♥24 みっしょん・いん・ちょこれ~と
――やべぇ、目が霞んできやがった……。
阿良々木 愛彩を逃がすため、獅子堂 彰はプロの傭兵に食い下がる。
とても対等な戦闘にはならない。
何度殴られ、蹴られ、突き飛ばされたのか。
――よく立ってるよな、俺。多分、限界超えてるわ。
笑う膝に拳を叩き込み、獅子堂はまっすぐに立つ。
自分を痛めつける男を睨みつけた。
「むぅ。アナタ、しぶといですね……。いい加減、あの女を追わせてくださ~い」
「ハッ! 許すわけねぇだろうが。テメェの方が俺より何倍も強ぇとしてもよ――」
口元から垂れ落ちる血を、獅子堂は乱暴に拭い歯を見せて野蛮に笑う。
「――俺の大事な奴が苦しむ未来なんて、許せねぇんだよ」
「そういう青臭いセリフは嫌いです。アナタ、次で確実に沈みます」
男は拳を固く握る。
その目からは、弱者を痛めつけるが故の愉悦を交えた余裕が消えていた。
獅子堂は両腕を胸の前まで上げる。
守るためではない。
スキを突き、反撃に出るための準備のつもりだった。
「來夢! エイザ ! ――先輩を、助けて!」
遠くで叫ぶ愛彩の声が、獅子堂の耳に飛び込む。
――こんな時に、自分じゃなくて俺を助けろ、かよ。
まったく、と獅子堂は小さく微笑む。
「とんだお人好しだ。そんなところが好きだぜ、愛彩!」
男の足が、コンクリートの地面を思いっきり蹴る。
その体が一瞬で獅子堂の眼前に迫った。
反撃のために掲げた両腕は、未だに脳からの信号を受信しない。
それほどまでの速度で肉薄され、その速度を乗せた拳が獅子堂の顔面を正確に射抜く軌道で飛ぶ。
――あ、これ死んだわ。
最後の抵抗に、獅子堂は決して目を閉じなかった。
それが何の意味も持たないと知りながら。
それでも、それが最善だと、彼は直感した。
そんな彼だからこそ、見た。
最大の加速と重さを込められた男の拳。
それは男と獅子堂の間に割って入った何者かによって片手でいなされる。
次に獅子堂が知覚したのは、男の脇腹に突き刺さる蹴りの重い音。
そして、数メートル吹き飛び海へ叩き落された男の残像だった。
「……へ?」
「獅子堂様。救助が遅れてしまい、大変申し訳ございません」
煌めくブロンドを惜しみなく振り回しながら、平利 エイザは深々と頭を下げた。
「い、いや。こちらこそ、助かった。ありがとうな。あ、それと愛彩が……」
急ぎ、愛彩の下へ駆けようとする獅子堂を、エイザが止める。
「お嬢様なら、問題ございません。そちらは――」
「おーい! 獅子堂先輩、大丈夫ですか!? って、すっごい傷だらけじゃないですか!」
「愛彩。お前、無事だったんだな」
「はい! 來夢が来てくれたので!」
愛彩の後ろで、戦場 來夢が獅子堂に一礼する。
「獅子堂様。救助が――」
「あーあー。それ、もうエイザさんに言われたからもういい! それより、早いとこ逃げるか隠れるかしねぇと!」
焦る獅子堂とは対照的に、愛彩や二人のメイドたちはどこか弛緩した空気を漂わせる。
「先輩。なんか……もう、大丈夫みたいです」
「は? 大丈夫ってどういう……」
「この度の騒動、酒々井が雇っていたのはとある傭兵団でした。……が、彼らはもう手を引く、と先刻連絡が入りました」
困惑する獅子堂に、來夢が淡々と説明する。
「つまり、もうお嬢様を襲うやつはいないってことデス!」
エイザは晴れやかに笑いながら、愛彩の腕を取った。
「お嬢様も、もうご安心ください。このエイザがちゃーんとお屋敷までお守りしますからね」
「え? あぁ、うん。ありがと――」
愛彩は、背後から漂う禍々しいオーラを感じ取り、言葉を詰まらせた。
「……エイザ。貴様、どさくさに紛れて……。ズルーーいや、油断しすぎですよ」
「えー? お嬢様の救助は譲ってあげたんですから、これくらいお目こぼしいただかないと~」
バキッ、と來夢の手の中から乾いた音が響く。
リボルバーのフレームに大きな亀裂が走った。
「ら、來夢さん? なんか、顔怖いっすけど……大丈夫っすか?」
「獅子堂様。私は普段と変わりありません。御心配は無用です」
「さ、さいですかぁ~」
野性的な勘で、獅子堂はこれ以上の詮索を放棄する。
大きく、本当に大きく、來夢は息を吐き出した後、エイザへ語り掛ける。
「それに、私たちには最後の仕事が残っているでしょう」
「……あー。そう言えば、そうでした。とーっても大事なお仕事デス」
名残惜しそうに、エイザは愛彩の手を離す。
「そんなわけで、お嬢様。獅子堂様。少々ここでお待ちください」
「椅子は置いていくので、好きに使ってくださいデス~」
そう言って、エイザと來夢は連れ立ってコンテナの森の向こうへと消えていった。




