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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter3:モードス=ハロモグの虐殺
59/63

Episode5:《調査開始》

2388年6月28日(火) 8:23 A.M.

 《ヘスペリディア》魔法騎士団地上部隊・モードス=ハロモグ支部 兼 和風居酒屋ばっかす


 その後の会議は、地上部隊隊員からの現状報告と、地上部隊・フェルティオス遊撃団の顔合わせという具合に淡々と進行した。


 「遊撃団の団員紹介は以上だ。では、今後の作戦を各員に伝える。」


 オレイエは《対話の球鏡ディアロギ・カスレフト》の脇に立ち、居酒屋店内の隊員とモニターの向こうの隊員、それぞれの顔を見遣りながら作戦内容の指示を開始する。

 「先ずは地上部隊。店に居る者は直ちに、西モードスの者は《ヘスペリディア》への負傷者の輸送が終了次第、市街地内のパトロール乃至、情報収集に当たってくれ。恐らくAXelが隠した塩漬け死体はまだ街の中に残って居るかもしれない。其等をMPOに調査されるより前に見つけ出し、遺体の身元や犯行の痕跡等の証拠を集めて来て欲しい。

 此れまで塩漬け死体が発見された箇所は、路地裏やビルの屋上等のあまり人の出入りが無い場所で発見されて居る。其の様な個所を重点的に探せば、未発見の塩漬け死体を見つけ出す事が出来るだろう。

 そして依頼者であるウェスト殿も、事件の調査を引き続き継続される御積もりだ。だがウェスト殿も又、武器の所持を禁じられて居る"一般人"。万が一AXelや《痣持ち》の攻撃を受けた場合、抵抗する手段が無い。

 其処でフェルティオス遊撃団の団員には、ウェスト殿の護衛や、ウェスト殿の行う調査のサポートを行って貰う。今西モードスに居る団員は、後程我が簡易的な《移動魔法》を使って此方に合流させる。

 其れと、我を含め遊撃団員の殆どは此の居住区の土地勘が無い。メイティエの隊から2名程案内役として引き抜いても構わぬか?」

 「「ああもちろんだ!!好きなヤツ選んでこき使ってくれ!!」」とメイティエは諸手を挙げて返答する。

 「そうか。ならば――ベリーナとピネイア。二人に其の役を頼もう。良いか?」

 「はっ!!」〔は、はいぃぃっ!!〕ベリーナは即座に、西モードスにいるピネイアは通信遅延の影響か若干遅れて返答する。

 「くだんの事件がAXel(アクセル)の下に居る《痣持ち》の犯行と判明した現在、本事件の解決に当たり、我々とAXelとの接触は不可避の物と相成った。何時何時いつなんどきもAXelや他のUGE軍との戦闘が起こっても不思議ではない。我々の動向を奴等に勘繰られぬ為にも、無益な戦闘は極力避けろ。今まで以上に周囲を警戒し、任務の遂行に励め。良いな?」

 〔〔「「Rejar(レジャー)!!」」〕〕


 斯くして光たちフェルティオス遊撃団の面々は、アレックスの護衛のために彼と行動を共にすることとなった。




 2388年6月28日(火) 9:15 A.M.

 第19居住区・モードス=ハロモグ 西ハロモグ地区・市街地 居酒屋ばっかす前


 「――と言う事で、此処からは我々が交替で貴殿の傍に付き、貴殿の捜査の補助や護衛の任に当たります。

 尚、我々は本来、UGE軍から追われる立場に御座います……。本任務に限った事では御座いませんが、任務中は此の様に偽名や変装を用います事を御了承頂きたい――。」

 居酒屋ばっかすの前に停まった2台のマイクロバス。その内の前方のバスの傍で、オレイエはアレックスにそう告げた。

 オレイエの格好は、光たちの見知った鎧姿ではなく、黒のTシャツにジーンズとスニーカーという、ごくごく普通の格好であった。

 そしてここは屋外。オレイエの他、集まったレリギオスのメンバーは既に《魔法》で自身の耳を丸い形に、髪色を黒・茶・金色系統の色に変化させ、服は地球人の着る物に着替えている。スーツ姿の者からストリートファッションに身を包んだ者まで多種多様だ。

 「嗚呼、承知している。――それにしても《魔法》というのは凄いな。今の貴方がたはどう見ても普通の地球人にしか見えない。」

 「これくらいの変装、騎士団のメンバーならお茶の子さいさいのさいさいよ!でも凄い人になると、年齢や骨格まで()()()()()になってしまう人もいるにはいるらしいわ!」

 胸元の大きく開いた純白の高級ワンピースドレスとピクチャーハットを纏ったアリアドナが、レンズの大きなサングラスを少し下ろしアレックスにウィンクを交わす。彼女の髪は、今度はゆるいパーマを当てたピンクゴールドの長髪になっていた。

 「ところで、アンタは変装とかしないんすか?そのカッコ、季節的にも目立つ上に暑いと思うんすけど――」

 アレックスの格好を気にかけたのは、ピアスやネックレスなどをジャラジャラ付けたパンキッシュスタイルで決めたへカティエだ。彼だけは髪の部分はオリジナルのままだ。「目立つ」という点なら、彼もそんなことを言える口ではないとは思うのだが。

 「吾輩、変装というのはあまり得意ではなくてね……探偵を始めた頃はそういうのもやっていたが、演技しようとしすぎたんだろう、どうしても他人から挙動不審に思われてしまうきらいがあってね……。それでMPOに3度程連行されそうになってからは、金輪際やらないことにしたのだ。」

 「そーなんすね。まーやりやすいようにやったいいっす。」と、あっさりした反応でへカティエは受け流した。

 「でも、あんま目立ったことはしないでよね!探偵さん、ただでさえ見た目が"怪しい"んだから、変に動かれるとこっちも動きにくくなるから、気を付けるんだよ!!」

 「怪しい…………」

 チューブトップにホットパンツを合わせ、顔に長いつけまつ毛を乗せているのはベリーナだ。アレックスに向けた人差し指には、ギラギラと輝くラメを施したつけ爪が飾られている。彼女からまたしても「怪しい」呼ばわりされたアレックスは、さすがに少々消沈した面持ちになった。


 「団長!地球人組全員、着替え終わったぜ!!」

 再び居酒屋ばっかすの入口の扉が開き、今度はストライプのスーツを纏い大きなゴルフバッグを背負った若手ヤリ手ギラギラ系ビジネスマン風の男が報告に来た。この男は、変装したエルクである。紙を七三分けにした上に、特殊なメイクで肌を日焼けしたような感じに仕上げ、更には香りのキツい香水を付けて、ややギラついたような印象を周囲に振りまいている。

 「うむ。サイズは問題無い様だな。」

 「バッチリっす!!」エルクはサムズアップして白い歯をこぼす。その後ろで、着替え終わった他の地球人組がぞろりと店の外に出てきた。

 エルクと同じ高身長なエリオも、同じくスーツは着ているが、装飾は伊達眼鏡のみと少なく、エルク程のギラギラさはない好青年な印象を漂わせている。「どうでしょう?スーツは着慣れてないので、大人っぽく見られるか不安ですけど――。」

 テレシア・市姫・宝乗院の女子3名は、この第19区に存在する有名私立女学校の白いセーラー服を着用している。更にテレシアは三つ編みに眼鏡をし、市姫は逆に眼鏡を外し、宝乗院は普段はしないツインテールに髪型を変え、印象をがらりと変えている。「わぁ……2人もすっごいかわいい!!」「やろ〜?この制服、一度着てみたかってんよ!!この団入って良かったなぁテレシアちゃん!!」「…………。」

 福希フーシーはバスの中で団員やアレックスに取り付けたカメラ等でモニターし状況を連絡する役割であるため、大した変装はしていない。その隣には、茶髪のツーブロックにはだけたシャツとサルエルパンツという威圧感のある出で立ちの若い男が、福希と何やら話していた。

 福希はその男が誰だか分からない、あるいは正体を知っても尚信じられないという感じの反応をしていた。だがその隼の様な鋭い目付きの持ち主を、オレイエは一目で見抜いた。

 「――ラーギブ殿か?」

 「そうじゃ。」その声と口調は、紛れもないラーギブのものである。「流石は団長さんじゃ。この眼鏡とは見る目が違う。」

 「ちょっ――!?聞き捨てなりませんね……。だいたいどうしたんです、首の《痣》は!?頭巾は!?マフラーは!?」

 「阿呆か?儂はUGEから抜けた身じゃぞ?あの格好のまま街を歩けば、関係者の眼に止まり易くなることくらい猿でも判る!クーフィーヤは店に置いてきたが、マフラーは懐に隠し持っておる。この任務中に首に巻くことはまずないがのぅ。

 そんで、《痣》を消したのはあのアリアドナっちゅうレリギオスのメイクのおかげじゃ。"ウォータープルーフ"とかいう奴で、水でも落ちんそうじゃ。」

 「メイク?――なんで《魔法》で消さないんです?」

 「お前さん――――つくづく阿呆じゃのぅ。」

 「あ――!?」

 福希は二度も「阿呆」呼ばわりされて呆然とする。ラーギブは深い溜息をつきながら、その理由を説明する。

 「よいか?《魔法》を使うには、体内のアストラル流体を使う。アストラル流体は《魔法》を使い終わったらすぐに消える訳ではない。《魔法》を()()()()()人や物、そして《魔法》を使()()()場所にも、しばらくそのアストラル流体の残渣が漂うのじゃ。儂の首の《痣》を隠す程度の小規模な《魔法》でも、一般人のWatchならスルー出来るが、UGE軍(やつ)らの持っておるWatchや高性能アストラル感知装置なら話は別じゃ。UGE軍にとってアストラル流体は、レリギオスや《痣持ち(わしら)》の存在を示す証拠なんじゃ。そんなもんを適当に残しておく訳がなかろう。

 それに、《魔法》は術者が死んだり気を失ったりすれば解除されるものが多い。もしそこのアリアドナが《これ》を《魔法》で隠し、その後何らかの事由で死んだりすれば、儂の正体はその瞬間に暴かれ、民衆はパニックに陥り、任務どころではなくなる。――普通に考えれば判ることじゃ。」

 「"普通"――と仰られましても……。まぁ要するに、連鎖的に事態が悪化しないようにするためのリスクヘッジってことですね?」

 「其の通りです、ヨウ殿。《変身魔法》を使える者は自身にのみ其れを掛け、使う事の出来ぬ者は《魔法》を使わずに衣装や化粧に依る変装を行い、銘々の任務を遂行する。――我々《へスペリディア》の地上部隊は、其の様にしてUGEから身を守りつつ、日夜活動を続けているので御座います。

 ――ところで、望月殿は何方に?」

 「さぁ?」と言って、福希は辺りを見回す素振りをする。「まだ着替えてる最中なんじゃないですか?」


 「違うわ、坊や。()()をご覧にご覧なさい。」

 アリアドナが3人の元に近付き、再び居酒屋の入口を注目するよう促した。


 「モッチー!!みんな待っとんねんで!?早ぉ出て来て〜な〜!!」

 「待って――!!せめてもうちょい丈の長いのを――うわぁっ!!」

 扉の裏にへばり付くように隠れていた光は、白い片腕を市姫にぐいっと引っ張られた反動で、思わず地面に倒れ込んだ――!!


 「なっ!?」「おお……!!」「ほぅ――。」


 「うわああああっ!!」


 扉の陰から現れたのは、光――の声をした、金髪ロングの美少女だった。


 エクステで伸長された後ろ髪は先端に淡いピンク色を呈し、顔には長いつけまつ毛と淡いピンクのリップが乗っていた。――かわいい。

 そして上半身にはフリルの付いた白いオフショルダーのへそ出しルックに黒の小さなショルダーバッグ、下には赤いチェックのプリーツスカート風のボトムスに黒のニーハイソックスと厚底シューズを纏い、所々露出した白い素肌は、女性的な曲線美を描いていた。――かわいい。

 しかもその胸には、男性には本来あるはずもない膨らみがあった。恐らくパッドに違いないが、――それでもかわいい。


 「も…………望月君……ですか?」

 福希が念のために確認を取る。

 「ひぃっ……///」

 光は恥ずかしいのか、両手で顔を覆って背けてしまった。――めっちゃかわいい。

 あまりの変貌振りに、オレイエもラーギブも絶句したまま微動だにできない。エルクは茶化すように口笛を鳴らし、テレシアはこれ見よがしに自分のWatchで光の貴重な女装姿を写真に捉えた。ついでにアレックスも。

 「せやで!モッチーには女のコの服着させてん!!服はアリ姐が選んだんやで!!めっちゃ可愛えやろ!?」羞恥心の極みで回答できない光の代わりに、市姫が答えた。

 「うんうん♪やっぱキミ、そういうの似合いに似合うね♪♪」

 「ど……どうも……。」アリアドナのお世辞に礼を言う光だったが、その消え入りそうな声はアイデンティティが崩れ去る音のようにも聞こえた。

 「あら、もしかしてイヤだった?でもガマンにガマンしてね。キミはその能力の特性上、UGEから狙われる危険性がとっても高いの。だから普通に普通の変装じゃダメ。それくらいの本来のステータスを隠しに隠せるくらいの変装じゃなきゃ、UGEの監視をごまかすことはできないわ。

 でも、一応ワタシなりに配慮に配慮はしたわ。キミの履いてるソレ、スカートじゃなくて"スカンツ"にしてあげたし。」

 「すかん……つ?」

 「見た目スカートやけど、中身がパンツになってるアイテムのことやで!あ、『パンツ』言うても、下着ちゃうで!?ズボンの『パンツ』やで!?勘違いしなや!?」レディースファッションに疎い光や他の男性陣のために、市姫がシンプルな解説をしてくれた。

 「それならちょっとは動きに動きやすいんじゃない?どうかしら?」

 光は立ち上がって腰を何度も捻り、初めて履くスカンツの感触を探る。意外にも、股下がスースーする等の違和感は感じなかった。太ももにぴたりと張り付き、だがあまり強くは締め付けない生地の感触は、高校で履いていた体操服の半ズボンと同じ心地がした。

 「――――割りとイケるかも?」

 「なら問題はないわね!」

 アリアドナは眩しいウィンクを交わしてオレイエに合図を送る。全員の準備が揃った。


 「全団員の支度が完了致しました。何時でも出発出来ますが、アレックス殿、先ずは何処へ向かわれますか?」

 「ゲルマント街の方へ向かおう。」

 「ゲルマント街――ですか?」

 その街はここから南東に3km離れたところにある、マンションや大型商業施設などが建ち並ぶエリアである。そして治安が良いとは言えない第19区の中でも、比較的治安が良く住みやすいとされるエリアでもある。

 「彼処は未だ事件の起こっていない場所ですが――」

 「吾輩の()()では、新たな塩漬け死体はそこに置かれる可能性が高い。運が良ければ――いや"悪ければ"かもしれんが、AXelの隊員と鉢合わせるかもしれない。」

 「予想――?」

 「詳しくは移動の車内で話そう。とにかく出発しよう。」




2388年6月28日(火) 9:21 A.M.

 第19居住区・モードス=ハロモグ路上 2号車・車内


 2台のマイクロバスに別れて乗り込んだ光たちは、アレックスが次の死体発見場所として挙げたゲルマント街の方向へと走り出す。

 バスの定員は双方とも16名だが、各々の武装やその他の荷物も一緒に詰め込んでいるために2台ともすぐに満員になった。バスはこの時代には()()()、自動運転機能のない車種であったため、前方の1号車をへカティエ、後方の2号車を同じくフェルティオス遊撃団所属のレリギオス、テセ・アイトラ・アイゲイオスが運転手を務めることとなった。光をはじめとする南星宮の生徒たちやオレイエ、アリアドナ、ベリーナ、そしてアレックスの一行は2号車に乗車した。

 1号車の出発は定員に達してすぐに出発したが、2号車はそれよりも7分遅れて出発した。1号車の面々を先に目的地に配備させ、より自然な形でアレックスの調査のサポートや警備を行うためである。

 その車内で、アレックスは()()()()()()()第19区の地図を広げながら、光たちに先程の予想について語り始めた。地図には番号の振られた赤いシールと、日付の書かれた細長い付箋が各所に貼られている。

 「死体の発見場所には、一部法則性があるようなのだ。

 今まで発見された塩漬け死体・全19体は、いずれもこの居住区の中心――第19区庁舎から半径10km圏内の場所で見つかっている。その中でも()()()()に発見される死体は、決まって1つ前に発見された死体の位置と、庁舎を挟んでちょうど正反対の方角・同じ距離にある場所で発見されている。発見順はイコール殺害順ではないが、偶数番目の死体だけこうも規則的な位置で、決まった順番で発見されるのは、何か()()()なものがある――と、探偵としては疑って止まないのだよ。

 そして19番目の死体が発見されたのは、この庁舎から西におよそ1.5km離れたスワン街のマンションの一室。吾輩の予想が正しければ、そして、まだこの殺人が続くのならば、20番目の死体が出る場所は、庁舎から東に1.5km程離れた所――即ちこれから向かうゲルマント街周辺ということになる。」

 「成程、故にゲルマント街へ……。」

 「さすが『探偵』って自称してるだけはあるよ。着眼点が違うよ。」

 「そう囃し立てるな。まだ死体を発見した訳ではないからな。」と忠告するアレックスの顔にはうっすらとにやけた笑みが浮かんでいた。「だが一番の理想は、やはり『何も発見されないこと』だ。UGEもこんな馬鹿げたことを延々と続けては、遠かれ遅かれ沽券に関わるだろう。」

 「――そりゃ間違いないよ。」


 「あ!!」


 何かを思いついたように、一番後ろの席のテレシアが大きな声を出した。両隣に座っていた市姫と宝乗院はびっくりして身をすくめた。

 「――急にどないしたんや、テレシアちゃん!?」

 「アレックスさん!だったらそれ、光くんに"お願い"してみませんか?」

 「"お願い"――?」

 アレックスは首を傾げた。彼は光の能力の詳細をまだ理解していない。福希が助け舟を出す。

 「望月君の左手には、"願い事"を叶える特殊な力があるんです。」

 「ジンクスのようなものか?」

 「ジンクスなんてレベルじゃないです!《魔法》由来の力でどんな"願い"でも必ず実現させてしまうんですよ!ボクたちをUGE軍の電磁式自動小銃(レールライフル)から護ってくれたり、水のない場所から大量の水を出したり――!!」

 「ほぅ――それは確かに凄いな……。」

 「そうなんです!だから光くんの能力なら事件を阻止することだってできると思うんです!!ねっ、光くん?」

 「どうだろう……?多分できると思いますけど……どうしますか、アレックスさん?」

 光は手袋を外す仕草をしようとしたが、今は素手なのを思い出して、持ち上げた右手をそのままアレックスに向けて彼の意志を確認する。


 「うーむ……君たちの言葉に噓偽りはないのだろう。だが済まない。その左手の力とやらには頼らない。」

 「どうしてですか?光くんの力は本物なのに――」テレシアは怪訝そうに眉をひそめる。

 「やっぱ探偵だからじゃね?自力で事件解決したいんだろ?」

 「それもあるが――そうだな……()()()()()()()()()()()()()と、思ったからだ。」

 「??」


 アレックスは車窓の外を睨みつけるように眺めながら、そう答えた。

 彼の思考の奥底を覗き見るには、光たちはまだ、幼すぎた。光はそっと左手に右手を添えて隠し、アレックスと同じ方の窓の外を見た。


 「そろそろゲルマント街だ。各自、準備して置け。」




 2388年6月28日(火) 9:37 A.M.

 第19居住区・モードス=ハロモグ 東ハロモグ地区・ERゲルマント駅北口


 光たちの乗ったマイクロバスは、各居住区間を横断して運行するER・政府直営鉄道のゲルマント駅北口に到着し、駅に直結する複合商業施設の近くに停車した。

 と同時に1号車からの連絡が入った。先程アレックスが伝えた目的地の近くに到着したとの報告だ。1号車の団員たちは既にその施設の内部や周囲に陣取り、AXelやMPOの接近に目を光らせているとのことだ。

 「1号車の面々は既に目的地に到着したそうだ。だが此の先で交通規制が在り、車で直接向かう事は出来ないそうだ。

 なので、此処からは離れた場所から徒歩で目的地に向かう。我々が組織である事をUGEに勘付かれぬ様、降車は順番に行う。テセとヨウ殿は此処で待機。他は此れから我の言う指示通りに降車してくれ。」

 「「「「はい!!」」」」「御意。」「承知です!!」

 9時37分。2号車の団員たちも行動を開始する。


 「んじゃ、アタシから行ってくるよ!」

 まずはベリーナが一人先に出て、アレックスが死体の発見が予測されるポイントを目指して南に移動する。ヴィシュヴァカルマンから支給された偽装Watch――『IDRA(イドラ)-Watch(ウォッチ)』を使い、他の団員との連絡を取りながら周辺の警戒を続ける。

 1分後、エルクとエリオのスーツコンビが車を出ていき、ベリーナの後を追うように肩を並べて歩いていく。エルクが背負うゴルフバッグには彼の武器である槍が、エリオが手に持つビジネスバッグには護身用の銃をはじめとする武器がしまってある。

 更に3分後、テレシア・市姫・宝乗院の制服美少女トリオも出発して、同じ方向を目指していく。彼女らが持つスクールバッグにも、いざという時の武器や回復薬などが詰め込まれている。


 その更に3分後、光とラーギブの組が車を出る。

 「――い、行ってきます……。」

 光は自分の出る番になって、顔を赤らめていた。女装して街を歩くなど、産まれて初めての体験だからだ。

 「呉れ呉れもUGE軍との邂逅は避けて下さい。特にAXelには――」

 「大丈夫じゃ。儂と望月こやつが組めば、たとえ奴らと戦闘になっても生きて戻る自信はある。杞憂されるな、団長殿。」

 「ならば良いが――」

 「頼んだよ。望月君、ラーギブ君。」

 「行ってらっしゃ〜い♪」


 がちゃんっ、とスライドドアが閉まり、光とラーギブは約1ヶ月ぶりに地上の街に放り出される。第19区を訪れたのは初めてだが、久々の地上の空気は何とも言えない郷愁と緊張の味がした。

 「……じゃ、行こうか。」

 「ああ。」

 二人は先に出た団員たちと同じく、南へと歩き始めた。




 ゲルマントの街は、至って平和だった。

 所々で反政府的思想を訴えるビラやポスターが貼られていたり()()()()()()はしているが、殆どの人は見向きもせずに通り過ぎていく。

 南星宮高校の事件も、フェルタが行ったゲリラ演説も、昨今の連続塩漬け殺人事件も、まるでなかったことになったかのような静謐さ。

 実は大して話題になっていない――という訳ではない。レリギオスに宥和的な思想を口外すれば、UGEの監視が牙を剥く。逆に敵対的思想を言い散らせば、街に潜むレリギオスからリンチを受けるかもしれない。そうした板挟みの恐怖が、市井の間に蔓延し、自らの思想を表に出すことが憚られるようになった。故にできあがったのが、この"仮初"の平穏なのだ。

 光にはそれが、人々の"願い"で判った。


 (UGEこそ正義!正義に刃向かう奴は全員処刑すべきだ!!)(UGEなんか信じられない!!レリギオスのこと、もっと知りたい……!けど監視が――)(Motomu dekuasios 《Hesperidia》!! Zï mesodio beka teski ot afilios ta?)(例の塩漬け殺人の犯人、早く捕まってほしいよな――)

 

 「…………。」

 光はすれ違った人の顔を一人ひとり見た。

 時折アリティア語の"願い"が聴こえてくるのだが、それを発していると思われるレリギオスは、一目見ただけでは見つけられない。

 当たり前のことだが、ゲルマント街を行き交う人々は皆、()()()()()()()()()()。まだ午前中にも関わらず、割と買い物客の姿も多い。

 オレイエの話では第19区の人口のうち、3〜5%がレリギオスらしいのだが、恐らく《魔法》などで地球人に変装しているのだろう、()()()()()ではどの人がレリギオスかなど全く分からない。

 唯一判別できる方法はやはりアストラル流体だ。レリギオスはある程度の《魔法》ならば、IDEA-Watchに組み込まれたアストラル感知装置にも引っ掛からずに使用できる。《変身魔法》も、レリギオスが地球人に変身する程度のものなら装置には反応しないという。それを使っているレリギオスの身体から出るアストラル流体は、遠くからでは感知できないが、肩と肩が触れ合う程の距離に急接近すると、その色や香りが強まってくる。

 「今すれ違ったカップルの女子おなごの方……あれはレリギオスのようじゃな。」

 「そうなんだ……。」

 光は振り向いて、その女性の容姿を確認する。ボブカットから露出した耳の先端は、やはり地球人のような丸い形だった。

 「それだけではない。そこに停まっておる宅配バイクの運転手も、さっき通ったカフェテラスで談笑しとった主婦仲間の何人かも、皆レリギオスじゃ。どれも変装でバレないようにしておるがのぅ。」

 「やっぱり見た目だけじゃ判別できないんだね。僕たちが付けてる、ASD――だっけ?これがあったら、もっと分かんなくなるんだ……。」

 光は左の手首に付けた白いプラスチックで覆われたブレスレット型の装置を見つめた。以前フェルタが首に着けていたチョーカーと同じASD・アストラル流体抑制装置である。同じものはフェルティオス遊撃団のレリギオス団員、およびラーギブも装着している。ラーギブのは首に着けるチョーカータイプである。

 「従来のASDは完全にアストラル流体の漏出をシャットアウトする故に、ASDを装着しながらの《魔法》発動は不可能じゃった。ヴィシュヴァカルマンの作ったこの新型ASDは、身体から漏出するアストラル量を身体の表面ギリギリで制限させることで、術者自身の身体や術者に直接触れたモンを対象とする《魔法》を使用可能にした上、外にアストラル流体が漏れ出るのを防止する機能はそのままになっておる。《変身魔法》を使ったままこれを着ければ、たとえレリギオス同士でも地球人じゃと欺き通すこともできるそうな。

 今は儂ら遊撃団の団員分しかないそうじゃが、ゆくゆくは量産体制を確立させて《へスペリディア》騎士団全員に供給する見込みじゃと、ヴィシュヴァカルマンは言っておった。」

 「そうなれば、オレイエさんやメイティエさんたちがもっと地上での活動がしやすくなる――。」

 「それと儂ら、《痣持ち》ものぅ。」


 〔――ガガッ……あーあー、こちら2号車の酉福希です!〕


 突然、2号車車内からモニタリングしている福希の声が、各団員の耳に付けられた通信器を介して伝えられる。

 〔ただいまウェストさんたちが2号車を出発しました。これから死体発見が予測されるポイントに向かいます。周囲にUGE軍の存在を確認した場合、あるいは塩漬け死体を発見した場合はすぐにご連絡を!!〕

 「――本格的に任務開始だね。」

 「ああ…………。」

 「……?」

 ふと、ラーギブが浮かない表情をしているのを光は気になった。その理由を聞こうとした矢先、ラーギブの方から光に話しかけてきた。

 「――望月。お前さんはあの探偵をどう思っとる?」

 「えっ?」

 どういうことなのだろう、と光は考えた。ラーギブがただ興味本位でアレックスの印象を聞く訳がないと分かってはいたが、彼の思考を先読みできる程、光は利口ではなかった。

 「どうって……ちょっと変わった人だな、ってくらいだけど?――まさかラーギブ、アレックスさんを怪しんでる?」


 「その通りじゃ。」


 ラーギブは立ち止まってそう答えた。

 無論、光は納得がいかなかった。

 「そんな――だって僕はあの人の"願い"を――!!」

 「判っておる。他人の"願望"を読み取れるお前さんの能力は"本物"じゃと理解しておるし、お前さんが嘘を付くような人間ではないことも理解しておる。ウェストという男が儂らに協力的であることは確かなようじゃ。」

 「じゃあ、なんで――?」

 「――少し場所を変えよう。」


 ラーギブは光の腕を掴み、近くのコンビニの裏の駐車場に彼を連れ込んだ。周りをビルに囲まれやや暗くなっているそこは人通りが殆どなく、密話にはもってこいのロケーションだった。

 二人は駐車場の脇に積まれた業務用コンテナの裏に隠れ、会話の続きを再開した。誰にも聞かれぬよう、ひっそりと。

 「――先刻のミーティングで、儂は()()()あやつの顔と名前を知った。

 じゃがあやつは――アレックス・ウェストは儂の名前と顔を知っておった。()()()()()()()()()()うちにのぅ……。」

 「あ――――!!」

 その時、光は何かを悟った。

 「気付きおったか……。そうじゃ。儂の名前と顔を知っておる人間は限られておる。

 まずは南星宮高校の生徒か教職員という線じゃが、あやつのような顔や背格好の教員を、お前さんも儂も見た覚えはないはずじゃ。無論、生徒であるはずもない。

 次に元から《へスペリディア》の関係者じゃったという線じゃが、これも今までの会話や団長たちの態度からして違うと判る。


 唯一残った線は――そう。かつて儂がその身を置いておったUGEの研究機関――『LΛRME(ラルム)』の関係者、という線じゃ……!!」


 「ラルム――?」

 それは全く聞き覚えのない名前だった。少なくともニュースで見聞きした覚えのある単語ではない。

 「知らんのも無理はない。レリギオスの存在と同様に、これまでその存在を秘匿され続けていた機関じゃ。レリギオスの存在はもうとっくに一般の民衆に知られるところとなったが、おそらくLΛRMEの名がニュース記事に載ることはまだ先のことじゃろう。」

 「……もしかして、レリギオスの人体実験をしているのが、その研究機関――?」

 「そうじゃ。――LΛRMEは、レリギオスや《魔法》に関する総合的な実験研究を行う研究機関。レリギオスの《魔法》に対抗できる新兵器・新装備・新薬等の開発を担うのもここじゃ。

 AXelが生け捕りにしたレリギオスは皆、ここに連行・収容された後、様々な人体実験の被検体として()()()()活用される。その研究のうちのひとつとして進められておったのが、例の《ラグナレク計画》――《痣持ち》の兵士を育成する計画じゃ。

 儂は長らくその機関に身を置き、兵士として育てられたが、その全貌は未だに判らぬことばかりじゃ。構成員の数も、管理しておるレリギオスや《痣持ち》の数も不明じゃ。今回儂らが追う《塩》の《痣持ち》も、そのLΛRMEで育った兵士じゃろう。」

 「アレックスさんもその研究機関で働いてた人間――?」

 「と、儂は見ている。――じゃが儂は、あやつのような顔の研究員を見た覚えがないし、『アレックス・ウェスト』という名をどこかで見聞きした覚えもない。あやつが本当にLΛRME研究員かどうかは、まだ断定できん。

 何より儂らに対する、あやつの協力的な姿勢。今もLΛRMEに身を置いておるのなら、お前さんが聴いたというあやつの"願望"にも、多少なりはUGEへの利益を仄めかす言葉があってもおかしくはない。それがないというのは、つまり――?」


 「……きっと気のせいだよ。」

 光はそう結論付けた。

 「君はとても頭が回る。だから逆に、単純なことも複雑に考えすぎてしまうこともあると思う。あの時アレックスが君の名前を呼んだのは、おそらくメイティエさんが事前に教えてくれてたんだよ。君はいなかったから知らないだろうけど、二人は昨夜の閉店後に色々話してたし。」

 「――じゃと良いが。」

 ラーギブは妙に腹落ちしていないような反応を見せたが、彼はそれ以上何も反論してこなかった。


 〔――ガガ――望月君?今どういう状況ですか?〕


 福希からの通信だ。彼には手元のタブレットで周辺域の地図と全団員の位置が見えている。しばらく二人が一箇所に留まり続けていたのを疑問に思ったのだろう。

 「大丈夫。ちょっとした作戦会議さ。――行こうラーギブ。今は任務に集中しよう。」

 「――――ああ。」

 二人は再び元の道に戻って南へ歩き出した。

 その頃、先頭を行くベリーナは間もなく目的地に到着しようとしていた。

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