♥23 みっしょん・いん・ちょこれ~と
月夜に浮かぶ船上で、小伏 天音は敵リーダーと対峙する。
「――で、ジェームズに変装しているあなたは、一体どこの誰なわけ?」
薄く笑う女に、天音は次の行動をとりあぐねていた。
トントン、と服に隠した通信機を叩く。
――ザザ「――視覚情報、見た。――この女、知ってる」
別所でサポートしている佐繰 唯優から通信が入る。
――ザザ「――中東を中心に活動してる傭兵団、――『ファング』のリーダー。――名前は」
プツン、と唯優との通信が途切れる。
「あは! 妨害電波っての? 出させていただきましたぁ」
女の手には、アンテナを立てたゴツイ装置が握られている。
天音は言葉を出せず、ただその女を見つめている。
「う~ん。見た目はまるっきりジェームズだね。よくここまで似せたもんだ。いやぁ、感心感心!」
パチパチ、と女は軽く手を叩いた。
「でも、あなたの沈黙は、自分は偽物だと自白しているようなもの。観念して正体を見せてくださいな」
天音は、小さくため息をつく。
バリバリ、と自分の顔に張り付けたマスクを破り取った。
体格をごまかすために詰めた布や身長を偽るための靴も脱ぐ。
ヒュ~、と女はマヌケな口笛を吹いた。
「いやはや。こりゃまたどえらい美人さんが出てきたもんだ! いやぁ、眼福眼福~」
「……どうして、私が偽物だと?」
「ん? だってジェームズは私をリーダー、なんて呼ばないもの。私の名前は、“マレッタ”。彼はいつも私をそう呼ぶわ」
「名前を呼ばせるなんて、随分と信頼しているのね、ジェームズを」
「はぁ? そんなわけないじゃん。あんな飲んだくれのロクデナシ」
心底嫌そうな顔をマレッタは天音に見せる。
「でも、名前で呼ばせてるんでしょう?」
「二人で話すときはね。でも、他の連中にも私と二人で話すときはそうさせてるわ」
マレッタは再びいたずらっぽく笑い、天音に目線を向ける。
この意味を考えろ、と問われている気がした。
天音はそっと口を開く。
「あなた、他の仲間にそれぞれ別の名前を教えているでしょう」
「はっはー! 正解! やっぱりあなたとは話が合いそー。貴女も、私をマレッタって呼んでいいわよ」
侵入者対策……いや、裏切り者を特定する策か、と天音は思考する。
組織の誰かが裏切っても、漏洩した名前から特定ができるように、ということだろう。
「それで? あなたは一体だあれ? 美人さん、とでも呼べばいいかしら?」
「……失礼いたしました」
天音はスッと頭を下げ、メイド服の裾を持ち上げるような仕草をする。
「私、某お屋敷の専属メイドをしております、小伏 天音と申します」
「メイドぉ~?」
意外な肩書だったのか、マレッタと名乗る女は興味津々に身を乗り出した。
「あなた、アララギって家のメイドじゃない?」
「……ええ。その通りです」
相手がどこまで知っているか分からない。
手の内が見えないまま、天音は素直に返答をするしかなかった。
「やっぱり! こりゃあ、好都合だわ!」
ツカツカ、とマレッタは天音の下へと足早に歩み寄る。
身構える天音の目前でマレッタは立ち止まり、じっと目線を合わせた。
「あなた――」
天音はマレッタの言葉に意識を集中させる。
この女は危険だ、と全身が警告してくる。
武力もなく、腕力もない。
しかし、その言葉で主導権を握り、状況を有利に進めていく。
常に、自分の立ち位置を上に置くことができる人間。
この女は天性の詐欺師だ、と天音は結論付けた。
その上、今は酒々井が持ち込んだであろう電気銃のおまけつきだ。
すぅ、っとマレッタは小さく息を吸い込む。
吊られて、天音の緊張も跳ね上がった。
「あなた! あのボンクラ坊ちゃん何とかしてくんない!?」
「へ? え? はぁ?」
「いや、初めはうまい話だと思ったわけ。どっからかこの電気銃持ってくるし持参金だって大金出してきたし」
「は、はぁ……」
「でも、ふたを開けてみれば、私たちの戦力のうち七割がもう潰されちゃったし。これじゃあ損害の方がデカいし! なにが『女子高生を一人誘拐するだけだよ』よ! 」
「で、でも。何とかするって言うのは……」
「だーかーらー!」
ズイっと、マレッタは天音に顔を近づける。
「この作戦をとっとと失敗させて、私たちは国に帰りたいの! だから、はい、コレ」
ポヨン、と天音の胸元に一枚の紙が押し付けられた。
「……これは?」
「電気銃のパスワード。ま、早く戻ってハッキングでもして、とっとと終わらせましょ。まぁ、一晩じゃ無理――」
――ザザ「こちら天音! 唯優! 見えてる?」
――ザザ「――万事、オーケー。――ハッキング、開始。――完了」
ブゥンという萎むような音と共に、マレッタが腰に下げた電気銃が機能を停止した。
「は? 何が起こって……」
「私には、天性のハッカーがついていますから」
「そんな、あのセキュリティを数時間で突破してたって言うの!? それに、通信は……」
天音はマレッタが持っていたはずの通信機を右手に掲げながら微笑む。
「私、天性の泥棒なんです。仲良くしましょうね」
月明かりに照らされた天音の微笑みは、マレッタを戦慄させた。




