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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter2:《サピエンス》と《レリギオス》
43/63

Episode25:《布告》・準備

2388年5月31日(火) 11:00 A.M. 《へスペリディア》・第1フルリア・アネモニア城


 その日、《へスペリディア》総司令官フェルタ・エオルシア・フルトニオスは、魔法騎士団の主要幹部、各行政機関のトップ、科学技術局の主要スタッフらをアネモニア城に緊急招集した。

 魔法騎士団団長オレイエ・ボノロス・ブリトマルティス、同副団長ヘカティエ・ネクロタフィオス、神殿庁大司祭アタナ・グラウコーピオス、法院長ジュスティア・アストライア、財務局局長リチャード・アバンダンス、科学技術局局長アンジュリ・ヴィシュヴァカルマン――等、《へスペリディア》各機関の長及び副長に準ずる職にある者たちが、フェルタの声により一同に会し、臨時会議を行った。急な召集に応えてくれた出席者たちにフェルタが簡潔に感謝を述べた後、今回呼び出した理由である議題を提示する。

 議題は、『この20年間の《へスペリディア》の活動と、それに見合わない《エデン》全体の現状』についてである。5時間程前に光から指摘されたことを、フェルタは直ぐ様議論にかけたのである。レリギオスを巡るこの停滞した現状、それを産み出してしまった《へスペリディア》の怯弱さ、そして一般の地球人類にも差し迫りつつあるUGEによる大量虐殺の危機を彼らに理解させたところで、フェルタは、この現状を打破するための大胆な施策を発表する。


 「UGE、そして地球人居住区の一般市民たちに対して、私たち《へスペリディア》の存在を公にするのです!!」

 

 出席者の多くは、最初は何かの冗談だと思いざわつく。しかしフェルタの熱心な演説ぶりを見るに、冗談などではない、本気の施策であると彼らは思い知る。

 あまりにも無茶で危険性の高い施策。勿論反対する出席者もいた。だが反対したところで、彼らにフェルタの案以上の解決策を産み出せるはずがなかった。何より、《へスペリディア》外部の地球人類の賛同者を一挙に獲得できる可能性があるというメリットに、出席者一同の心は揺れ動いた。

 結果、フェルタが提案した施策は、賛成多数で"可決"。実行日は翌日6月1日の正午となった旨も同時に決定された。




2388年5月31日(火) 0:45 P.M. 《へスペリディア》・デジマ特別区


 そして当会議の決定は、すぐさま《へスペリディア》の全住民たちに伝えられた。


 〔お昼休み中の住民の皆様、お疲れさまです。フェルタ・エオルシア・フルトニオスです。――〕


 フェルタの声は、《へスペリディア》各地の通信機器に施された「シャンカ・システム」という放送システムによって、《へスペリディア》内にある全てのIDEA-Watch・PC・テレビ・ラジオ等に同時配信された。これは緊急時や臨時の発表がある場合に、各通信機器にその発表内容を一方的・同時的に放送するシステムで、システム内に組み込まれた《魔法》により聞き手側の言語に音声や字幕を自動翻訳させる機能が備わっている。その時はレリギオス、地球人類の区別なく、全員が同じ内容の映像に釘付けになった。


 〔《へスペリディア》の存在および活動を広く世間の方々に周知して頂くことで、レリギオスへの正しい理解と、《へスペリディア》の理念が拡大し、いずれレリギオスと地球人が共存する素晴らしい世界の実現が約束されるのです――!!無論、私たちの故郷である大地に還る日もやってきます!!

 明日のこの時間――!私たちは全地球人居住区に向けて私たちの生の声、生の姿を届ける放送を流します!《へスペリディア》を遺した亡き父・ゴルディウスの本懐を今こそ果たすために――!!〕


 多くのレリギオスたちは、フェルタの言葉一つ一つに耳を傾け、内容を咀嚼そしゃくしていた。そしてフェルタの発した大胆な発言に驚き、納得し、そして期待した。やがて配信が終了されると、レリギオスたちはそれぞれの故郷に伝わる民謡と思われる歌を、競うようにして歌った。ある者は、万年雪を湛えるクロレイオ山の雄大な自然を謳う曲を。ある者は、春の訪れを祝福する賑やかなネルヴァツィアの祭りの歌を。ある者は、荒波立つ寒冷なタルビオ海での豊漁を祝う漁師たちの大漁節を。メロディもリズムも皆まちまちなので、合わせて聴くと全然ろくでもないただの喧しい雑音にしかならない。それでもレリギオスたちは、いつか帰らん故郷の大地と空を懐かしみ、期待を膨らませながら歌っていた。




2388年5月31日(火) 0:45 P.M. 《へスペリディア》・オレイオス魔法学校・食堂


 「これは――!」

 同じ放送を、光も学校の食堂内のモニターで観ていた。ちょうど1つ目のクロワッサンを食べようとしていたところだったが、とてもスピーディーなフェルタの行動力に驚かされてそれどころではなかった。光は手に取っていたクロワッサンを一旦テーブルの上に戻し、周りのレリギオスと同様に彼女の話に聴き込んでいた。今までの生活の中で政治家たちの一挙手一投足をそこまで気にしたことはないものの、それでもフェルタのフットワークの軽さや、周囲の人たちへの影響力には目を見張るものがあった。

 「僕の言葉を――こんな直ぐに反映させるなんて――!」

 「スゴいでしょ?そこがフェルタ皇女のいいトコなんだし!」

 と、光の言葉に相槌を入れてくる隣人がいた。フィリアである。彼女は光の横の席に座って、自慢気な顔に頬杖をついてこちらを見ていた。

 「フェルタ皇女はね、帝国があった時代ときから各地の色んな人に話を聴いては、生活の不平や不満を聴き入れて、それを皇帝様に伝えて直ぐにカイゼンさせたりしてくれてたんだし!皇女が実質上のトップになった今でも、街に出向いてはそこに暮らす人たちのキンキョーを訊いて回って、今後のセーサクに活かすことを続けてるんだし!」

 あたかも自分の我が子の可愛さをアピールする親のような口ぶりで、フィリアはフェルタの皇女としての性格を語ってくれた。フェルタのことについてはフィリアたちレリギオスの方がずっと詳しいし、フィリアの話からはフェルタへの尊敬の念がとても溢れ出ているように光には聞こえていた。

 「そうなんだ……。フェルタさん、ずっとそういう感じの人だったんだね。」

 「そ!アタイたちの自慢の皇女様なんだし!――てか、ひかりん?今の話ホント?」

 「え?――何が?」フィリアが何の質問をしているのか、光は判らなかった。

 「今フェルタ皇女の発表してること――ひかりんが皇女に言ったことなの!?」

 「ああ……。うん、まぁ……?」光は声を控えめにして澄まし顔で答える。その返答を聞いて、フィリアが更に話題に食らいつく。

 「そーなんだ!!()()()()、皇女と話してたのはそれだったんだ〜♪」

 「そうなんだよ…………え?」

 瞬間、光の身体は硬直した。光とフェルタが昨日の夜に会っていたのを、なぜかフィリアは知っていた。

 「な……なんでそのことを?」強張った口をどうにか動かし、光は震えた声で彼女に問う。

 「だってひかりんのアストラルに、フェルタ皇女のニオイがい〜〜〜〜っぱい付いてるんだし!!このニオイの強さは、間違いなく()()()()()()()()()()()()()のニオイだし♪♪」

 「えっ!?――ええっ!?!?」

 そんな馬鹿な、と光は自分の身体を匂いをくんくんと嗅ぎ始める。フェルタの匂いは覚えてはいるが、腕、脇、お腹――どこを嗅ぎ回ってもその残り香がある箇所を見つけられない。必死になってフェルタの匂いを探す光を見て、フィリアは足をバタバタさせてゲラゲラ笑い転げる。

 「アハアハアハ!!必死すぎだし!ウケる〜〜♪♪」

 「わっ、笑うなよっ!?てか全然しないじゃん、匂い!!」

 「あったり前だし!!ひかりんの鼻じゃアストラルのニオイはわかんないし!――そんなことより、フェルタ皇女とずいぶんイイかんじじゃん?昨日の夜、二人でどんなプレイしたの?」

 「いや……そういうのじゃないから……。」

 ニヤニヤした顔付きのフィリアは、完全に光とフェルタが夜中にイケないことをしていたと思い込んでいる。確かに夜中に色々遊んだが、そういう意味合いの"遊び"ではないことをどう伝えたらいいか、光は困った。光が言葉をまだ見つけられていない状態の中、フィリアはぐいっと顔を寄せて誰にも聞こえないように小声で語りかける。彼女の身体から漂う甘い花のような香りが、余計に光の思考を麻痺させていく。

 (だいじょーぶ♪誰にも言わないし♪アタイだけに教えてよ♪皇女のキスの味とか、おっぱいの柔らかさとか♡)

 (そんな……僕がおっぱいなんて――)

 と、口を滑らせた瞬間。光の脳裏にフェルタの身体になった時のあの光景、あの感触がフラッシュバックする。両腕に残る、マシュマロのようなあのもっちりとした温かい感触。そして雪原のように白い豊かな膨らみと、その頂上に咲く桜色の花弁――!嫌でも蘇るあの心地よい感触に、光はなぜか胸を押さえながら、忽ち顔をかぁーっと紅潮させて顔を反らした。

 (アハハ♪照れてる照れてる♪ひかりんカワイイ〜♪)

 「うっ……うるさいっ!!」

 イジり倒すフィリアを光は腕を振って追い払う。その攻撃を俊敏に避けたフィリアは、これ以上イジるのは可哀想だと思ったのか、それとも大体の感想を察したのか、そのまま後退りして光から離れていく。

 「アタイ、ひかりんの恋、応援するし〜♪困ったこととかあったら、いつでもソーダンに乗ってあげるし〜〜♪♪」

 そう言い残して、フィリアは空のバスケットをぶんぶん振り回しながら去っていった。結局フィリアの誤解を解けたかどうかは判らないまま、光の昼休みは終わった。

 「――――はぁ……。せめて……ヴェステたちに言いふらさないことを祈ろう……。」


 


2388年5月31日(火) 0:45 P.M. 《へスペリディア》・オレイオス魔法学校・医務室


 〔《へスペリディア》の存在および活動を広く世間の方々に周知して頂くことで――〕


 同時刻。医務室のベッドに一人横たわるラーギブは、部屋の中に設置されたスピーカーのような《魔法道具モフィオイテミオス》から流れるフェルタのスピーチを聴いていた。

 彼は顎の骨と肋骨、右腕の骨を粉々に砕かれ、肺なども破裂してとかなり危険な状態であったが、ベッドの下に敷かれた魔法陣の効果で、骨や内蔵は元通りの状態に戻りつつあった。顎の骨はほぼ完治し、喋ったり、ある程度のものは噛んで食べたりすることができるようになっていた。それでもまだ、動こうと筋肉を伸縮させると、骨片が食い込むようなズキズキとした痛みが襲ってくる。暫くは寝たきりだ――そうラーギブは覚悟する。

 それはそうと、ラーギブはフェルタの放送を聴き終えると、誰もいない医務室の端っこで、できる限りの大きな声で力強く宣言する。

 「――クク!!UGEめ……見ておれ!お前さんたちの繁栄の裏で泣き喚く……敗残者たちの反逆の狼煙を!!お前さんたちは……儂らの手で必ずぶっ潰す!!」

 機能を取り戻しつつある震える右腕で、彼は首のマフラーを強く握り締め、天井の蛍光灯に激しい怨讐の眼差しをぶつける。右手の爪はマフラーの生地に鋭く食い込み、彼が眉間に寄せてできたのと同じ数と深さの皺を形成する。ベッドから垂れ下がったマフラーの端に書かれた白い「П.ф(ペー・エフ)」のイニシャルは、彼の果てることない憎悪の震えで大きく前後に揺れ動いていた。




 その夜は、多くのレリギオスたちが大きな節目となるこの日を祝して、呑んで食べての大騒ぎを日付を跨ぐまで続けたという。街中ではそれぞれの故郷の歌が頻りに歌われ、店では葡萄酒ウィノス麦芽酒べーリオスが飛ぶように売れたそうだ。

 そのどんちゃん騒ぎの裏側では、アネモニア城の兵士や研究員たちが、明日の作戦に向けての準備に勤しんでいた。居住区に向ける演説の原稿の用意、マイクなどの音響機器や結界維持装置のメンテナンス、万が一結界がUGEに破られた時を想定した《へスペリディア》結界境界周辺部の防衛強化、地上派遣スタッフによる各通信システムへの工作活動――。《へスペリディア》が始まって以来最大の作戦となるであろう計画の準備作業は、夜通し行われた。


 そして、翌日――。






 2388年6月1日(水) 11:50 A.M. 第1居住区・イレブンスニューヨーク上空


 その日のイレブンスニューヨークの空は雲一つない快晴で、波も穏やかだった。

 雲がない代わりに、別の植民星から飛来した宇宙艦や、イレブンスニューヨークに出入りする航空機の群れ、それよりも多い物資運搬用ドローンの大群が空に飛んでいた。海には1隻の巨大タンカーとそれを護衛するUGE海軍の6隻、それと沖合で地引網漁をする漁船が12、3隻に、優雅に休暇を楽しむクルーズ船が1隻が浮かんでいた。

 視点を地上に向けると、自動運転自動車の群れが蟻のように一列に並んで道路上を秩序正しく動き、別に設けられた架橋では同じく自動制御されている電車が、予めインプットされている運行ダイヤに従って1秒の遅延も早着もなくレールの上を走っていた。そしてイレブンスニューヨークのビル街では今、多くの地球人類が自らの所属する企業の利益のため、企業の持つ財とサービスを相互にやり取りして経済を回す作業に勤しんでいる。

 イレブンスニューヨークのビル街は、かつて《地球》に存在した《アメリカ》という国の、ニューヨークという都市の中のマンハッタンという場所を模して作られた街で、500m以上の摩天楼が所狭しと建ち並ぶ《エデン》屈指のメガロポリスであり、UGE・《エデン》支部が本拠基地を置く《エデン》全体の政治・経済・文化の中心地でもある。角度によっては虹色に輝くガラス張りの四面を持つ大小様々な直方体が密集するその光景は、ビスマス結晶のような禍々しくも無機質的な美しさを宿している。街の中を見渡せば、今日も多くの人間が新品のように清潔なスーツや制服を纏い、あり得ない程に綺麗に磨かれたタイルの道の上を闊歩している。高層ビルの支配する区画された空を見上げれば、深い樹海の中に迷い込んだような底知れぬ圧迫感と恐怖感を、初めて来訪した人は味わうことだろう。

 そしてイレブンスニューヨークの人々は、無関心である。自分の仕事に関連する、あるいは何かしらの利益や影響を及ぼす物事に関しては多大な注意を払うが、自分にとって取るに足りないと見なした事柄には、進んでその情報を取り入れることをしないのである。それはイレブンスニューヨークの人々が、それぞれの仕事に対してとても勤勉であることの裏返しでもあり、合理性を好み無駄を嫌う思想が極端になってしまった結果であるとされている。

 故にイレブンスニューヨークの人々は、例えば自らの手に何億もの細菌がついていたとしても、いちいち手洗いや消毒を挟むことなく、その手でお構いなくサンドイッチを掴んで口に放り込むのである。彼らは目に見えない恐怖に脅えるよりも、目に見える証拠や事実だけに固執し、自らと自らの所属する企業・組織に利益をもたらすことを優先する。例え《《目に見えない、巨大な空中要塞が空にあったとしても》》――




2388年6月1日(水) 11:50 A.M. 同・上空 《へスペリディア》・アネモニア城


 〔……――こちら操舵長。現在、《へスペリディア》はイレブンスニューヨーク・ジョーダン川上空12000m付近を35ノットで問題なく航行中。目的地到達までの距離、残り3.7マイル。〕

 〔あーあー、こちらアストラル制御室。結界の状態は良好。全階層、正常に運行中だぞっ。〕

 〔――イレブンスニューヨークのハンナ・ラビノヴィッツです。《へスペリディア》の通過、裸眼で()()()()()()()でした。基地局や中継所に設置した《魔法陣》はいずれも無事。各居住区の様子もいたって平穏です。〕

 「ありがとうございます。作戦の決行は予定通り12時きっかりに行います。オレイエ、へカティエ、エキドナ、万が一の時は頼みますよ。」

 〔承知致しております。〕

 〔合点承知っす。〕

 〔任せるして!〕

 「博士、シャンカ・システムの用意は大丈夫ですね?」

 「問題ありません、皇女。決行時刻になれば、すぐに起動できます。」

 「判りました。」

 作戦決行時刻を間近に控えたアネモニア城の玉座の間では、フェルタとヴィシュヴァカルマンら科学技術局局員たちが、浮遊するいくつものホログラムモニターに向かって慌ただしく連携を取り合っている。ホログラムモニターが映し出しているのは、いずれも本作戦に関連している《へスペリディア》の各部署の様子である。

 「操舵室」――第1フルリア地下にある、《へスペリディア》の自動航行を管理し、場合によっては手動による航行速度やルートの修正を行う部署。通常の船舶・宇宙艦における船長や艦長にあたる「操舵長」という役職がこの部署の全権を握っている。それを務めるのは、嘗て大手宇宙間運輸会社「コトヒラ」で民間輸送艦の艦長を務めていた航海士ドン・べテュル・Jrである。

 「アストラル制御室」――《へスペリディア》地下に張り巡らされた特殊な回路に流れるアストラル流体の量や流れを管理・制御する、アネモニア城地下5・6・7階に存在する部署。《へスペリディア》全体を覆う結界の管理もここが行う。主任者は《魔法道具モフィオイテミオス》開発の天才にして、科学技術局・魔法工学課主任技術者であるヴァジュラ・トーヴァ・シュトリオス。

 「《へスペリディア》魔法騎士団」――《へスペリディア》の防衛や、地上でのレリギオス保護を主たる目的とするフェルタ直属の軍隊組織。現在の彼らに課せられた任務は、万が一結界に異常が起こった場合の、UGE軍の侵入および地上建造物等との接触の阻止である。今アネモニア城のモニターと繋がっているのは、第1フルリア側結界境界付近担当の団長オレイエ・ボノロス・ブリトマルティス、第6フルリア側結界境界付近担当の副団長ヘカティエ・ネクロタフィオス、そして第2フルリア側結界境界付近担当の飛龍兵部隊ドラゴニストス隊長エキドナ・クリュサオリナの3名である。

 そして《へスペリディア》を離れ、地上の地球人居住区で活動する、魔法騎士団の「地上部隊」――その名の通り地上の民間人に紛れて、秘密裏にレリギオスの捜索・保護およびUGEに対する諜報・工作活動などを行う部隊である。人数や配備される居住区の数は時により増減し、2388年6月現在は20の居住区にレリギオス・地球人スタッフ合わせて計442名が活動している。今、《へスペリディア》本部と連絡を取り合っているのは、第1居住区・イレブンスニューヨークにいる情報管理局局員ハンナ・ラビノヴィッツをはじめとするチームである。


 《へスペリディア》は、イレブンスニューヨークを流れるジョーダン川(旧称・エリダニオス川)に沿って北東に真っ直ぐ進路を取っている。その姿を地上から目視できた者はいない。《魔法》による高度な迷彩は太陽光や自然風をそのまま透過させ、《へスペリディア》の影が地上に落ちたり、地上の風向きや風向が変化したりするのを妨げている。

 彼らが人知れず目指すのは、ジョーダン川の大きく膨らんだ箇所に食い込む陸地に立つ、雲を突き破らんとする程高い一本の電波塔である。

 EBB本部タワー。その名の通り、UGE直営の報道機関・EBBの《エデン》本部が所有する自立式電波塔である。高さ1330mはイレブンスニューヨークの超高層ビル群の中でも突出しており、街のシンボルにもなっている。その巨影の先端がいよいよ《へスペリディア》の結界に触れようとする時、まず操舵室内が俄に忙しくなる。

 「目標地点ランデヴーポイントまでの距離、2マイルを切りました!」

 「よし!これより本島は碇泊ていはく体勢に入る!逆噴射開始!!」

 早すぎず遅すぎずな丁度良いタイミングを目測で見極めたドン操舵長は、操縦桿両脇に設置されたエンジン出力を調整するスラストレバーを握り、重々しく前方に引き寄せる。レバーが前方に倒れるごとに、《へスペリディア》の第3・第5フルリアに4機ずつ設置されたアストラルタービンエンジンの回転量が緩やかに減少、それに付随して航行速度も同時に微減する。

 〔ゴオオオオォォォォ――……〕

 更に横側に印された赤い目盛りの箇所までスラストレバーが倒れると、スラストレバーのあるレーンの奥側で、エンジンの逆噴射装置を作動させる逆推力レバーが壁から離れ持ち上がる。それを合図にドン操舵長はスラストレバーから手を離し、今度は逆推力レバーを握り、一気に手前に引き寄せた。

 「ふん!!」

 〔……――ボォォォォオオオオ!!〕

 アストラルタービンエンジン全機は横に中央から2つに分離し、後方のパーツの内壁に衝突した気流は、分離によって生じた隙間から前方に向かって勢いよく放出される。その力が強いブレーキの役割となって、《へスペリディア》の航行速度を見る見るうちに減少させていく。――が、これだけでは《へスペリディア》は空中で停止できない。たとえ推進力がゼロになっても、自然風の影響を受けて流されることがあるからだ。そこでドン操舵長は《魔法》の力を借りる。

 「航行速度、現在15.8ノットまで減少!《空中飛碇トリシューラ》射出急げ!!」

 「了解!全フルリア、《空中飛碇トリシューラ》射出用意っ!!」

 副操舵長エルマー・ゼーボーデンが各フルリアに操舵長の指示を伝達すると、各フルリア下部の外壁に金色の《魔法陣》がいくつも展開され、その中央からは先が三叉に分かれた碇のような物体が顔を出して空を見上げている。その数、各フルリアに40本の計240本。それら全てが巨大な《へスペリディア》が航行を停止するための《魔法》の碇――《空中飛碇トリシューラ》なのである。

 〔《空中飛碇トリシューラ》、射出スタンバイOK!〕

 「よし……撃てぇい!!」

 〔〔〔ズゴォォォォン!!〕〕〕

 雷のような音とスピードで射出された光り輝く碇たちは、金色の鎖に繋がれたまま水平より45度上の角度を保って放射線上に射出される。碇はあっという間に結界境界面まで残り3kmの地点まで到達すると、そこで鎖をピンと張り、碇の鉤爪から更に《魔法陣》を展開して、空中に碇を固定させる――!!

 〔〔〔キィィィィン!!〕〕〕

 全240本の《空中飛碇トリシューラ》がそのようにして空中に固定される。同時に下り坂を辿っていた《へスペリディア》の航行速度の目盛りもゼロになる。まるでハンモックのように空中で吊るされたように静止した《へスペリディア》の中心部の直下には、EBB本部タワーの先端が掠めるような距離で存在している。

 「――《空中飛碇トリシューラ》全240本の固定を確認。《へスペリディア》、目標直上で停止。誤差は-0.56m。」

 「上出来だ。」

 

 〔《へスペリディア》の移動が止まりました!ヴァジュラ、お願い致します!〕

 「は〜い!今やってるぞ〜!!」

 そして取り付く島もなく、アストラル制御室にいるヴァジュラが行動を開始する。有り余った袖をパタパタと動かしながら、複数の《魔法陣》が映っている巨大モニター前のホログラムキーボードをピピピピと叩いている。

 打っている文字はアリティア文字だが、その文字の羅列はアリティア語の文法とは異なる。アリティア語では使うことが無い「<>」や「@」といった記号を織り交ぜた奇妙な文章を何行にも渡って作成している。

 〔ピピピピ……〕

 「よし!完成だぞ!あとは時間になったら実行するだけだぞ!」

 最後の短い文字の羅列を打ち終えると、彼女は現在の時刻を見た。11時57分33秒。彼女は手身近に作成したものの概要を説明する。

 「ヴァジュラの時計で59分になったら、この追加《魔法陣(バッチ)》を発動させるぞ!その約50秒後に第3内部電波遮断層の効力が無効化される!無効化持続時間はスピーチと同じ45分間!それを経過したらこの《魔法陣》は自動的に消滅するぞ!」

 〔判りました。シャンカ・システムを起動し待機します――!〕

 「制御室の者は他の結界が無効化などされていないかチェックを頼むぞ!」

 「「「はい!」」」

 第3内部電波遮断層――つまり《へスペリディア》を囲む結界のうち、内部から発生した電波を外部に漏れ出さないようにする結界だけを一時無効化するプログラムを、ヴァジュラは目の前のモニターに打ち込んでいたのである。

 「ヴァジュラ博士、間もなくです!」

 時刻は11時58分45秒。時計の秒表示が50秒になるのを見越して、制御室の技術者の一人がカウントダウンを開始する。

 「第3内部電波遮断層無効化まで、残り10――9――8――……」

 残り7秒のタイミングでヴァジュラはエンターキーの上に人差し指を乗せ、残り6秒で深呼吸を一回行い気持ちを落ち着かせる。

 「5――4――……」

 残り3秒のタイミングで、フェルタはシャンカ・システムを起動させるパネルの上に右手を翳す。シャンカ・システムに接続された《へスペリディア》内の放送電波発信機器が起動し、フェルタのアストラル流体が付与された電波を《へスペリディア》全体に送信を開始する。この電波を受信したIDEA-Watchなどの通信機器は、強制的にフェルタがこれから行うスピーチを画面上またはスピーカー越しに放送するようになる。そしてこの電波は、間もなく地上の全電波塔からも発生することになる――!

 「2――1――……0!!」


 「無効化バッチ起動!ポチッとな♪」

 〔ピコッ――……〕


 〔ヴゥンンン……〕

 ゼロのカウントとともにヴァジュラがエンターキーを押下して、第3内部電波遮断層の無効化がスタートする。徐々に機能を低下させていく第3内部電波遮断層は、レンガ製のピザ窯が天井から崩れ落ちていくような崩壊の仕方を見せる。

 「第3内部電波遮断層の機能低下確認!完全沈黙まで、残り49秒――!!」

 「第1・第2内部電波遮断層およびその他階層の結界に異常なし!」

 第3内部電波遮断層の崩壊が見られる場所からは、《へスペリディア》内で発生された電波が漏れ出していき、段々と地上に影響をもたらしていく。イレブンスニューヨークにいるハンナ・ラビノヴィッツ研究員の傍らにあるPCには今、動画サイトのライブ放送が映っている。ややチャラチャラした感じの若い男性生主がアクションゲームのオンライン対戦をプレイしまくる放送だが、彼女はこの生主のファンでもなんでもないし、彼のプレイの如何は全くもって興味もない。そんな生放送を何故垂れ流しにしているのかというと――

 〔――よし勝てる!勝てるぞォ!こっから3タテできたら皆オレを褒めて!なァ?今ダメージ150だけどォ、下投げ入ればコンボでコイツボコせる!さぁ来い――来た……あ?……やべ、回線!回線くっ――もい!!おい!切――した?は?こん――ろで――断すんなし――!!え?――画止ま――何――コメ――――――――〕

 「!!」

 ゲームのオンライン対戦の通信エラー、そして生放送自体のストリーミング停止。男性の生放送はコンボフィニッシュの空中攻撃を決めようとする静止画のまま固まってしまい、更新や戻る操作を行っても、その画面から変わることはなかった。

 それは彼女のPCだけに発生した現象ではない。イレブンスニューヨーク全域はおろか、地球人居住区全体で、音声・映像の受送信を行う通信網が全てストップする大規模の電波障害が発生したのである!電話・ラジオ放送・テレビ放送・インターネットの動画配信サービスやオンライン会議・各種音声無線通信――これら全ての機能がダウンしたのは他でもない、《へスペリディア》のシャンカ・システムによる電波妨害によるものである!

 「シャンカ・システムの影響が、()()に地上にも出ていますね。」そう言ってハンナは、腰のポーチからコップ型の《魔法道具モフィオイテミオス》――伝令の杯器(テレパシ・カリクシオ)を取り出し、口に当てる。


 〔こちら地上部隊。シャンカ・システムの発動を確認しました。〕


 「了解。――皇女、いけます。」

 ハンナからの通信をヴィシュヴァカルマンがキャッチし、フェルタにその旨を伝える。フェルタは、これから地上の人たちに伝えるべきことを脳内で復唱しながら、黙って頷く。

 「第3内部電波遮断層沈黙まで、残り10秒!」

 ヴィシュヴァカルマンが耳元で「ご健闘を。」と囁くと、「ありがとう。」とフェルタは返答する。ヴィシュヴァカルマンがその場を離れると、代わりに5台のビデオカメラとガンマイク1本が、彼女の姿と声を地上に送るために接近する。

 準備は、整った。


 「5――4――3――2――1――……第3内部電波遮断層、沈黙!」

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