に家を建てられると本気で思っていたのでございますか? お嬢様は土地の相場というものを学んだ方がよろしいでございますね。」
カゲトは国に真摯に働いていてお金はたんまりあった。そんな彼にとって豪邸を建てるなど造作もなかった。
ただ――都には建てられないと言うことで、都から離れた春町に屋敷を建てることになった。
「カゲト! 今回は一週間、ここにいるね!」
「お嬢様、単位の方はよろしいのでしょうか。」
「いいって。五回休まなきゃ落単しないから。数回休んだ所で問題ない、問題ない。」
「はぁ……。」
そうやってカゲトとの屋敷での生活が続いていった。この世界ではお嬢様として私は過ごし、カゲトが執事として私に仕える。
まぁ、お嬢様生活は簡単なものでもなくて、無理やり稽古が行われるなど大変なこともある一方で、ピアノとか生け花とか体験したくても簡単にはできない経験をできる喜びが勝る。まぁ、純粋なお勉強の時間だけは、喜べないけど……。
そうして、過ごしていると――
世界に異変が起きて、カナリン加入やアンチギルドの襲来など色々あって、そして今――カゲトは封印された。
今も思い出す。私を投げ飛ばして代わりに封印されていった、彼の顔を――。そして、石像を壊しても封印が解かれない水の牢獄を見た時の絶望感を――。
けど、死んだ訳じゃない。
だから、必ずまた復活する。
復活した時、彼になんて言われたら――
強くなって……。褒められよう。
私は夢から覚めた――。




