Episode16:《砂》を司る者・前編
2388年5月30日(月) 16:20P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
〔ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!〕
その巨大な砂の塊は突如として現れた。通り過ぎる木々を根元から吹き飛ばしながら、高速で!
この森の地形はほぼ平地。近くに山はあるが、ここ最近雨など降っていないため、自然発生の土砂崩れではない。とすれば――
「なんだし!?あの砂嵐!?」
「決まってる!”ヤツ”の技だ!!」
「”ラーギブ”――!!」
光の口から出たその名前は、明らかにレリギオスの名前ではない。地球人類――それもアラブ系の男性に使われる名前の一つだ。
「皆!僕の後ろに隠れて!!」光は咄嗟に指示を出す。それにヴェステらチームメイトたちは即座に従う。
「光様っ!?どっ……どうするのですか!?」フェルタは光が何をしようとしているのか判らなかった。
「皆を護ります!!僕の能力で!!」
「――!!」
この距離、あの速度では、砂の塊から逃げ切ることは不可能。また打ち消せる程の強力な《魔法》も、今の光たちは覚えていない。ならば防ぎ切るしかない。《希望の痣》で、クラスメイトを電磁式自動小銃から護った時のように!
「フェルタさん!僕を、信じていてください!!強く!!」
「――はい!!」
力強い光の言葉に、フェルタは握る力を一層強くする。そして間もなく、砂の塊が光たちに襲い掛かる――!!
「もちづき、ふせぐして!!」
ケルネの叫びに合わせて、光は右手を前方に翳す!
「Si, Hemitie teskios 《Esperios》!!」
〔〔〔ボオオオオオオオオオオオオ!!〕〕〕
光たちの周囲に半球状の障壁が展開され、砂嵐から彼らを防御する。皆を護りたいという光の強い想いからか、レリギオスであるフェルタの信じる力が強いからか、障壁は以前よりも強固となり、砂塵一つ通さない鉄壁の護りを見せる。だが砂の塊の衝撃は凄まじく、障壁内の空間を激しく揺さぶる程であった。
「く――――っ!!」
光の右手は、その衝撃をもろに受けていた。筋肉は軋み、今にも骨が砕かれそうな勢いだ――!だがチームの仲間――なによりフェルタを護るためにも、ここで屈する訳には行かない!光は障壁の維持に全神経を集中させる!
「ぐっ……ぐぅおおおおおおおお!!!!」
〔ボフウゥゥゥゥ……!!〕
およそ2分が経過して、砂の塊は通り過ぎた。周囲の木々の大半は倒れて砂に埋もれ、緑豊かな森は瞬く間にその一部を荒涼とした砂漠と化した。一帯の地形を丸ごと変える程の高威力《魔法》――しかし光は、その破壊力に耐え抜き、フェルタたちを護り抜くことに成功した。
「ふぅ……。皆、大丈夫?」
「――みんな、もんだい、ない!だいじょーぶ!」
「私も無事です、光様!」
仲間の無事を確認し、光はひとまず障壁を解除する。もっとも、危機はまだ去った訳ではない。
「それよりラーギブだ!きっとこの近くにいるはずだ!」
「ああ、そうだね……。」
光は安堵の微笑から一転、険しい表情を浮かべて辺りを警戒し始める。ヴェステたちも周囲を見回して、その”ラーギブ”という人物の気配を探す。実は少し前から光たちは何度もその名を口にしているのだが、フェルタはそれがどのような人物であるかを未だ知らないでいた。
「今の砂嵐は、そのラーギブという者が?」
「はい。」光は頷いた。「彼は、僕と同じ――」
「やはり無事じゃったか。望月光。」
「――!!」
砂を踏みしめる音とともに、突如として一人の男子生徒が、そこに現れた。頭にクーフィーヤを被り、ノルディック柄のマフラーで口元を隠し、白いローブにサンダルという異様な出で立ち。僅かに覗かせる隼の如き眼光は、殺意を込めたように鋭く冷たく、光たちの身体に突き刺さる。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……。おやおや。まさか全員お揃いじゃったとは……!これはちと骨が折れるのぅ……。」
彼は眼の前にいる光たちの人数を数えると、自らの数的劣勢を悟り頭を掻く。無論彼にフェルタの姿は見えていない。テレモーテを頭数に入れれば、実質6対1の構図である。
「やはり君の仕業か――”ラーギブ”!!」
光は彼を睨みつけながら、その名を口にした。この者がラーギブ……そう理解したフェルタが彼の顔を注視すると、あることに気付く。
(――この者、耳が丸い!?)
それはフェルタのような変装ではない、本物の地球人類の耳であるということが彼女には判った。そして先程感じていた黄土色のアストラル流体は、彼の身体から溢れ出ていた。つまり――
「このラーギブという者……まさか光様と同じ――!?」
「そうです、フェルタさん。彼、ラーギブ・アル=アハカーフ・アブドゥルラザクの首筋には、僕の左手と同じような《痣》が刻まれている!そして僕と同じように、《魔法》みたいな能力を持っている!能力自体は僕のとは違うけど、大量の《砂》を自在に操作して、相手を攻撃したり束縛したりできる凄い能力の持ち主なんです――!!」
光は小声で、ラーギブに関する情報を彼女に解説した。
「フェルタさん……これ以上の会話は彼に気付かれる恐れがあります。彼は危険です!フェルタさんの姿は見えなくても、声は聞こえてしまうので、少しの間黙っていてください――!」
「……解りました!」
フェルタはしばらくの間、声を出さないことを約束した。確かにラーギブから溢れ出ているアストラルの量は、地球人のそれより遥かに多い。光と同程度、あるいはそれ以上だろうか。光が護ってくれるとは言え、先程の力の消費もありどうなるかは分からない。光のためにも存在を隠すことをフェルタは誓った。
「おいラーギブ!いきなりあんなのぶっ飛ばしてくんな!!死んだらどうすんだ!?」
一方でヴェステはラーギブに向けて怒りを露わにする。
「『死んだら』じゃと?――知る訳がなかろう。」
「なっ――!?」
ラーギブはあまりにも冷血な口調で言い返す。ヴェステが驚いて反論できないでいると、ラーギブは更に持論を展開する。
「戦場というもんは、常に生か死かの狭間にある。いつ誰が死んでもおかしくない場所じゃ。訓練じゃろうとそれは変わらぬ。戦場に立つ兵士の最重要事項とは、自らが生き延びることにあらず。”自らに与えられた任務の遂行”じゃ。その目的のためあらば、儂は如何様な犠牲でも払うつもりじゃ。例えそれが、”自分の命”でもじゃ……。」
「――ッ!!」
あまりにも鋭く乾いた視線が、光たちを石のようにより硬く縛り付ける。光は何故か、UGEが高校を襲った時のことを思い出していた。ラーギブのあの眼――あれはあの時の女上官の眼と、とてもよく似ていた。
「それはそうと、望月光よ。先の儂の一撃を防いだこと、褒めてやろう。本当はお前さんだけ残ってくれればそれで良かったんじゃが、まさか仲間全員を覆える程の障壁を展開できるとは――。その《希望の痣》の力、やはり侮れぬな。じゃが、見よ。儂が撒いた《砂》はお前さんたちの周りにもうこんなに積もっておる。先の儂の攻撃を防ぐのではなく吹き飛ばしておれば、幾分かお前さんたちの有利に働いたものを――」
「どういうことだ!?」光はラーギブの言葉の意味を問うた。
「こういうことじゃ。《砂漠の高塔》!!」
ラーギブは何やら技名のような物を叫んだ。直後、光たちの足元の地面が、音を立てて揺れ始める!!
〔ドドドドドドドド……〕
「な……なんだこの揺れ!?」
揺れは次第に強くなり、最早立っていられるのもやっとという状態になった、その時――!!
〔〔〔ドゴオオオオオオオオン!!〕〕〕
「うわあっ!?」「きゃあっ!?」「ぬおあっ!?」
突然足元の地面の砂が激しく隆起し、バランスを崩した光たちの身体を空中へ高く放り投げた!光たちはそのまま地面に叩きつけられるが、唯一人……テルクシアだけが隆起した砂に捕らえられて、そのまま上空に連れ去られる!!
「きゃああああああああああああ!!!!」
「テルクシアアアアア!!」
砂の隆起は細く、長く、天に向かって勢いよく伸び続ける。森の中のどの木よりも高くなったそれは、正に砂でできたタワーとなった。テルクシアはそのタワーの天辺で四肢を拘束され、動けなくされている。テルクシアは必死に足掻くも、手足の砂が緩んでくれる様子は、ない。
「ぐ……うぅ……!」
「ククク……どうじゃ?これではお前さんたちの任務遂行は不可能じゃ!その塔は生半可な攻撃では決して壊れたり倒れたりはせぬ!傷ついた場所から自動で修復するよう命令されておるからじゃ。そして儂はその気になれば、いつでも《砂》でその小娘の王冠を奪うことができるという訳じゃ!」
ラーギブは自ら作った砂のタワーを誇らしく見上げながら哄笑する。が、何故かすぐに真顔に戻った。
「――じゃが、つまらん。このまますぐに王冠を奪って勝っても、儂は満足せぬ。儂のもう一つの任務の達成がまだじゃからな。そうじゃのぅ……。」
ラーギブはひと呼吸おいて、光たちにある提案を持ちかける。
「――儂と戦わんか?」
ラーギブは平然とそう言い放った。数の差など全く気にしていないかのように。
「悪い話ではないぞ?お前さんたちが儂を倒すことができれば、《砂漠の高塔》は崩れ、その小娘の束縛は解かれる。お前さんたちの任務も達成できるようになる。一石二鳥――いや、一石三鳥くらいの良い話じゃぞ?無論、まとめてかかって来てもらって構わん。どうじゃ?この話、乗る他ないじゃろう?」
ラーギブは本気で光たち全員を相手にするつもりのようだ。恐らく何か策略があるに違いない。だが――
「ヴェステ!」
「ああ!その話、乗ってやるぜ!!」
光の呼びかけに頷くとヴェステは背中の大剣を引き抜き、ラーギブに向けて構える!光とフィリア、ケルネとテレモーテも了解して戦闘態勢を整える!
「ほぅ……割と乗り気じゃな。」
「気をつけて下さい!テルクシア・カンティオス・シレーナは今こんな状態ですから、回復魔法は使えないですよ!?もしお怪我とかなされたら――」
「分かってるし!大丈夫!!」
「もちづき、ちゃんと、まもるしてくれる!!だから、ケルネたち、がんばる!!」
フィリアとケルネは親指を立てて答える。2人の目配せに光はこくりと頷いた。一方、ラーギブはそのやり取りを妙な感じで聴いていた。
(――"護る"じゃと?あの状態の小娘をどう護ると――?)
「よそ見してるヒマないぜ!!うおりゃああああ!!」
〔ドオオオオオオン!!〕
ヴェステは大剣を地面に擦りながら振り上げ、地を這う炎の斬撃を前方に発射する!ラーギブはすかさず左に回避する!
「――っ!!」
「隙あり!!」
ラーギブの避けた先に向けて、フィリアが銃を乱射する!
〔〔ダダダダダダダダダダダダ!!〕〕
フィリアの弾丸は全弾命中した――かのように見えたが、ラーギブは咄嗟に砂でできた防護壁で全ての弾を受け止めていた!
「ちっ――!」
「こっちの番じゃ!《砂塵の拳骨》!!」
ラーギブは砂の防護壁をそのまま巨大な拳状の塊に形成。それをヴェステとフィリア目掛けて発射する!!
「砕けよ!!」
〔ゴゴゴゴゴゴゴゴ……〕
「テレモーテ!」「グルァ!!」
ケルネの合図に合わせて、テレモーテは勢いよくジャンプする!そしてラーギブの《砂塵の拳骨》を上から押し潰し、攻撃を塞ぐ!
〔ドスゥゥゥゥン!!〕
「ナイス、ケルネっち!!」
「いいや、まだじゃ!!」
間髪入れずにラーギブは巻き上げた少量の砂を手の平で円盤型に形成。それを3枚、ヴェステたちに向かって投げる!
〔フォンン!フォンフォンン!!〕
不気味な音を上げて飛ぶ円盤を、ヴェステたちはするりと交わしていく。同時にフィリアとテレモーテは反撃を繰り出すも、銃弾も火炎弾も、ラーギブの身体を掠めることはなかった。
一方で外れたラーギブの円盤は倒れずに残っていた木の幹をすり抜け、忽ちその幹や枝は綺麗な断面を露にして砂の上に落ちていく――!その威力を目の当たりにして、フィリアは戦慄を覚える。
「ひぃぃ!?めっちゃ硬いアカシオスの木が!?当たったらマジで死ぬし!!」
「交わすか……。ならば――!」ラーギブもフィリアたちの攻撃を避けつつ、再び砂の円盤で攻撃しようとする――。だが!
「させねぇ!!」
「!!」
〔ズバァアアッ!!〕
フィリアとテレモーテが作った一瞬の隙を見て間合いを詰めたヴェステが、炎を纏った横薙ぎの一発を繰り出す。ラーギブは間一髪のところで交わすも、服やクーフィーヤの一部が少し燃えてしまった。
「くっ――!!」
「まだまだぁああああ!!」
〔〔ブォンブォンブォンブォンブォンブォン……!!〕〕
更にヴェステは炎を纏った大剣で素早い連撃を繰り出す!交わしきれないと悟ったラーギブは砂の防護壁で身を護るも、矢継ぎ早に来る重い一撃は、徐々に防護壁の砂を砕き落としていく!
「ぐぬぬ――!!」
「これでとどめだ!!」
〔〔〔ドッカアアアアアアアアン!!〕〕〕
「ぐおわぁっ!?!?」
大剣を一直線に振り落ろし、ヴェステは目の前に強烈な大爆発をお見舞いした!ラーギブは爆風で後方に大きく吹き飛ばされるも、同時に舞い上がった砂を操って体勢を元に戻し、着地の衝撃を和らげた。
「ちっ、あんまし食らってねぇか……!器用なマネしやがる!」
だがラーギブの目に、さっきまでの余裕は感じられなかった。思っていたよりもヴェステたちに苦戦していることに、彼は焦っているようだった。
(まずいのぅ……!望月と差しでやり合うつもりじゃったのに、この3人……意外とやりおる!!こやつらの為に無駄に体力を消費する訳にはいかぬ……!一旦煙に巻いて、望月だけを――!!)
その時。ラーギブの両眼は、ある異変を感知した。
目の前に映るのはヴェステ、フィリア、ケルネとテレモーテ、そして拘束されたテルクシアの4人と1匹"だけ"。そこにさっきまでいたはずの――
「望月が……いない!?」
ラーギブは思わず目を泳がせる。そして、見つけてしまった。
自分の傍らにある、更に後方のゴールに向かって伸びる、2人分の足跡を!!
「まさか!!」
ラーギブが振り向いたその100m程先――。望月光はフェルタを連れてゴールへとひた走っていた!!
(ありがとう、皆!作戦通り、上手くいきそうだ――!!)




