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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter2:《サピエンス》と《レリギオス》
46/63

Episode28:《布告》・ある少女の目線 その3

2388年6月1日(水) 0:55 P.M. 第1居住区・イレブンスニューヨーク


 「よォ、生きてッか?」


 立っていたのは、地面に付く程長く、針金のように硬く真っ直ぐで艷やかな毛で覆われた、高さ180〜190cm程の物体。その左右には白く染められた、これまた長い三編みが2本ずつぶら下がっている。

 恐らく人に間違いないが、後ろ姿は長い髪ですっかり覆われ、顔はここからでは見えない。辛うじて見えるのは、髪の黒さとは対照的に白く映えるロングブーツくらいである。

 「あ――あ――!」

 仰天して言葉が出ない微かな絵画楽の声を聞いて、長い髪の物体は彼女の一応の無事を確認する。

 「おッ、どーやら無事みたいだな♪良かッた良かッた♪」

 長い毛の物体は、絵画楽にそう声をかける。それはやはり人であり、そして女性だった。腰を捻って少し振り向いたその横顔は、くっきりした目鼻立ちと同時にアフリカ系特有の鈍く光る妖艶な肌を見せている。その下には白のへそ出しトップスにデニム生地のホットパンツという、極めて露出度の高い出で立ちを、電磁式自動小銃レールライフルを持つAXel隊員の前に晒している。

 あまりにも都合の良すぎるタイミングでの味方らしき人物の登場。絵画楽は胸を踊らせずにはいられなかった。

 「あの――まさか――?」

 「おっと!過度な期待持たれちャァ困るから、先に言ッておくッ!()()()()は"あの放送"の《ヘスなんとか》じャァねェぜ!目指すとこは一緒だが、今ンとこは何の接点もねェただのならず者の集まりだ!それでもいいンなら、大人しくアタシに助けられな!かいがらさん!!」

 そう断りを入れたこのアフリカ系の女性は、銃を持つAXel隊員を前にしても、怯えるどころかむしろ余裕綽々といった様子である。その態度が癪に障ったのだろう、AXel隊員の一名が、彼女の眉間に電磁式自動小銃レールライフルの銃口を突き付ける――!

 「貴様、何者だ!?そこをどけ!!」

 銃口と眉間との距離は数センチしかない。だがそれでも、女性はびくともせずに隊員の顔を睨み続けている。

 「イヤだねッ!アタシはこの娘を助けるッて決めてんだよッ!別に知り合いでもなんでもねェが、()()として見過ごすワケにャいかねェからなァ!!」

 「()()?――――そうか!」

 その言葉を聴いた隊員は、瞬時に勘付いた。この女も、《痣持ち》の一体であると。


 そして直ぐ様、電磁式自動小銃レールライフルの引き金に指をかけた――!!

 「――死ね!!」



 〔〔〔バギュゥゥゥゥン!!〕〕〕



 「――――!!」

 甲高い金属音の混じった凄まじい発砲音が、辺りに木霊する。電磁式自動小銃レールライフルの弾丸は女性の眉間にそのまま見事に命中する。

 撃った電磁式自動小銃レールライフルは充電なしの状態だったが、それでも通常の自動小銃と同等の射撃性能を持つ。あの至近距離ならば、間違いなく即死だろう。絵画楽は咄嗟に両腕で顔を覆い、女性の血飛沫がかかるのを覚悟した――。


 (やだやだやだやだ――!!わたしの眼の前で人が死ぬとか無理すぎる!!しかも頭撃ち抜かれたなんて絶対即死じゃん!!今にもあの人の血がバァーって!!


 ………………え?)


 だが、絵画楽の身体の上には、何も降りかからなかった。女性の死体も、血飛沫も。


 絵画楽は両腕の隙間から、何が起きたかをその目で確かめる――!




 「――へッ、効かねェな♪」


 黒髪の女性は――立っていた。

 しっかりと2本の脚を大地につけ、その場から全く微動だにせず、立っていた。

 「な……なんだと!?」

 驚いた隊員は、自分の狙いが射撃時にズレたのだと錯覚する。そして、今度こそ女性を倒そうと、頭、胸、両腕、両足、腹部を次々と狙い撃つ――!


 〔〔〔バギュン!!〕〕〕〔〔〔バギュン!!〕〕〕〔〔〔バギュン!!〕〕〕〔〔〔バギュン!!〕〕〕〔〔〔バギュン!!〕〕〕〔〔〔バギュン!!〕〕〕〔〔〔バギュン!!〕〕〕


 隊員の放った弾丸、計8発は全て命中。

 頭は脳天を、胸は心臓の部分を狙撃した。

 外しようのない程の至近距離で撃った。なので《《普通なら》》、このアフリカ系の女は死ななければならない状況である。

 しかし――


 「――無駄だよ♪アタシのこの"ナイスバディ"は、そんなフツーの鉛玉じャ貫けねェよ☆」


 「ば――馬鹿なっ――!?」

 それでも彼女は立っていた。露わになっているその艶めかしい焦げた素肌には、弾丸で穿たれた穴も、出血の痕跡もない。

 「アタシを電磁式自動小銃それで倒すんなら、フル充電でなきゃムリだぜ?もっともそんなヒマ……やらせねェけどなァアッ!!」

 女性は右の拳を握り、後ろにぐぐっ、と振りかぶる。その筋肉の収縮は、太く硬いバネの収縮音に似た緊張と重厚感があった。そのバネに溜め込んだ反発力を一気に解き放つように、彼女は、右の拳を瞬時に前へ繰り出す――!!


 「《撥条拳はつじょうけん》!!」


 〔〔〔ズウウゥゥン!!!!〕〕〕


 「ぐっ――――――――――!!!!」

 拳はAXel隊員の鳩尾みぞおちをダイレクトに捉える!鍛え上げられた腰と肩のバネをフルに使った彼女の打撃は、パワードスーツの装甲を無視して、隊員の肉体に重々しい衝撃を加える――!!


 〔〔〔バアアアアン!!〕〕〕


 そして女性が拳を振り抜いた瞬間、隊員の身体は瞬時にどこかへ消え失せる!そのコンマ4秒程遅れて、激しい衝突音が響く!


 〔〔〔ドンっ!!!!〕〕〕


 気付けば装甲車の車体に、殴られた隊員の身体がめり込むようにしてあった。隊員の口からは大量の血反吐が噴き出し、直後、地面に転げ落ちて捨てられた操り人形のような体勢で動きを静止する。

 以降、彼の身体は、全く動くことがなかった。

 「へッ――ずいぶんチョロいじャん?」


 「す――すごい――!!」

 絵画楽は何が起こったのか頭で整理できなかった。

 それでも分かるのは、AXelの戦力がひとつ、削がれたということ。

 それと、この眼の前の女性が、"味方"である、ということだ。

 

 「こ、こいつ!!なんてパワーだ!?それに先程の頑丈さ――!!」

 「!!――この《痣持ち》の反応色――"鉄紺色アイアンネイビー"だと!?」

 「まさか"《鋼鉄》のシラハ"か!?厄介な相手だ……!!」

 残された他のAXel隊員たちの間にも、俄に動揺が広まっていく。

 それは、単に隊員一名が戦線離脱したからだけではない。目の前にいる女性が、《痣持ち》の中でもとりわけ強力な能力を有する危険な存在だからでもある。


 「ヘヘッ……そうだッ!"《鋼鉄》のシラハ"ッてのは、アタシのことだよッ!アタシがいる限り、この娘に手出しはさせねェ!殺されちまう前に、大人しくママのお家に帰りな!!」

 「なっ――生意気な口をっ――!!」

 「おッと!これはマジで言ッてんだぜ?早く帰んねェと――《時間》が来ちまうぜ?」

 「ふざけないで!何が《時間》よ!?お前たちは、今ここで処刑しt//


 〕〕〕ブシュウウゥゥ……!〔〔〔


 //や――――う――――!?」


 〔バタッ。〕

 突然。何の脈絡もなく、銃を構えた女性隊員一名の頸動脈が引き裂かれ、大量の血液が空に向かって勢いよく吹き出す。

 斬られた女性隊員の身体は踏ん張ることもできずにそのまま地面に力無く倒れる。その背後には――


 「††――フン、羸弱るいじゃくな!このクロノ・アムゼーシュライン様の相手じゃあないッ!!††」

 〔〔〔バァァァァァァン!!(脳内)〕〕〕


 どこからともなく一瞬で現れた、灰色のセーラー服を纏った銀髪の少年。2本の長さの異なる短剣を逆手に持ち、三編みになったもみあげを風に靡かせながら、勝ち誇ったような饒舌ぶりをAXelの隊員たちに浴びせる。その左眼は綺麗な黄金色だが、右眼には桜の花を模した眼帯が上に被さっている。


 「こ――こいつ!?どこから現れた!?」

 「ついさっきまであの2()()以外のアストラル反応は無かった!!まさか、瞬間移動テレポート系の《魔法》が使えるのか!?」

 「新たに出現した()()から異なる反応色を確認!パターン、"淡灰色ライトグレー"です!」

 「"淡灰色ライトグレー"?初観測の反応パターンか……!能力を探りながら応戦するしかないようだ!」

 シラハと名乗った女性とは違い、どうやらAXel(かれら)のデータにはこの眼帯の少年についての情報はないようだ。少年の正体不明の能力を前に、AXel隊は迂闊に手を出せず慎重に行動を読むほかなかった。

 その姿を見た少年の口からは、思わず哄笑の声が吹きこぼれる。

 「††フフフ……フハハハハハハ――ッ!!恐れているのか?恐れているなッ!このクロノ・アムゼーシュライン様の能力に、恐れ慄いているなッ!!

 やはり我の《時間》を司る権能は最強ッ!!この聖痕の宿りし右眼うがん目撃た物を一時停止できる我は、この宇宙で最強の生ぶ――イテッ!?」

 少年の自画自賛を遮ったのは、一粒の小さな石だった。それが少年の頭目掛けて飛んでぶつかり、コロコロと地に落ちる。投げたのは、先程シラハと名乗ったアフリカ系の女性だった。

 「このバカ!!いきなり自分の能力バラしてどーするッ!?ご丁寧にフルネームまで名乗るんじャねェ!!」

 「う、うっせー!!おれが徹夜で考えたカッコいい前口上にケチをつけるでないッ!!」

 「バラしたらせッかくのアドバンテージが無駄になッちまうだろうがッ!!ただでさえ急襲にもッてこいのチート能力だろうがッ!?」

 「――††フン!それじゃあ張り合いがないじゃあないか!!異能に覚醒めざめし我の本能は、戦いに餓えているッ!!僅かでも永く戦いを愉しむため、我は自らの能力を開示し自身を追い込むことで恐懼より来たる愉悦に――いだだだだっ!?」

 更に十数個もの小石が眼帯の少年目掛けて飛んでくる。これには堪らず少年の中二病じみた台詞も中断されざるを得なくなってしまった。

 「ンなことどーでもいい!早くこの娘連れて帰るぞッ、クロノォ!!」シラハは眼帯の少年の名を呼び命令する。

 「チッ、わかったよ!――††然らば我が右眼うがんに封印せし権能を、ここに解放するッ!!††」


 滑稽な会話はそのくらいにして、眼帯の少年――もとい、クロノ・アムゼーシュラインは右眼の眼帯を取り外し、その隠された瞳を兵士たちの前に晒す。

 「い、一体何を――?」状況がさっぱりな絵画楽はシラハの脚にすがりついてこれから起こることを見届けようとする。シラハも、「まァ見ときな♪」と目配せを送る。


 愈々《いよいよ》眼帯が外れ、クロノの右眼が露わになる。黄金色の左眼とは打って変わり、彼の右眼はガーネットの如き鮮やかな紅色の輝きを放っている。

 オッドアイであるだけでも充分珍奇だが、肝心なのは、その"紋様"。瞳を取り囲む紅い虹彩に刻まれた、円形の幾何学模様――更にその上には、時計の長針短針を思わせる紋様が、瞳を軸にして回り出す――!!

 「げ、幻術系か!?総員目を逸らせ――


 「Si() teskios(テスキオス)Kronios(クロニオス)》!!――††我らを、"全力で見逃せ!!"††」


 【【【ドクン……】】】




 クロノ・アムゼーシュラインの能力は、《時間》を司る。

 その右眼は通常時、見た人間や動物の年齢や寿命、物が作られた時期や壊れゆくまでの時間などを測り観ることができる。

 そして先の呪文を詠唱することで、右眼に宿ったもう一つの権能を解放することができる。

 即ちそれは、《時間操作》の能力。右眼の視界に入った物の《時間》の流れるスピードを操作する能力である。――今、彼の右眼に見つめられたAXelの兵士たちは、まるで銅像のようにぴたりと動きを止められてしまい、筋肉の収縮も、呼吸の音も、脈打つ血潮の流れさえも、今の彼らの身体からは全く感じ取れない。

 対して、クロノの視界の外にいた絵画楽とシラハの身体は、何ともなくちゃんと動いている。

 「こ――これは!?」

 「クロノの能力だよッ♪さ、今のうちにズラかるぞッ!」

 「††静止した時の中はただ独り――このクロノだけなのだッ――††」

 「アタシらも動いてんだけどッ!?カッコつけてないで、さッさと逃げるぞッ!!」

 シラハは絵画楽をお姫様抱っこで抱えると、軽々と塀や建物を飛び越えて撤退する。クロノもぴょんぴょんと瞬間移動を繰り返して後についていく。


 AXelの兵士たちは十数秒後に動けるようになったが、そこにはもう、絵画楽たち3人の姿はなかった。

 「――くそぅ!逃げられた――!?」

 「これでは、アルカンジュ隊長に顔向けできないぞ――!?」

 「奴らのアストラルを探せ!!まだそう遠くには逃げてないはずだ!!」






2388年6月1日(水) 1:13 P.M. 第1居住区・イレブンスニューヨーク 某廃墟ビル


 AXelから逃げた絵画楽・シラハ・クロノの3名は幾つものビルを飛び越え、とある廃墟になったビルの屋上に到着する。周囲の建物の状況を確認し、人気のないこの場所なら安全だろうとシラハは絵画楽を下ろして逃走を終える。


 「先程はありがとうございました。命を助けてもらって――」両足を地面に下ろした絵画楽は取りも直さずシラハに礼を言う。ちょうどそれと同時にクロノも同じ屋上に到着する。

 「いいのいいの♪気にすんなッ♪それより頭は無事か?」

 「はい、大したことはないです。それに、この子も無事みたいだし――」

 絵画楽は胸に抱きかかえた液タブの画面をシラハに見せる。罅割れはなく、どこにも異常はないようだ。

 「よォしよし♪どこも壊れてなさそうだなッ♪」安心した女性の口からは白い歯が顔を覗かせている。

 「あの、ところであなたの方こそ怪我は――」

 「ああ!心配ないよ♪アタシ、頑丈さが売りだからねッ☆」

 「頑丈……たしかに……。」

 絵画楽は改めてシラハの身体をじっくりと見る。あれだけ至近距離で銃に撃たれたのに、その痕跡すら見当たらないほど、彼女の肌は綺麗そのものだった。絵画楽の診断がだいたい終わったところで、シラハは改めて自分たちの素性を絵画楽に明かす。

 「自己紹介が遅れたな♪アタシはシラハ・オグン・ウシンディ!『シラハ』ッて呼んでくれ☆――で、そッちの変なのがクロノだ♪」

 「††"変なの"とは失礼なヤツめッ!!きさま、このクロノ様を侮辱する気かァ!!††――イテッ!?」

 仰々しいポーズで指差すクロノに対し、シラハはその脇腹に鉄拳を軽くお見舞いする。軽く、と言っても、的確に肝臓の部分を付いたシラハの一撃は暫くクロノを悶絶させた。

 「――でッ、かいがらさん♪アンタの本当の名前は?」

 「あっ、はい。手塚てづか絵画楽えがらです。」

 「エガラ?……ふーん。変わッた名前だね♪」

 「――よく言われます。」恥ずかしいのか、絵画楽はぷいっと目線を逸らして赤らめた顔を隠す。シラハもそれを察してか、名前についての深掘は止すことにした。

 

 「さッきも言ッたけど、アタシらは《へスなんとか》とは一切関係ない、ただのならず者の集まりだ♪アタシらが一体どーやッて生まれたかッてのも、()()()()()()()()()()だ☆」

 「つい最近――一昨日のUGEの会見ですか?」

 「そ☆」シラハはウィンクで答える。「あの放送観てたんなら知ッてると思うが、アタシら《痣持ち》とか言う人間は、地球人とレリギオスの合いの子みてェなモノだ♪生まれつき()()()()()()()()()()()()()()()()()()《魔法》を使える、ある種"選ばれた存在"だなッ☆

 しかもスゲーことに、その使える《魔法》とやらは《痣持ち》ごとに違うらしい☆エガラさんは《絵》を動かす《魔法》♪クロノは《時間》を止めたり流れを操る《魔法》♪そしてアタシは全身を《鉄》のように硬くできる《魔法》だ☆」

 「《鉄》――。」絵画楽はその言葉からふと、先程のAXel隊員の言葉を思い出していた。「そう言えばあの兵士、シラハさんのこと"《鋼鉄》のシラハ"って呼んでた気が――」

 「††AXelに認知されし《痣持ち》は……その権能の特徴を端的に表した二つ名を与えられるッ……!シラハ君は《鋼鉄》のように強固な肉体を持つことから、"《鋼鉄》のシラハ"と呼ばれ恐れられているのだッ!

 因みにッ!!我がAXelとお目見えしたのは今日が初めてだッ!故に我はこれより"《時間》のクロノ"の二つ名を以て、愚かな人間共に畏怖されるべき存在と化した訳なのだッ!!フハハハハハハハハ――††うぐっ!?」

 図に乗るクロノの脇腹に、再度シラハの鉄拳が当たる。威力は控えめだがやはり今度も的確に肝臓のある辺りを狙った一撃に、クロノはまたうずくまる。


 「そうなんですね……。」絵画楽は多少クロノの心配はしたが、なんとなく大丈夫だろうという気がなんとなくしたのでシラハとの会話に戻る。「ということは、お二人にもあるんですか?この丸い《痣》――。」

 絵画楽は右の手の平の《痣》をシラハに見せる。するとシラハはすぐに、

 「あぁ、あるぜ☆」と言って、いきなり腰のベルトを緩め始めた――!?

 「ちょっ!?お、オトコの子もいるんですよ!?」同じ女性のはずだが、絵画楽は何故か両手で顔を覆ってしまう。幸いクロノはまだ悶えて顔を埋めているが。

 「しャァねェじャん?アタシの《痣》、お尻にあんだもん☆――ホラ、ここ♪お尻見てみ♪」

 振り返って長い後ろ髪を持ち上げながら、シラハはホットパンツを半分ずらし、骨盤の大きい臀部を露わにする。絵画楽は両手の指の間に隙間を少しずつ開け、恐縮ながら確認する。

 ビビッドな黄色をした際どいローライズの下着のラインの、ちょうど中央上部分。そこに白いが絵画楽のものと同じ形の《痣》が、黒い地肌の上に刻まれているのが見える。

 「どう?イカすでしょ♪」

 「え、えぇ、まぁ……///」そう答える絵画楽の顔は、ムンクの《叫び》の空のように真っ赤になっていた。だが同じ境遇の、同じ女性の味方が付いたことに、絵画楽は何より安堵したのだった。

 「そんで、クロノのは分かッてると思うが、眼帯をしてる右眼にある♪クロノ、この娘に《それ》、見せてやりな♪」シラハはホットパンツを履き直しながらクロノにそう促す。腹部の痛みが癒えたクロノはすっくと立ち上がり右手を額に当てながら答える。

 「††成程……その小娘との信頼を築くのに大切な儀礼であろう――。

 だが断るッ!我が右眼うがんは絶大なる魔力を宿し、《時間》を意の儘に操る魔眼ッ――!無闇に人前に曝して良い権能ではないのだよ!判るかね、シラハ君?††」

 「――もッぺん腹パンされたい?」シラハは右の拳を見せ付ける。その威圧に怯えたクロノは、

 「……ごめんなさい許して下さいッ……!でも……『無闇に人に曝して良い権能ではない』ってのは本当なのでッ……!!」と深々と土下座をしたのである。

 「んー……それもそッか♪」シラハの方も何かを納得した様子でクロノの言い分を呑んだ。クロノの右眼は、絵画楽の前では露わにならなかった。


 「あのぅ……クロノくんだっけ?さっきわたしのこと、"小娘"って言ったけど……きみ年いくつ?」絵画楽が話を切り替える。クロノは左手を顔の前に翳し、

 「††十ニ(とおあまりふたつ)だ。††」と答える。

 「ややこしい言い方……。えぇっと、つまり12歳か。ってことはわたしより年下じゃない。わたし、手塚絵画楽、14歳。つまりお姉さんだから、きみに"小娘"って呼ばれる筋合いないよ。」

 「じゅ、14ッ!?」

 絵画楽年齢を聞くや否や、クロノは豆鉄砲を食らった鳩のような表情を見せる。そのリアクションはまるで絵画楽がそんな年齢には見えないと言いたげな顔だった。

 「え?何?わたし、そんな老けて見えるワケ?」

 「††いいや逆だッ!!14……じゃなくて十四(とおあまりよっつ)にしては随分とチビではないかッ!色々とッ!!それで《《シラハと同じ年齢》》だなど、信じられるハズがないッ!!††」

 「失礼ね!わたしまだ伸び盛りだし、シラハさんだってこれから――――


 って、ええええええええっ!?!?」


 ワンテンポ遅れて耳を疑った絵画楽は、再びシラハの身体を舐め回すように眺める。

 自分が背伸びしても全く届かないような高身長に、大きくて立派な膨らみを2つぶら下げたシラハの身体に対し、絵画楽にはまだ発展途上のなだらかな丘陵しかない。絵画楽は、クロノとは別の意味で、シラハと同じ年齢だとは思えずショックを受ける。

 「へェ〜、同い年だッたんだ!なんか意外だね☆」絵画楽の顔を見下みおろしながらニッコリ笑うシラハ。彼女にはそんな気は全くないのだろうが、絵画楽から見ればまるで見下みくだされているような気分である。

 「い、意外どころじゃですよ!?なんなんですかその発育!?ほんとにわたしと同い年なんですか!?」

 「そーだよ♪2374年の4月8日生まれ♪バリバリの現役JCだぜ☆」

 「……ウ、ウソだ……!こんなスタイルの良い人が、わたしと同い年……!?うぅ……神様は不平等だぁッ……!!」

 絵画楽は自分の境遇と、特に突出していない平凡な自分の容姿を恨み項垂れる。齢14歳の絵描き少女は、世界の不条理をこの一日で大きく実感する。


 「まーまー、そんな気になさんなッて♪これから大ッきくなるかも知んねェじャん?」

 「††フッ――どうだかな。――それより、話さなくて良いのか?我らが"ちぬられし破滅の血盟"について――††」

 「ああ、そうだそうだ♪『()()()()()()』のことを――ッて、そんな気味悪ィ名前じャねェだろアタシら!」

 「ど……"どでかい、メロン"?」絵画楽は聞き慣れないその言葉を、そのように復唱する。恐らく胸の話に引っ張られたから――かもしれない。

 「『ドデカテオン』、な☆アタシらみてェな《痣持ち》の子たちが、自分たちの身を自分たちで護るために組んだチームだ☆《へスなんとか》が助けに来る保証はねェし、ひとまずの安息の地ッて捉えてもらッていい☆

 ……つッても、世間一般からすりャァアタシらはお尋ねモン。生活のためには多少の悪事には手を染めなきャなんねェけどな……万引きとかスリとか、あと車上荒らしとか。」

 「も、もしかして……さっきみたいな"殺し"、とかも……?」

 「場合によッてはね。だが安心しなッ。あいにく戦闘要員は足りてるし、立派な絵師を目指すアンタに、そこまでの汚れたことは何が何でもさせねェから。」

 「††然りッ!小娘は指を咥えて我が活躍に刮目するがいい!!フハハハハ――うぐっ!?」

 「――――。」

 絵画楽は胸に抱いた液タブにふと目を遣る。8歳の誕生日に母親からプレゼントされて以来、自分の夢を描き詰め込んだこの液タブが、人を殺す道具になるかもしれない。――シラハはそんなことさせないと言うが、絵画楽の心の中にはそんな不安が俄に湧き上がってくる。

 「どうする?アタシらはただ助けたついでに勧誘しただけッ♪実際に入る入らないを決めるのは、アンタ次第だよッ♪」

 シラハは優しい瞳で絵画楽の答えを待つ。その目は、どう答えるべきか悩んでもごもごと動く絵画楽の唇を捉えていた。

 「――わ、わたしは――」


 絵画楽の心の中は今、様々な感情でぐちゃぐちゃになっている。

 UGEに命を狙われる恐怖。一人ぼっちだった寂しさ。先の見えない未来への不安。逃亡生活への疲弊感。《絵画イラスト》を描きたいという情熱。同じ《痣持ち》であるシラハやクロノに対する安心感。遠く離れた両親への心配――。

 14歳の多感な少女の胸中には収まりきらないほどの感情が、淀んだカクテルのように入り混じる。苦味と酸味と甘味とが交互に襲ってくる感覚は、彼女にとってはこれまで味わったことのない、気持ちの悪いものだった。

 こんな気持ちの悪い感覚は、いっそ吐き出してしまいたい。どうせ吐き出すのなら、介抱してくれる人が傍にいてほしい。――少女の心は決まった。


 「――入ります!お二人のいるそのチームに!!」


 「――††フン。††」

 「いい返事だッ☆」

 迷いはない。何より味方になってくれる存在がいること。それが手塚絵画楽の心を大きく動かした。

 彼女は自分の意思でシラハの手を取り、その瞬間、『ドデカテオン』の一員となった。

 将来の不安は一旦胸の奥に閉まっておき、今はこの温もりを享受しようと、絵画楽は強く思うことにしたのであった。






 「うふふ……《絵画》さんは無事『ドデカテオン』に入れたようね。」

 「ああ、そのようだな……!」

 「あらあら、ずいぶんご機嫌斜めね。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」

 「ふざけるな!俺様のコレクション候補を傷物にしやがって!首斬られるなんて演習リハーサルでは聞いてなかったぞ!?」

 「だって仕方がなかったんですもの。貴方がその娘の《皮革かわ》、どうしても欲しいっていうから譲ってあげたのよ?――けど、さっきの貴方の《演技》、なかなかだったわ。首筋に血糊仕込んでおくなんて、誰の影響かしら?」

 「さあな。そんなことよりお前、カラダ大丈夫なのかよ。《鋼鉄》のパンチ、モロに喰らいやがって――。」

 「問題ないわ。《宙乗り(エア・ライド)》で"吹っ飛ばされる《演技》"をしたから。《鋼鉄》さんも手応えのないのを気にしてたみたいだけど、ノリの良い人で良かったわ。」

 「ふん。器用なやつ。――さて、仕事は終わった訳だし、そろそろ変身解くぞ。」

 「そうね。この《肉体改造デ・ニーロ・アプローチ》ももう限界みたいだしね。」


 300mほど離れた建設中ビルの鉄骨からオペラグラスを片手に絵画楽たちの様子を監視していた、2人の兵士。その姿は、先刻シラハとクロノが倒したAXel隊員の姿に見える。

 だが、その実は違う。


 クロノに首を斬られた女性隊員は、口を大きく開けて上唇に白魚のような指を引っ掛けると、メリメリと音を立てて顔の皮膚を剥いでいく。その下からは本来現れるはずの皮下組織ではなく、やや日焼けした別の人間の皮膚が表れ出る。腕に引っ張られる女性隊員の口はどんどん大きくなって、その中身にいる者の姿を更に露わにしていく。

 もう一人の、シラハに鳩尾をやられたはずの男性隊員は、蝶を模した奇妙なデザインのマスクを額に付けると、見る見るうちに185cmあったはずの身長がだんだんと縮んでいき、鍛え上げられた筋肉は無惨に萎み華奢なボディラインを形成していく。丸刈りだった頭部からはシルクのように細く滑らかな金髪が生え揃い、無精髭は消え、ごつごつした鰓の張った顔はすべすべとした卵のような顔付きに変化していく。更に身に纏っていたパワードスーツもその形状と材質を変貌させ、首や肩を露出させたかと思えばその周りの生地がカーボン繊維からサテン生地の素材になっていく。


 そうして2人の変化は続いていき、女性隊員の身体からは逞しい筋肉を身に着けた大柄で半裸の青年が現れ、男性隊員だった者はシックなワンピースと帽子を着た、マスク姿の可憐な少女に変身する。

 その青年の背中と、マスクの下の少女の額には、幾何学模様の《痣》が光り輝いていた――。


 「今はまだ、お互い敵でいましょうね。来たる"シナリオ"が訪れるその時まで、ごきげんよう。『ドデカテオン』の皆様。そして――《へスペリディア》の皆様も。」



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