Episode14:《要人》を護衛せよ・その2
2388年5月30日(月) 16:05P.M. オレイオス魔法学校演習場・森林エリア
「「「ええええええええええええええええええっ!?!?!?」」」
森の木々をざわつかせる程の大声は、フェルタの鼓膜を揺らし、彼女の意識を回復させた。背中にふかふかと感じる苔のベッドの感触を手で少し愉しみながら、彼女は上体を起こす。
(しーっ!!声が大きいっ!!)
「す……すまない!」「ごめんなさい!!」
光とケルネ、それと先程合流した3人のレリギオスたちが輪になって何か話をしていた。フェルタは少し離れた場所から、ひそひそと聞こえるその会話に耳を欹てた。
(光様と、ここの生徒の方たちですね。何を話しておられるのでしょう?)
「――でもビックリしたし!まさかこんなところでフェルタ皇女に出会えるなんて!」
「うぇっ!?うわぁああああああああああ!?!?!?」
その名が出た瞬間、当の本人は慌てて立ち上がり輪の中に乱入する。光は漸く起き上がった彼女の顔を見て安心した。
「――あ、フェルタさん。起きたんだね。良かった。」
「良くないですぅ!?なんで私の正体がこんなに知れ渡って――はっ!!」
そう言いかけて、フェルタはうっかり自分で正体をバラすところだったと気が付いた。フェルタは改めて偽名を名乗り出す。
「わ……わわ私の名前は五十嵐楓花!光様の――いえ、望月光さんの近況をお伺いしたく情報管理局より派遣された者で――」
「ああ。そういう設定であることも既にお聞きしたのですよ?フェルタ・エオルシア・フルトニオス皇女殿下!」
「ええええええええええええ!?!?」
フェルタは顔面蒼白で膝から崩れ落ちた。光だけにならまだしも、そこにいる4人の一般のレリギオスにも正体を知られてしまったからだ。これでフェルタがヴィシュヴァカルマン博士から叱責を受けることは確定となってしまった。
「――ところで、フェルタさんがここにいる理由、まだ聞いてませんでしたね?今一度僕たちに教えてくれませんか?僕とここの4人以外には、誰にも言ったりしませんから。」
光はケルネたちの顔を一人ひとり見つめた。ケルネたちはこくりと頷いて光の意志に賛成を示す。それを見ていたフェルタは、この4人のレリギオスの少年少女が信頼できる者であると認識した。そして、これまでの経緯を語り始めた。
「……では、順を追ってご説明しましょう。」
フェルタの説明を聞き終えた光は、一旦内容の整理をした。
「えっと、つまりデジマの街に来たのは、南星宮の皆の近況調査のためで――?」
「はい……。」
「地球人の変装をしているのは、そのASDっていう装置の性能テストのため?」
「はい……。」
「それで、この魔法学校に来た理由が――?」
「光様と、デートがしたいからです……。」
「そこッ!!そこだけよく分からないんだッ!?」
フェルタは正直に話した。が、光の脳内において、どうしてもそのデートの件だけは合点がいかなかった。
「前2つの目的は何となく公務っぽい感じだけど、僕とのデートは明らかに仕事関係ないよね!?ここに来たの――僕に会いに来たのも、その近況調査のためなんじゃないの!?」
「ええ。それ”も”あります。ですが光様の場合は近況だけではなく、もっと色んなことを知りたいのです!!これまでの恋愛遍歴とか!好みの下着の色とか!」
「し……下着ッ!?」
再びフェルタのワンピースの中の光景が、光の脳内にフラッシュバックする。刹那、光は顔を赤くして卒倒しそうになる。
「わっ!?ひかりん、顔真っ赤だし!?」
「あらあら、コーフンされたのですか?可愛いですね♡ところで――」
今度はフェルタが光に同じ質問を投げかけた。
「光様の方こそ、ここで何をなさっているのでしょうか?ここの制服を着ているということは、軍用魔法を学んでいらっしゃるのですか?」
理性を回復させた光はパッと真剣な面持ちとなり、彼女の質問に答える。
「そうなんだ。軍用――というか、《魔法》の全般的な基礎を学びに、ね。それと――」
光は左手の《希望の痣》を、フェルタに見せつける。
「この左手の《痣》の力について、専門的に調べてもらっているんだ。”ヴィシュヴァカルマン”博士の勧めでね。」
「"イブラヒモビッチ"博士が?」
「"ヴィシュヴァカルマン"博士ね?」
不在の本人に代わって、光が呆れながらも訂正してあげた。もっとも光自身も、少し気を抜くと度々間違った名前を言ってしまう癖が残っているのだが。
「確か、”触れた方の願いを具現化する能力”が秘められていると、クラスメイトの方々からお聴きしました。何でもその力を使って、クラスメイトの皆様を電磁式自動小銃の砲撃からお守りしたとか!!――で、それの何を調査されてらっしゃるんですか?」
フェルタは憧憬の眼差しで光を見つめた。光は答える。
「――能力の”可能性”、または”限界”だよ。」
「”限界”――?」
「そう。確かにあの時、僕はUGE軍の砲撃から皆を護ろうとした。その時、皆の生きたい、死にたくないって気持ちが、僕の胸にどっと響いたんだ。普通の音声じゃない、"心の叫び"――みたいなやつが。急にね。そういう経験はその時まで一度もなかったんだ。それも僕の能力の一部かどうか、まだ分からないけれど、皆に直接触れる代わりにその声が力となって、僕はあの電磁式自動小銃の砲撃を防ぐことができた。でもその後、ブラッドアイって人が不意打ちで放ったピストルの銃弾は、同じようには防げなかった。どうして電磁式自動小銃は防げたのに、ピストルは防げなかったのか。もしあのピストルが、僕ではなく他の誰かに向けられていたら、僕はその人を助けられなかっただろう――」
フェルタは初めて光と出会った時を思い出した。あの時の光の左手に穿たれた傷穴。あれは電磁式自動小銃ではなくピストルによるものだと、フェルタはこの時初めて知った。そして光が、あの高威力・高電圧の電磁式自動小銃の弾丸を喰い止めていたことも。てっきりあの時の傷は、電磁式自動小銃の弾を防いだ時に出来たものだとフェルタは思い込んでいた。
「その謎が分かれば、僕はもっと多くの人を助け、そして護ることができるはずなんだ――!!だから僕は、博士にお願いしてこの能力の分析と調査をお願いしたんだ。自分から。そしたら博士が――。」
〔――そういうことなら、良い場所がある。同じデジマ特別居住区にあるオレイオス魔法学校だ。君のその超自然的な能力は、《魔法》の類と見て間違いない。《魔法》を使えない地球人ばかりの科学技術局よりも、あそこなら君の能力についてずっと正確な評価ができるだろう。〕
「――て提案してくれたんだ。」
「成程。――では、今はその能力を測る訓練の最中ですか?」
「その通りだ!」「その通りだし!」「その通りですよ!」「それの、とーり!」
今度はケルネ以下4人のレリギオスの生徒たち。彼らが光に代わって、その訓練の内容を説明した。
「俺たちは今、5人1組のチームを組み、もう一方のチームと一緒に実戦訓練を行っている。各チームには個別の目標が設定されて、先に目標を達成できたチームが勝利、ってルールだ!」
「んで、アタイらのチームは、『要人を目的地まで護衛する』ってのが勝利条件なんだし!このテルクシアって子を要人役にして、アタイらで護りながらこの森を抜けようとしていたんだし!」
「テルクシア・カンティオス・シレーナが被っているこのティアラが、要人役の印なのですよ!これを相手チームに取られたり壊されたりしたら負けになってしまうのですよ!」
「あと、せーげんじかん。5じまで、もくひょー、たっせいできる、しないと、ケルネたち、まける。」
「5時まで、ですか――。」
フェルタは制限時間を聞いて、渋い表情を見せた。
午後5時00分。それは今回のデジマ視察の終了時刻でもある。フェルタはその時間までに、ヴィシュヴァカルマン博士と再び合流しなければならない。城に戻ると、家臣や研究員等との会議が3件も控えている。光と2人きりでデートを楽しめる時間など、もう殆どない。寧ろ今すぐにここを出なければならないくらいであった。
それに、光も訓練で忙しいだろう。これ以上の長居は光たちの邪魔になる。フェルタは、身を引く決意をした。
「――残念ですが、どうやら今回の光様とのデートは……諦める他ないようでございますね……。」
フェルタはそう呟くと、光たちに向かって深々とお辞儀をした。
「大事な訓練のお邪魔をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。私は速やかにここを立ち去ることと致します。皆様はお気遣いなく、訓練にお戻り下さいませ。」
ここに来た理由はどうあれ、皇女としての礼節弁えた対応に、光たちは感心した。と同時に、光の胸の中に、ある音声が響いてきた。
(折角の自由時間――棒に振ってしまったような感じです……。ですが仕方ありません。光様があんなご立派な志を持ってこちらにいらっしゃるなんて――!それを邪魔してデートなどと我儘を……私はとんだ愚か者でございますね……。)
(これは――フェルタさんの声?)
だがフェルタの口は動いていない。あの時――UGE軍がクラスメイトに攻撃しようとした時と同じように、フェルタの本心がしっかりとした音声となって、光の胸に響いた。
(フェルタさん……きっと忙しい合間を縫って、僕に会いに来たんだろうな。折角来てもらったのに、何もしてあげられないなんて――。)
光は少し罪悪感を感じていた。平時のフェルタが多忙かどうかなど知る由もないが、《ヘスペリディア》総指揮官という彼女の肩書を考えれば、自由に自分の意思で行動できる時間など、全くないだろう。その僅かな時間を費やしてまで訪れてくれたフェルタに何の見返りもなしに帰すなど、元皇女とか総指揮官とかいう肩書抜きにしても失礼な行為だ。ましてやここは実戦訓練中の森の中。相手の攻撃がいつどこから来るかも分からない。それがフェルタの身体に当たりでもすれば、只事では済まされないだろう。
「フェルタ皇女!よかったらアタイらがガッコーの外まで見送ってあげるし!!」
「そう!!ケルネ、すごい、しつれいするした!!つぐなうしたい!!」
「キュ?」
光があれこれ考えている内に、ケルネと黄緑色の髪の少女がフェルタにそう提案する。特にケルネは善意無過失とは言え、この総指揮官に肉体的及び精神的苦痛(いや、快楽?)を与えている。彼はそのお詫びをしたかった。だがフェルタは、彼らの申し出を丁重に断った。
「――お気持ち感謝致します。ですが大丈夫です。皆様の勉学の時間を割いてまでするようなことではございませんから。」
「で、ですが!!この森はとても迷いやすいのですよ!?テルクシア・カンティオス・シレーナも何度迷ったことか!?」
「ご心配なく。私は《風》の名を授かりし者。《飛翔》を使って空に出れば、元いた場所に戻ることができますので。」
「――――!!」
フェルタがそう言うと、ケルネたちはぐうの音も出なくなってしまった。首元のASDを外せば、フェルタは自在に《魔法》を発動できる。自在に空を飛べる《飛翔》であれば、この森の土地勘の有無など関係なく脱出できるだろう。
「フェルタ皇女が言うんだから、大丈夫だろうぜ?なんせ元皇女だ!俺たちとはアストラルの量が桁違いなんだからな!」
赤髪の少年の台詞にフェルタはくすりと微笑む。そしてフェルタはASDにすっと指をかけ、外した。
「では光様、皆様。短いですがここでお別れです。訓練、頑張って下さ――あれ?」
「「「?」」」
――フェルタは《魔法》を発動させるため、ASDにすっと指をかけ、外した。
「が……んばっで……下ざ……あ゛れ゛っ!?」
「「「「「?????」」」」」
――すっと……指をかけ……外した――?
「ぐっ……ぐうううううう!!!!」
「「「「「??????????」」」」」
――おかしい。魔法学校に入る時は簡単に外せたASDのロックが、何故かびくともしない。フェルタがどれだけ力を加えても、力の方向を変えても、ASDが首の皮膚から外れる気配すらない。
(ま、まさか……”故障”!?一体どのタイミングで!?光様に抱き着いた時!?それともあのトカゲイオス種に襲われた時!?どちらにせよ、これでは《魔法》が使えない!!自力で森から脱出できない!!)
思わぬ非常事態に、フェルタは見る見るうちに顔が真っ青になっていく。光たちもその異変に気付いてフェルタに声をかける。
「フェ……フェルタ、皇女?」「大丈夫……なのですか?」
「まさか……ASDが外れなくなった……とか??」
「――!!」
光にずばり言い当てられたフェルタは、ぎこちなくゆっくりと彼らの顔を見ると、2回こくこくと首を縦に振った。それを見た光たちは、事の重大さを思い知り、一種のパニックに陥った。
「どっ……どどどどどどどうするし!?《魔法》が使えないんじゃ、このままフェルタ皇女を森の中にいさせるのは危険だし!!やっぱアタイらが護衛するっきゃないし!!」
「バカ!!口で言うのは簡単だけどよぉ!?相手はフェルタ皇女がここにいることも知らねぇんだぞ!?襲ってきたとして、皇女を無傷で脱出させられるのかよ!?」
「こちらに来た時にお伝えすればいいのですよ!!相手の皆様も、この方がフェルタ・エオルシア・フルトニオス皇女だと分かれば手出しなど――」
「んな悠長なことできるか!?あっちにはあのラーギブもいんだぞ!?あいつはゼッタイ手なんか抜かねぇぞ!?」
「うわぁああああああああああん!!」
「なっ、なんだよケルネ!?急に!?」
「ケルネ……ケルネ、こわすした!!フェルタおーじょ、きかい!!ケルネ、つみ、おかすしたぁああああ!!」
「待ってケルネ!?まだ君のせいで壊れたかなんて分からないよ!?だから頭バンバン打つのやめて!?」
「キュキュッキュゥ!!!!」
「そうだ!ハニーの言うとおりだ!!そんな大声で泣かれたら、あいつらに気付かれちまう!!」
「だからハニーじゃないってば!!」
「あの……こういうのはどうですよ?テルクシア・カンティオス・シレーナたちで、そのASDってのを修理するのですよ!!ちゃんと修理すれば外れるようになるのですよね、フェルタ・エオルシア・フルトニオス皇女!?」
「え、ええ……たぶん……。ですが私が触ったところ外装に異常はないので、恐らく故障は内部の配線か機構にある……。その機構というのが、恐ろしく繊細で複雑なものでして――少なくとも皆様の今覚えているレベルの《魔法》ではどうにもできない……かと……。」
「な……ならばブッ壊そうぜ!俺の剣でそのヘンテコな首輪、叩っ斬ってあげるぜ!!」
「ちょぉ!?ヴェスっち、待つし!!それこそフェルタ皇女が無事で済まなくなるし!!」
「フィリアの言う通りだ、ヴェステ!首元にあるASDを攻撃すれば、フェルタさんの首の骨とか延髄とかにもダメージを与えかねない!危険すぎる!」
「なんだよ!?じゃあどーすりゃいいんだよハニー!?」
「だーかーらー!!ハニーじゃないってぇ!!」
唐突に始まったフェルタをめぐる緊急会議は、喧々諤々のまま平行線を辿り、ただ闇雲に森にその喧騒を轟かせた。フェルタはその様子を、大変申し訳なさそうな表情で眺めていた。あんな我儘をしなければ、今頃彼らは順調に訓練を進めていたはずなのに――
だが事態は、彼女を感傷に浸らせる隙すらも、議論を結び付ける時間すらも与えなかった。
「――いたぞぉ!!」
「「「「――!!?」」」」
赤いローブを纏った4人のレリギオスたちが、突如として光たちの前に現れた。
――相手チームによる、”敵襲”である――!




