Episode17:《砂》を司る者・後編
2388年5月30日(月) 16:15P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
話は光たちがラーギブと遭遇する5分前まで遡る。背後から来る相手チームから逃げ続ける最中、彼らはこの時既にラーギブと遭遇した場合の策略を練っていたのだ。
「ラーギブ……?」
「はい!相手チームのメンバーの中でも、一番の実力者です!さっきの4人とはどうやら別行動を採っているみたいですが、もし今奴に見つかれば、非常に厄介です!」
「――どう厄介なのですか?」
「ラーギブは《砂》を自在に操る《魔法》を極めてるんだし!《砂》の槍で硬い岩を貫いたり、何人もの相手を一気に捕らえて動けなくしたり――そのテクニックの高さは、ヘタしたら学校一ってくらいにスゴイんだし!!それで何もないところから《砂》を自在に出すこともできるんだし!今ラーギブがたった一人で行動しているということは、つまり――!」
「森のあちこちに《砂》を敷き詰めて、自身の優位に立てる攻撃拠点を広めている――ということでしょうか?」
「ピンポーン!さすがフェルタ皇女だし!」
「アイツの戦闘力は、操れる《砂》の量に比例して強くなる!!数で物言わせる軍隊のように!!もし訓練開始からずっと《砂》をバラ撒いてやがったのなら、きっと今頃……かなりの面積の砂地を確保できてるはずだ!!」
「それに、ラーギブ・アル=アハカーフ・アブドゥルラザクくんの徹底的な性格を鑑みるに、ラーギブ・アル=アハカーフ・アブドゥルラザクくんは、テルクシア・カンティオス・シレーナたちが"必ず通る場所"を狙って待ち伏せているに違いないのですよ!」
「"必ず通る場所"――?」
「"ゴール付近"さ!彼ならきっとそこで僕たちを待ち構えるはずだ!!」
「うん!ラーギブ、それ、するしそう!てか、する!ゼッタイ!!」
「ラーギブにゴール付近を陣取られてしまったのなら、そこを通過するのは容易じゃねぇ……。少なくとも全員揃って突破するってのは、諦めた方が良いだろうな。」
「それはつまり、誰かを囮にするってこと?」
「ああ。今からチームを二手に分ける。"ラーギブの注意を引きつける班"と、その隙に"フェルタ皇女を護衛しながら脱出させる班"だ。対ラーギブ班が囮となっている間に、別の班がこっそりとフェルタ皇女をゴールまで誘導するって作戦だ!どうだ?」
「いいと思う。――で、振り分けは?」
「作戦成功の鍵は、ラーギブの注意をいかに引き付けられるかだ。そのため対ラーギブ班に人員を多く割く。本来の《要人》役であるテルクシアは、対ラーギブ班に着け。こういうのもなんだが、フェルタ皇女を逃すのに今のお前は絶好の目晦ましだからな。」
「ええ、大丈夫ですよ!」
「そのテルクシアを護衛するような形で、オレ様、フィリア、ケルネ、テレモーテ……この4名でラーギブを相手する!」
「分かったし!」「わかるした!」
「ということは、残った僕は――」
「私の護衛ですね♡♡嬉しいっっ♡♡」
「フェルタさん!?ちょっと走りづらいんですけど!?――でもさヴェステ。僕、何も《攻撃魔法|》《・》使えないんだけど、もしラーギブが襲ってきたらどうする?」
「――?」
「知ってる。そうならないように、あらかじめフェルタ皇女の姿を透明にしたんだ。フェルタ皇女の存在をヤツに勘付かれる可能性はない。それに皇女を逃すには、皇女に付く護衛は極力少ない方が目立たずに済む。確かにハニーには攻撃手段がないが、代わりに強力な《防御魔法》がある。それを使えば、無事にフェルタ皇女を送り届けられるとオレ様は信じてる!」
「――。」
「安心しろ。オレ様たちが何としてもラーギブの注意を逸らせてやるから。お前はただフェルタ皇女と逃げることに集中すればいい!分かったか?」
「――ああ、分かった……。」
2388年5月30日(月) 16:30P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
そして彼らはラーギブと遭遇した。作戦通り、ヴェステたちが絶え間ない攻撃でラーギブの注意を引きつけている間に、光とフェルタはこの場から逃走してゴールへと突き進んでいく。
現状での唯一の誤算――それはテルクシアがラーギブに捕らえられてしまったこと。元々《要人》役として狙われる役回りだったため仕方のないことではあるが、彼女の高レベルの回復魔法と能力変化魔法の恩恵を受けられなくなったのは、普通に考えればかなりの痛手である。
だが、今の光たちにとっての最優先事項は、"フェルタ皇女の脱出"であった。テルクシアを放置してでも、光はゴールに突き進まねばならなかった。それがチームの総意であり、光自身もそうしなければならないと思っていた。
「テルクシアさん、大丈夫でしょうか……?」
「分からない!けど――今は信じるしかありません!」
光は走りながら、ふと後ろを振り向いた。その先に見えたテルクシアの表情は、とても真剣な面持ちだった。置き去りにされたことへの怒り――ではない。この作戦を何としても成功させて欲しいという"願い"のこもった眼差しだった。
(望月光くん!フェルタ・エオルシア・フルトニオス皇女をしっかりお護りするのですよ!!)
彼女の想いは、光の胸に"音声"としてしっかりと届いていた。テルクシアの願いを受け取り、光は左手の輝きを強くさせ、心の中で強く叫ぶ。
(フェルタさんを脱出させたら、すぐに戻るから!それまでラーギブに負けないでいてくれ――!!)
光が再び前に視線を戻した。だがその時、彼自身は気付いていないが、ほんの一瞬だけラーギブの視線とぶつかってしまっていた。
「……あやつ、このまま逃げる気か?」
〔〔ズゥゥゥゥン!!〕〕
「――!!」
「お前の相手はこっちだ!ラーギブ!!」
一方のヴェステたちはラーギブの注意を逸らせようと、ひたすら攻撃を続けていた。前述のテルクシアの拘束のせいもあって、彼らは訓練での勝利のために"ラーギブの撃破"という難題を更に背負い込んでしまった。《砂》で防御したり回避したりするラーギブ相手に、彼らの攻撃はなかなか当たらない。だが彼の注意を引きつけることには成功している。このまま時間を稼いで、フェルタが無事に森を脱出することをヴェステたちは願っていた。
「――成程、そうか。」
ラーギブは突然にそんな言葉を漏らした。その意味深で発言を、ヴェステは無視できなかった。
「何が『成程』なんだよ?」
「お前さんたちは皆、なすべきことをやろうとし、そして実際に今やっておる。そしてそれを見て儂も、今なすべきことが漸く分かった……。ただそれだけのことじゃ。」
口元こそ見えないが――いや、それ故にどことなく気色の悪い笑みを浮かべるラーギブに、ヴェステは一抹の恐怖を覚えた。
「何が言いてぇんだ?ハッキリ喋れよ!!」
「百聞は一見に如かずじゃ。実際に見せてやろうぞ……。」
そう言ってラーギブは跪き、両手を地面に翳した。
すると、ラーギブの首筋に刻まれた《痣》が、マフラー越しでもはっきり形が分かる程に激しく輝きを放ち始める。黄土色のアストラルが彼の身体から溢れ出し、地を這うように放射状に拡散する。そして――
「《砂漠の防護壁》――!」
「――見えた!あそこがゴールです!!」
光は前方1km先に立つ、ゴール地点を示すフラッグを視界に捉えた。ラーギブが事前に木々をいくつか倒してくれたおかげで、フェルタもその方角を明確に把握できた。
「あそこまで逃げればもう安心です!もう一踏ん張り、いけますか?」
「ええ!大丈夫です、光さ……」
その時、フェルタの背中に不吉な予感が走る。
「待って!前方から何か来ます!!」
「えっ――?」
彼女の注意を受け、光は咄嗟に足を止める。光は何も感じられなかったが、フェルタは確かにそれを感知していた。あのザラザラとしたアストラルの塊が、2人を一瞬で追い抜いていくのを。そして――
〔〔〔ドドドドドドドド!!〕〕〕
「!?」「なんだ!?」
2人の前方にある地面の《砂》が、突然物凄い勢いで隆起し始めた!高さは優に10mはある、とても分厚く頑丈な《砂》の壁が現れたのだ!
「こ、この壁は……!?」「大丈夫です!遠回りすれば無事に――」
だがそれだけで終わらなかった。更にその地点を起点にして、《砂》の壁は左右に湾曲しながら高速で拡大を開始する!とても2人の足では追いつけないスピードで――!
「嘘だろ……そんな!?」
光がそのような台詞を言い切るまでには、《砂》の壁は既に半円形になるまでに成長してしまった。そして壁はヴェステたちをも追い越して拡大を続け、遂に――
〔〔〔ズゥゥゥゥン!!〕〕〕
《砂》の壁の両側が接触・融合し、壁は綺麗な円形となった。直径400mもの巨大な円形の壁に、抜け穴など一切見当たらない。光とフェルタ、そしてヴェステたちは、ラーギブの《砂》によって完全に包囲されてしまった――!
「これは……まるで私たちの逃亡を妨害するかのよう……!もしや私がここにいることが、あの者にバレてしまったのでは――?」
「いいや、違うよ……。」光は即座に否定した。「僕の横にいるのがフェルタさんやテルクシアでなくても、ラーギブはこうするつもりだったんだ……!」
光の頬には、じわりと冷や汗が滲み出ていた。その言い方では、まるでラーギブの狙いは光であるという風に聴こえる。フェルタはその理由を問うた。
「それは、どういうことですか――?」
「――!!伏せてっ!!」
「ひゃあっ!?」
〔バサッ!〕〔〔〔フォォン!!〕〕〕
光は突如フェルタを押し倒し、彼女に覆いかぶさった。急に飛んできたラーギブの攻撃から護るために。あの鋭い切れ味の《砂》の円盤は2人の身体の上を通過し、壁にぶつかり消滅した。その後の追撃が来ないのを確認して、光はフェルタの身体を気遣う。
「大丈夫ですか!?お怪我は!?」
「ええ……平気、です……。」
「なら良かった。」
光は安堵の微笑を彼女に見せた。だが――
「どこへ逃げる気じゃ!?」
「――!!」
遠くの方から聴こえるラーギブの声。光はすぐに険しい表情に戻り、ラーギブの顔を睨みつける。ラーギブもまた、殺気立った鋭い眼光を光の顔面にぶつけて返す。
「やっぱり、狙いは僕なんだね……。今の攻撃、僕を本気で殺そうとしてたのか!?」
「そうじゃ!お前さんの持つ《希望》の力とやらがどれ程のものか、確かめるためにのぅ!――じゃが、つまらん!!お前さんは儂に立ち向かうどころか、背中を見せて逃げてばかりじゃ!!それが《希望》の力か!?見損なったわ!!」
「確かに逃げてばっかりなのは謝るよ……!けどこれには理由があるんだ!!」
「ほぅ、理由とな……?」
そう発言すると、ラーギブは視線を斜め下に下ろし、あるものを指差して光に問いかける。
「それは、そこにある2人分の足跡と関係があるのかのぅ!?」
「「!!」」
その質問が飛んできた瞬間、光とフェルタは冷や汗をかいた。彼の反応を見たラーギブは疑念を更に強くさせる。
「お前さん……何か隠しておるな?この壁の中におるのは儂と、お前さんのチームの面々全員の、計6人。それとあの竜騎士の坊主が連れておるトカゲが1匹じゃ。――じゃがどういう訳か、ここにはもう一人別の誰かの足跡が存在しておる!それは望月――お前さんの足跡のちょうど隣にぴったりとくっついておる!!これはどういうことじゃ!?」
「そ、それは――!!」
(マズい!!)
ヴェステは2人の危機を察知した。彼は大剣を掲げてラーギブに向かって走り、そして勢いよく振り下ろした!!
〔〔ボカァァァァン!!〕〕
「――!?」
ラーギブは《砂》で目晦まししながら身を翻し、剣撃をするりと回避。彼にはかすり傷一つ付かなかった。
「ちっ――!しつこいのぅ、お前さんたち!!」
「それはコッチのセリフだ!ずっとハニーの方ばっか気にしやがって!!コッチ見ろってんだ!!」
「そーだし!こんなに攻撃してるアタイらをガン無視とかありえないし!!ナメプにも程があるし!!」
「ナメ……プ?フィリア、それ、どんな、いみ?」
〔グルルル……〕
ヴェステに続いてフィリアとケルネ、テレモーテも駆け付ける。ラーギブはそこで、彼らが自分の注意を引きつけるための囮だということに気付く。
「ククク……成程!!お前さんたち全員、あの見えない何者かのために、無謀にも儂と戦っておるのじゃな!?面白い!!」
「無謀だって決めつけないでほしいし!コッチの方が数の上では圧倒的だし!!」
「いいや、これは無謀じゃ。そしてその数の差も、直に埋まる――。文字通りの意味でな。」
「!?」
ラーギブは、両手を上に上げた構えをとる。そして円を4、5回描きながら両手を胸の高さまで下ろしていく――。
「――!!」
その時フェルタだけは気付いていた。ヴェステたちの足元で、ラーギブのアストラルが地中深くに渦を巻いているのが――!そのアストラルの流れ方から彼女は技の全容を理解し、そして恐怖した――!!
「ダメです!!皆様!!逃げて!!!!」
「なっ――!?」
「遅いわ。《流砂の牢獄》!!」
〔〔〔ズザアアアアアアアア!!!!〕〕〕
「「「!!??」」」
突如ヴェステたちの足元の地面が崩れ、擂り鉢状の窪みが出現する!!
「「「うわぁああああああああっ!?」」」
ヴェステたちは窪みの斜面に落下すると、そのまま流れる《砂》に運ばれ、窪みの中央部へと段々吸い込まれていく!その様はまるで、巨大な"蟻地獄"――どんなに必死に足掻いても、崩れやすい《砂》の斜面の上では、彼らはただ滑り落ちることしかできない!
「ダメだ!!これじゃ完全に飲み込まれちまう!?」
「大変!!ケルネっちとテレモーテがもう殆ど埋まりかけてるし!?」
〔グルァオオ!!グルァオオオオン!!〕
「う……うごく……できない……ケルネたち……し……ぬ……?」
「諦めるな!きっと……ハニーが――うわっ!?」
〔ドサァアアッ!!〕
更に斜面は大きく崩れ、ヴェステは窪み中央の最深部まで追いやられた。崩れたショックでヴェステは四肢を《砂》に拘束され、最早抵抗することができなくなっていた。
「く――そっ――!!抜けねぇ!!おい皆、大丈――!?」
ヴェステが顔を上げた時、もうそこに仲間の姿は無かった。
フィリアも、ケルネも、テレモーテも、既に《砂》の中へと埋もれてしまっていたのだ。
「ウソ――だろ!?こんな――!!」
「皆さん……ごめんなさい……!!テルクシア・カンティオス・シレーナが非力なばかりに、こんな……!!」
《絶望》するヴェステとテルクシア。その表情を見て、ラーギブは気色の悪い笑みをこぼす。
「ククク……!直にあやつも沈むじゃろうて……!この惨状を眼にすれば、嫌でも奴は――!!」
「ラーギブ!!」
「!!」
〔バシィィッ!!〕
「も、望月光くん!?」
怒りに満ち溢れた光の左の拳が、ラーギブの右頬を捉える!ラーギブは防ぐことも避けることもせず、そのまま光のパンチを受けてぶっ倒れる。
「どど……どうしていきなり!?ていうか、フェル――護衛はどうしたのですよ!?」
突然の出来事に慌てるテルクシアの質問に、光は、答える。
「心配ないよ、テルクシア。安全な所に避難させた。それより今は――皆を救い出さないと!!」
光の眼は、怒っていた。光自身も経験したことのないレベルで、彼はラーギブに対して牙を向く。
「――やはり来おったか。待っていたぞ、この時を!!」
その時のラーギブの声は、とても嬉しそうに聞こえた。だが光の胸は痛い。同時に勢いよく振りかぶった左手も。二度と見たくないと願った光景を、再び引き起こしてしまった後悔と責任――その痛みが、左手に長い間残り続けた。
「君は……君は今一体何をしているのか、分かってるのかっ!!」
「ほぅ……?怒っておる!怒っておるな、望月!!この儂を!殴り殺したい程に怒っておるな!!えぇ!?」
ラーギブは更にテンションを上げる。判りやすい挑発だ。だが今の光には、それと理解するための理性が、機能しなくなってしまっている。
「"殺したい"……そうだね。最悪、そうする他ないのかもしれない。皆を救うためには、"敵"である君を!!」
「宜しい!」
そう言ってラーギブは、バァァッと首に巻いたマフラーを外した。右の首筋に刻まれた《砂の痣》が、彼の素顔と共にはっきりと現れる。
「やっと戦う気になってくれて、儂は嬉しいぞ望月!!さぁ、仲間を救い出したければ……儂との勝負で、その《希望》の力とやらを存分に披露せい!!望月光!!」
「――ああ。分かった。」
光は手袋を外し、左手の《希望の痣》を露わにする。一触即発の雰囲気が高まる中、テルクシアが光の身を案じる。
「たっ……戦うというのですか、望月光くん!?無茶ですよ、危険ですよ!?望月光くんだって《攻撃魔法》、からっきしじゃないですか!?どうやって――!?」
「大丈夫さ、テルクシア。僕はどんな"願い"だって叶えられる!仲間を助けることだって、コイツをぶっ倒すことだって――!!」
「!?」
柄でもない物騒な言葉を使う光。ラーギブへの怒りが頂点に達している証拠である。
「では、儂の"願い"も一つ、叶えてくれんかのぅ?"最高の勝負をしたい"という、"願い"をのぅ――!!」
「――いいだろう。その"願い"、僕が引き受ける!!」
光とラーギブ――両者睨み合いながら、ファイティングポーズをとって構える。一陣の風が過ぎ去った直後、2人の《痣》が輝きだす――!!
「Si, Hemitie teskios 《Arenios》!!」
「Si, Hemitie teskios 《Esperios》!!」
(――光様、ご無理はなさらずに。私は私のできることを成してみせます――!)




