♥22 みっしょん・いん・ちょこれ~と
阿良々木 愛彩は獅子堂 彰に手を引かれてコンテナの間を駆けている。
「くそっ。また行き止まりかよ」
そこら中に積まれたコンテナは、規則正しく並べられているわけではないため、愛彩たちはこうした行き止まりやUターンを繰り返していた。
「先輩、いそいで引き返さないと」
「あぁ。そうだな。さっきのところを右に曲がろう……」
先ほどよりも銃声や怒号が近い。
はじまりの倉庫から徐々に戦闘の場所が、外側に移動してきているのかもしれない。
(見つかったら、ヤバい……よね。絶対)
愛彩の不安は手の震えとして表れていたらしい。
愛彩は自身の左手を包む力が、少し強くなったことを感じ取る。
前を向いて走る獅子堂の背中を、愛彩は見つめる。
彼の無言の優しさが、愛彩には心地よかった。
ここからは見えないが、数個先のコンテナの向こうで、誰かが戦ってくれているらしいことを感じ取る。
逃げているだけの自分。
守られているだけの自分。
この状況に置かれてから、その無力感を幾度となく感じていた。
その弱気を、目の前を走る人は晴らしてくれる。
(この時間がもう少し……)
不謹慎かもしれない。
空気が読めた発言ではないのかもしれない。
しかし、愛彩は小さく、静かに、そう願った。
ダンッ。
不意に、獅子堂の体が左へ流れる。
手をつないだ愛彩もそれにつられて側面のコンテナにぶつかった。
「んん~? オイオイ、本命が向こうから転がってきてんじゃねぇか! へへ、ラッキー!」
あぁ。何てことを自分は考えていたんだろう。
愛彩の後悔はきっと顔に出ていたと思う。
彼に見られなくてよかった。
獅子堂は、愛彩を庇うようにヘラヘラと笑う男と対峙する。
「てめぇ。こいつに触ったら、殺すぞ」
「オー! よく聞こえませんでしたぁ。ユーが私をコロスと? まさか、そう言いましたかぁ?」
相変わらず、口調は軽薄だったが、男の目の奥は暗く濁っている。
獅子堂は、こぶしを顔の高さまで上げ、構える。
「――愛彩」
獅子堂が背中越しで愛彩に語り掛ける。
「俺が時間を稼ぐから、お前ひとりで逃げろ」
――待ってほしい。
愛彩がその言葉を出す前に、獅子堂は男に向かってとびかかった。
その腰に腕を回し、抱き着くような姿勢で男の動きを封じる。
「むぅ。煩いガキだ。さっさと話しやがれ」
「愛彩! 早く行け! こいつ倒して追いかけるから!」
――嘘だ。
体格が違う。
筋力違う。
身長も違う。
多分、暴力の経験も……。
目の前の現実と予想される未来に、愛彩は泣きそうになる。
しかし、涙は流さない。
「はい! 先輩……お気を付けて!」
情けない、と愛彩自身が一番よくわかっていた。
でも、ここで自分にできることは何もないのだ。
自分がいることが、今は獅子堂の足枷なのだ。
そう、理解してしまったから、愛彩は現実からも未来からも目を背けた。
足がもつれそうになりながらも、懸命に走る。
堪えていた涙があふれてきても、その足は止めない。
隠れることを忘れ、闇雲に走っていた愛彩を、たくさんの敵がマークする。
彼女は、その事態に気づかない。
ただ、彼女は叫んだ――力いっぱい、叫んだ。
「來夢! エイザ ! ――先輩を、助けて!」
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夜風に吹きっ晒しになる船上は、春先のこの時期、とても寒く、侘しく見えるものだ。
敵傭兵のジェームズに変装した小伏 天音は、敵が根城にしているらしい船に潜入している。
カンカンカン、と甲高い鉄の音を小さく立てながら、彼女はマストの下へと続く梯子を上っていた。
「ん? なんだ、ジェームズか。どうしたんだい?」
自分たちが対峙している傭兵たちのリーダー。
彼女は、ゆっくりとタバコの煙を吐きながら、天音に尋ねる。
「いや。ちょっと夜風に当たりたくって。すみません、いらっしゃるとは……」
「何を言ってるんだい。ここはいつも私の特等席じゃないか。まさか、知らなかったのかい?」
「いや、すんませんリーダー。酒が入ってるんでそこまで気が回らず……」
ふーん、と言いながら、女は煙草の吸殻を床に擦りつける。
「……で?」
「……で、とは?」
「あはは。とぼけないでよ」
月明かりに、女の表情が照らし出される。
眼鏡をかけ、やせた風体に黒く濁った眼。
ボサボサに伸びきった赤毛を無理やり一つに束ねている。
到底、戦闘要員には数えられない彼女の細腕。
しかし、天音は目の前の女に言いしれぬ狂気を感じ取った。
「とぼけるとは、何のことでしょう、リーダー」
「ほら、それ」
からかうように、女は天音を指さして薄く笑う。
「私が聞きたいのは、あなたがここに来た本当の目的」
――それと、と女の顔に一層深い闇が刻まれる。
天音の背に、悪寒が走った。
「ジェームズに変装しているあなたは誰なのか、ってこと」




