Episode22:《決意》
2388年5月30日(月) 17:15P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
「おっ!望月ィ〜〜!!」
雪の降る砂漠の寂寥とした風景の中から、地球人の言語で光を呼ぶ声がする。そのどこか親しみ深い声の主が誰なのか、光はすぐに言い当てた。
「……エルク?」
「お〜い!!」
右手をぶんぶんと大きく振りながらこちらへと駆け寄るエルクの姿。そのすぐ後ろには白衣を着た福希と、両手をバンザイしながらてこてこと走るベルガ校長の姿もあった。事情を知らない光たちは、2人の地球人がなぜこの学校にいるのがとても不思議だった。
「なっ!?なんでまたサピエンスが入り込んでるし!?」
「パッと見だと今度は普通のサピエンスのようですよ?」
「それがなんで校長と一緒にいるんだ?」
「あれは僕の友達だよ!ちょっと待ってて!話してくる!」
光がそう呼びかけると同時にエルクは光の目の前に立ち止まる。遅れて福希とベルガ校長もエルクの後ろにピタリとついた。数秒ほど呼吸を整わせる時間を置いて、光は3人に問いかける。
「エルクに福希、それに校長まで……!何がどうしたの?」
「ハァハァ……お前が俺たちから離れて何してたか……知りたくてよ!!それに……お前に伝えたいこともあってさ……来たんだよここに!!」
全力疾走で切らした呼吸を整えながら、エルクは答える。その返事を言い終えるくらいのタイミングで福希とベルガも追いついてきた。
「そっ……!それもそうなんですけど……皇女は!?フェルタ皇女は無事です??」
「おっとそうだ。フェルタさんはどこだ?」
福希はあまり走り慣れてないせいでだいぶバテ気味の様子。どうして2人の口からフェルタの名が出たかは分からないとして、彼女の安否を伝えるのが先だと光はなんとなく判断した。
「心配ないよ福希。そこにちゃんと――」
「はっ?わわわわ……私は五十嵐楓花!!五十嵐楓花ならここにおります!!けけ決してフェルタ皇女なんかではない、五十嵐楓花ですぅっ!!」
黒髪の少女は、急にあわあわしてそんなことを言い出すかと思えば、恥ずかしいのか光の背後にすっぽり隠れてしまった。だが渾身の嘘は、これまでの事情を知るエルクたちに通じるはずなどなく――
「いやもうバレバレなんだって……。このロリ校長から全部聴いたし。」
「えぇっ!?」
「ロリではなく、Bergaでつ!!おーじょ、あんなことをとつぜんなたれたら、ちょーじき(=正直)かくちとーつ(隠し通す)のは"ふかのー"ってものでつよ!!まぁ、わたちのふちゅーいもありまちたが……」
「如何にも。」
「ギクッ……!?」
そこに突如割って入ったのは、低くて渋い壮年期の男性の声。そしてその声を聞いた途端、フェルタの身体がぴきんと固まってしまう。
「此の辺りに漂動する《風属性》のアストラル――其の色の純然として濃厚なるを見れば、誰が訪れたかを言い当てるのは、レリギオスなれば至極明白に御座います。皇女殿下。」
武士言葉のような堅苦しい口調を話す男は、身長2m以上はある緑髪の大男で、背中にはその身長と同じくらいの巨大な戦斧が背負われていた。
「――オレイエさん!」「オレイエ団長!!」
彼の姿を見るや否やヴェステたちはその大男に駆け寄り、その名を口にする。大男はその大きく分厚い手で駆け寄った子供たちの頭を覆うと、さっさっと優しく撫で回して彼らの健闘を讃えた。
その大男の名前は、オレイエ・ボノロス・ブリトマルティス。アリティア帝国時代よりフェルタをはじめとするアリティア皇家に仕えた身で、現在は《へスペリディア》の防衛およびUGEに襲撃された人命の救助を主目的とする《へスペリディア》魔法騎士団の団長であり、オレイオス魔法学校においては理事長として運営方針を決定する一方で、定期的に生徒たちに戦術指導を行う講師でもある。
「オ……オレイエ……!?」
光やベルガ、ヴェステたち生徒は知っていたが、フェルタはオレイエが今日ここに来ることを知らなかった。(まぁ知っていたとしてもやることは変わりなかったかもしれないが。)問題は本来この地を訪れるはずのないフェルタがここにいるという事実を、オレイエに知られてしまったことにある。公務をすっぽかして色事に夢中になっているのを知られれば、どんな大きな雷が降ってくるか判ったものではない。そう恐れてフェルタは光の背中でブルブルと震えていたのだ。
その皇女の表情を察してか、オレイエはこんな言葉を言い放つ。
「殿下。もう結構で御座います。演技の必要は無くなり申しました。」
「え、演技?」フェルタは啞然とした。「な、なんの話です?」
「人質役の演技で御座います。ラーギブ殿に人質として囚われ窮地に瀕するふりをなさることで、望月殿の秘められし潜在能力を引き出し、先の襲撃事件での奇跡を再現するという博士の見事な計画を遂行されるために殿下は――おや?」
途中、オレイエはフェルタの雲行きが怪しいことに気付いた。彼女の恐懼の表情は晴れるどころかむしろ、今にも泣き出しそうな顔になっている。何か説明に至らぬ表現が?いやそれなら"博士"が既に説明したはずだろうとオレイエは訝しむ。
「……何か至らぬ説明がお有りでしたか……?」
オレイエは愚直にもそう質問してしまった。それで、フェルタの堪忍袋の緒が切れてしまった。
「むうぅっ!!!!なんですかその説明は!!私たちが何を体験したかも知らないで!!演技なんて生温いものではありませんでしたよあれは!!木々は薙ぎ倒され、生徒の方々が流砂に飲まれ、光様に至っては一度腹部を刃で刺されて血も流したのです!!途中で彼の者の意図に気付いたのは良いものの、あの惨状に恐懼した私の感情は間違いなく演技などではありませんでしたっ!!」
フェルタは凄まじい剣幕でオレイエにたたみかける。あまりの豹変ぶりにオレイエは理解不能に陥る。それは一度光を突き刺した後のラーギブが体験した混乱と同じものだった。
「な、何故左様に取り乱しておいでで??――まさか、この訓練の本当の目的をご存知なかったのですか!?」
「ええ!そうですとも!!何も聴かされておりませんでしたわ、こんなのっ!!」
フェルタの返答にオレイエは頭を抱える。まさか、そんなことが?――という表情で、オレイエはフェルタにある事を確認する。
「博士から――"いつか話すマン"博士から、何もお聴きしてないと??」
「ええ!"いつも話さぬ"博士は何も仰ってくれませんでした!!」
「何と……!まさか、"言うの忘れた"博士がそんな――」
「「「"ヴィシュヴァカルマン"だッ!!」」」
突如辺りに反響する、鋭いキレのツッコミを兼ねた名乗り声。クレーターの縁に立ちやや怒り気味にこちらを見下ろす、"ヴィシュヴァカルマン"博士の姿がそこにあった。
「おや、噂をすれば……」
「"言われた傍から"博士!!」
「だから違うっつってんでしょうが!!何遍も言わさないで下さい!!」
あいも変わらず自分の名前を正しく覚えないフェルタに、こちらもあいも変わらずに毎度毎度訂正するヴィシュヴァカルマン博士のやり取り、光やエルクたちに苦笑を浮かばせる。ラーギブに至っては感傷を邪魔されて「喧しい……」と苛立つ始末である。
「――というより、何故皇女がここにいるんです?生徒へのインタビューはどうされたんです?」
「はうっ!?」
ヴィシュヴァカルマンからの鋭い質問がフェルタに飛んできた。デジマ特別区で生徒たちの近況を調べていたはずの人物が、好きな人に会うために全く関係のない場所に来てしまっているのだ。どう返答したところで、フェルタに彼女を納得させることなどできるはずがないのだ。
「ちゃ……ちゃんとやってましたよ!?動画、そちらにお送りしていましたでしょう??」
「15時10分までは。以降は何も音沙汰なしでしたが、何をなさってたのですか?――まぁ、間違いなくお目当てはそこにいる望月君でしょうけど。」
「む、むぅ……!」
フェルタは図星をつかれて、一瞬返す言葉に戸惑う。咄嗟に自分の返答は棚に上げ、博士の行動を詰ることにした。
「そういう博士こそ、ここで何をなさっているのですか??今し方の実戦訓練の話、私は何も聴いておりませんでしたよ!?」
フェルタの口ぶりから、恐らくラーギブやオレイエからある程度の顛末は聞かされているとヴィシュヴァカルマンは悟った。これ以上の隠し事は無意味――と思ったか、彼女は遂に自分がここにいる理由、今回の訓練の目的を語り始める。
「――今回の訓練中に起きたことは、全て私の計画したことだ。皇女や望月君、そしてクラスメイト諸君には、事前に何もお伝えしなかったこと、深くお詫び申し上げる。だが、これは決して、レリギオスや《へスペリディア》に反旗を翻すつもりではないことをご承知頂きたい。」
「では、何故このような事を――?」
フェルタの問いに対し、ヴィシュヴァカルマンはすぐに返答しなかった。それは一言だけで解決できるほど、簡単な問題ではなかったからである。
「――それを語るには、まず、そこの2人が何者かということを話しておかねばなりません。望月君。」
「はい?」
ヴィシュヴァカルマンは"2人"のうち、何故か光の名前だけを呼んだ。
「これから君自身のことについて、とても重要な説明をする。覚悟はいいか。」
ヴィシュヴァカルマンは真剣な眼差しで光の顔を見つめる。少し考えた後で、光は頷いた。
「――はい。あの、もう一人はラーギブですよね?彼への確認は――?」
「いいんだ。既に知っているから。――では始めましょう。」
そう捨て置いて、彼女はまず5日前のUGE襲撃事件のことから語り始めた。
「――25日。皇女の映った動画が拡散されレリギオスの存在が全宇宙に知れ渡ることになった、あの日。動画内の電車の車窓に映った人影から投稿者が南星宮高校の生徒であると突き詰め、彼らの保護に向かったこと、忘れてはいませんね?結果的には生徒百二十余名しか救うことができませんでしたが、その生徒たちの中に紛れていた2人の存在――望月光、ラーギブ・アル=アハカーフ・アブドゥルラザク――彼らの保護に成功したことは、今後の《へスペリディア》にとって非常に重要な意味を持ちます。
一見ごく普通の地球人の少年に見える2人だが、彼らが蓄えているアストラル量はレリギオスとほぼ同等。身体に刻まれた《痣》は場所こそ違うが、大まかな形や文様には類似性が見られる。2人の扱う《魔法》も、それぞれ特定の物質・現象を扱うもののみに特化しているという特徴がある。そして2人は共に年齢が15、6歳――。ちょうど、あの計画が開始された時期と合致する――。」
「まさか――!?」
「そうです。2人は、《ラグナレク計画》で産み出された"新人類"である可能性が高いのです。」
「「「「!?」」」」
《ラグナレク計画》――その語はフェルタには聞き覚えのあったものらしいが、光やエルク、ヴェステたちには何のことかさっぱりであった。テレビや教科書でも聞いたことのないその計画名に、俄に湧き上がる恐怖を隠すことは彼らには難しかった。
「ラグ……?なんだそれ?」
「北欧神話における世界の終末――神々の最終決戦のことですよ!ファンタジー系のRPGとかでよく見る言葉ですよ!知りませんか?」
「知らねぇよ……ゲームあんまやんねーし……。」
「――その、《ラグナレク計画》って――どんな計画なんですか?」
エルクのぼやきはそっちのけで、光は真剣な表情で博士の話に耳を傾ける。
「――《ラグナレク計画》は、今から20年前にUGE軍の医療研究部隊・MICで立案・実行されたと言われている。当時は限られた者しかその計画の詳細を知らされておらず、ただ名前のみが噂で広まる程度だった。
計画の内容が明らかになったのは、私の友人だった医師からのタレコミだ。彼女は《ラグナレク計画》に参加したものの、その実験内容に戦々恐々としたという。その実験内容というのが――」
『地球人とレリギオスの遺伝子を併せ持つ、キメラ生命体の開発実験』
「「「!!??」」」
「これまで、地球人類――ヒトの遺伝子を人工的に加工操作することは、人道的・倫理的理由により長らく禁止されていた。富士山協定というのを、望月君たちは学校でも習ったことがあるだろう。この《ラグナレク計画》は、その規定を真正面から反故にした非人道的な実験計画だ。実験の内容については――あえて具体的には言わない。"とても凄惨であった"とだけ、伝えておく。
計画で誕生した新生児の中には、完全に四肢の生えた地球人の姿で産まれるものもいた。彼らは生まれつきレリギオス並みのアストラル量を有し、軽微な《魔法》の発現兆候を既に見せる者もいた。そうした彼らのことをMICの論文では、"新人類"と呼ばれている。そしてMICは、計画の中で産まれた子供の中から、先程のような子供のみを選別し、将来UGE軍の戦力とするための英才教育を彼らに受けさせていった。その教育過程の中には、実際にその子供たちにレリギオスを殺させるものもあったらしい――。」
「ひどい――」
「――その――選ばれなかった子は――どうなったんですか――?」
「聞きたいか?――殺処分――だそうだ。」
「「「!!!!」」」
「子供だけではない。"新人類"を妊娠できなかった母親、または死産・流産させてしまった母親たちも、容赦なく処分されたという。犠牲者数は、地球人だけだと10名程度と言われているが、それよりも桁違いに多かったのがレリギオスの女性が多かったと、友人の医師は語る。レリギオスの犠牲者数は、数えられていないため、不明だ。
これが公に暴露されれば、言うまでもなくフェミニストをはじめとする民間の人権団体が猛抗議をはじめ、軈て全宇宙を巻き込んだ反政府運動が加熱するだろう。故に最高機密案件なのだろう。」
「何だよそれ――!!マスコミはなんで報道しないんだよそんなこと!!」
「報道できるわけがありません。UGEは、反政府的思想を持つおそれのある団体や組織、反政府的な言動を行ったと見なされる人物を、関係者の家族ごと"抹殺"しているのです。それだけの軍事力と諜報能力、監視能力があるため、誰も政府の意に反した言動は取れないのです――。」
「そんな……!」
あまりに衝撃的な内容の数々に圧倒され、光たちは絶句する以外、何もできなかった。そして光は、わなわなと震える自らの左手を、今まで感じたことのないような怨めしい感情で眺めていた。
「これが、諸君らが何気なく生きてきた社会の"本当の顔"だ。レリギオスは元より、地球人でさえも《自由》を束縛され、監視されているのが、UGE社会の実情だ。
そして恐ろしいことに、《ラグナレク計画》は今もなお継続されているという!今この時も、多くの生命が非情にも使い捨てられている。"新人類"という完璧な生体兵器を創り上げるために――!いずれ望月君と同い年の"新人類"が、レリギオスや政府に抗う人々を蹂躙しに暴れ回る日も近いだろう――!」
「そんなこと、絶対に駄目だっ!!」
光は今までに出したことのない程の大声で、彼女の口にした未来を否定する。露わになった光の怒りに、ヴィシュヴァカルマンの感情は迎合する。
「そうだ!!絶対にあってはならない!!科学が恐怖のために利用されるのを、私は黙っていることなどできない!!
だから私は、諸君の――"新人類"である君たちの力が必要なのだ――!!UGEは"新人類"による軍隊を結成し、完全な監視社会を築き上げようとしている!これを阻止するためには、"新人類"の子供たちの詳細な情報やデータが必要になる。
そこに偶然にも、君たちはやってきてくれた。私が君とラーギブ君を魔法学校に入れたのは、我々と志を同じくする2人の希望に応えてのことだったが、同時に"新人類"の調査を能率的に進めるのに最適な場所でもあったからだ。今回の実戦訓練も、現在の2人の最大限の能力を見るために計画したものだ。
特に望月君の能力は、未知数の可能性を持っていた。通常時の実験では他者との身体的接触があれば、攻撃系を除く、その者の"願望"の強さに比例した効果の《魔法》を発現できていた。ならば、より強い"願望"――例えば人の生死が関わる"願望"があれば、南星宮高校で見せたあの《障壁魔法》のような高出力の《魔法》が発現できるのでは?と私は考えた。それもアストラル量の非常に高いレリギオスの"願望"であれば、考えられ得る彼の最大級のパフォーマンスが出せると考えた。
そこで望月君の最大火力を調べるために、そのためにオレイエ団長やベルガ校長の協力のもと、本訓練の実施日をデジマ視察の日程と同日に設定してもらい、フェルタ皇女の"願望"の力を借りて実験することにしたのだ。」
「ちょっと待ってください!何度も言うように、私は何も聞かされてませんよ!?もしかしたら、この学校に来なかったことだってあり得たんですよ!?」
「皇女の優れたアストラル感知能力をもってすれば、望月君の居場所を探るのは簡単でしょうし、ここ皇女の最近の言動を見ていれば、必ずや魔法学校に来ることは目に見えていました。それに、より強い"願望"は、人が窮地に陥った時に出やすいとされています。訓練の内容を事前に知らせてしまいますと、"願望"の程度が落ちてしまう恐れがあったため、あえてそうしたのです。望月君やレリギオスの生徒諸君にも伝えなかったのも同様の理由からです。」
「――そうだったん――ですね。」
光は改めて自らの左手と、今自分が立っているクレーターの深さ、そしてラーギブの身体に負った怪我の度合いを見た。これ程の力が今、自分の手に宿っていることを実感し、そして恐れた。
「望月君。君の《希望》の能力は、ただでさえ人にとって魅惑的な力だ。加えて君にも、ラーギブ君と同じように高威力の《攻撃魔法》を、ほぼ瞬時に発現できる可能性があることが分かった。それがUGEの手に渡ればどのようなことが起こるか――先の説明からも想像は難くないだろう。
君がもし、その左手をUGEにではなく我々に――レリギオスや《ヘスペリディア》のために貸してくれると言うのなら、"頼み"がある。私の――いや、先程申した友人の遺した"頼み"だ――。」
『あの子たちを――"新人類"と呼ばれているあの子供たちをっ、せめてUGEの魔の手から解放してあげてぇっ――アンジュリィィ――!』
ヴィシュヴァカルマンの古びたWatchから流れる、ノイズ交じりの音声ファイル。ノイズはよく聞けば、その声の主である女性の咽び泣く声であった。強い怒りか悲しみか、荒れ狂いながら叫んでいたその"願い"は、幾年月かの時を経て光の胸に届いた。
「《ヘスペリディア》の使命は、レリギオスの保護と人権回復だ。一方、君たち"新人類"の身体の中にも、レリギオス由来の血が流れている。その力は脅威だが、恐らく君のように、産まれてからずっと一般人として生活してきた者も少なからずいるだろう。そう言った"隠れ新人類"の子どもたちが、今後もUGE社会の下でその生活を続けられるという保証は、十中八九ないと言っていい。私はそんな"新人類"もまた、我々の保護対象とすべきであると考えているんだ。――この意見に賛同してくれるか、望月君?」
「――そんなの、決まっています。」
右腕で顔に付いた砂と涙を拭い、光はその決意を露にする。
「その"願い"、――僕が受け入れます!!僕と同じ境遇の子どもがいる以上、UGEにこれ以上好き勝手はさせたくない!!それに、レリギオス・地球人問わず命を粗末に扱うUGEのやり方には、絶対に賛同なんてできない!!
だから僕は、《ヘスペリディア》の魔法騎士団に入って、フェルタさんたちと一緒にUGEと戦う道を選んだんです!!」
「――!!」
猛々しく言い放たれた光の決意に、周りの者たちは皆感嘆の声を漏らす。特にフェルタは、光のその勇ましい姿に見惚れてえも言えない様子である。
「なんと見事な口上――!」
「有難う。君ならそう言ってくれると思っていた。これで望月君も、ラーギブ君と同様、正式に魔法騎士団の一員になってくれたという訳だ――!」
「ラーギブも既に?」
「ああ。彼は、君たちが《ヘスペリディア》に来た初日に訪ねてきて、魔法騎士団に入団を申し出てきたのだ。彼がUGE軍にいたのは本当だし、知っている。だが計画で産み出された当事者ゆえにUGEに対する反骨心があり、我々の政策方針を話したら快く賛同してくれたのだ。少しひねくれているのが玉に瑕だがな。」
「"少し"は余計じゃ、たわけめ……。」
ヴィシュヴァカルマンの言葉にフン、とそっぽを向くラーギブのリアクションを見ると、多少なりのユーモアが彼にもあると知り、彼に対する親近感が漸く自分の心にも芽生え出したように光は感じていた。
(悪いヤツじゃあなさそうだね……。)
「光様ぁっ!!」
ぎゅっ!!
「わあっ!?」
突然背後からフェルタが抱きついてきて、光はバランスを崩して腹から倒れ込んでしまう。せっかく拭った顔がまた砂塗れになったのを光は気落ちしてしまう。
「な……何なんですか急に!?」口元の砂を手で拭いつつ光は問いかける。
「――魔法騎士団に入団されると聴き、大変嬉しく存じます!これから光様と一緒になる機会が多くなりますから!!」
「へ?」
瞳と白い歯を輝かせて光を見つめるフェルタの言葉に、彼女に仕える身であるオレイエやヴィシュヴァカルマンは頭を抱える。
「噫……矢張りと言いますか何と言いますか……。」
「皇女……彼はそんな軽率な理由で入ってくれた訳では……。」
「ええ、もちろん分かっておりますよ。」とフェルタは戯けたような表情で返す。そしてその言葉の通り、彼女の欣喜は下心だけによるものではなかった。
「――私たち魔法騎士団の活動は、危険と隣り合わせでございます。レリギオスの救済と保護のため、大半は地上で身を隠しながら活動をしております。地上は当然UGEの支配権ですから、UGE軍との戦闘は日常茶飯事。それで命を落とすレリギオスの兵士も少なくございません。
光様の能力があれば、そうした兵士たちや保護対象のレリギオスたちの生命を失わずに済むと思っております。それと先程の《攻撃魔法》なら、いざという時の反撃にもなるでしょう。
共に戦いましょう!私たちの明日のために――!」
フェルタは両手で光の左手を優しく包み込む。肌の触れたところから、フェルタの温かい温度と、素直な"願い"が伝わってくる。光は右手をそっと添えて、彼女に応える。
「――はい。まだまだ未熟ですが、フェルタさんの《夢》を実現させるため、これからも精進します!」
力強い光の返答に、フェルタはにっこりと微笑みを返す。誓いを交わす二人にヴィシュヴァカルマンは優しい眼差しを送り、オレイエやヴェステたちは盛大に拍手を贈る。
「――やれやれ。どうやら、また長い付き合いなりそうだな。」と、何やらにやにやしてエルクがそう言い放つのを、光はしっかり聴いていた。
「エルク、それはどういう?」
「言ったろ?『伝えたいことがある』って!俺たちも魔法騎士団に入るんだよ!!お前と同じ!」
「うえぇっ!?」あまりに想像外の宣言に、光は頓狂な声を出して驚く。「な、なんで――!?」
「『なんで』って――そりゃあお前が心配だからに決まってんだろ!?」
「――まぁ、それもあるんでしょうけど、本当は就職先が全っ然決まらない上に面接とかで粗相やらかしたりして意気消沈のところを、あの博士に泣きべそかきながら直談判して何とか――ってイタタタタ!!」
「おいそれ以上言うな!!俺がバカみたいだろ!?」
「いや実質馬鹿じゃ――痛ぁああっ!!」
引き千切らんとばかりにエルクは福希の耳たぶを強く捻り続ける。それを見たフェルタやテルクシアが引きつった表情をしているのを察して、光は仲裁に入る。
「こらこら、辞めなよ。それ以上はフェルタさんたちの目に毒だよ。離してやりなよ。」
なるべく角の立たない口調で叱ったおかげで、エルクはすぐに言うことを聞いて福希の耳たぶを手放した。かなり強い力だったようで、福希は暫く耳たぶの痛みで目を真っ赤にしていた。
「――まぁ、お前が心配なのは本当だよ。それに俺は、政府のやったことをゼッテーに許さない!レリギオスにも俺たちにも容赦なく攻撃してきやがった!反撃して一泡吹かせる――ってのは流石にキツいが、せめて友達や大切な人の命くらいは護れるように強くありたい!だから騎士団に俺は入ったんだ。もちろん望月、お前も護ってやるぜ。」
「――ありがとう。」
交友を始めた頃と変わりないエルクの考えに、光はなんだか安心した気持ちを覚えた。
「ま、今となってはどちらかと言えば、望月君がフォルス君を護る側かもしれませんけどね。」
「んだよ?まだ嫌味言うつもりかよ?」
「いえいえ。」流石に耳たぶの片方を失う訳にはいかないので、福希はそれ以上のエルクへの返答は避けた。「――ボクはエルクとは違って、兵士候補ではありません。騎士団の使う武器や通信機器、道具などの設計開発を行うサポート的な部署に配属されています。元々機械とか兵器とか好きで入ったんですが、まさか望月君とこんな形で関わることになるとは――。まだ入りたてで出来ることは少ないですが、早く君の活躍を支えられるよう、ボクも頑張りますよ。」
「うん!僕も福希のサポートが受けられるように頑張るよ!」
光の屈託のない大きな笑みを前に、福希は僅かに薄ら笑いを浮かべていた。その口角の微妙で不自然な動きを、エルクは見ていた。
「おや、もうこんな時間か。皇女、そろそろ城へ戻りませんと。会議に間に合わなくなります。」
時刻は17時半を回っていた。辺りはすっかり暗くなり、降雪のせいで更に気温が落ち込んで、まだ5月なのに息が白く凍る程になっていた。ここまで冷える夜空の下で、光やフェルタたちとできる長話はこれで限界だろうと博士は判断した。
「分かりました。」
意外にもすんなりとフェルタは博士の言うことを聞き入れた。その"会議"というものが、とても大事な案件だからなのだろう。彼女の我儘は鳴りを潜め、立ち上がってスカートの砂を軽く払うと、彼女は"皇女"としての表情を白磁器の様な顔に作り出す。
「皆様。本日は貴重な訓練のお邪魔をしてしまい、申し訳ございませんでした。しかし、皆様が《へスペリディア》の為に、この地に暮らす民の為に、厳しい鍛錬を重ねておられることをその身を以て学ぶ、かけがえの無い一時でもありました。皆様にとっても、通常よりも緊迫した、本番宛らの訓練の中で、各々の成長点・問題点を見出し、将来の課題を設定できたことと存じます。これからも皆様の益々のご精進を期待しております。」
光達に餞の言葉を贈り、フェルタは深々とお礼をする。そしてもう一度頭を上げた後、フェルタは、
「――――!」
「?」
光の方を見て、何かを祈った。
「では皆様、ごきげんよう。」
それからフェルタは、ヴィシュヴァカルマンとオレイエのいる方へ駆け出していった。
「急ぎましょう。代わりの御召し物はお城でご用意します。」
「はい。」
「済まない、ベルガ。生徒達の事は任せる。」
「まかちときなたい!!」
オレイエが何もない空間に《転移魔法》を発動させると、フェルタ達は早々とその中へと消えていった。そして生徒達はヴェステの《炎魔法》で暖を取りながら、ベルガ校長の指示で寮へと戻った。ラーギブは酷い怪我なので他の教諭たちの力を借りて医務室へ。エルクと福希は、光とベルガ校長の案内のもと、正門前まで見送られていった。
「じゃーなー!!」
「また近くお会いしましょーーう!!」
デジマの人混みに2人が消え行くのを見届けると、光は左手の《痣》に、ある想いを巡らせる。
(――母さん。僕を産んだのは……そんなことのためじゃないよね……?)




