Episode20:《枷》
2388年5月30日(月) 16:49P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
「邪魔者は排除した。あとはフェルタ皇女を始末し、望月を部隊に引き渡せば終い……!それで儂の"任務"は完了する!全ては、『地球人類による繁栄』の標語の為に!!」
「地球人類に……よる繁栄……!?」
ラーギブが発したそのフレーズ。それは、嘗て良くテレビや学校の授業で耳にした言葉。だが今となっては、全く別の意味となって光の耳に届いてくる。
『地球人類による繁栄』――地球人類が宇宙進出を進めるにあたって、UGEが設定した標語である。人口増加や多様化の進んだ地球人社会を更に平和的で豊かなものとするために、居住区域の拡大・技術革新・雇用拡大などの政策の根幹として、この言葉は制定された。意味するところは、この宇宙で唯一の宇宙航行技術を持つ生命体である地球人類の成長と繁栄は、そのまま宇宙全体の繁栄に繋がるとされ、設立当時から今日までUGE全体で使われてきたフレーズである。UGE関係者ではないごく普通の地球人にとっても、日々の成長や勉学・労働、ケガや病気の快復等に対する、将来への希望がこもった激励の言葉としての意味合いもあった。
だが、今は違う。ラーギブの声は、明らかに労いや応援の声ではない。UGEに追われ、レリギオスの住まう《ヘスペリディア》に身を隠す立場である光の耳には、寧ろ《絶望》を感じさせる響きであった。そのフレーズと、前々から口にしている"任務"という言葉。そしてこれまでの冷酷な立ち振る舞い――。
光は、もしやの事態を察知した。
「ラーギブ……君は、まさか……!?」
感づいた様子の光を見て、ラーギブはニタリと笑みを浮かべる。
「そう言えば、言うておらんかったのぅ……!儂は、UGE軍で戦闘訓練を受けた兵士!!《魔法》の数々はそこで学んだ……!!」
「「――!?」」
衝撃が走った。まさか、UGE軍の手の者が《ヘスペリディア》に潜入していたとは、想像さえしていなかった。それも、南星宮の生徒たちに紛れて――。
あの襲撃事件のちょうど3日前に、彼は高校に転校してきた。思えばとても不可解なタイミングだ。恐らく事件の日に、AXelが異常なスピードで高校へ来たのは、彼の手配があったからに違いない。あの時から、怪しいと思うべきだったのだろう。だが後悔したところで、時計の針を巻き戻すことはできない。
「ククク……!驚いたじゃろう?まさか《魔法》を使える者モンがUGE軍にもおったとは?しかも見たじゃろう、儂の《魔法》の数々を?短い呪文でここまで高度な《魔法》を発動できる……!たった一つの権能のみを獲得し、それを極め続けた末に成せる業じゃ!ここまで到達するには、研究機関の者共がせっせと集めた《魔法》にまつわる数多の研究データ――軍の戦績やノウハウ――肉体と思考の研鑽――そして叶えるべき"悲願"があったからじゃ!!今の儂なら、並のレリギオス相手であれば軽く二、三百名は一瞬で葬れよう……!!」
ラーギブは声高らかに自らの能力と、これまで彼が育ってきたであろう環境を改めて自慢する。何も抵抗できない今の光やフェルタ相手なら、彼はいつでも地面の《砂》を変形させて二人の命を好きなように奪えるだろう。
だが、ラーギブは未だにそれらしきモーションを見せない。余裕ぶいているようでもあるが、逆に何か苛立っても見える。そんな表情をしていた。
「儂がお前さんの高校に来たのは、お前さんを儂らの"部隊"に引き入れるためじゃった……!その能力を利用して儂らの思い通りに事を進めることが可能と踏み、生徒として潜伏してお前さんの監視を行っていたのじゃ……!"変な邪魔"が入ったせいで、頓挫したも同然になってしまったがのぅ……!!」
"変な邪魔"とは、フェルタたちの介入のことだろう。想わぬ形で作戦を無茶苦茶にされたことに、相当の恨みを抱いていることだろうと、光は思索した。だが重要なのはそこではなく――
「――"利用"って、僕をどうする気だったんだ?」
「決まっておるじゃろう?お前さんの、他人の"願望"を叶える能力――それを使えば作戦の達成から資金・物資の確保、地位権力の向上まで全てが思うがままにできる……!とても魅力的な能力チカラじゃ。加えて"報告書"には、『レリギオスの街一つを消し炭にした』程の破壊力を持つとあった!これが本当なら、十数年も滞っておる《エデン》の完全征服も容易になる――!!儂は寧ろ、後者の方に興味がある……!!」
「――――!!」
ラーギブはギラリと眼を輝かせ、光を睨みつける。だが、光にはその"報告書"というものにあるような記憶も、能力も身に覚えがない。一瞬目を丸くはしたが、知らない素振りを見せぬようどうにか表情の変化を堪えた。それがバレれば、何をしでかしてくるか分かったものではない。
「しかしつまらんのぅ!お前さんはその破壊力とやらを全く見せようともせん!!儂相手に手加減をしておるのか!?あぁ!?早ぅせんと仲間だけでなく、フェルタ皇女までも殺してしまうぞ!?それで良いのか!?」
光の胸に刀を突きつけ、ラーギブは煽動的な台詞を放つ。彼がこの戦闘を仕掛けた訳が、光にも漸く理解できた。
だがそれが理解できたからと言って、その力を呼び起こす術を光は知らない。そもそもそんな力があるかも分からない。本当だとすれば、一歩間違えればラーギブだけでなく、フェルタや周囲の人たちまで巻き込んでしまう。下手をすれば、《ヘスペリディア》全体も――
「……良い訳……ないだろう!!」
光は意を決して、痛みを押し殺し立ち上がる。身体が地面と垂直になるにつれ、背中の骨の罅が悲鳴を上げる。だがそれに構う余裕など今はない。
「き……君を……倒して……皆助ける……!!フェルタさんも……ヴェステも……皆っ……!!」
両足で地面を踏みしめ、震える手でファイティングポーズを構える。
頭を打った衝撃で、前方の視界が眩む。近くのラーギブの顔も良くは見えない。とても戦って勝ちを取りに行けるような状態ではない。それでも、護りたい命のために、彼は立ち上がる。
「さて、今度は何を見せてくれるのじゃ?言っておくが、フェルタ皇女のアストラルを借りるのはナシじゃ。あんな興ざめたモンは見とぅない。」
「そうか……!だったら!!」
光は右手を、左手の《痣》の上に被せた――!
「!?」
「《希望の痣》!!僕に、あいつを倒す力をくれぇええええええっ!!!!!!」
彼は"願った"。その"願い"を、自らの能力として使うために。
触れた他人の"願い"を叶えることができるのならば、自分の"願い"も聞き入れてくれるはずだ。光はそう信じ、強く念じた。
だが――
〔――――――。〕
「……なんで?どうしてだよ!?どうして反応してくれないんだ!?こんな時に!?」
《希望の痣》が、いつも輝きを見せてくれない。
それはつまり、《希望》の能力が発動していないということ。
光の"願い"は、受け入れられなかったのだ。
その時、再びあの母親の言葉が胸を過ぎる。
〔光――貴方は誰も傷付けないで――!!〕
「母さん……!!今はそれどころじゃないんだ!!頼むから……僕の"願い"を……!!」
(――無駄じゃったか。)
ボフゥゥ……
「えっ――」
その瞬間、光の眼前に《砂》の刃が鈍く煌く。
「――許せ。」
グサッ……!!
「ぶっ――――!?」
鈍い雑音が去るのと同時に、光の口から、熱い何かが噴き出す。それは、左の胸あたりからもじわじわと溢れ出ていた。
――――血――――?
気が付けば、ラーギブの《砂》の刀が、光の身体を貫き、刀身を伝って血液が滝のように流れ出している。
鋭く尖った刃の部分と、それ以外のざらざらとした《砂》の感触が、内部の肉という肉を傷付け、光の全身に得も言われぬ刺激を走らせた。
「――ぁぁああああぁぁああああぁぁああぁぁあぁあああぁああ!!!!!!」
砂漠と化した森林全体に響き渡る、悲鳴。
フェルタは、その凄惨な声と光景に顔を思わず逸らしてしまう。
ラーギブが刀を引き抜くと、堰き止められていた血液が一気に噴き出し、《砂》の大地を紅く染める。
光は開いた穴を手で塞ごうとするも、血の流れ出ていくのを防ぐことはできない。心臓は破裂しそうな程に強く脈打ち、呼吸は乱れ、視界はだんだんと明瞭さを失っていく。
「安心せい。その程度では死――らしいぞ。ちぃとばか――絶するだけじゃ。事が――だら、――にし――」
ばたっ。
光は膝から崩れ落ち、朦朧とした意識の中で、必死に抵抗を続けた。
だが、身体は空しく衰弱の一途を辿る。
もはや彼の耳には、何も聞こえなくなった。
痛みも、鼓動も、何も感じない。
だんだんと、命の灯が消え失せていくような感覚。
――これが、死――?
そう悟った瞬間に、光の身体は地面に、ぱたり、と倒れ込んだ。
それから、光の身体が再び動くことは、
――なかった。
「ひっ……光……様……?そんな……そんな……っ!?」
フェルタは、そんな目の前の光景を受け入れられないでいる。唯一の頼み、愛しき異性との唐突な別れを、悲しみ憐れむ覚悟など、彼女は持ち合わせていなかった。
(――やはり、望月の母親の"願望"か。こやつの破壊力の《枷》となっておるのは――。そやつをどうにかする方法は、今のところない。ひとまず実験はここまでにするしかないとして、――さて、何と言い訳するか――)
一方のラーギブも、ヴェステたちの時とは違い、やや憂いを帯びた眼差しを彼に送っていた。刀についた血を振り払うと、彼はせせり泣くフェルタの方を向く。
「こっ……殺したのですか!?……ひひ、光様をっ……!?」
悲哀、恐怖、怨恨、後悔――フェルタの中で様々な感情が入り乱れて、彼女の声を謇らせる。沸き立つ感情を、上手く整理することができない。その気持ちを察したのか、ラーギブは、
「――安心なされ、皇女。望月は死んではおりませぬ。これはテスト。望月の本気を見るための芝居だったのじゃ。時間と体力の無駄ではありましたが、誰も殺してはおりませぬ。無論、貴方様を殺すようなことも――」
今までとは違う、落ち着いた丸みのあるトーンで、そう語った。
だが勿論、彼女の耳にそのまま受け入れられる筈もなく――
「テスト?芝居?今さら信じられますか!?こんなに人を殺しておいて!!現に今、目の前で光様を刺したではありませんか!?」
当然に激情するフェルタ。ラーギブは、それを宥めようとする。
「皇女。言うておりませんでしたが、これは前々から約束されたモンなのですじゃ。望月に施された何かしらの《封印》を外すために、"ヴィシュヴァカルマン"と共に練った作戦なのですじゃ。」
「なっ……!?まだ下手な冗談を重ねますか!?博士はもう既にUGEとは縁を切っています!!今さら私たちを裏切ってUGEに付くなど、あり得ません!!」
「ですから、儂はUGEの者ではなく――」
苦しい弁明を続けるラーギブに、フェルタはそもそもなかった愛想を尽かし、抵抗を始める。右手の甲を返し、IDRA-Watchの通信ボタンを壁の僅かな突起に押し付ける――!
「ここは、大戦からの復興を願うレリギオスたちの最後の《楽園》!!私は、その全てを統べる者として、貴方をここで排除しなければなりません!!――今の私自身では無理ですが、"援軍"がすぐにこの地に駆けつけてくれます!!」
瞬間、フェルタはボタンを壁から離し、大声でWatchの回線の向こう側にいるヴィシュヴァカルマン博士に向かい、助けを呼ぶ!
「博士ぇっ!!助けて下さい!!UGEの者が、私の命を狙っています!!場所はオレイオス魔法学校の、演習場の森の中です!!私は敵に捕らわれて全く動けません!!既に光様や、他の生徒の方も犠牲に――!!早く――早く助けてください!!」
〔――――――。〕
通話自体は繋がっている。だがヴィシュヴァカルマンからの返答が、一切ない。モニターの向こうの様子も、拘束されたこの状態では全く窺うことができない。
「――博士?博士!?返事をして下さい、博士ぇ!!」
フェルタは頻りに博士の名を叫び続けた。だが一向に、Watchからは何の音声も送られては来ない。
「まさか……嘘ですよね……博士……?それとも……既に誰かに殺られて……?」
どちらにせよ最悪の結果であることに変わりはない。フェルタは頭を項垂れ、大きな絶望を抱えた。
一方のラーギブも、何やら頭を抱え込んで困惑している様子である。
(参った……!儂が本気でUGE軍の者じゃと勘違いしておられる!!いや、実質そうじゃったが……!きっと、博士が連絡を怠ったに違いない!でなければ、これ程に意見が食い違う訳がない――!!なんとか、早く誤解を解かなければ――!!)
ラーギブはそう思いつき、ある提案を思いつく。
「皇女、落ち着きなされ!望月はこれしきでは死なぬ!気絶して寝ておるだけじゃ!それに先刻、《砂》に埋めた者たちも無事じゃ!今からそれを証明――」
「――光様?」
「何ッ!?」
フェルタの涙は止まっていた。その視線ははっきりと真っ直ぐ前を向き、ラーギブより後方の"何か"を捉えていた。
まさか……?と、ラーギブは恐る恐る後ろを振り返った。
そこに立って――いや、浮いていたのは――
「――これより、望月幌の"願望"を実行する。」




