Episode6:《邂逅》
2388年6月28日(火) 9:50 A.M.
第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区
同・KUONショッピングモール 東ハロモグ店
施設面積、80000㎡。店舗数、250店舗。
都市型ショッピングモールとして《エデン》最大級の施設である、KUONショッピングモール 東ハロモグ店。
朝から家族連れが混み合う人気のお出かけスポットに、一人のギャル系の女性がいた。
「――もしもし?ベラだよ!いま店に到着したよ!」
「ベラ」と名乗る女性から、フェルティオス遊撃団全員の耳に連絡が入る。
「ベラ」とは、ベリーナが現在使用している偽名。待ち合わせの連絡に偽装した現着報告である。
〔AXelは見掛けたか?〕オレイエは周囲に会話の内容が明るみにならぬよう、ぼやかした表現で問い掛ける。
「ううん、見てないよ。」ベリーナはわざとタメ口で応答する。オレイエの指示でそうしている。「警察の人が大勢いたくらいかな?なんか事件でもあったのかも。」
〔そうか。――館内の様子はどうだ?〕
オレイエは続けて既にショッピングモール内に潜入している先行隊の観察結果を求めた。
――――――
〔――カインです。――館内5階から3階――塩漬け死体・AXel隊員、ともに未発見。〕
カイン――こと、カイナ・オスカナ。レリギオスに伝わる古式拳法の使い手。休日を過ごす男子大学生の変装で潜入し、現在、3階・雑貨/ファッションフロアの南トイレから通信中。
――――――
〔えっと、ドナだよ!ピンナと一緒に探すしたけど、まだ見つけるしてないよ!!〕
〔クルル……〕
〔もも、申し訳ありません……まだ何も貢献できず……〕
ドナ――こと、エキドナ・クリュサオリナ。竜の力を借りて戦う竜騎士の天才少女。
そしてピンナ――こと、ピネイア・コラーダ。ベリーナと同じ地上部隊のメンバーで、オレイエの指令でエキドナと同行している。
二人ともセーラー服を着た女子中学生の変装で潜入し、現在、1階・イベント広場付近から通信中。エキドナの愛竜ティフォネは、彼女の持つスクールバッグの中で待機中。
――――――
〔地下のアタナシアだけど全然敵いないし!殺せないからつまんないっ!!――あっ違うんです『コロッケがない』って言おうとして……〕
アタナシア――こと、アタランティア・アルカディオ。俊足を武器とする暗殺のプロ。食材を買いに来た専業主婦の変装で潜入し、現在、地下2階・食品フロアの総菜コーナーにて周囲から白い目で見られながら通信中……。
―――――
〔駐車場階の平吉っす。6階北側の隅っこに、それっぽい装甲車があるっすね。何人かここに入ったのは間違いなさそうっす。〕
そして平吉――こと、へカティエ・ネクロタフィオス。大鎌を武器とする《へスペリディア》魔法騎士団副団長。現在、6~8階・屋上駐車場を車で巡回しながら通信中。
「矢張りか。恐らく我々と同じ様に変装して紛れているか、一般客の入って来れない場所に居るかの何方かだ。バックヤードも見る必要が在りそうだ。――聞こえるか、イニャキ?」
〔にゃっ?〕
ヘカティエの乗るバスの後部座席から、名前を呼ばれたイニャキが応答する。
「貴殿の力を借りたい。従業員に変装してバックヤードを探索して欲しい。」
〔んにゃきっ!!〕
イニャキがそう叫んだ後、もぞもぞと着替えを始めたような音が聞こえてきた。
〔我々は後10分位で其方に着く。ベラは其の場で待機し、後に来る隊員達を誘導してくれ。他は引き続き調査を続けてくれ。〕
「了解だよ!」
2388年6月28日(火) 9:50 A.M. 第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区
同・シャルリュス通り 路上
「「いやちょお待ちぃな!!なんで『平吉』スルーできんねん!?見たことないわ!!24世紀でそんな名前ッ!!」」
「ちょっと市姫ちゃん、声大きい!!……目立つ!!」
「「止めんといてテレちゃん!!うちは今……抑えきれへんツッコミ欲に駆られとんねん!!これはもう避けられん運命やねん!!今からでも電話して言うたるわ!!」」
「気持ちは分かるけどっ!!悪目立ちするし作戦に支障出るかもだからやめてよぅ!!ほら、宝乗院さんも何か言ってよ~~!!」
「……勝手にすればいいですわ。」
「宝乗院さああん!!」
全体通信が終わるや否や、光とラーギブの50m程前方から、市姫のキレのあるツッコミが木霊する。テレシアが宥めようとしているようだが、突然の騒ぎに周りの通行人は驚き、彼女たちを少し避けて歩くようになっていた。
「――何騒いどるんじゃ、あの眼鏡娘は……。」
「いつものことだよ。おかしなことがあったら、ツッコミしたくなるんだって。"カンサイ人"の性ってやつらしい。」
「カンサイ?……なんじゃそれは?」
「《地球》の《日本》って地域の一部分らしいよ。――知らないけど。」
「けったいな習性じゃのぅ……。とにかく先を急ぐぞ。」
光とラーギブは気付かなかったフリをしてそのまま歩みを進める。三人の背中がもう見えるくらいの距離まで近づいてきた。
市姫はテレシアの必死の制止を振り切って、ヘカティエに直接通信をかけてしまっていた。
〔――はい、こちら平k「「もしもし!?市姫・エイヴィスです!!」」
〔うわっ!?声デケェっす!!なな、何すか!?〕
「「その『平吉』って名前、絶ッ対にあきませんよ!古すぎます!!地球人に『コレ偽名ですねん』って言うてるようなモンや!!」」
〔そ……そうなんすか?皇女が付けてくれた、オキニの名前なんすけど……。〕
「「関係あらへんわ!!とにかく別の名前にした方が身のためですよ、へカティエさ――」」
「これはこれは……実に興味深い話だねぇ。」
「「「「!?」」」」
3人の眼の前が、急に暗くなった。
他の通行人よりも頭一つ抜きん出た長身。
燃え盛る炎の様に靡く金髪。
そして見覚えのある、赤みを帯びた黒色の軍服――。
「あ――AXelの――軍人さん――!?」
あの忌まわしきニューアシヤ事変の時、人混みの真ん中にいたテレシアでも、はっきりと記憶していた。
クラスメイトを虐殺し、自分たちを殺害しようとした、AXel隊員の隊服の色を。
「ラーギブ……!あの人は!!」
「AXel第19区分隊隊長、レフ・ゲラシモフ――!あの《痣持ち》の写真に写っておった、『《エデン》の獅子王』!!」
男の正体は、先刻の車内で目を通していた、メイティエ自作のAXel隊員の名簿から特定された。
レフ・ゲラシモフ大佐。――《エデン大戦》時代、ニルバティアへの水爆投下の前日に起きた『ドルフォクシエ攻防戦』において、自身の持つ弾薬が尽きても尚、手持ちのビームナイフ一丁だけでアリティア帝国軍に単騎突撃し、約400名ものレリギオスを屠り帝国軍を敗走させたその逸話から、『《エデン》の獅子王』の異名を持つ屈強な兵士。当時はまだ名の無い二等兵であったが、その戦績を高く評価されて昇進。一居住区の分隊長を任されるまでになった――とメイティエのメモに記載されていた。
「まずいのぅ……今の会話を奴に聞かれた可能性がある……!!望月、団長へ連絡じゃ!!」
「判った!!」
光はすぐに近くの建物の物陰に隠れ、Watchの通話機能から遊撃団全体に状況を報告する。「……カーリーです!!今、テレシ――寺沢たちがAXelと遭遇!!――」
ラーギブはズボンのポケットに両手を入れ、単身で3人とゲラシモフの下へ歩み寄っていく。その手に握られたのは、《砂》を詰め込んだ小さな布のクッション。お手玉のようなサイズ感だが、ラーギブの能力にかかればれっきとした武器になる。
(もし周辺の軍部が奴しかおらんのなら、この袋1〜2個で対処できる。民衆の持つWatchの感知装置に引っかからぬようにあの女子たちを救うには、これがギリギリと言ったところじゃろう……。)
などと予測しながら、ラーギブは3人のすぐ傍まで来た。
「あ……あ……」
ゲラシモフの巨躯を目撃して、怯えを隠せない市姫・テレシア・宝乗院の3名。
そして彼女たちのあからさまな身体の震えを奇妙に感じ、歩み寄っていくゲラシモフ。
ちょうど陽光を背にして彼女たちの前に立つ彼の漆黒の瞳は何も反射せず、ただ眼の前の女子生徒3名を睨視している。三人横一列で歩いても十分広い歩道が、この時だけは人も通れぬ程の狭隘道路の行き止まりにぶち当たったかのような心地だった。
「いやぁ、ご歓談のところすまないねぇ。」
獅子の唸り声のような低音が彼の口から響き渡り、三人の――そしてラーギブの鼓膜を揺らした。その口調は「獅子王」らしからぬ、割と物腰柔らかなものだった
「今JKの間で何が話題か気になってねぇ……ちょっと盗み聞きをしてたんだよぅ。いやはや、まさか『偽名』が流行しているなんて、最近のJKのトレンドには着いていけないねぇ。」
無論だが、この惑星《エデン》においても、そんなものがJKの流行になり得るはずはない。それはゲラシモフも承知の上だろう。態と惚けた質問をしてきたのは、彼女たちが本当にただの女子高生かを探るための罠。本当に偽名がトレンドなら、すぐに肯定的な意見が出たはずである。
だが、テレシアたちは、沈黙する他なかった。自らボロを出すのを恐れたためだ。
ゲラシモフは発言を促すようなことはしなかった。沈黙こそが彼女たちの『答え』だと理解したのだろう。そして彼は、すぐ後ろにいる人物にこう語りかける。
「こういう知識もアップデートしないとなぁ、ドロシー?」
「何っ!!??」
ラーギブの、そしてテレシアたちの全身が、一瞬で凍りついた。
別人の可能性もあっただろう。だがその名前を持つAXelの隊員となれば、該当する人物は一人しか知らない。
そこにいるはずのない、彼女を――。
「――ああ。全くだよ、ゲラシモフ。女子高生の口から『偽名』などという言葉が出るとは……驚愕に値する。」
ゲラシモフの背後から現れたのは、彼の胸程の身長しかない小柄な女性。
同じAXelの軍服を着た彼女のその冷徹な声、口調――そして血の様に紅い眼を、一体誰が忘れよう。
ドロシー・ブラッドアイ。――彼女は確かに、彼らの前に立っている。
(馬鹿な――!?何故ブラッドアイが第19区におる!?奴は13区の管轄じゃろうが!?
AXelは基本、配属された居住区の中でのみ任務を行う……!自身の管轄外区域で行動するのは、被害が複数居住区に跨る等の深刻な場合のみと聴いておる……!今回の事件は、第19区以外では発生しておらん!!仮に此処の隊員が不足していたとしても、ここから3つの居住区を挟んだ位置にある第13区分隊が出る幕は無いはず――!?何故じゃ――!?)
ラーギブはAXelに何があったのか、知る由もない。彼だけではない。一般の市民にもまだ公表もされていないAXelの新部隊の存在は、結成当初から《へスペリディア》の動揺を誘うのに効果覿面であると目されていた。
そして今、その効果が証明された。
「――――んぷっ!!」
「ん?」
ブラッドアイの顔を見るや否や、宝乗院が嘔吐き始めた。恐らく事件の記憶がフラッシュバックしたのだろう。
「だ、大丈夫?宝……フォージャーさん!?」
「「「んおぼぼぼぼぼぼぼぼ……!!!!」」」
その場で蹲った宝乗院が、口から大量の吐瀉物を石畳の上に落とした。周囲の人間の反応は、きゃあっ!!と悲鳴を上げたり、鼻を摘んでそっぽを向いたり、面白がってWatchのカメラで撮影し始めたりと、様々であった。
「おやおや、大丈夫かい?」
目の前の少女の急変を気遣うような言葉を掛けるゲラシモフ。随分と余裕があるように見える。
「私の顔を見るなり、嘔吐を催すとは……。直前に何か悪い物でも食したか?」
そう台詞を吐き捨てるブラッドアイは、彼女を見下すような目付きをしていた。彼女を心配する気など微塵も無いことが、誰の目にも見て取れた。
「けふっ!!……ろし……!!」
「何?」
口の中の吐瀉物を掻き出すような咳をして、宝乗院は殺意を込めた声色で何かをブラッドアイに訴える。
折角だ。吐瀉物諸共、本音の一切も吐かせてやろう。――と思ったのだろう。ブラッドアイは宝乗院に再度発言を求めた。
「私に何か言いたげだな?言ってみるがいい。」
「――この……この人殺し!!どうしてわたくしの学友を――お兄様を――!?なんで何もしていない方々を殺したんですの!?わたくしたちの学校をメチャクチャにしてまで!!」
「――成程。」
今の言葉で、ブラッドアイは眼の前の少女が何者かを悟った。
彼女が襲撃したことのある学校は、一校しかないからだ。
「貴様――南星宮の生徒か――!!」
ブラッドアイは腰に装備したホルスターから、自動拳銃を取り出し構える――!
「ひぃっ!!」
「あの阿呆が!!」
ラーギブに迷う暇など無かった。
彼は急いでポケットの砂袋を取り出し、ブラッドアイ目掛けて投――
「いけませんよ。」
「!?!?」
その少年は、いつの間にか、ラーギブの背後に立っていた。
声と同時に、何らかの金属を指で弾く音も聞こえていた。背中には硬い棒状の何かが、下から斜めに突いている。太さと形状から、恐らく刀剣の柄だ。
それと微かに、何も無いはずの首筋を、剃刀で撫でたようなひりひりとした感触のアストラル流体があるのを、ラーギブは感じ取っていた。少年が地球人でないことは、すぐに理解した。
背後を取られてしまった以上、1ミリでも動けば、すぐさま首か心臓を殺られる。――そう察したラーギブは、振り翳した右手を硬直させ、背後の相手の様子も窺わねばならなくなった。
ラーギブは肩越しに相手の顔を見た。自分より背の高い、一直線に切り揃えられた前髪が特徴のアジア系の少年だった。服装はなぜか、平安貴族のような古風な白装束であった。
「――何じゃ、お前さんは……!?」
「お初お目にかかります、兄上。まさかこんな所で《砂》の使い手にお会いできるなんて、恐悦至極に存じます。」
(こやつ……儂の正体に気付いておる……!!)
ラーギブは背後にいる謎の少年の素性を、直ちに理解した。
同じLΛRMEで訓練を受け、実戦配備されたUGE軍側の《痣持ち》――。実の弟でもないのにラーギブを「兄」と呼んだのは、それが同機関にいる《痣持ち》の間で使われる隠語で、一般的な言葉で言う「先輩」と同義である。つまり背後の少年は、自分より後にLΛRMEに収容れられた者であると、ラーギブは推測した。
だがそれ以上の彼の情報は、ラーギブの記憶には無かった。彼の特徴的な丁寧ではっきりとした口調は、少なくともLΛRMEを抜け出すまで、ラーギブは聞いたことがなかった。初対面の《痣持ち》。能力も未知だ。しかもこちらの能力は既に相手に割れている。
彼を無視して宝乗院たちの救援に向かうことは、まず不可能。――となれば、まずはこの少年の注目をどうにか振り解かなくてはならない。ラーギブはそう結論付けた。
「……一体何のことじゃ?」ラーギブは態としらばっくれてみせた。
「とぼけてもムダです。某が持つこの宝玉が、あなたのアストラルに反応して、黄土色の光輝を示しています。機関が登録したデータと照合させた結果、つい先月脱走した《砂》の使い手が持つアストラル流体の色と一致しました。動かぬ証拠です。」
「ほぅ……大したもんじゃ。」ラーギブは大人しくその事実を認めることにした。「それで?どうする?儂を殺すか?」
「そうしたいんですがね――"マザー"があなたと会ってお話がしたいと言ってましてね。どうして家出なんてしたのか――と気に病んでいるようです。大人しくお縄についてください。"マザー"とのお話が終わるまで、命の保障はいたします。」
「一度も顔を見せたことのない母親の言葉など聞けぬわ。況んや今会うたばかりのお前さんの言う事なんぞ、信じられる訳もない。」
「そうですか――残念です。」少年は嘆声を漏らした。
「ところであの三人はどういう関係なんです?AXel相手に助けようとした――ってことは、赤の他人では少なくともないですよね?まさか彼女とか?――いや、あり得ませんよね?」
「お前さんこそ、AXelとはどういう関係で、何しにここに来たんじゃ?そんな刀を堂々と携行できるということは、相当なお偉いさんの赦しを得たんじゃな?」
「『他人の質問には必ず答えること』――"マザー"はそう教育なさったはずです。」
「知らん。家出してまで家訓に縛られる阿呆がどこにおる?」
「ならば力尽くで、お家に連れ戻すまでです――!」
「面白い――!やってみろ……!!」
直後、ラーギブは右手の砂袋を、地面に叩き付けた――!!
〔〔〔ボンッ!!〕〕〕
「なっ――!!」
「《砂塵の煙霧》!!」
破裂した砂袋の中身が大きく舞い上がり、ラーギブの姿を少年の視界から隠した。
その破裂音を聞いたブラッドアイたちも、事態の急変を察知する。
「あれは――!?」
「来たようだねぇ、《砂》が――!!」
〔〔〔ボンッ!!ボンッ!!ボンボン!!!!〕〕〕
ラーギブは人混みを潜り抜けつつ、更に4つの砂袋を破裂させ、半径12m圏内に小さな砂塵嵐を発生させた。
それ自体に大した殺傷力はないが、巻き込まれた多くの人々は、《砂》が目に入るのを怖れて瞼を閉じる他無い。仮にゴーグルで防塵できたとしても、《砂》の量は眼前1m先も見えない程の濃度だ。熱感知センサー等の補助的な機構が無ければ、前に進むのも困難である――!
「げほっ――!?何ですのごれっ!?」
「きっとラーギブさんの《砂》だよ!!――かほっけほっ!!」
「いやあ!!全く見えへんやないのおおっ!!ぺっ、ぺxっ!!」
テレシアたち三人は身を寄せ合って、砂塵から自身の身を守っていた。
ぱしっ!
「!!」
突然テレシアの右手を、誰かの左手が握る。
僅かに見開いたテレシアの眼が、彼の顔をはっきりと捉えた。
「「三人とも手を繋いで!!助けに来た!!」」
「――光君!!」
光がオレイエたちへの通信を終え、三人の下に駆け付けた。
「「早くここから出るんじゃ、カーリー!!三人を連れて!!急げ!!」」
ラーギブは砂塵嵐の濃度を操作して、特にブラッドアイたちの視界を完全に奪うように、《砂》を光たちの前に密集させていた。
「「ありがとう!!――行くよ皆!!」」
「うん!!」
テレシアたちは一列に手を繋いで、光を先導に砂塵嵐の外へと向かう――!
「――《断空・『霧払』》!!」
ゥゥン――…………
…………――ヒュゥゥ
謎の《痣持ち》の少年が、持っていた刀で大きく空を斬った。
すると、甲高い風の音と共に、辺り一帯の砂塵嵐が、一瞬で全て、一掃されてしまった。
「な――――!?」「ほぅ…………。」
砂嵐に紛れたはずの光たちの姿が、人々の眼前に暴露される。
そこにいた市井の人々は、彼らの姿が見えたことよりも砂嵐が止んだことに歓喜し、今、一人の見物人が、少年に賛辞を送る。
「おおっ!!砂嵐が晴れた!!理屈はわかんねーけど、
ありがとう
お侍さん!
あんた
のお
か
げ
―
―
ばさっ。
「「いやああああああああっ!!!!」」
発話した男の首から上が、石畳の道の上に、落ちた。
その瞬間まで――男自身も、周囲の人間も――誰も彼が斬られたことに気付かなかった。
いや違う。より正確に言えば――誰も少年が斬ったとは思わなかったのだ。
――何故なら、少年は一切、抜刀していなかったからである。
「あちゃー。首に触れちゃいましたか?そこまで斬るつもりはなかったんですが――ご愁傷さまです!」
殺した張本人は空いた左手を真っ直ぐにして、殺してしまった男の冥福を祈った。その右手に握られた刀の先端からは、斬られた男の血が滴り落ちていた。
だがその刀の刃は、見えない。
少年の刀は、鞘に納まったまま、振るわれていたからだ。
(何だろう、あの刀は――?抜いてないのに斬れる――?……いや、きっとあの人の能力だ!!
でも、何で刀を抜かないんだ?どうせ斬るなら同じなはず――なんでだろう?)
カチャ……
「きゃあっ!!」
「光君!前っ!!」
「!!」
〔〔〔バアアン!!〕〕〕
光に向けられた銃声は、ブラッドアイが発射したものだ。
だがテレシアの呼びかけのおかげで、咄嗟に光は四人を覆う障壁を展開し、銃弾を防ぐことができた。
「私を眼の前にして考え事とは、随分余裕だな――望月光!!」
「――!!」
尚もブラッドアイは射撃姿勢を維持する。手を繋いだ状態では反撃できないことを見越しているためだ。
「すみません隊長さん!!一般人の首を刎ねてしまいました!!」
少年が自身の過失をブラッドアイに告白する。少年にも正常な人間の倫理観はあるようだ。
「構わん――犠牲の一人や二人――!!貴様も援護しろ!!ここで奴を捕らえる!!」
「御意です!!」
亡くなった男性を惜しむことさえなく、ブラッドアイは自らの責務を全うするため、少年に命を下す。
「やれやれぇ……市民の避難誘導まだだってのにぃ……。
市民の皆さ〜〜ん!!死にたくなきゃ早くここから逃げるんだねぇぇ〜〜〜〜!!!!」
ゲラシモフは息を目一杯吸って、最大限の音量で周囲の群衆に避難を勧告した。
それに呼応するように、人々は現状把握を諦め、蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ出していく――!!
「逃げろおおおお!!」「一体何が起こってる!?」「やべえってコレェ!!」「急げ!!巻き込まれる!!」「お母さああんどこおおおお!?」
(――市民がパニックで逃げ惑う今こそ好機!!ここで奴らを撒く――!!)
「「増援は呼んだんじゃろ!?なら三人を連れて、人混みに逃げろ!!その状態で戦闘は無理じゃ!!」」
即座にラーギブは光に向けてそう叫んだ。それが最善の回避策と信じて。
「判った!!――ごめん皆、走るよ!!」
「うん!!」「はいな!!」「え、ちょっと――!!」
光はテレシアたちの手を引っ張って走り出し、パニックで逃げ惑う群衆の海に飛び込んだ――!!
「逃すか!!追うぞ、鹿島!!ゲラシモフたちは《砂》の足止めだ!!」
「御意です!!」
ブラッドアイと刀の少年は、背後をゲラシモフに任せて光たちの追跡に向かう――!!
「させんぞブラッドアイ――!!」
ラーギブも二人の跡を追いかけ――
「――《撮り直し》。」
……――カッ!!――……
「!?」
ラーギブは、確かに脚を前に出して駆け出そうとしていた。光やブラッドアイたちが走り去った、駅と反対側の方角へ――。
だがどういうわけか、彼は元いた位置に、走り出す前の体勢で突っ立っていた。
それだけではない。ラーギブの前を走っていた人々も、ラーギブが走り出した時の位置に戻っていた――!!
(なんじゃ――!?別の《痣持ち》の能力か――!?時間稼ぎのつもりか!!)
「させんぞブラッドアイ――!!
…………!?」
ラーギブは、先程と同じ台詞を繰り返し叫んだ。
2度目の台詞に、ラーギブの意思は作用していない。
(何故儂は二度も同じ台詞を!?――これは罠か!?一旦周囲を確認して――)
だがその意志は反映されない。
彼の首も眼球も、ただ正面のみを向き、彼の脚は再び前へと運ばれる――!!
(待て、儂の身体よ!!状況確認が先じゃ!!このままでは――!!)
「ご苦労だよぉ、《動画》くぅん――!!」
「――!!」
〔〔ドスッ!!!!〕〕
「――――かはっ!!」
ゲラシモフの鋭い3本の鉤爪が、ラーギブの脇腹を突き破った。
ラーギブは完全に、脚を止められてしまった――!!
「ん〜〜……心地良い……!!連携できてるって感じだよぅ……!!」
2388年6月28日――――《へスペリディア》、UGE軍――両陣営の《痣持ち》同士による戦闘は、始まったばかりだ。




