↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter3:モードス=ハロモグの虐殺
61/63

Episode7:《凶弾》と《凶刃》

 2388年6月28日(火) 10:05 A.M. 第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区


 同・シャルリュス通り 路上


 「「道を開けて下さい!!でないとこの刀で、全員斬り捨てちゃいますよーー!!」」

 


 平和そのものだった東ハロモグの街は、忽然として阿鼻叫喚の地獄に豹変した。


 老人共を突っ撥ねてまで自らのための退路をこじ開ける若者。

 倒された衝撃で脆弱な脚をやられ、路上にへばりつく老婆。

 突進してくる人の群れを逆走し、はぐれた我が子の名を叫ぶ母親。

 何もできず、何も判らず、立ち尽くし泣き喚くことしかできない幼子。


 すべての元凶は、ブラッドアイと共に光たちを追う、刀の少年の能力だ。

 ブラッドアイの前方を走る彼は、衆目など気にも留めず、眼の前に入った街路樹や看板などを片っ端から斬り伏せていく。その鞘(・)か(・)ら(・)抜(・)い(・)て(・)も(・)い(・)な(・)い(・)刀の斬れ味を、群衆に思い知らせるために。


 「「みんな逃げろおおおお!!レ(・)リ(・)ギ(・)オ(・)ス(・)が暴れてる!!殺されるぞおおおお!!」」


 今、光たちの前を走る男性が、周囲に避難を促す言葉を叫んだ。鬼気迫るその表情と声は、何も知らない人々にも、男たちが経験した恐怖を容易く伝播させた。

 特に「レ(・)リ(・)ギ(・)オ(・)ス(・)」という言葉。――それは皮肉にも、彼らを無条件にその場から逃走させるのに最も有効な切り札であった。

 厳密には間違った表現だ。ここにはレリギオスも何人かいるかもしれないが、《魔法》を使ったのは彼らではなく、光やラーギブ、それに刀の少年といった《痣持ち》たちだ。

 もっとも光は、刀の少年も《痣持ち》だということにまだ確信を得ていない。彼の《痣》は服の下にあるのだろう、一瞥しただけではその存在を確認できなかった。

 だが何にせよ、《魔法》を使えない一般人から見れば、レリギオスも《痣持ち》も「《魔法》を使ってくる人型の生命体」という点で同じと言える。混同してしまうのも無理はない。


 本当なら、この場の全員を護りたい。光はそう思って居た。だが今述べたような状況下で、見ず知らずの一般人に《痣》の能力を使うのは悪手だ。下手をすると敵であると誤認され、一層周囲の混乱を冗長させる危険性が高い。大勢を救うどころか、逆に大勢を死なせる結果に繋がりかねない行為だ。


 だから光は逃げた。テレシアたちの手を引っ張りながら。


 無論、ただ無策に逃げている訳では無い。

 なるべく人の少ない、かつ入り組んだ路地を優先的に見つけて、逃げる。

 AXel(かれら)の標的は光だ。今のところ、刀の少年に斬殺されたのは先の男性一名だけだ。

 これ以上の犠牲者を出さずに、かつAXelの追跡を振り解くには、これが最適解。光は迷わなかった。


 光の左手を掴んでいるテレシアの右手。彼女の左手は市姫の右手を掴み、その市姫の左手を宝乗院が掴んでいる。そうして縦一列に並んだ陣形のまま、彼らはブラッドアイよりも速いスピードで逃げ続けた。

 それを可能にしているのは、やはり《希望の痣》であった。テレシアの「逃げなきゃ――!」という思いが彼女の"願い"として光に受理され、《希望》の能力の発動を促した。そして彼女の後ろに続く2人の逃走願望も、テレシアの身体を経由して光の左手に伝わり、更に効力を高めた。

 結果。――4人は一時的に、長時間かつハイスピードの逃走に耐えうる脚力と持久力、そして咄嗟の進路変更などにも瞬時に対応できる瞬発力の向上という恩恵を得た。


 「くっ――なんて速さだ!!なかなか追い付けん!!」

 「あれも、《希望》の能力の恩恵ってやつですか!?」

 「判らんがそうだろう……!!全くふざけた力だ……!!」

 縮まらぬ距離に苛立つブラッドアイ。

 その険相を見た刀の少年が、鯉口を切りながら涼しげに微笑む。

 「――どうします、隊長さん?このままでは逃げられてしまいます。某(それがし)の真(・)の(・)権(・)能(・)――使うなら、今かと――」

 「馬鹿言え!!これ以上犠牲者を出す訳にはいかん!!

 直に応援が来る!そいつらが全(・)滅(・)でもしない限り、貴様の《刀剣》には頼らんぞ!!」 

 「――御意です。」




――――――――――――――――――――――――――


 同・ヴェルデュラン通り 路上


 「どうするの光君!?まだ追ってきてるよ!!」

 逐一後方を確認しながら、逃走を続ける光たち。

 ブラッドアイとの距離はおよそ50m前後。この距離は逃走中の5分間、縮まることも広がることもなかった。

 「大丈夫!!このスピードと今の距離なら、追い付かれることはないし、電磁式自動小銃(レールライフル)も走りながら充電なんてできないはず!!

 援軍が来る前にあの二人を撒く!!どこか適当な建物に――」



 ちょうど、狭く暗い路地から、二車線程の広い道路に出た時だった。

 左折して、とあるビジネスホテルの前を通過しようとした、その瞬間――――



 〔――びちゅん――〕――!!



 「痛っ――――!!」

 「何っ!?…………うわああああっ!!??」


 突然、市姫の体が爪先から崩れ落ちた。

 彼女の転倒に、テレシアや宝乗院も釣られてバランスを崩し、光たちは地面に体を強く打ち付けた。


 「いたた……市姫ちゃん大丈夫!?何が遭っ……!?」


 市姫の転倒の原因は、すぐに判明した。

 左足の踵に近い部分の肉が、何かで削ぎ落とされたような傷だ。そこから市姫の血液が止めどなく流れ出て、石畳に血の川を産み出していた。

 「「市姫さん!?市姫さん!?」」

 宝乗院が必死に呼びかけるも、市姫は激痛のせいでまともに返答できない。


 カラン、コロン――……


 「!!」

 同時に光は近くで、金属の跳ねる音を聞いた。


 音の先に見えたのは、紅い飛沫を散らされた、白い石畳。

 その上の宙を舞う、銅色に輝く円錐形の物体。


 形状。

 大きさ。

 微かに漂う火薬の香り。

 たとえ実物を見たことがなくとも、誰もがそ(・)れ(・)であると視認せざるを得ない――!

 


 "ライフル弾"



 ――"狙撃"だ!!



 「まずい……狙撃手がいる!!姿を隠せ!!」」

 「分かったっ!!」

 迷う暇などなかった。

 すぐさまテレシアが、懐に忍ばせていたコンパクト型の道具を手に取ると、躊躇なくそれを地面に叩きつけた。その衝撃で内部に詰められた化学物質が着火、反応し、瞬時に白い煙幕が彼らの周囲を覆い隠していく。

 付近には少数だが一般人の姿もあった。突然の射撃と煙幕に殆どの者が一目散に逃げる中、一人だけ、負傷した市姫を担いでビジネスホテルへ逃げる光の姿を捉えていた。


 「――見つけた!あの人がクロノ君の言ってた――!!」




――――――――――――――――――――――――――


 同・ヴェルデュラン通り アルトホテル前


 〔――『アルトホテル』前にて目標のうち一名の足首を狙撃。目標は一時逃走を中断、だが即座に煙幕を張って姿を隠した。〕

 光たちのいるビルから600m先。誰も立ち入っていないはずの建設中の高層ビルの最上部から、Watchによる通信がブラッドアイの耳に届く。

 声の主は背後の風景に同化する光学迷彩マントを使用。その隙間から、僅かにスコープの冷酷な反射を覗かせ、同地点に向かうブラッドアイに状況を報告する。


 「星体分布映像(アストラルグラフ)の反応は?」

 〔目立った変化はない。少なくとも《転移魔法》での逃走はしていないと見える。〕

 「承知した。『ルクバト』――だったか?貴様はそのまま待機だ!我々が現着次第、対処する!!」

 〔了解――。〕通信は一旦そこで終了した。


 「鹿島、そこを左だ!!」

 「御意です!!」

 

 通信終了から10秒後。ブラッドアイと刀の少年、アルトホテルに現着。

 既に一面は濃い煙幕に包まれ、1m先の視界も不明瞭である。

 「半径2m以内に生命反応なし――。よし。斬れ、鹿島!!」

 「仰せのままに……!」

 刀の少年は、左手で刀の柄を、右手で鞘の部分を握り、後ろに振りかぶる――!


 「《断空・『霧払《きりばらい》』》!!」



…………――ヒュゥゥ

          ゥゥン!!――…………



 再び少年の刀は空を斬る。

 横に薙いだその軌道を境に、煙幕の中に隙間が生じ、上下に分かたれる。上の煙幕は空へ、下の煙幕は地に吸い込まれるように霧消し、あるべき街の風景を彼らの眼前に晒す。


 だが――――


 「――――いない?」

 刀の少年は辺りを隈なく探した。

 オフショルダーとミニスカートの女装少年、または白いセーラー服の少女の姿を。

 それらしき人物は、目に見える範囲では存在しなかった。

 「どこかに隠れましたね。隠れられそうな場所といえば――――あのホテルが怪しいと思います。ちょうど真ん前でしたし。」

 少年はすぐ手前にあったビジネスホテルを指差した。

 〔俺も同意見だ。他の建造物は煙幕の外にあった……逃げるならそこ以外ない。〕

 「そうか。」

 刀の少年と狙撃手『ルクバト』の意見は一致。それに対するブラッドアイの異論もなかった。

 「ならばアルトホテルを調べよう。『ルクバト』は念の為、周囲のビルを監視しろ。」

 〔了解。〕




――――――――――――――――――――――――――


 同・アルトホテル 1階・フロント


 「お客……様??どうされたんですか?……その傷は……?」

 フロントから外に立ち込める煙幕を見ていたコンシェルジュは、何らかの異常事態が起きていることを察していた。彼は突然飛び込んできた光たちに対し、驚きながらも冷静さを保って応対した。

 「この子銃で撃たれたんです!!緊急事態なので、ここで応急手当をさせてください!!」

 「じゅ、銃――!?……分かりました!ひとまずそちらのソファをお使い下さい!!」

 「ありがとうございます!!」

 コンシェルジュが案内した、部屋の奥の背もたれのないソファの上に、光は市姫の身体を優しく置く。同時にテレシアは背中の鞄を地面に起き、中から包帯や消毒液などを取り出していく。

 「痛くない?エイヴィスさん。」

 「あ、ありがと……モッチー……!」激痛で苦悶の表情を浮かべながらも、市姫はしっかりと答えた。「でも、ごめん……!足手まといになってもうて……!」

 「気にすることはないよ。――でも向こうが狙撃手も配備してくるなんて、思いもしなかった。向こうも余程本気で僕たちを追ってるってことだ……。いざという時は、僕が――!!」


 「も、望月さん……!煙幕が――!!」


 外を見ていた宝乗院が、さっきまで立ち込めていた煙幕が無くなっていることに気付く。――どうやら今がその『いざという時』だと、光は覚悟した。

 「……思ったより速いな!」

 「あれは、軍人?――皆様に一体何があったんで――……


 残念ながらコンシェルジュの質問に答えられる余裕はなくなった。

 ブラッドアイたちが、こちらに接近するのが見えたからである――!


 光はコンシェルジュに伝える。


 「ホテル内にいる全員に伝えてください。『軍部が襲ってきた。これから戦闘が始まる』――と。

 だから、祈(・)っ(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)。自分自身の無事を。その"願い"を全て受け入れて、僕はここの皆を護ります……!!」

 「で、ですが貴方は――」


 右肩に乗りかけたコンシェルジュの心配の手を避け、光は黒いショルダーバッグのファスナーを開け、中に収納していた円筒形の金属製の物体を取り出す。

 一見すれば、水筒のようにも見える。だがその側面から伸びた、いくつかの紐の付いた突起を光が握った瞬間、それは光の身の丈と同じくらいにまで伸長し、同時に円筒部分も巨大化。――瞬く間に水筒は、立派な大鎚へと姿を変える。


 「行くよ、《撃出の大鎚(リアライザー)》。」






 ホテルの自動ドアのセンサーが、二人の人間の接近を感知。

 ドアが開いた先から、珍しい平安装束の少年が闖入《ちんにゅう》してくる――!


 「「御用改めです!!ここに望月光――――


 「「《災厄排除(エクソーサイズ)》!!」」



 〔〔〔ドオオオオオオン!!!!〕〕〕



 「ぐあっ!?」「ぬわっ!?!?」

 少年の腹部を突如として襲ったのは、勢いよく伸びる《撃出の大鎚(リアライザー)》の攻撃!

 彼の身体は背後にいたブラッドアイ諸共、その勢いに押し込まれて外の歩道へ吹き飛ばされる――!


 「――ぐっ!当たりでしたね、隊長さん!!」

 「言っている場合か!!戦闘準備!!」


 着地と同時に、ブラッドアイは背中の電磁式自動小銃(レールライフル)をすぐさま構え、充電を開始――!少年も納刀したままの刀を前に構える――!


 二人が睨む先――ホテルの入口を背にして、望月光が左手を前に突き出し、立ち塞がる。青白い輝きをその身に纏いながら。

 「Si(シ), Hemitie(ヘミティエ) teskios(テスキオス)――」


 (あの時の呪文――!!阻止せねば!!)

 

 〔〔〔ドゴオオオオオオン!!!!〕〕〕


 ブラッドアイが電磁式自動小銃を一発発射。

 だが、遅い――!


 〔〔〔キィィィィィィン!!!!〕〕〕


 即座に光が生み出した防御障壁――その名も《厄除の盾《アミュレット・アイジス》》が銃弾の貫通を許さず、勢いを失った弾丸は光の足元に転げ落ちる。


 「――ちっ!」

 ブラッドアイは舌打ちしながら次弾の充電を開始。

 その間に刀の少年が上段の構えを取り、飛び込む――!


 「《断壁・『刃雷《じんらい》』》!!」


 〔〔〔キィィィィィィン!!!!〕〕〕


 勢い良く振り下ろされる少年の刀。

 しかしその斬(・)撃(・)は、やはり光に届かず弾かれる――!

 その反動で少年が仰け反ったのを見て、光は《厄除の聖盾《アミュレット・アイジス》》を解除。さらに両手で《撃出の大鎚(リアライザー)》を握り締めると、後方の打面から激しくアストラル流体が噴出。急速度で刀の少年目掛けて振り上げる――!!


 「「「はああああっ!!!!」」」

 「くっ――!!」


 〔〔〔ブフウウウウン―――!!!!!!!〕〕〕


 間一髪で、刀の少年は後方に大きく跳んで避けた。

 空を切った攻撃で光の体は一回転した後、《撃出の大鎚(リアライザー)》で地面を強く打ち叩いて停止した。

 

 ピッ――


 「!?」

 停止した瞬間、光の左頬に僅かな切り傷が生じた。ちょうど回避された時、少年の着ていた狩衣《かりぎぬ》の袖と擦れた部分だった。

 (刀には触れてないはずなのに??服にも何か仕掛けが――!?)



 「――ダメです、隊長さん!!鞘のままじゃ、障壁《アレ》を斬るのは無理です!!それに何ですかあのハンマー!?伸びるし速いし!?」

 「《魔法兵器》の一種だろう……!今のあいつは、もう『ただの高校生』ではない――!!」


 ブラッドアイは《撃出の大鎚(リアライザー)》が叩いた地面の跡を見つめる。黒い大理石のタイルは粉々に砕け散り、コンクリートの基礎部分まで露出して大きく凹んでいる。あれを人の身体に受ければ、生身なら即死。軍用のパワードスーツがあっても骨折や内臓破裂は避けられないだろう。概算だが、彼女はその脅威の程を理解した。


 光は《撃出の大鎚(リアライザー)》を後ろに構え、二人の出方を伺う。

 ブラッドアイも刀の少年も再度構えはするが、攻撃が通じないことを知るや、こちらも様子見に転じてきた。


 一時的な膠着状態。


 沈黙を許さぬとばかりに、口を開いたのは、望月光だった。


 「――ここで会うとは思いませんでしたよ……ブラッドアイ!!」

 「ふん!こちらとて、再び貴様と対峙できようとは願ってもない!!餌(・)を(・)撒(・)い(・)た(・)甲斐があったというものだ!!」

 ブラッドアイは直ちにそう返した。同時に、右手を顔の横でやたら忙しく動かし始める。自分の顔を指差した後、手の平を開いて扇ぎ、今度は自身の右方向に指差しした後そのまますぐに正面へ持ってきた。

 ――これはハンドサイン。遠く離れた狙撃手に対する伝令である。意訳はこうだ。

 〔こちらで光《やつ》の注意を惹く。その隙にお前がホテルへ侵入しろ。〕

 スコープ越しに手の動きを観察していた狙撃手『ルクバト』は、陽動作戦を理解。直ちに現在の場所を離れ、アルトホテルへ向かう――。



 「ここは第19区!貴方の管轄じゃないはずだ……!どうして!?」

 「複数居住区を跨ぐ重大事件が発生した際、AXelには管轄区を超えて活動できる権限がある!私が第19区にいるのは、そのためだ!」――『ロンギヌス部隊』のことは一切開示せずに、彼女はそう説明した。部隊の名称と目的は、AXelの隊員のみに共有されており、外部には開示されない決まりとなっているためだ。

 「重大事件……?」


 「知らばっくれ――「知っているはずですよ?巷を騒がせる、"塩漬け殺人事件"です。」


 刀の少年が唐突に会話に割って入る。台詞を遮られたブラッドアイは小さくまた「ちっ」と舌打ちを鳴らしつつも、そのまま少年に話を譲った。


 「あれをやったのは――君たちですよね?《へスペリディア》の皆さん……!!」


 「――――何?」

 刀の少年の言葉に、光は敢えてとぼけてみせた。


 「おや?『知らない』とは言わせませんよ?あんな芸当ができるのは、レリギオスの《魔法》以外あり得ません!

 現場には必ずアストラル流体の残滓《ざんし》の付いた塩がありました……。それに遺体は発見されるまで、現場近くの監視カメラに全(・)く(・)映(・)ら(・)ず(・)に(・)、そして誰にも目(・)撃(・)さ(・)れ(・)ず(・)に(・)運搬されたそうです……。大人一人を抱えて運ぶのも一苦労なのに、それより一回り大きな"塩漬け死体"を、《魔法》なしでどうやってできましょうか?――いいえ、できません!!

 君たちには《旅の隧道(タクシディ・トゥネロ)》といった《転移魔法》が使える者がいることが判明しています……!それであらかじめ塩漬けにした遺体をワープさせて運んだに違いありません……!」


 「いいや違うね!!」

 光が反論を開始する。

 「やったのはAXel――あんたたちだ!!犯人は《塩》を操る《痣持ち》だけど、そいつはあんたたちとグルになってその事件を起こした!!あのゲラシモフって人とその《痣持ち》が一緒にいるところを見た人がいるんだ!!」

 「ほぅ、――それは誰だ?」ブラッドアイが質問する。

 「言わない!言ったらその人を殺すんだろ!?」

 「あーあー……大丈夫ですよ。だいたい察しは付いてますから。」と、刀の少年が頭の上で指をくるくると回し始める。そうして思い付いた一人の人間の名前を彼は口にする。


 「『アレックス・ウェスト』。――君の言う目撃者は、その人でしょう?」


 「!!」

 光は当惑した……。どうやら彼らは、こちらがアレックスと一緒にいることも、アレックスがAXelを追っていたことも、全てお見透しのようだ――!

 もしかすると――――光は嫌な予感を想像しそうになり、止めた。だが、それが真実かどうかを確かめなければいけないことには違いなかった。


 光は少年に問う。

 「――その名前をどこで!?」

 「某《それがし》のいた機(・)関(・)で。結構一緒にいましたからねぇ……。いつも変わった格好をして、"診察"と称して――


 「鹿島。喋りすぎだ。」


 ブラッドアイは何かのリモコンを右手に握って言った。

 それを見た少年は何かを察して口を噤《つぐ》んでしまい、それ以上の話は聞けなかった。

 「――理由は話せぬが、アレックス・ウェストもまた我々が追う要注意人物の一人だ。それが《へスペリディア》と組んでいるとなれば――尚更貴様を見逃す訳にはいかない!!」

 ブラッドアイは眼球を左右に動かし、周囲の状況を確認。

 3人の近くに人影は全(・)く(・)な(・)い(・)。既に建物内に避難したか、この場を離れたとみられる。




 問題ない。――ブラッドアイはそう判断し、刀の少年に命令する。


 「鹿島、呪(・)文(・)を唱えろ!抜(・)刀(・)も許可する!!望月光をここで捕らえる!!」

 「――御意です、ブラッドアイ隊長さん……。」


 その言葉を待っていたとばかりに、少年はにこやかな笑顔をしながら、刀を握る手を持ち替え、ひっくり返すように自分の左脇に寝かせて据える。

 左手は鞘を上から握り、右手を柄頭に添え、右足を大きく前に踏み出した姿勢のまま静止する――。


 「Si(シ), Hemitie(ヘミティエ) teskios(テスキオス) 《Gradios(グラディオス)》――!!」


 少年が呪文を唱えると、彼の身体から青鈍色(アイアンブルー)のアストラル流体が溢れ出し、針のように真っ直ぐで細い煙を天に向かって撒き散らす。それは鼻を歪ませる程の鉄の匂いと、剃刀で深く皮膚を撫でられたような疼痛(とうつう)を伴っていた。

 レリギオスのものより高い濃度のアストラル流体。そして聞き覚えのある呪文――。光の疑念は確信に変わった。

 

 「やはり君は――!!」


 「そうです……!某《それがし》の右肩にある《痣》は、ちょうど君の左手甲にあるものと、同じ形をしています――!

 自己紹介が遅れましたね……!某《それがし》は、鹿島《かしま》狼錬《ろうれん》!!司る権能は――」


 「《Gradios(グラディオス)》――――《刀剣》という意味だね?」


 光は少年――もとい狼錬の唱えた呪文の最後の言葉を直訳した。それが彼の使う能力の名前だと、すぐに理解した。

 「へぇ〜!アリティア語を解せるんですね!!結構勉強されたんですか?」

 狼錬は屈託のない笑みを光に見せつける。そのにこやかな表情と漏れ出る殺気とが不穏な温度差を醸し出し、今にも具合が悪くなりそうだった。

 「悪いけど、君の質問に答える義理はない!!」

 「冷たいですねぇ……。さっきの障壁みたいな堅い護り……。


 ま、でも。某の権能と、この《韴霊(ふつのみたま)》があれば――――いかなる防御も文字通り、"一刀両断"です――!!」


 狼錬は親指で鍔を押し上げ、鯉口を切る。そして刀の柄を右手で強く握り、腰を捻り、構える。

 光も漫画で観たことのある、抜刀術の構えだ。ブラッドアイも命令していたように、今度は本当に刀を抜いて攻撃するつもりのようだ。


 だが狼錬と光との距離は10m程ある。光の方から近付かない限り、彼がどんなに大きく踏み込んで抜刀しても、光の身体に届くことはないだろう。

 何より《厄除の聖盾《アミュレット・アイジス》》は先程彼の斬撃を弾いた実績がある。この障壁の有用性を改めて思い知った光は、再度それを自身の周囲に展開して防御の姿勢を整えた。


 (狼錬《あのひと》の能力――今分かる範囲では、鞘に納めた刀や、服の袖でも物を斬ることができる――ということは、「本来刃物じゃない物も刃物に変える能力」なのか?ラーギブみたいに遠距離攻撃を使って来ないということは、発動条件は恐らく、彼が直接肌に触れている物に限定されるんだろう……。

 でも、そ(・)れ(・)だ(・)け(・)なら恐れる程じゃない!さっきの攻撃を防がれたのに、あの余裕――!!きっとまだ何か隠しているはずだ!!)


 《厄除の聖盾《アミュレット・アイジス》》の中で、狼錬の持つ《刀剣》の能力について思考を巡らせる光。いや、若しくは傍で電磁式自動小銃(レールライフル)を構えたままのブラッドアイが何か仕掛けてくるかもしれない。あるいは先程の狙撃手か?全く別の敵の闖入《ちんにゅう》か?――様々な可能性を、光は想像した。




 「――《断距《だんきょ》・『縮地《しゅくち》』》――!!」

 

 ……――キン!――……


 動いたのは狼錬の刀。左手で押さえた黒い鉄製の鞘から勢い良く抜かれ、陽光を受け煌めく直刃《すぐは》の刃紋が顕現する――!


 〔――……ジジジジジ……!!〕


 「!?」

 刀の鋒《きっさき》までが現れた瞬間、刀身全体が淡い緑色の閃光に包まれる。南星宮高校で衣栖佳を刺したあのサバイバルナイフと同じレーザー機構が放つ閃光だ。


 (レーザー機構付か……!けれどこの"距(・)離(・)"だ!初撃はまず届かない!!空振りになったところを叩く!!)


 光はこのまま刀が振り抜かれることを期待し、防御姿勢のまま待機する。




 だが、異変が起きる――!


 〕〕〕ズウウウウウウウウウウウウウウウウンン!!〔〔〔


 「!!?」


 突然、狼錬の身体が――刀が大(・)き(・)く(・)な(・)っ(・)た(・)!

 否。近(・)付(・)い(・)て(・)き(・)た(・)のだ――!狼錬の足が一(・)歩(・)も(・)動(・)い(・)て(・)い(・)な(・)い(・)にもかかわらず――!!


 (なんだ!?急に接近して――!?)


 などと驚いている間に、両者の"距(・)離(・)"はあっという間に縮まり、狼錬の刀の刃が、《厄除の聖盾《アミュレット・アイジス》》に触れる――!!



 〔〔〔キィィィ

        ィィィン!!!!〕〕〕


      ――――え

           っ?――――


 それは、光の障壁が、斬

            撃を防いだ音――ではない。

      狼錬の刃が――光の障

                壁を劈《つんざ》いた音である――!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。