Episode21:《覚醒》、そして《決着》――。
(――あれ?前が見えない?何も聞こえない?――感じない?
僕は今、どうなっているんだ?
ひょっとして、ラーギブに殺された……のか?
そうか……。どうりで、何だか身体が重い訳だ……。瞼もとても重くて、眠たいや……。
ああ……やっぱ、僕には、皆を救うとか、世界を変えるとか、そんな大層なのは無理だったんだ……。
フェルタさん、ごめんなさい。僕は無力な人間で――)
〔――待って!!どこへ行くの、幌!?〕
(今の声は――?)
〔止めるな燈!!私は《地球》へ行く。この無意味な戦いを終わらせる為に――!!光のことは、キミに任せた――!!〕
(燈――母さん?じゃあ、あの人は――?)
〔――お父さん?どこへ行くの?〕
(あれは、小さい頃の、僕?)
〔――光。父さんは暫く帰らない。数ヶ月――いや、下手したら何年も帰らないかもしれない。だから、光。約束してくれ――〕
"たとえ死んでも、母さんたちを――レリギオスたちを護ってくれ。"
2388年5月30日(月) 16:55P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
地面からおよそ10cm。望月光の傷だらけの身体は、直立した状態で宙に浮いている。浮遊はフェルタのアストラルによるものではない。翡翠色の輝きが光の身体を纏っていないからだ。代わりにその身体を包み込むのは、光自身が持つ淡青色のアストラルだ。他の色のアストラルは、そこに一つも混じってはいない。
「――!?」
ラーギブはふと、光のアストラルに起こっている異変を感じ取った。フェルタも同様のものに気づき、その変貌を注目する。
通常アストラルは宿主の身体の形に沿うように溢れ出る。人なら人の形に、犬なら犬の形となって現れ、《魔法》によるもの以外でその形から外れることは、基本的にない。だが、今の光のアストラルの形状は、その原則から外れている。背中の部分が左右に分岐して、幅広の翼のような形状に変形していく。更に頭上ではアストラルの一部が分離して、大きな輪状の形態を取る。
「"天使"――?」
思わずラーギブの頭に、そういった形容が思い浮かんだ。そして実際、光の姿はまさに"天使"のように美しく、清廉で、神々しい雰囲気を放っていた。
「大量の血液の溢流、およびそれに伴う肉体機能の低下を確認。――これより、望月幌の"願望"を、実行する。――《蘇生》。」
「!?」
これまでとは違う機械的な口調で光はそう呟く。その呟きにあった《魔法名》を聴いた途端、フェルタは驚愕の表情を見せる。
《蘇生》――光属性に属する《回復魔法》では、最も高い効力を持つ。その効果は、万病を癒し、いかなる傷痍も治し、死人も蘇らせる程度だと言う。だが同時に、最も習得の難しい《魔法》の一つでもあり、何の副作用も無しで発動させるのはほぼ不可能とされている。発動させても、その効果が出ない確率の方が高い上に、仮に出たとしても、その高い回復性能の代償として術者の死亡・四肢や臓器、人格の喪失等が発生する。またこれをかけられた者も、人格崩壊や記憶喪失などで、不完全な状態での復活しかできず、更に幻視や幻聴にも苛まれるようになるという。
故にこの《魔法》は長らく《禁止魔法》に分類され、現在これを扱えるレリギオスは最早存在しないと言われている。《ヘスペリディア》ではただ、その名称と効果のみが伝わる程度で、実際にそれを使用した場面に出くわした者は、片手で数えられる程度である。今しがた目撃したフェルタ皇女も含めて。
(どうして光様が、古の禁術を知っているのですか!?しかも《蘇生》を自らに対して発動させるなんて、聞いたことがありません!!すぐにとんでもない副作用が来るはず――!?)
直ちにフェルタはそう恐ろしい予期をせざるを得なかった。そんな思慮をよそに、光の《魔法》は発動を開始し、全身のアストラルが彼の傷口に集まっていく。
〔〔フワァァァァ……〕〕
光の負った傷の中に、柔らかなアストラルの輝きが優しく入り込む。そしてその輝きに触れた部位から、じわじわと、破壊された細胞や組織が再生されていく。傷ついた血管も、砕けた骨も、破れた筋肉繊維も、どんどん元通りになっていき、発動から僅か10秒後には、光の全身の怪我や傷は全て完治してしまった。それはアストラルの流れを見ることのできるフェルタの目にもハッキリと映っていた。
「――蘇生完了。」
「ほぅ……これは凄い……!肉体をあのスピードで回復させるとは……!」
《蘇生》の効果を単純に知らないラーギブは、光の回復速度の速さにただただ目を奪われていた。その心の隙を突いて、フェルタは復活間もない光の名を叫ぶ。
「光様っ!!この者はUGEの配下の者――私たちの天敵です!!一刻も早く退かなければ、《へスペリディア》は終わってしまいます!!」
「なっ――!?じゃから、あれは演技じゃと――」
「黙りなさい人でなし!!――光様、"早くこの者を排除してください"――!!《へスペリディア》の――全ての民の生命のために!!」
「くっ――!?」
ラーギブの口を遮って、フェルタはこの窮地を彼に伝えた。そして――
「――良かろう。その"願望"、我は受理する。」
〔〔〔リィィィィン……〕〕〕
瞬間、光の頭上に巨大な魔法陣が出現し、彼はそれに向かって左手を高く翳す。その手首には、色の異なる10本のアストラルの糸が絡みついており、そのうち翡翠色をした1本は、フェルタの左手と繋がっている。
「望月幌との盟約により、フェルタ・エオルシア・フルトニオスの"願望"を最優先。望月燈の"願望"の優先順位を『Ⅹ』に下げ、神器・《リアライザー》を起動する――」
そう宣言すると、フェルタと繋がる翡翠色の糸が上に持ち上げられ、手の先に最も近い位置に移動し始める。逆に、その位置にあったオレンジ色の糸は、下に引っ張られて最も肘に近い側に移動する。
次に、魔法陣の中央部が開き謎めいた異空間と繋がると、そこから光り輝く一本の棒状の何かが、同じように光る鎖に吊るされながら表れ出る。光がその長い柄を左手で握ると、鎖はするすると解かれて魔法陣の中へ戻っていき、彼が取り出したものの全体像が見えてくる。
棒の先端には、短く太い円筒型の突起物が垂直に伸びて、それが左右両側に付いている。その形状を見たフェルタとラーギブは――
「――鎚?」
「十字架――?」
と感想を残す。シルエットだけ見れば十字架にも見えるそれは、細く長いハンマー型の武器であった。全体は眩い金色で輝き、所々鮮やかな緑や蒼を映えさせる絢爛豪華な装飾が施されている。柄の先端には燃えるように紅く長い紐が幾つもたなびいて、全体的に細いフォルムの鎚に存在感を増大させている。
「ふむ。実体はあるようじゃし、硬そうじゃ……。先程みたいに容易には崩壊しまいな――!!」
ラーギブは一度消えかけていた光への好奇心を復活させ、《砂》の刀を再び構える。
「望月、もう一度勝負といこうぞ!!その鎚の効果、存分に儂に示せ!!」
「良いだろう。《撃出の大鎚》――起動。」
光がそう唱えると、ハンマーのヘッド部分に十字の切れ込みが走り、そのまま縦に4分割される。各ヘッドパーツは根本の土台に固定されているが、その分打撃範囲が拡大したとも言える。パーツ同士の間隙には高濃度なアストラル流体が満ち溢れ、燃え滾るようにハンマー全体を覆い尽くしている。それらは全て、光から発せられるアストラルであり、他人のものは一切混じってなどいなかった。
先程の《斬り裂く狂飆》とは違う、ただならぬ雰囲気に、ラーギブは高揚感を隠せないでいる。純然たる光の力をその肌身で感じたい、と――
「今度こそ、儂にしっかりと当ててみせい!一歩も動かんから良ぅ狙え!!」
(光様――絶対に勝って――!!)
ラーギブは左手の親指で自らの心臓を示して挑発する。その後方で、フェルタがぎゅっと眼を瞑り光に強い想いを込める。
「言われずとも――其れは既に、成就された!!」
〔〔ビュウゥゥゥゥン!!〕〕
瞬間、宙に浮いた光の身体は高速で移動し、ラーギブの元へ急接近する!ハンマーの柄を両手で強く握り左脇に構えながら、ラーギブの刀の届きにくい左側へと回り込む――!
(速い――!?じゃがまだ見える!構えからして横薙ぎの攻撃が来る!)
ラーギブは直ちに左手を翳し、《砂》の防護壁を展開する――!!
「《砂塵の防――
〔〔〔〔ドオオオオオオン!!!!〕〕〕〕
「!?ぐわがっ――!?!?」
瞬間、ラーギブの腹部を凄まじい痛覚が襲う!何があったかと身体を見ると、既に彼の腹部に、光のハンマーが勢いよくめり込んでいた!
《砂》の防護壁は間に合っていた。だが瞬速で振り抜かれた光のハンマーはいとも簡単にそれを突破し、《砂》はハンマーの速度を殺すことすら適わず散る!そしてそのままのスピードで、光の輝く鎚はラーギブの身体を潰しにかかる――!!
「――――!?!?」
「うおおおおおおおおお!!!!」
〔〔〔〔バコオオオオン!!〕〕〕〕
「ぐふぉっ――!?!?」
雷鳴のような爆音とともに光はハンマーを振り切り、ラーギブを後方の《砂》の壁まで大きく吹き飛ばす!あまりに強烈さに思考の回転、身体の反応が追いつかず、ラーギブはなす術なく硬い《砂》の壁に全身を強打させる――!!
(な……何という力でしょうか……!?あの華奢な体躯から……この爆発力を……!?)
ラーギブ衝突時の衝撃は、フェルタの身体にも直接伝わってきた。《砂》の壁が一瞬で崩れてしまうのではないかと杞憂してしまう位の、大きな衝撃だった。
骨を砕かれ、血反吐を吐き、ラーギブの身体はゆっくりと地面に落下する。それを彼の三半規管が察知すると、ラーギブは振盪状態の脳味噌を奮い立たせ、落下する地点に右手を伸ばし、術を形成する。
ボフッ!
柔らかい《砂》のクッションの上に着地したラーギブ。なんとか両足で地面に立ち上がる。だが肋骨を数本砕かれてしまった上、いくつか臓器も破裂しただろう。その耐え難い激痛に耐えようと、ラーギブは必死に歯を食いしばる。
「ぐっ……!?これぼどの痛み……!!あやつが受けたモンに……比べれば……!?」
ふいに彼の前方の視界が暗くなる。眼に血が回らなくなったのではない。彼の前に、鎚を大きく振り上げた光が飛んできたからだ――!
「――!!」
「吹き飛べ。」
〔〔〔〔ガアアアアアアン!!〕〕〕〕
ゴルフスイングのように勢いよく振り上げられる、光の一撃!それは丁度前傾姿勢になっていたラーギブの胸を直撃し、彼の身体は天高く吹き飛んでいく――!!
(――――!?)
肋骨は粉々に砕け散り、肺は潰れて呼吸もままならない。声を出そうものなら、肺が砕かれた骨で傷つき、空気が漏れ出てしまうだろう。
(こ――このままでは――流石の流石にまずい!!何か技を――なっ!?)
ラーギブの身体が《エデン》の重力に引っ張られて落下し始めようという、その瞬間だった。
既に、彼はそこにいた。
そう。輝く翼を羽撃かせ、夕焼け空を太陽よりもずっと高く眩く飛翔する、望月光の小さな姿が。
(――!!)
「終わりにしよう――《流星鎚!!》」
〔〔ビュウゥゥゥゥン!!〕〕
瞬間、振りかぶった鎚から長い光線の尾を引きながら、光は急降下を始める!ラーギブは、ずんずんと大きくなってくる光の姿に、思わず恐怖を覚える――!
「まだじゃ――!!」
ラーギブは両手を背に向けて広げ、地面に残った《砂》を素早くかき集める。出来上がっていく砂山は1m、2m、3m――とどんどんその巨大さを増していき、5mを超えたところから何やら突起物が生え始める――!!
(残りのアストラル量で出来る、儂の最大の《攻撃魔法》にして《防御魔法》――!!お前さんにこれが破れるか――!?)
砂山の高さは7mを超え、突起物は更に成長して一本の腕となり、ラーギブの身体を握り締める!軈て砂山が根本で二股に分かれ、脚のような器官が形成されると、同時にもう一本の腕が誕生し、斜め後ろにエネルギーを溜める――!
「――ゆけ!《砂漠の巨人兵》!!」
〔〔グオオオオン……!!〕〕
不気味な重低音を響かせながら、《砂》の巨人は右腕の《砂》の密度をぎゅっと上げ、落下してくる光に向けてその拳を素早く振り上げる!!
光もその拳の接近を視界に捉えると、鎚を握る力を強め、後ろに構えた直後に大きく振り降ろす――!!
「――はぁああああっ!!」
〔〔〔ドオオオオオオン!!!!〕〕〕
光の鎚と、《砂》の巨人の拳が激しくぶつかり合い、空中で強烈な爆発音を轟かせる!《砂》の密度が高いのか、勢いよく放たれた光の鎚は巨人の拳に阻まれ、その先にいるラーギブに届かない――!
「どうしだぁ!?所詮お前ざんは、ぞの程度の力じが出せんのがぁ!!?」
溢れ出る血反吐を気にも止めず、ラーギブは全ての力を振り絞り光の攻撃を押し返す!光も負けじとアストラルの出力を上げ輝きを増すが、少しずつ、また少しずつラーギブに押されてしまう――!
「ぐ――ぐぅぅ――!!?」
じわりじわりと空へ押し戻される度に、光の両腕にかかる負担がどんどん大きくなっていく。積み重なった負担は徐々に光の体力とアストラルを奪い、更に押し戻される回数と距離が大きくなっていく――!
だが光は、決して鎚を握った手を離さない!僅か155cmの小さな身体は、9m近くある《砂》の巨人から逃げずに、ただ一人立ち向かっていく!!
――その不屈の勇姿に、彼女は大声で叫ぶ!!
「光様……"負けないで光様ああああああっ!!!!"」
「!?」
「――うおああああああああっ!!!!」
フェルタの"願い"はアストラルの糸を通じ、光の全身へ行き届く。全ての細胞にそれが行き届いた時、光の青白いアストラルが忽ち、《風属性》を持つフェルタの翡翠色の輝きに変わっていく!
「まっ……まさか!?」
更に鎚の周りにも《風》が吹き乱れ、接している面の巨人の《砂》を、だんだんと削り飛ばしていく――!!
〔〔〔ブオオオオオオオオ!!!!〕〕〕
「ま……まだじゃ!!」
ラーギブは巨人の身体から更に2本の長い腕を生やし、光へとその拳を伸ばす!新たな拳は左右から迫り来て光を挟撃する――!!
「"潰れよ!!"」
〔〔ブシャァッッ……!!〕〕
「ひっ……!?」
思わずフェルタは目を背けてしまう。巨大な両拳は何か吹き出すような音を出して、光を挟み込み彼の身体を押し潰した――かのように見えた。
3本の《砂》の腕から、一筋の眩い翡翠色のアストラルが漏れ出す!それが二本、三本、四本――とどんどん増えていき、挟撃した拳の間隙がぐぐぐっと広がっていく――!!そして――
〔〔〔パァアアアアンッ!!!!〕〕〕
「なっ――!?」
光の周囲で激しい突風が生じ、それが光を挟む二つの拳を弾き飛ばす!新しかった二本の腕はその衝撃で再び砂粒へと戻り、同時に、光の正面を捉えていた右腕には、大きな縦方向の裂け目が入る――!!
〔〔〔〔ズズズズズズズズ……!!〕〕〕〕
光の鎚はその裂け目に沿ってぐんぐん奥へと侵攻する!奥へ奥へと進む度、巨人の右腕は大きく裂けていき、同時に巨人の身体を形成する《砂》が、グラグラと音を立てて崩れ始める!そして――
〔〔〔バアアアアン!!〕〕〕
《砂》の巨人の右腕を潜り抜け、胸と左の肩口を引き裂いて、望月光は遂にラーギブの目の前に現れる!
「――――!!」
ラーギブは思わず右手を前に出す。だがもうアストラルは底を尽き、抵抗する術も巨人の体勢を立て直す術も、最早ない。
振りかぶった大鎚に、光は渾身の力を込めてラーギブに振り下ろす――!!
「はぁああああああああっ!!!!」
「ぐうぅ――――!!」
〔ラーギブ、ここは任せて。〕
「!?」
眩い蒼白色の輝きの中に突然、真っ黒な帯が二人の前に現れる。ラーギブが首に巻いていた、マフラーの影だ。彼が右手を繰り出した反動で解かれたのだろう。それがふわりと浮き上がり、ラーギブと光の間を遮る。
「ポー……リア……!?」
「――!!」
〔〔〔〔〔ドゴオオオオオオオオン!!!!〕〕〕〕〕
光の鎚が振り落とされた瞬間、激しい閃光と爆音が周囲を飲み込んだ。爆風の勢いは凄まじく、《砂》も木々も、ラーギブやフェルタの叫び声も何もかも掻き消していく。大地に与えた激しい震動は《へスペリディア》全体にまで届いて、遠くにいた人々の心身をも動揺させる。
2388年5月30日(月) 17:00P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア外周
「わっ…!?なんだ、地震!?」
「こんなタイミングにですか――!?」
「おちついて!じめんにふててくだたい!!」
2388年5月30日(月) 17:00P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア・演習ゴール地点
「Sizme Studentios!! Hinane ni Mios barios!! Kai!!(訳:静まれ、生徒諸君!!我が結界の内に入れ!!早く!!)」
2388年5月30日(月) 17:00P.M. オレイオス魔法学校演習場・入口
「うっ?地震――!?あの方角は、望月君のいる――!?」
激しい揺れは《へスペリディア》全土を5分間襲い続け、軈て沈静化した。大きな揺れだったに関わらず、演習場近辺以外では地崩れや家屋の倒壊などは少なく、一部ガラス窓や食器などが激しく割れた程度で済んだ。人的被害もほとんどが軽傷以下だった。一方で、演習場の森林エリアの、光が落下した箇所には巨大なクレーターが形成され、周囲の木々も、《砂》も、全て掻き消されていった――。
2388年5月30日(月) 17:07P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
「――――はっ!?」
光が気付いた時には、彼の身体は黒く焦げた土の上でうつ伏せになっていた。見覚えのない光景に彼は唖然とする。
「なんだここ!?……皆は!?」
右手に握っていたハンマーを杖にして、光は立ち上がって周囲を確かめる。だが目に映るのは、同じ黒い土の地面ばかり。辛うじてそれが大きな半球状の窪地を形成していて、自分がその中心地にいることが判った程度である。
――と、どこからか微かな声がする。
「よう……、お目覚め……がのぅ?」
光の左側から弱々しくも彼を呼ぶ声があった。随分と嗄れてはいるが、その口調には聞き覚えがある。
光がその方を向くと、満身創痍でぐったりと仰向けに横たわるラーギブの身体があった。彼の首にかかっていたマフラーは、彼の頭から離れた位置にくしゃりと落ちていた。
「ラーギブ!?その怪我――何が!?」
まるで事の顛末を一切知らないような口振り。光の問いかけに、ラーギブは胸に走る痛みをぐっと堪えて語り始める。
「ググ……自分でやっでおぎながら……覚えでおらんどは……都合の良い奴め……。お前ざんは味方のだめに……皇女のだめに能力を使っだ……!皇女だぢを護るため……ぞやつらに襲いががる悪を討ぢ滅ぼずだめ……お前ざんは、封じられだ能力の《枷》を外じで儂に攻撃を仕掛げだのじゃ……!!」
「"攻撃"――!?」
光は再度自分のいるこの窪地を確かめる。深さは最大5m、半径はおよそ12mくらいはあるだろう。小さな隕石でも衝突したかのような綺麗な半球状のクレーターである。
「魂消だわい……!まざが、ごれ程の威力を産み出ずどは……!《希望》の能力……ごれは、"遊撃団"の大いなる武器になる……!!」
「"遊撃団"――!?」
その一言で、光は咄嗟にある事を思い出す。
「――光様ぁああっ!!」
「!?」
「おやおや……。話は一旦、お開ぎがのぅ……。」
突然どこからか聴こえる、光の名を呼ぶ声。それは光の正面――ラーギブの後方の更に向こうから聴こえてきた。目の前の黒い土の斜面を光が目で追っていくと、その頂上付近に、こちらに手を振りながら向かってくる、夕陽の逆光で黒く染まった人影が見えた。ワンピース型の服と麦わら帽を被ったそのシルエットは、紛れもない、フェルタのシルエットだった。
「フェルタ――さん?」
「光様!ご無事でしたk――うわぁあっ!?」
ドッテーン!!
急な斜面を降ろうとしてフェルタは足を滑らせ背中から大胆に転び、そのままズルズルこちらへ滑り落ちてくる。その際、地面との摩擦でスカートがめくれ、彼女の白い脚と純白の下着を露わになってしまい、光は慌てて左手で目を隠してしまう。
「む……むぅぅ……」
「だっ――大丈夫、ですか!?」なるべく下着が見えない角度に回り込み、光は声をかける。
「え、ええ……大丈夫です。それより、どうしてお顔を……?」
「だ――だってスカート――」
「え?――ああ。ご遠慮なさらず、もっとご覧下さっても良いのでs――」
「いや、恥じらってよそこは!?」
それでもまんざらでもない様子で美脚を光に見せびらかすフェルタ。そこに羞恥心というものはないように見えた。だが、すぐそばに倒れているラーギブを見つけると、彼女は我に返り、無言でせっせと立ち上がり身体の土や砂を払った。
「――失礼。あまりの嬉しさに順序を履き違えてしまいました。光様、彼の者を打ち倒し、私たちを救ってくださったこと、誠に感謝いたします。光様が私にかけて下さった、あの堅牢な障壁魔法のお陰で、あの流星の如き衝撃も、襲い来る《砂》の大波も、耐え凌ぐことができました。本当に有難う御座います。」
「う、うん。どういたしまして……?」
"障壁魔法"――?光は何のことかと疑問に思ったが、はっとあることを思い出す。ラーギブのチームメイトの襲撃後、フェルタの手を握った時に彼女から受け取った"願い"である。
〔何があっても、私をお護り下さいませ……!〕
その"願い"がトリガーだったのだろう、光のハンマーが地に着いた瞬間、フェルタの周囲にはあの電磁式自動小銃にも耐え凌いた頑丈な障壁が発生し、彼女を衝突の凄まじい衝撃から護ってくれたのだ。彼女の"願い"通りに叶えることができたことを、光はとても嬉しく想った。
――だが、光の懸念はまだ他にある。
「ところでヴェステは?ヴェステたちは!?」
「ええ、その件につきましては――ご心配には及びませんよ。」
そう言うとフェルタは、彼女が滑り落ちた斜面の上を見つめ、光もそちらに注目するよう促す。それに従い光は、夕陽に燃えるオレンジ色の空と、対照的に黒く焦がされた地面の間に目を凝らす。
すると、また地面の方から黒い人影が生えてきたではないか。それも1人ではない。2人、3人、4人――と増えていき、大きくなるにつれて段々とそのシルエットが明瞭になって、それぞれが誰だかが判別できる程になった。
光はその瞬間、息を呑んだ。
「――ハニィイイイイ!!!!」「ひかりぃいいいいん!!!!」
クレーターで反響して一層大きく響き渡る、ヴェステとフィリアの歓声。二人の影が光を発見すると、元気よく飛び込んで斜面を滑走して向かってくる。その背後の斜面の上では、同じく光の姿に欣喜雀躍するケルネとテルクシアの影があった。
「ヴェステ!?フィリア!?――無事だったんだね?」
「エヘヘ……ご覧の通りだし!!」
「ちぃと擦り傷はしたが、それ以外は何ともないぜ!!ケルネとテルクシアも、あの通りヘッチャラだぜ!!」
2人の動く姿は、正に元気そのもので大した怪我は見受けられなかった。あまりに元気に動くので、身体についた《砂》がぼっさぼっさと舞い散り、噎せ返るほどだったのを光は覚えている。遅れてケルネとテルクシアが合流してきたところで、光は《砂》に埋もれた後のヴェステたちの動向について尋ねた。
「実はさ、蟻地獄の下に、すんごいデカい"空間"が地中にあってさ、俺たちその中に閉じ込められてたんだよ。特にトラップとかはなかったんだけどよ?壁も天井もバカみてぇに硬くて、いくら壊そうとしても全然ビクともしなかったんだ!一向に状況が好転しそうにねぇから、暗い地下からずっと、ハニーの勝利を願ってたらすっごい地震が起きて、『何だ何だ!?』って騒いでたら、部屋全体が歪んで、天井がブチ破られたと思ったら俺たちは外にボォーンって投げ出されて脱出できたんだ!!」
「そうか……!」やや滅裂な表現もあったが、大体の経緯を光とフェルタは把握した。しかしヴェステたちには、一つ腑に落ちないことがあった。
「しかし、どうしてそこに"空間"があったのですよ?」
「さぁ?」「ケルネ、わかる、しない。」「おっきいモグラでもいたのかもだし?」
テルクシアの疑問に、ヴェステたちは首を傾げる。だが唯一、光にはその謎の答えが判っていた。
「いや。たぶんそれは、ラーギブが掘ってくれたんだよ。皆を巻き込まないようにするために――。」
「え?」「は?」
意外とも思える光の答えに、毛頭そんな回答は予測だにしていなかったヴェステたちは猛反発する。
「ンなバカな!?こいつは俺たちをブッ殺そうとしたんだぞ!?」
「そーだし!そーだし!ひかりん、何言われたか知らないけど、こんなヤツにダマされちゃダメだし!!」
先程の仕打ちに復讐するかのように、ヴェステたちは必死に光に抗議する。一方にフェルタは、ただ黙って光の言い分を聞こうと構えていた。光はその理由を続ける。
「そうさ。僕たちは騙されてたんだ。ラーギブの煽情的な言動の数々に。だけど彼は、UGE軍の手先なんかじゃない。僕がラーギブにこのハンマーを振り下ろした瞬間、彼の"本当の願い"を読み取ることができた。彼の"本当の願い"は――"UGEの壊滅"だよ!」
「なっ!?」「はぁ!?」「??」「えぇっ!?」「――――。」
光から語られたラーギブの本意に、四人は目を丸くする。フェルタは尚も表情を変えずにただ様子を伺い続ける。
「"UGEの壊滅"――!?」
「そう。どうしてそんなことを望んでいるかまでは判らないけど、間違いないよ。ラーギブは、僕たち《へスペリディア》側の人間だよ。今までの彼の煽情的な言動は、全て、僕の能力の本質を引き出すためのただのハッタリで、本気でフェルタさんたちを殺すつもりは毛頭なかったんだ。現に皆、こうして無事に生還しているしね。それを踏まえると、ヴェステたちを地中の空いた空間に引きずり込んだのは、僕の能力で万が一皆が被害に遭わないように隔離するためだったんだろう。全ては、UGEに対抗できる力を一人でも多く、"遊撃団"という組織に取り込むために。――そうだろ、ラーギブ?」
「――!!」
光の説明にヴェステたちは頭をこんがらがせていたが、フェルタだけは、何か腑に落ちたような表情を見せていた。光は、これまでの説明に齟齬はないかを本人に問う。対してラーギブは、
「――何故、判っだ?何故儂の心が読める――?」と、質問で返す。素直に肯定しないのが、どうもラーギブの癖らしい。
「僕は、ある呪文を唱えると、他人の心の中にある"願い"の内容が解るようになるらしいんだ。特に僕と親しい人の"願い"は、かなり遠くにいてもすぐに理解できるようになる。でも――例えば戦闘中の君のように、敵対的な感情を抱いた人の"願い"についてはそもそも理解できないか、理解するまで時間がかかる――みたいなんだ。きっとこれも、《希望》の能力の一つなんだと思う。」
「そう……か……。」
それを聞いたラーギブは、今後の光の能力の利用法について色々と想像を巡らせていく。味方の思考の察知と具現化。発動条件付きだが桁外れの破壊力。時間さえ稼げば敵の思考も暴くことも可能――。ラーギブはその《希望》の力に、更なる希望を膨らませる。その空想を一頻り思い描いたところで、ラーギブはフェルタたちに謝罪の弁を述べる。
「……悪がったのぅ、望月。皇女。ぞれと学友だちよ……。儂の勝手で酷い茶番に付ぎ合わせでじもうた……。許じてぐれ……。」
そのズタボロの肉体ではお辞儀も土下座もできる訳がない故、ラーギブはただじっと目を瞑りそれで反省の色を示そうとした。
しかし、ヴェステたちの反応は微妙である。無理もない。危うく彼に殺されかけた上に、その理由も、レリギオスとしてはまだ幼い彼らには理解しがたいものだった。
「――"許してくれ"、と仰られましても――」
そしてそれは、フェルタもそうであった。彼女にはヴェステたちを襲ったこと以外に、どうしても釈然としないことがあったからだ。
「貴方は一度、光様を殺害しています。光様自身の《魔法》により蘇生できたとは言え、その事実は見逃すことはできません。これについての弁明はありますか?」
「――!?」「なにぃっ!?」
光が一度殺された、という目撃談を聴いて、ヴェステたちはおろか、何故か光も仰天していた。光は自分の身体のあちこちに手を当て確かめるも、どこも痛む所がないのを不思議がる素振りを見せる。一体どういうことだ!?と喚くヴェステたちの野次など気にせず、ラーギブはその理由を自ら語る。
「――儂らはのぅ、どうやら死に瀕じた時に爆発的にアズトラルを放出ざぜるらしぐてのぅ……ぞれを利用ずれば望月に驚異的な攻撃力を付与でぎると思うだんじゃ……。皇女も見だじゃろう?あの"天使"の如きアズドラルの輝ぎを――。あれがそうじゃ。どは言え、儂の行為が一般的な法律や倫理に反じておるごとぐらい、百も承知じゃ。好ぎに罰しでぐれて構わん。」
「そうですか。」
フェルタは冷淡な口調で相鎚を打つ。見た感じ、とても良い反応ではない。
彼女は怒っている。そう察した光は、彼女を宥めようと歩み寄るが――
「フェルタさん……彼は、でも……」
「判っています。光様。ご心配なく。」
その時のフェルタは、何故かにこやかな笑顔をしていた。やはりこの人、感情が読めない。光は改めてそう思い後ろに下がり、次に紡がれる彼女の言葉に注目する。
「ラーギブさん。貴方は光様と同じ、不思議な《痣》を持ち、独特のアストラルを放ち、更に高レベルの《魔法》を即座に繰り出すことのできる存在のようです。そして光様と比較して、自らの身体的特徴について、だいぶお詳しいご様子だとお見受けしました。その知識・経験は、光様――乃至は私たち《へスペリディア》にとって有益な情報になり得ると判断し、同時にその戦闘術は、迫害を余儀なくされる私たちにとっての心強い武器になると、期待しています。
よって貴方には、その"遊撃団"において光様と協力し、レリギオスの人権回復・文化復興が為されるその時まで、任務遂行に尽力することを命じます――!それが、貴方の受けるべき罰です――!宜しいですね?」
「……有難き、御言葉……!」
フェルタの口から下された勅命に、彼の身体を拘束したり、苦痛を与えるような量刑は含まれていなかった。彼女は彼を、《へスペリディア》の一員として認めることにしたのだ。その恩赦を賜ったラーギブは、代わりに下された"遊撃団"としての罰を快く引き受ける。傍らで判決を聞いていた光は、彼女の寛大な精神に酷く感服していた。
「フェルタさん――!」
「敢えて申しますが、私はまだ、彼に抱いている欺瞞や不信感を拭いきれてはいません。そもそも彼のアストラルの触感は気持ち悪くて、味もまずくて吸えたものではない――!個人的にとても苦手な部類のアストラルです――!」
それは地球人的なニュアンスで言えば、"生理的にムリ"と同義の言い回しである。レリギオスは付き合う相手を、その相手のアストラルの感触で判断する傾向にあると、光は前にヴィシュヴァカルマンから聞いたことがあった。
「――ですが光様の弁明と、"遊撃団"という言葉のお陰で彼を、赦す判断に至ったのです。"遊撃団"の結成は、今後の《へスペリディア》にとって急務となる事業。少々不本意ではありますが、この者の力を借りてでも、団の戦力を強化することにしたのです――。」
苦虫を噛み潰したかのような辛辣な口調のフェルタ。本当に赦したんだろうか?と心配になるが、とにかくラーギブの本意は何とか彼女に伝わったようだ。それを受けてかヴェステたちの野次もいつしか聞こえなくなり、フェルタの意に従って彼を受け入れることに渋々了承した。
気が付けば、空はだいぶ暗くなっていた。日が沈んだせいもあるだろうが、同時に《エデン》を周回する3つの衛星が一向に顔を出さないからでもある。
その理由は、いつの間にか上空に誕生していた、分厚い灰色の雲の仕業であった。そして灰色の雲から、何やら小さな白い粒が、ほつり、ほつりと舞い降りて来る。
「これは――?」「まさか――!?」
「"雪"――!?"雪"ですよ!?」「ゆき!ゆき、ふるした!!」
「……《雪》……じゃと?」
天から降り注ぐ白い粒はそよ風にさえ流され行く程軽く、素肌に触れると沁み込むようなひんやりとした感触がある。季節はずれではあるが、これは《雪》で相違ない。次第にその量は増えていき、辺りの空気は一気に冷え込み始める。
「どうして今頃に《雪》が――?」
「それ程高い標高を飛んでいる訳ではありませんのに――。」
突然の降雪に不思議がる光とフェルタ。そこに、更に不可解な現象がヴェステの身に発生する。
「――ん?ヴェステ、どーした?」
「いや……さっき坂を滑った時に擦り剥いたトコが、もう治ってんだよ。ホラ。」
「――ホントだ!テルっちに治療してもらってもないのに!?」「不思議ですね〜。まるでこの《雪》そのものが《回復魔法》であるかのような――」
「!!」
そのヴェステたちの会話を聴いていたラーギブは、ある事を思い付く。この《雪》が何故、何の為に降っているかを、彼は知っていたのだ。
「そうか……。ごれは"お前ざん"が……。」
彼はそう呟くと、静かに薄く笑みを浮かべた。不気味さは残るが、今までよりどこか柔和な微笑だった。
「――望月。」ラーギブは光を呼んだ。
「何?」
「一つ……聞ぎだい……。どうしであの時……敢えて攻撃を外じだのじゃ……?」
それは、光が《流星鎚》をラーギブに喰らわせようとした時。普通に行けば、確実にヒットするはずの軌道で突進してきたにも関わらず、光は寸前で、大鎚の打撃面を彼の身体から外した。そして比較的威力と接地面積の小さい柄の部分でラーギブを殴り、確実だが最小限のダメージを彼に与えて撃破したのだ。
「あの時のお前ざんは……明確な殺意があっだ……!じゃのに何故、あの時態と攻撃を逸らじだ……?何がお前ざんの心を変えだのじゃ……!?」
「それは――……」
光は答えようとして天を仰ぐも、どうしてもその理由が浮かばなかった。あの時、どうしてそうしたのかを思い出せないからだ。
考えあぐねている中、光がふと地面に視線を下ろすと、そこにあったものを見つけるや否や、その理由が自然に思い出されるような気がしてきた。
光は地面に落ちていたそれを、両手でそっと拾う。砂を被って汚れたところを、ぽんぽんと手で軽く叩いて払い、それをラーギブの顔の近くに持っていった。
「――マフラー?」
それはラーギブが首に巻いていたマフラーである。赤地に白い《雪》の結晶模様が描かれた、ノルディック柄の毛糸のマフラーだ。全体的に異国風な感じのする彼の服装の中でも、特に異彩を放っていたアイテムである。
「何となく、このマフラーから声がしたんだ。優しい女性の声でね。その声が紡いだ"願い"を聞いた瞬間、僕はその"願い"を――なんでか判らないけど、叶えたいって想ったんだ。君にとって、大切な人からの贈り物だと想うこのマフラーを、傷付けたくなかったから――かもしれない。」
上手く言葉がまとまらない。想い起される曖昧な記憶を、浮かび上がると同時に言語化していったがために、まとまりのない説明になってしまった。光は語りながらそう反省した。だが、当のラーギブには、それで十分だった。
「返すよ、コレ。」光はマフラーを4つ折りにすると、彼の胸の上に傷まないようにそっと置いた。その優しさに、冷徹な彼の心も少しずつだが溶かされていく。
「――忝い。」
「――悪いが一つ……"願い"を聞いではぐれんか?」
「何?」
「……《雪》と会話がしたい……。このまま暫ぐ……一人にさせでぐれ……。」
「――分かった。」
光は微笑みながらそう言うと、左手をラーギブに差し出すことなく、彼の元から離れた。光は更にフェルタやヴェステたちを、ラーギブの元から遠ざけ、ラーギブの周囲5m圏内は無人となった。
「――すまんのぅ……。また……お前ざんに頼ることになるどはのぅ――」
一人ぼっちの空間の中、ラーギブは空から降る《雪》に向かって囁く。光たちの――というより、普通の人間の耳では、《雪》の声を聴き取ることなどできない。だがラーギブには、その声が確かに聴こえていた――。
〔気にしないで。遠くにいても、ワタシはずっと傍でキミを護るから――。ワタシが帰ってくるまで、身体、ゼッタイに壊さないでよね――?〕
「嗚呼……。判っておる。大切にするわい……《雪》……。」
季節はずれの寒空の下で、誰にも邪魔されない一時を、ラーギブは《雪》と過ごした。いつかの切ない日々の追憶を、思い馳せながら――




